高校生活が始まって一か月。
春のせいなのか、体質なのか――とにかく眠い。
授業中、気づくと机に突っ伏している。
起き上がるたびに首は痛いし、シャツはシワシワ。前髪は修正不可能なくらいハネている。
毎日こんな調子だから、大事な連絡は聞き逃すし、友達もなかなかできない。
このままじゃ、高校生活が『眠り』に乗っ取られてしまう。
というか、もうすでに半分以上乗っ取られてる気がする。
どうにかして、教室で寝るのをやめたい。
そこで思いついたのが、昼休みにまとめて寝ること。
寝るといえばベッド。
ベッドといえば、保健室?
……いや、それはさすがに無理だ。病気じゃないし。
「眠いから寝ていいですか」なんて言ったら、たぶん怒られて追い返される。
そんな余計なダメージは受けたくない。
だから、校内を歩き回って「寝られそうな場所」を探すことにした。
この学校、やたらと凝った造りをしてる。
階段裏の談話スペース、渡り廊下の謎ベンチ、植物がいっぱいの中庭。
どこも、おしゃれで居心地はよさそうだけど、求めてるのと違う。
もっと、落ち着ける場所が欲しい。
空き教室とか。
この際、非常階段だっていい。
埃っぽくても、少しくらい不気味でもいいから、とにかく人がいないところで寝たい。
そんなことを考えながら、人がいない方へと歩き続けていたら――北棟のいちばん端の、第二図書室にたどり着いた。
そっとドアを開ける。
図書室と言っても、洋書がレベル順に並べてあるだけのシンプルな部屋だ。
ここを使うのは選択授業だけ。休み時間には、誰も来ない。
――完璧な環境。
ただ一つ残念なのは、硬い木のベンチしかないこと。
つるつるに磨かれた高級そうな木だけど、寝るには硬すぎる。
せめて枕が欲しい。教科書とか紙の束とか、この木より柔らかければ、なんでもいい。
でも、なにもない。
……諦めよう。
床よりマシだし、もういいか。限界だ。
ベンチに横になる。
窓の外から、ボールで遊ぶ声が聞こえてくる。
みんな青春してるんだな。
オレは青春の前に、まず昼寝だけど。
目を閉じる。
意識がふっと沈みかけた、そのとき。
一瞬、空気が動いた気がした。
誰か、入ってきた?
目を開けるべきか迷う。
でも、眠気が勝つ。もう無理。
人の気配とともに、ふわっといいにおいがした。
雨上がりの森のような、少し湿った木の香り。
思わず、深く吸い込んだ瞬間――
「寝てていいよ。あとで起こすから」
少しかすれた低い声が、耳元で響いた。
近くに誰かいる。
同時に、暖かいなにかが首筋に触れた。
(なん……だ? 指?)
抵抗する間もなく、頭がふわっと持ち上げられ、頭の下に何かが差し込まれる。
――あ。
暖かくて、柔らかい。
なんだろう、すごく安心する。
誰だか知らないけど、ありがとう。
そう思いながら、オレは深い眠りに落ちた。
◇
「いい加減、起きなよ」
「え?」
目を開けると、目の前に、なんとも言えない雰囲気の人がいた。
背中まで届きそうな長い髪。
大きなメガネ。
女の子みたいにきれいなのに、男子の制服が変に似合ってる。
「……天使?」
思わずこぼれた言葉に、相手が鼻で笑った。
メガネの奥の目が、呆れたように細められる。
「天使とか、お前バカ? 脳みそ溶けてるの?」
「……」
なんか、すごいことを言われた気がする。
でも、なぜか嫌じゃなかった。
傾げた首の角度が完璧で、覗き込んでくる視線は、涼しげなのに優しい。
不思議な色をした髪が、さらりと揺れる――きれいだ。夢みたいに。
印象的な瞳が、スローモーションみたいに瞬いて。
それから、形のいい唇が「はー」と、面倒くさそうにため息をついた。
「どうしよう。こいつ、マジでヤバいんじゃ……」
(……?)
