——再び、遊園地へと戻る。
ピンク色のゴンドラに乗った俺と宗一郎は、対面で座った。
大きな大きな観覧車は、どこよりも所要時間が長いと噂の三十分だ。
「おおー、眺めもバッチリ!」
まだ上り始めだが、広大な海が下に見えてきた。太陽に反射してキラキラと輝くその水は、まるでダイヤモンドのように輝いている。
「夜は夜でロマンティックなんだろうな!」
テンション高めに感想を述べれば、宗一郎は景色ではなく、優しい笑みで俺を見つめていた。
「な、何だよ。そんなに見られたら、照れるだろ」
目を泳がせ、視線を外に集中する。
「宗一郎も……なんか喋れよ」
「うん」
「…………」
「…………」
「って、それだけかよ! ここは二人きりだし、何でも思ったこと吐き出して良いんだぞ」
「思ったこと……」
そう呟いた宗一郎は、一瞬考える素ぶりをしてから口を開いた。
「このまま落ちれば良いのに」
「は?」
「このままさ、ゴンドラが下にズドーンと」
「アホか! 物騒なこと言うなよ!」
「綾人にぃが、思ったこと言えって言うから」
ゴンドラがキィキィと揺れる音が聞こえ、本当に落ちるのではないかと不安になってきた。
「ちょ、あんま揺らすなよ」
無意味にバランスを取っていると、宗一郎がフッと笑って立ち上がった。
「ちょ、何してんだよ!」
「そう簡単に落ちないって」
宗一郎は揺れを物ともせず、俺の横に腰を下ろした。
案の定、ピンク色のゴンドラがこちら側に傾いた。
「バ、こっち来たら、バランスが崩れんだろ。あっち行け、あっち」
しっしっとジェスチャーで伝えれば、宗一郎は心配そうに言った。
「でもさ、本当に落ちた時、隣同士の方が良くない?」
「は? それは、どういう……」
「だって、隣同士の方がすぐに手が届くし、抱き合うことも出来るじゃん。あっちにいたら、死ぬ時バラバラだよ」
「確かに……」
そう思うと、傾いているが、このままの方が良いような気がして来た。
いつもなら全く怖くない観覧車が、恐怖の観覧車になってしまった今、気分転換に明るい話題を振ってみる。
「そういや、宗一郎。これ知ってるか?」
「何?」
「この観覧車って、ピンクのゴンドラは一つだけなんだけどさ」
「へぇ、そうなんだ」
宗一郎は、後ろを振り返って上を覗き込む。
「確かに……全部は分かんないけど、青とか黄色は二つ以上あるね」
「そう。で、このピンクのゴンドラが頂上に着いた時に、キスした二人は、永遠に結ばれるっていう都市伝説があるらしい」
得意げに言えば、宗一郎の顔が一気に冷めた。
「へぇ」
「へぇって、この手の話は、男女問わず好きだろ?」
「それはさ、好き同士の……」
宗一郎が黙ってしまった。
「宗一郎?」
声をかけても無反応。そんなに面白く無かっただろうかと不貞腐れながら後方を確認すれば、もう数分もしたら頂上というところまで来ていた。
とはいえ、毎度のことながら、今回も俺には無縁の都市伝説。そのまま素通りして終わりになるだろう。そう思った時だった。
「綾人にぃ」
「ん?」
宗一郎の方を見た瞬間、唇に何かが当たった。
(へ……?)
今もまだ当たっているそれは、宗一郎の唇だ。
何が起こっているのか分からず思考が停止していたが、次第に頭がクリアになっていく。
唇を離そうと、宗一郎の胸を押しながら離れようとすれば、後頭部をガシッと大きな手のひらに包まれた。更には、反対の腕でしっかりと抱きしめられた。
「んんッ」
抵抗しようにも、宗一郎の方が強すぎて、びくともしない。
「————ッ!?」
舌まで入ってきて、絶対に離さないと言わんばかりに、それは絡みついてくる。
(宗一郎、なんでキスなんて……)
俺は、歩夢の代わりでしか無かったはず。なのに、何で……別に好きでも何でもない男と……どうして?
