眠り姫・オレがモデルに恋したはなし

 月曜日。

「山田って、永臣とどういう関係なの?」

 一時間目の授業が終わるなり、隣の席の小春さんが、くるっとオレの方を向いて言った。

「え?」

 シャーペンを握ったまま、オレは固まった。
 先生はまだ黒板の前にいて、みんなはペンケースをしまったり、ノートを集めたりしてる。
 不意打ちすぎて、なにも言葉が出て来ない。
 どういう関係って。
 ポキっと、シャーペンの芯が折れる。

 遠足のあと、永臣の家に泊まって。
 一緒のベッドで寝て……
 朝、普通に起きて、永臣が持ってきてくれたパンか何かを食べて、そのまま帰った。
 それだけのはずだ。

 途中になにかあったような気もするけど、半分寝てたせいでその辺はよく覚えていない。

「遠足で、やたらと仲良かったよね」

 いつの間にか、斜め後ろに立っていた陽菜さんが言った。
 オレはガタッと窓際に貼り付いた。
 背中にひんやりしたガラスが触れてる。
 囲まれてて、逃げられない!
 思わず悠斗くんの姿を探すが、いない。

(なんでいないんだ!?)

「それで……どうやって、友達になれたの?」

 小春さんが椅子ごと近付いてくる。

「えーと、確かカーディガンを……」

「やっぱり、あれがきっかけなんだ。うわー羨ましすぎる」

「私もモデルと友達になりたいー」

 陽菜さんが叫んだとき、すぐ後ろから、ぼそっと声がした。

「俺もモデルだけど」

「……えーっと。出月(いづき)くん?」

 振り返ると、後ろの席の出月くんが、机に片肘をついた格好でこっちを見てる。……気がする。
 もっさりした前髪が邪魔で、どこを見ているのかいまいち分からない。
 右手でシャーペンをくるくる回しながら、なんとなく、こっちを見ている……っぽい。

 会話に入りたいのかな?
 もしかしたらオレみたいに、焦るとつい変なこと口走ってしまうタイプなのかもしれない。
 とりあえず、オレは相づちを打った。

「そうなんだ!」

「……」

 女子の微妙な空気に気づかない出月くんが、続けて言う。

「友達募集中」

 ぷっと、陽菜さんが笑った。
 小春さんが「やめなよ」と肩を叩く。

「モデルで友達募集中とか、ウケる!」

 そう言って、二人でクスクス笑う。
 し、心臓が痛い。
 本人は何とも思ってなさそうだけど、オレが耐えられない。
 気づいたら、口が勝手に動いていた。

「オ、オレも友達募集中なんだけど……よかったら友達になる?」

「なる。連絡先交換しよ」

 出月くんは、ニコッと笑ってスマホを出した。

 ◇

 ふー。
 無駄にエネルギーを使った気がする。
 よりによって次は体育だ。
 オレは、出月くんと更衣室に向かった。
 廊下を歩いてたら、出月くんがふいに聞いてきた。

「山田って、永臣と仲いいの?」

「え、まあ……そこそこ」

「ふーん」

 出月くんはそれだけ言って笑った。
 ほんと、よくわからない。
 着替えて体育館に入ると、永臣が入口付近でぼーっと突っ立っていた。

(あ……なんか、久しぶり)

 一瞬心臓が跳ねる。
 そっか、体育は3組と4組の合同なんだった。
 女子はサブ体育館らしく、こっちはいつもより気楽な空気だ。
 まだ先生は来てないみたいで、みんなバスケットボールで勝手に遊んでる。

 オレは、転がってきたボールを手に取って、なんとなくリングに向かって投げた。
 ボールはリングの直前で失速して、力なく床に落ちる。
 入る入らない以前の問題で、がっかりする。
 え、オレってこんな感じだった?
 中学の時はもう少しマシだった気がするけど。
 もしかして、緊張してる?

 床でバウンドしているボールを虚しく眺めていたら、永臣がぼーっとした表情で歩いてきて、そのボールを拾い上げた。
 ボールを、じっと見つめている。

(ま、まさかの初バスケ?)

 遠足が初めてだったくらいだから、ありえる。
 オレは息を呑んで、永臣の初シュートを見守った。
 永臣は、どう見てもバスケとは違う変な投げ方でボールを投げた。

「あ、惜しい」

 リングに当たって、ボールが跳ね返ってきた。

「ぶはっ、ははははは!」

 ……え?

 出月くんが爆笑してる。そんなツボ?

「砲丸投げかよ!」

 腹を抱えて笑ってる。
 体が大きいせいか、笑い声までやたらでかい。
 てか、こんなキャラだった?
 気づけば、みんなが動きを止めて、こっちを見ている。

「ちょ、ちょっと。笑い過ぎ」

 慌てて止めに入る。

(永臣は、怒ると怖いんだぞ)

 おそるおそる横顔をうかがうと、永臣は「おかしいな」って顔で、自分の手のひらを見ていた。
 全然怒ってない。
 こんな全力で笑われてるのに、気にしてるのは自分の投げ方だけっぽい。

 オレがカーディガンなくしたときは、あんなに怒ってたくせに。
 なんで、これは平気なんだよ。
 考えてたら、むかついてきた。

「朔也、見てて」

 出月くんが足元のボールを拾って、クルクルっと回した。
 そして、リングに放った。
 お手本みたいにきれいなフォーム。
 ボールは高く弧を描いて、すっとネットに吸い込まれた。

「すごい! バスケ部?」

「いや、モデル」

「……」

 このやりとり、いつまで続くんだろう。
 オレは少しうんざりしながら、つかみどころのない出月くんを見上げた。

「朔也もやってみな」

 そう言って、ぐいっと手首をつかんできた。
 距離が近い。まさかの隠れ陽キャ?

「いい! 下手だから」

「大丈夫大丈夫。朔也可愛いから、下手でも許す」

「かわっ?」

 この人、なに言ってんの?
 逃げた方がいい?
 そのとき。

「出月」

 低い声がした。
 永臣がこっちを見てる。
 さっきまでぼんやりしてたくせに、急に目つきが鋭い。
 モデルの時みたいな顔になってて、ドキッとする。

「朔也いじるの、やめろ」

「やめない」

 出月くんは笑いながら、オレをぐいっと引き寄せた。
 後ろからがっしり押さえられて、ほぼ抱き締められているみたいだ。

「離せって」

 体格差がありすぎて、身動きできない。
 なんか、屈辱だ。
 ジタバタしてるオレを無視して、出月くんが言う。

「永臣も、可愛いじゃん。朔也取られそうで焦ってる?」

(は? なんだそれ)

 永臣の表情が、少しだけ揺れた。
 睨んでるみたいなのに、目元がうっすら赤い。

「おまえになんか、取られないし」

 低い声でそう言ってから、ふいっと視線をそらす。

「え?」

(なにそれ……てか顔っ!)

 オレは急に膝の力が抜けて、その場にへたり込んだ。

「さ、朔也どうした?」

 出月くんが慌ててオレの顔を覗き込んでくる。

「締めすぎたんじゃないの」

 永臣もしゃがみ込んで、横から覗き込んでくる。

(どっちでもいいから、少し離れてくれ……)

 そのとき。
 悠斗くんが体育館に入ってきて、大きな声で言った。

「今日の体育、先生休みだから、自習でーす!」

 あちこちで歓声が上がる。
 でもオレの頭の中は、永臣の強気な表情と、勘違いしそうな一言でいっぱいだった。

 ――取られないし