眠り姫・オレがモデルに恋したはなし

「はー」

 教室でため息をついたら、小春さんが興味なさそうに言った。

「どうしたの?」

 隣の席だから、いちおう聞いただけって感じだ。

「なんでもない」

 答えられるわけない。
 永臣のモデル顔にドキドキして、腰が抜けたなんて。自分でも認めたくない。
 それなのに、あの顔が何度も頭に浮かんでくる。
 ほんと、やめてほしい。

「はあああ」

「だから、どうしたの? うるさいんだけど」

 うるさいって、ひどくないか?
 そう思いながら悠斗くんを探すが、いない。出月くんの姿もない。
 たぶん購買だ。彼らの昼の行動を、オレはまだ知らない。

「そういえば、今日は行かないの? いつもどこかで寝てるんでしょ?」

 小春さんがお弁当を出しながら言った。

「……うん、まぁ」

 そうだ。昨日まで、当たり前みたいに図書室に行ってたのに。

「早く行かないと、時間なくなるよ」

「わかってる」

 でも。

(なんか行きたくない。どんな顔して永臣に会えばいいのか、わからない)

「うーーん」

 立ち上がっては座り、また立ち上がる……みたいな謎の動きをしていたら、小春さんは無言でお弁当を持って、どこかに行ってしまった。

 置き去りにされたことにショックを受けながらも、頭の中は永臣のことでいっぱいだ。

(あー、行きたいけど行きたくない!)

 モヤモヤを通り越して、イライラする。

 でも……ふと思った。

(あいつが、図書室でオレを待ってたら?)

 一人でなにしてるんだろう。いつもみたいにスマホ見てる?

 そこまで想像したら、いても立ってもいられなくて、オレは図書室に向かった。

 ◇

 ばっと第二図書室のドアを開けると、永臣がビクッとして顔を上げた。

「なに? 驚くんだけど」

「あ、ごめん。遅れた」

「なんだそれ」

 普通に笑ってる。
 オレはホッとして、永臣の隣に座った。

 (よかった。いつも通りじゃん)

 ホッとしたら、急に眠くなってきた。自分でも単純だと思う。

「寝る?」

 永臣が、いつもの場所を空けてくれる。

「さんきゅ」

 オレはいそいそと永臣のカーディガンを取り出すと、枕にして横になった。
 いつもの匂い。いつもの感触。
 永臣の気配がすぐ隣にあって、安心する。

 目を閉じると、すぐに意識が遠のいていった。
 (あんなことがあったのに、普通に寝れるもんだな)
 我ながら、寝つきの良さに感心する。
 だけど、オレは夢に落ちる直前で目を覚ました。

 ――声が聞こえる。低い、押し殺したような声。

(……なんだろ)

 ゆっくり目を開けると、窓際に永臣の背中が見えた。時計を見ると、まだ10分くらいしか経ってない。
 誰かと電話している。
 指が白くなるほど握りしめたスマホ。
 怒ってる。そんな気がした。

「約束と違う」

 静かな、感情のない声。
 なんか、永臣っぽくない。いつものあいつは、もっと感情的で分かりやすいのに。
 なんだろ、胸騒ぎがする。これ、聞いていいのかな。
 そんなことを考えていたら、電話を切った永臣がハッとしてオレを見た。

「ごめん。起こした」

「……なんかあった?」

「いや、なにも」

「そっか」

 自分でも驚くくらい、小さくて元気のない声が出た。
 永臣は一瞬だけ目を見開いて、オレを見た。

「その……仕事のことだから。でも、大したことじゃないし。朔也は寝てて」

「うん」

 そう言われて、オレはもう一度カーディガンに顔をつけた。
 でも、眠れない。さすがに、そう簡単に寝たり起きたりできるほど器用じゃない。

「……やっぱり、無理だ!」

「え?」

「気になる! なんの電話?」

 オレは飛び起きて言った。
 ベンチの上で正座して、身を乗り出して「待て」をしてる犬みたいになってる。
 だけど、永臣にあんな顔をさせる電話、無視できない。
 永臣はぽかんとオレを見て、それから小さくつぶやいた。

「……朔也、可愛い」

「は?」

「あ。じゃなくて……可愛い犬みたい」

 ディスってる?

「可愛い犬って何だよ。バカにしてんの?」

「してない。むしろ褒めてる!」

 可愛いと可愛い犬は全然違う。こいつ、なにが言いたいんだ?
 首をかしげていると、永臣がいつもの顔で言った。

「ただ仕事、断れなかっただけ」

「そっか」

「明日からしばらく会えないけど」

「しばらくって、いつまで?」

「……今週いっぱい」

 なんか、しょぼんとしてる。

「四日……」

 ……待てよ。土日もある。

「……六日!?」

 声が大きくなった。

「長すぎ」

 ◇

 教室に入ると、悠斗くんと出月くんが顔を寄せてスマホを見ていた。

「なにしてるの?」

 声をかけると、二人が同時に「あ」って顔をして、オレを見た。

「なに?」

「朔也、明日から大丈夫?」

 悠斗くんがいきなり意味深なことを言ってくる。

「な、なにが?」

「永臣、しばらくいないじゃん」

 出月くんがボソッと答える。

「たかが一週間だろ? ……って、なんで知ってるの?」

 自分も今知ったばかりなのに。
 出月くんは少しだけ黙ってから、そっとスマホを見せてきた。

「永臣のSNS見た」

「あいつ、SNSとかやってんだ。 って、なにこの芸能人みたいな投稿」

 雑誌みたいで、違和感がすごい。

「多分、事務所のアカウント。母ちゃんが社長」

「社長……」

 なんか、ついていけない。

「てか、出月くんなんでそんなに詳しいの?」

「だって、モ……」

 言いかけて、黙る。

「え?」

 声が小さい。

「それより、俺のアカウント見る?」

「いや、いい」

「そ?」

 今はそれどころじゃない。

「あのさ。永臣って、仕事でなんかうまくいってないとかある?」

 顔を上げた出月くんは、珍しく、口元が笑っていなかった。

 前髪の奥から、じっと見ている気がする。

「なんで?」

「いや、なんか……なんとなく」

「あいつ、バカなんだよ」

 出月くんは突き放すみたいに言って、席を立った。