遊園地には、救護室なるものがあるらしい。
初めて入ったそこは、硬めのベッドが二つあり、真ん中はカーテンで仕切られている簡素な部屋で、高校の保健室を思わせる。
「悪いな、宗一郎」
「ごめん、熱があったなんて知らなくて」
「うん。俺も知らんかった」
どうやら、俺は普通に体調が悪かったようだ。そこに精神的ストレスが加わったのだろう。
それより、ここに来るために、宗一郎にお姫様抱っこされてしまった。久々の宗一郎の温もりに、虚しくもドキドキが止まらないんだが。今も宗一郎の温もりが残っている。
「まぁ、でも微熱だし、光がパレード見るまでここにいさせてもらおうぜ」
無理について来てもらって、一番楽しみにしていたパレードを見損ねるなんて可哀想すぎる。
「じゃあ、僕から歩夢先輩にメッセージ入れとくよ」
その名前を聞くと、ちくりと胸が痛む。
しかし、俺の方がお兄さんなので、平常を装い笑顔で返す。
「さんきゅ」
そして、メッセージを打つ宗一郎の手元を見ていると、そのスマホに着信が入った。
「わ、電話かかってきた」
「誰?」
「歩夢先輩。まだメッセージ送ってないんだけどな」
そう言いながら、宗一郎が電話に出れば、ここまで聞こえてくる声量で歩夢が喋り出した。
【宗一郎! オレ帰るから! この男と二人きりなんてもう無理!】
「歩夢先輩、どうしたんですか?」
【どうもこうもないよ! パレードの席取りするって言ったのに、途中でお化け屋敷寄ってさ】
そして、光の声に変わる。
【コイツ、半端なくビビりでさ。遊園地の備品壊しまくって怒られたんだよ。マジでとばっちり】
【とばっちりはこっちだよ! だから、遊園地なんて来たくなかったんだ!】
二人の喧嘩する声に、宗一郎は困惑した顔で俺を見た。目が合い、二人で肩をすくめていたら、歩夢が電話越しに言った。
【あ、そうだ。宗一郎、綾人さんいる?】
「え、いるけど」
【ちょっと電話変わって】
宗一郎は、一瞬躊躇った様子を示したが、スマホを俺に向けた。
「綾人にぃ。歩夢先輩」
それを恐る恐る受け取る。
「光への苦情かな……」
耳にスマホを押し当て「はい」と電話に出れば、先程までとは打って変わって、声量を落として話し出した。
【綾人さん。オレですけど、今日は宗一郎を預かってもらって良いですか?】
「は?」
「綾人にぃ、歩夢先輩なんて?」
宗一郎が聞いてくるが、ひとまず肩をすくめて、スマホから聞こえてくる声に耳を傾ける。
【今日、両親が来る予定で、流石に宗一郎いたらびっくりするだろうし】
「うちは全然大丈夫ですけど……」
複雑な気分ではあるが、嫌なんて言えるはずもない。ただ、宗一郎が来るかどうかは別だ。一泊くらいならネカフェにでも泊まるかもしれない。
【あ、それから……オレ、宗一郎の元カレなんですけど】
「あ、はい……」
【その反応は、もしかして宗一郎から聞きました?】
「まぁ……」
何の嫌がらせだろうと思っていると、歩夢は明るく言った。
【オレ、宗一郎よりも良い男見つけて、綾人さんより幸せになりますんで】
「え……それは、どういう?」
宗一郎より良い男? それは、二股宣言? でも、俺より幸せ……とは?