頂上に着いた時には、涙が出ていた。
宗一郎が言ったように、このまま落ちれば良いのにと思った。このまま、好きな人と抱き合ったまま死ねたらどれだけ良いか————。
それから五分くらい経って、ようやく宗一郎の唇が離れた。しかし、抱きしめられた体はそのままだ。
「……ごめん」
「謝るなら……するなよ」
涙で滲んで、宗一郎の顔が上手く見えない。
「てか、長すぎだし。本気で死ぬかと思ったじゃん」
「だって……頂上って、どこか良くわかんないし……確実に頂上越えないと、叶わないかもだし」
「叶うって、何が……」
自分で言って気が付いた。
「もしかして、都市伝説?」
コクリと宗一郎が頷いた。
「でも、宗一郎は、歩夢さんと……」
「うん。そのつもりだったけど、もうバレちゃったし、幻滅されてるし、逆にもう怖いものないなって思って」
言っている意味がサッパリ分からない。
キョトン顔で見つめていると、宗一郎が優しく微笑んでから、再びチュッと軽いキスを落とした。
「綾人にぃ、愛してる」
「へ?」
「やっぱり、諦めるなんて無理だよ。子供の頃からずっと、綾人にぃしか見てなかったのに」
「……ん?」
子供の頃から、俺しか見てない……?
俺は、自分が誤解していることに、たった今気が付いた。宗一郎が代替した相手、それは俺ではなく、歩夢の方だったということに。
「綾人にぃが振り向いてくれるまで、僕は地道に頑張るよ」
「宗一郎……」
「でも、本当にキスのことはごめんね。これ逃したら、一生結ばれないような気がして……先走っちゃった」
「そうじゃなくて、俺、もう振り向いてるから」
「ん?」
宗一郎が振り返れば、もう既に四分の三を過ぎた辺りだった。抱きしめられていた体もパッと解放された。
「ごめんね。もう着くね」
「そうじゃなくて……」
俺は、袖口で涙を拭ってから、ハッキリと言った。
「俺も、宗一郎が好き」
「え?」
「賭けに負けたから、言わないでおこうと思ってたんだけど……」
両想いで、且つ宗一郎を悩ましていた何かが無くなったのなら、想いを秘めておく必要もない。
「俺も、宗一郎のこと、いつの間にか好きになってて……帰ってきて欲しい」
「うそ……」
今度は、宗一郎の方が泣きそうな顔になっている。
「本当だって」
「でも、僕……僕、穢れて……」
「バカ、そんな言い方すんなよ。俺が天然記念物なだけで、他の奴らなんて、既に彼女三人目とか普通にいるからな。それと一緒だろ」
「綾人にぃ……」
再び抱きつかれそうになり、咄嗟に反対の椅子に逃げた。
「宗一郎、出るぞ」
そこはもう、一番下。スタッフによって、扉が開けられた。
——長いようで短い三十分。永遠かどうかはさて置き、随分と遠回りしてしまった俺たちは、この瞬間、確かに結ばれた。
——おしまい——
ピンク色のゴンドラに乗った俺と宗一郎は、対面で座った。
大きな大きな観覧車は、どこよりも所要時間が長いと噂の三十分だ。
「おおー、眺めもバッチリ!」
まだ上り始めだが、広大な海が下に見えてきた。太陽に反射してキラキラと輝くその水は、まるでダイヤモンドのように輝いている。
「夜は夜でロマンティックなんだろうな!」
テンション高めに感想を述べれば、宗一郎は景色ではなく、優しい笑みで俺を見つめていた。
「な、何だよ。そんなに見られたら、照れるだろ」
目を泳がせ、視線を外に集中する。
「宗一郎も……なんか喋れよ」
「うん」
「…………」
「…………」
「って、それだけかよ! ここは二人きりだし、何でも思ったこと吐き出して良いんだぞ」
「思ったこと……」
そう呟いた宗一郎は、一瞬考える素ぶりをしてから口を開いた。
「このまま落ちれば良いのに」
「は?」
「このままさ、ゴンドラが下にズドーンと」
「アホか! 物騒なこと言うなよ!」
「綾人にぃが、思ったこと言えって言うから」
ゴンドラがキィキィと揺れる音が聞こえ、本当に落ちるのではないかと不安になってきた。
「ちょ、あんま揺らすなよ」
無意味にバランスを取っていると、宗一郎がフッと笑って立ち上がった。
「ちょ、何してんだよ!」
「そう簡単に落ちないって」
宗一郎は揺れを物ともせず、俺の横に腰を下ろした。
案の定、ピンク色のゴンドラがこちら側に傾いた。
「バ、こっち来たら、バランスが崩れんだろ。あっち行け、あっち」
しっしっとジェスチャーで伝えれば、宗一郎は心配そうに言った。
「でもさ、本当に落ちた時、隣同士の方が良くない?」
「は? それは、どういう……」
「だって、隣同士の方がすぐに手が届くし、抱き合うことも出来るじゃん。あっちにいたら、死ぬ時バラバラだよ」
「確かに……」
そう思うと、傾いているが、このままの方が良いような気がして来た。
いつもなら全く怖くない観覧車が、恐怖の観覧車になってしまった今、気分転換に明るい話題を振ってみる。
「そういや、宗一郎。これ知ってるか?」
「何?」
「この観覧車って、ピンクのゴンドラは一つだけなんだけどさ」
「へぇ、そうなんだ」
宗一郎は、後ろを振り返って上を覗き込む。
「確かに……全部は分かんないけど、青とか黄色は二つ以上あるね」
「そう。で、このピンクのゴンドラが頂上に着いた時に、キスした二人は、永遠に結ばれるっていう都市伝説があるらしい」
得意げに言えば、宗一郎の顔が一気に冷めた。
「へぇ」
「へぇって、この手の話は、男女問わず好きだろ?」
「それはさ、好き同士の……」
宗一郎が黙ってしまった。
「宗一郎?」
声をかけても無反応。そんなに面白く無かっただろうかと不貞腐れながら後方を確認すれば、もう数分もしたら頂上というところまで来ていた。
とはいえ、毎度のことながら、今回も俺には無縁の都市伝説。そのまま素通りして終わりになるだろう。そう思った時だった。
「綾人にぃ」
「ん?」
宗一郎の方を見た瞬間、唇に何かが当たった。
(へ……?)
