眠り姫・オレがモデルに恋したはなし

 突然視界が開け、目の前におにぎりを持った悠斗くんがいた。

「ん? 二人ともそこで何してるの? ってか、登山道から外れた所に行ったら駄目だよ」

「え、頂上? ここ頂上?」

「うん。昼食休憩中。おにぎり、もらった?」

「まだ……」

 ボロボロで汗だくのオレたちを見て、悠斗くんは首を傾げている。

「もらってくるから、そこにいな」

 辺りには、和やかにおにぎりを食べるみんなの姿。
 オレたちは、どうやら無事に登頂したらしい。

「やったー」

 気が抜けて、近くの岩に座った、そのとき。
 永臣がしゃがみこんで、オレのズボンの裾をつまんだ。

「……怪我してる」

「うわ、血!?」

 膝が、急に痛くなってくる。
 いつ転んだかは、まったく思い出せない。
 保健の先生が駆け寄ってくる。

「二人とも、どうしたの?」

 その後ろには小春さんと陽菜さん。

「怪我したのって山田なの? 保健係のくせに?」

「やっぱ荷物持たせなくて正解だったわ」

 ひどい。でもその通りだ。
 永臣が小さく笑って、言った。

「朔也、ダサ」

 オレは見逃さなかった。
 小春さんと陽菜さんが――永臣の笑った顔を見て、嬉しそうにしたのを。

(その笑顔は反則だ)

 先生が絆創膏を貼ってくれる間、永臣はじっとオレの膝を見ていた。
 オレはこっそり永臣を見た。
 乱れた髪。どこか楽しげな表情。
 普段のクールな永臣じゃないのに、すごく……カッコいい。
 高山病かってくらい、心臓がドキドキする。
 オレ、やっぱり変だ。

 ◇

「うまっ」

 鮭のおにぎり。シンプルなのに、めちゃくちゃ美味しい。
 永臣も無言でおにぎりを食べてる。
 悠斗くんが横に座って、自分のおにぎりを頬張りながら言った。

「二人とも、ほんとに遭難しかけてたよな」

「してない」

 永臣がやけに自信満々に答える。

「いや、絶対してた。最後藪から出てきたし」

「熊がいたから仕方ない」

「いなかったけどな」

 オレが突っ込むと、永臣がむっとした顔でこっちを見た。

「いたかもしれないだろ」

「いなかったよ」

(なんだこれ。可愛いんだけど)

 思わず笑ってしまう。

「なに笑ってんの」

「いや、永臣が可愛いから」

「……は?」

 やば。口から勝手に出た。
 永臣が固まるから、つられてオレも固まった。

「たしかに、永臣って朔也と同じくらいいじりがいある」

 悠斗くんがフォローっぽいことをしてくれる。

「ないから」

 永臣が顔を背ける。
 悠斗くんが「あはは」と笑った。

(なんか、いいな。これ)

 友達と一緒に山に登って、おにぎり食べて。
 青春だ。

「朔也、なにぼーっとしてんの」

 呼ばれて、顔を上げる。

「あ、なんか、遠足楽しいなって」

「そうだな」

 永臣が小さい声で言った。
 その一言が、嬉しくて。
 オレはおにぎりの包みを丸めながら、空を見上げた。
 雲ひとつない青空。
 最高の遠足日和だ。

 遠くで岡野先生が「そろそろ下りるぞー!」って声を張り上げた。
 下山は、登りより楽なはずだと思ってたら、そんなことなかった。
 ただでさえ足がガクガクするのに、膝が擦れて歩きづらい。
 永臣が「……ほら」とオレの方へ手を差し出してくる。

「え、いや、平気」

「このままだと、また遭難する」

「え……」

 気づいたら、また最後尾になっていた。

「また!?」

 さすがにオレ、どんくさすぎないか?
 仕方なく握り返すと、永臣の手はもう冷たくなくて、温かかった。
 無事に山を降りてホッとしたその時。

「山田と一原は、こっちに乗ってくれ」

 集合場所で岡野先生が手招きした。
 そこには、来るときに乗ってきた観光バスじゃなくて、学校のロゴが入ったワゴン車が停まっている。
 ちなみに、観光バスは最後の一台が駐車場から出て行くところだった。
 さすがに遅れすぎだろう。

「山田は、いちおう怪我人だし。一原もこっちの方が落ち着くだろ」

 ワゴン車には、保健の先生と、具合が悪そうな女子が一人いるだけで、半分以上の座席が空いていた。
 運転手は岡野先生だ。
 オレと永臣は、後部座席に並んで座った。
 エンジンがかかる。
 車が動きはじめると、さっきまでの緊張が切れたみたいに、一気に疲れが押し寄せてきた。
 肩が触れ合うくらいの距離。
 永臣の体温が、服越しに伝わってきて、まぶたが重くなる。
 このまま寝たら、絶対に爆睡する。

「……っ」

 必死に耐えようとしたけど、カクンと首が傾いた。

「……ごめん」

 戻ろうとしたら、永臣の手がオレの頭を押さえた。

「いいから寝てなよ」

 そのまま、オレの頭をそっと自分の肩に寄せる。
 抵抗する気力もなくて、オレはそのまま身を任せた。

 ふわっ。

 永臣のにおいに包まれる。
 やっと、寝れる。
 ……そうだ。後でアレを返してもらわないとな。
 そこで、意識が落ちた。