頭の中にハテナが飛び交っていると、宗一郎にスマホをヒョイと取り上げられた。
「もしもし、歩夢先輩? 何か余計なこと言ったんじゃないでしょうね」
歩夢の声は聞こえず、宗一郎の声だけが部屋の中に響き渡る。
「頑張れって……歩夢先輩は何がしたいんですか!? もう十分引っ掻き回したじゃないですか。これ以上、僕たちに……ちょ、歩夢先輩!」
電話が切れたようだ。
最後の方は、ほぼ怒りに任せて話していた宗一郎は、俺の寝ているベッドの端に項垂れるようにして腰掛けた。
「……宗一郎?」
窺うように宗一郎に声を掛けてみる。が、返事はない。
「おーい、宗ちゃん」
何となく子供の頃に呼んでいた呼び方で呼んでみた。すると、宗一郎は顔を上げてこちらを見た。
「なに? 綾人お兄ちゃん」
「その呼び方、懐かしいな」
「綾人にぃこそ」
互いにフッと笑い、久々に笑い合った——。
そこへ、俺のスマホに、ピロン♪とメッセージが入った。
「あ、光からだ」
「光先輩は何て?」
「えっと……歩夢さんと一緒に帰るって。調子に乗りすぎたって、少し反省してるみたい」
「そっか。もっとやってくれても良かったのに」
「え?」
宗一郎の口から、ブラック発言が聞こえて来たような……。
「残念、もっと遊びたかったね」
気のせいだったようだ。
「せっかくだから、もう少し遊んで帰るか?」
「ううん。綾人にぃが心配だから、大丈夫」
「じゃ、また……」
また来ようと言いたかったけれど、俺はそういう立ち位置ではない。ぐっと飲み込んだ。
「さっき、歩夢さんから、宗一郎を預かってくれって言われたんだけど」
「あー、うん……」
宗一郎は、バツが悪そうに頭を掻いた。
「一泊……させてもらっても良い?」
「当たり前だろ。気にすんな」
俺は少しばかり気にするが、そんな度量が狭いことは言えるはずもない。
そして、ふと窓から外にある観覧車が目に映った。
「最後にさ、あれだけ乗らね?」
「僕は良いけど……綾人にぃ、大丈夫?」
「平気平気。なんならフリーフォール乗れそう」
「いや、さすがにそれはやめて。全力で連れて帰るよ」
「ははは、冗談だって」
「冗談に聞こえない」
呆れたように困った顔で見てくる宗一郎と、俺は最後に思い出作りがしたかった。多分、これからは今まで同様に、幼馴染として接することは出来そうにない気がするから——。
初めて入ったそこは、硬めのベッドが二つあり、真ん中はカーテンで仕切られている簡素な部屋で、高校の保健室を思わせる。
「悪いな、宗一郎」
「ごめん、熱があったなんて知らなくて」
「うん。俺も知らんかった」
どうやら、俺は普通に体調が悪かったようだ。そこに精神的ストレスが加わったのだろう。
それより、ここに来るために、宗一郎にお姫様抱っこされてしまった。久々の宗一郎の温もりに、虚しくもドキドキが止まらないんだが。今も宗一郎の温もりが残っている。
「まぁ、でも微熱だし、光がパレード見るまでここにいさせてもらおうぜ」
無理について来てもらって、一番楽しみにしていたパレードを見損ねるなんて可哀想すぎる。
「じゃあ、僕から歩夢先輩にメッセージ入れとくよ」
その名前を聞くと、ちくりと胸が痛む。
しかし、俺の方がお兄さんなので、平常を装い笑顔で返す。
「さんきゅ」
そして、メッセージを打つ宗一郎の手元を見ていると、そのスマホに着信が入った。
「わ、電話かかってきた」
「誰?」
「歩夢先輩。まだメッセージ送ってないんだけどな」
そう言いながら、宗一郎が電話に出れば、ここまで聞こえてくる声量で歩夢が喋り出した。
【宗一郎! オレ帰るから! この男と二人きりなんてもう無理!】
「歩夢先輩、どうしたんですか?」
【どうもこうもないよ! パレードの席取りするって言ったのに、途中でお化け屋敷寄ってさ】
そして、光の声に変わる。
【コイツ、半端なくビビりでさ。遊園地の備品壊しまくって怒られたんだよ。マジでとばっちり】