「スルーしとけばよかったのに、なんで……」
なんか、ぶつぶつ言ってる。
「このまま、置いてくか」
そう言って、すっと立ち上がる。
だけど、なぜか立ち去らない。
困ったようにオレを見下ろしている。
――長い。いつまでそうしてるんだ?
「……誰?」
沈黙に耐えかねてぽつりと言うと、驚いたように目を見開いた。
「起きてたの?」
「普通に、起きてたけど」
そのまま数秒、意味もなくみつめ合う。
「あ、いや。さっきチャイム、鳴ったから」
急に目が泳ぎ出す。……コミュ障か?
「さっきっていつ?」
「5分くらい前」
「もう遅刻じゃん」
「まぁ」
うなずく。遅刻を何とも思ってなさそうな顔だ。
「じゃ、先行くけど。ちゃんと起こしたからな?」
なぜか不機嫌そうに言うと、スタスタとドアの方へ歩いて行った。
廊下の光に髪が透けた瞬間、バタンとドアが閉まる。
(なんだ、あいつ)
図書室に静寂が戻る。
「……今から教室戻るの、めんどいな」
寝ぼけたまま書棚を見つめていたら、何かが手に触れた。
「なんだこれ」
さっきまで自分の頭があった場所に、きれいにたたまれたカーディガンが置いてある。
学校指定の、みんな同じやつ。
何気なく手に取ると、あの森の香りがした。
オレの……じゃないよな?
だって、自分のは今着てるし。
ってことは、あいつのか。
硬いところで寝てたから、貸してくれたとか?
そんな親切そうには見えなかったけど、でも誰かが、頭の下になにかを入れてくれたのは覚えてる。
あいつが?
ぼーっと考えていたら、廊下がガヤガヤしてきた。
「やば、だれか来る」
オレはカーディガンを抱えると、急いで図書室を出た。
(また会いたいな)
そう思いながら、教室へ向かった。
春のせいなのか、体質なのか――とにかく眠い。
授業中、気づくと机に突っ伏している。
起き上がるたびに首は痛いし、シャツはシワシワ。前髪は修正不可能なくらいハネている。
毎日こんな調子だから、大事な連絡は聞き逃すし、友達もなかなかできない。
このままじゃ、高校生活が『眠り』に乗っ取られてしまう。
というか、もうすでに半分以上乗っ取られてる気がする。
どうにかして、教室で寝るのをやめたい。
そこで思いついたのが、昼休みにまとめて寝ること。
寝るといえばベッド。
ベッドといえば、保健室?
……いや、それはさすがに無理だ。病気じゃないし。
「眠いから寝ていいですか」なんて言ったら、たぶん怒られて追い返される。
そんな余計なダメージは受けたくない。
だから、校内を歩き回って「寝られそうな場所」を探すことにした。
この学校、やたらと凝った造りをしてる。
階段裏の談話スペース、渡り廊下の謎ベンチ、植物がいっぱいの中庭。
どこも、おしゃれで居心地はよさそうだけど、求めてるのと違う。
もっと、落ち着ける場所が欲しい。
空き教室とか。
この際、非常階段だっていい。
埃っぽくても、少しくらい不気味でもいいから、とにかく人がいないところで寝たい。
そんなことを考えながら、人がいない方へと歩き続けていたら――北棟のいちばん端の、第二図書室にたどり着いた。
そっとドアを開ける。
図書室と言っても、洋書がレベル順に並べてあるだけのシンプルな部屋だ。
ここを使うのは選択授業だけ。休み時間には、誰も来ない。
――完璧な環境。
ただ一つ残念なのは、硬い木のベンチしかないこと。
つるつるに磨かれた高級そうな木だけど、寝るには硬すぎる。
せめて枕が欲しい。教科書とか紙の束とか、この木より柔らかければ、なんでもいい。
でも、なにもない。
……諦めよう。
床よりマシだし、もういいか。限界だ。
ベンチに横になる。
窓の外から、ボールで遊ぶ声が聞こえてくる。
みんな青春してるんだな。
オレは青春の前に、まず昼寝だけど。
目を閉じる。
意識がふっと沈みかけた、そのとき。
一瞬、空気が動いた気がした。
誰か、入ってきた?