今もまだ当たっているそれは、宗一郎の唇だ。
何が起こっているのか分からず思考が停止していたが、次第に頭がクリアになっていく。
唇を離そうと、宗一郎の胸を押しながら離れようとすれば、後頭部をガシッと大きな手のひらに包まれた。更には、反対の腕でしっかりと抱きしめられた。
「んんッ」
抵抗しようにも、宗一郎の方が強すぎて、びくともしない。
「————ッ!?」
舌まで入ってきて、絶対に離さないと言わんばかりに、それは絡みついてくる。
(宗一郎、なんでキスなんて……)
俺は、歩夢の代わりでしか無かったはず。なのに、何で……別に好きでも何でもない男と……どうして?
頂上に着いた時には、涙が出ていた。
宗一郎が言ったように、このまま落ちれば良いのにと思った。このまま、好きな人と抱き合ったまま死ねたらどれだけ良いか————。
それから五分くらい経って、ようやく宗一郎の唇が離れた。しかし、抱きしめられた体はそのままだ。
「……ごめん」
「謝るなら……するなよ」
涙で滲んで、宗一郎の顔が上手く見えない。
「てか、長すぎだし。本気で死ぬかと思ったじゃん」
「だって……頂上って、どこか良くわかんないし……確実に頂上越えないと、叶わないかもだし」
「叶うって、何が……」
自分で言って気が付いた。
「もしかして、都市伝説?」
コクリと宗一郎が頷いた。
「でも、宗一郎は、歩夢さんと……」
「うん。そのつもりだったけど、もうバレちゃったし、幻滅されてるし、逆にもう怖いものないなって思って」
言っている意味がサッパリ分からない。
キョトン顔で見つめていると、宗一郎が優しく微笑んでから、再びチュッと軽いキスを落とした。
「綾人にぃ、愛してる」
「へ?」
「やっぱり、諦めるなんて無理だよ。子供の頃からずっと、綾人にぃしか見てなかったのに」
「……ん?」
子供の頃から、俺しか見てない……?
俺は、自分が誤解していることに、たった今気が付いた。宗一郎が代替した相手、それは俺ではなく、歩夢の方だったということに。
「綾人にぃが振り向いてくれるまで、僕は地道に頑張るよ」
「宗一郎……」
「でも、本当にキスのことはごめんね。これ逃したら、一生結ばれないような気がして……先走っちゃった」
「そうじゃなくて、俺、もう振り向いてるから」
「ん?」
宗一郎が振り返れば、もう既に四分の三を過ぎた辺りだった。抱きしめられていた体もパッと解放された。
「ごめんね。もう着くね」
「そうじゃなくて……」
俺は、袖口で涙を拭ってから、ハッキリと言った。
「俺も、宗一郎が好き」
「え?」
「賭けに負けたから、言わないでおこうと思ってたんだけど……」
両想いで、且つ宗一郎を悩ましていた何かが無くなったのなら、想いを秘めておく必要もない。
「俺も、宗一郎のこと、いつの間にか好きになってて……帰ってきて欲しい」
「うそ……」
今度は、宗一郎の方が泣きそうな顔になっている。
「本当だって」
「でも、僕……僕、穢れて……」
「バカ、そんな言い方すんなよ。俺が天然記念物なだけで、他の奴らなんて、既に彼女三人目とか普通にいるからな。それと一緒だろ」
「綾人にぃ……」
再び抱きつかれそうになり、咄嗟に反対の椅子に逃げた。
「宗一郎、出るぞ」
そこはもう、一番下。スタッフによって、扉が開けられた。
——長いようで短い三十分。永遠かどうかはさて置き、随分と遠回りしてしまった俺たちは、この瞬間、確かに結ばれた。
——おしまい——