【とばっちりはこっちだよ! だから、遊園地なんて来たくなかったんだ!】
二人の喧嘩する声に、宗一郎は困惑した顔で俺を見た。目が合い、二人で肩をすくめていたら、歩夢が電話越しに言った。
【あ、そうだ。宗一郎、綾人さんいる?】
「え、いるけど」
【ちょっと電話変わって】
宗一郎は、一瞬躊躇った様子を示したが、スマホを俺に向けた。
「綾人にぃ。歩夢先輩」
それを恐る恐る受け取る。
「光への苦情かな……」
耳にスマホを押し当て「はい」と電話に出れば、先程までとは打って変わって、声量を落として話し出した。
【綾人さん。オレですけど、今日は宗一郎を預かってもらって良いですか?】
「は?」
「綾人にぃ、歩夢先輩なんて?」
宗一郎が聞いてくるが、ひとまず肩をすくめて、スマホから聞こえてくる声に耳を傾ける。
【今日、両親が来る予定で、流石に宗一郎いたらびっくりするだろうし】
「うちは全然大丈夫ですけど……」
複雑な気分ではあるが、嫌なんて言えるはずもない。ただ、宗一郎が来るかどうかは別だ。一泊くらいならネカフェにでも泊まるかもしれない。
【あ、それから……オレ、宗一郎の元カレなんですけど】
「あ、はい……」
【その反応は、もしかして宗一郎から聞きました?】
「まぁ……」
何の嫌がらせだろうと思っていると、歩夢は明るく言った。
【オレ、宗一郎よりも良い男見つけて、綾人さんより幸せになりますんで】
「え……それは、どういう?」
宗一郎より良い男? それは、二股宣言? でも、俺より幸せ……とは?
頭の中にハテナが飛び交っていると、宗一郎にスマホをヒョイと取り上げられた。
「もしもし、歩夢先輩? 何か余計なこと言ったんじゃないでしょうね」
歩夢の声は聞こえず、宗一郎の声だけが部屋の中に響き渡る。
「頑張れって……歩夢先輩は何がしたいんですか!? もう十分引っ掻き回したじゃないですか。これ以上、僕たちに……ちょ、歩夢先輩!」
電話が切れたようだ。
最後の方は、ほぼ怒りに任せて話していた宗一郎は、俺の寝ているベッドの端に項垂れるようにして腰掛けた。
「……宗一郎?」
窺うように宗一郎に声を掛けてみる。が、返事はない。
「おーい、宗ちゃん」
何となく子供の頃に呼んでいた呼び方で呼んでみた。すると、宗一郎は顔を上げてこちらを見た。
「なに? 綾人お兄ちゃん」
「その呼び方、懐かしいな」
「綾人にぃこそ」
互いにフッと笑い、久々に笑い合った——。
そこへ、俺のスマホに、ピロン♪とメッセージが入った。
「あ、光からだ」
「光先輩は何て?」
「えっと……歩夢さんと一緒に帰るって。調子に乗りすぎたって、少し反省してるみたい」
「そっか。もっとやってくれても良かったのに」
「え?」
宗一郎の口から、ブラック発言が聞こえて来たような……。
「残念、もっと遊びたかったね」
気のせいだったようだ。
「せっかくだから、もう少し遊んで帰るか?」
「ううん。綾人にぃが心配だから、大丈夫」
「じゃ、また……」
また来ようと言いたかったけれど、俺はそういう立ち位置ではない。ぐっと飲み込んだ。
「さっき、歩夢さんから、宗一郎を預かってくれって言われたんだけど」
「あー、うん……」
宗一郎は、バツが悪そうに頭を掻いた。
「一泊……させてもらっても良い?」
「当たり前だろ。気にすんな」
俺は少しばかり気にするが、そんな度量が狭いことは言えるはずもない。
そして、ふと窓から外にある観覧車が目に映った。
「最後にさ、あれだけ乗らね?」
「僕は良いけど……綾人にぃ、大丈夫?」
「平気平気。なんならフリーフォール乗れそう」
「いや、さすがにそれはやめて。全力で連れて帰るよ」
「ははは、冗談だって」
「冗談に聞こえない」
呆れたように困った顔で見てくる宗一郎と、俺は最後に思い出作りがしたかった。多分、これからは今まで同様に、幼馴染として接することは出来そうにない気がするから——。