目を開けるべきか迷う。
でも、眠気が勝つ。もう無理。
人の気配とともに、ふわっといいにおいがした。
雨上がりの森のような、少し湿った木の香り。
思わず、深く吸い込んだ瞬間――
「寝てていいよ。あとで起こすから」
少しかすれた低い声が、耳元で響いた。
近くに誰かいる。
同時に、暖かいなにかが首筋に触れた。
(なん……だ? 指?)
抵抗する間もなく、頭がふわっと持ち上げられ、頭の下に何かが差し込まれる。
――あ。
暖かくて、柔らかい。
なんだろう、すごく安心する。
誰だか知らないけど、ありがとう。
そう思いながら、オレは深い眠りに落ちた。
◇
「いい加減、起きなよ」
「え?」
目を開けると、目の前に、なんとも言えない雰囲気の人がいた。
背中まで届きそうな長い髪。
大きなメガネ。
女の子みたいにきれいなのに、男子の制服が変に似合ってる。
「……天使?」
思わずこぼれた言葉に、相手が鼻で笑った。
メガネの奥の目が、呆れたように細められる。
「天使とか、お前バカ? 脳みそ溶けてるの?」
「……」
なんか、すごいことを言われた気がする。
でも、なぜか嫌じゃなかった。
傾げた首の角度が完璧で、覗き込んでくる視線は、涼しげなのに優しい。
不思議な色をした髪が、さらりと揺れる――きれいだ。夢みたいに。
印象的な瞳が、スローモーションみたいに瞬いて。
それから、形のいい唇が「はー」と、面倒くさそうにため息をついた。
「どうしよう。こいつ、マジでヤバいんじゃ……」
(……?)
「スルーしとけばよかったのに、なんで……」
なんか、ぶつぶつ言ってる。
「このまま、置いてくか」
そう言って、すっと立ち上がる。
だけど、なぜか立ち去らない。
困ったようにオレを見下ろしている。
――長い。いつまでそうしてるんだ?
「……誰?」
沈黙に耐えかねてぽつりと言うと、驚いたように目を見開いた。
「起きてたの?」
「普通に、起きてたけど」
そのまま数秒、意味もなくみつめ合う。
「あ、いや。さっきチャイム、鳴ったから」
急に目が泳ぎ出す。……コミュ障か?
「さっきっていつ?」
「5分くらい前」
「もう遅刻じゃん」
「まぁ」
うなずく。遅刻を何とも思ってなさそうな顔だ。
「じゃ、先行くけど。ちゃんと起こしたからな?」
なぜか不機嫌そうに言うと、スタスタとドアの方へ歩いて行った。
廊下の光に髪が透けた瞬間、バタンとドアが閉まる。
(なんだ、あいつ)
図書室に静寂が戻る。
「……今から教室戻るの、めんどいな」
寝ぼけたまま書棚を見つめていたら、何かが手に触れた。
「なんだこれ」
さっきまで自分の頭があった場所に、きれいにたたまれたカーディガンが置いてある。
学校指定の、みんな同じやつ。
何気なく手に取ると、あの森の香りがした。
オレの……じゃないよな?
だって、自分のは今着てるし。
ってことは、あいつのか。
硬いところで寝てたから、貸してくれたとか?
そんな親切そうには見えなかったけど、でも誰かが、頭の下になにかを入れてくれたのは覚えてる。
あいつが?
ぼーっと考えていたら、廊下がガヤガヤしてきた。
「やば、だれか来る」
オレはカーディガンを抱えると、急いで図書室を出た。
(また会いたいな)
そう思いながら、教室へ向かった。



