※綾人視点に戻ります※
五限目、大学の第三講義室。講師の声がマイクを通して聞こえるが、全くと言って良いほどに頭に入ってこない。
ぼんやりとしながら、机の下でスマホを覗く。
(はぁ……)
ロック画面には、何も表示されていない。
つまり、新着通知は来ていないということ。俺は朝から何通も宗一郎にメッセージを送っているのに、何一つ返信がないのだ。
内容自体は、そんなに重いものでもない。
『おい、一言も言わずに出ていくなよ』『光熱費どうすんだよ。二倍だぞ』『おーい』『宗一郎』『ソフレ契約破ったから、針千本飲めよ〜』『あ、やっぱ飲むなよ。宗一郎、冗談通じない時あるからな』
そして、もう一通送ってみる。
『プリン研究会、これから集まるぞー』
これで来なかったら虚しいが、プリンが俺を慰めてくれる。
ついでに賭けもしてみよう。
宗一郎が来れば、この想いを告げよう。来なければ——。
俺は、隣に座る光をチラリと横目に見た。
来なければ、光とやけ酒でもするかな。
——光には、今朝きちんと返事をした。お付き合いは出来ないと。
『ごめん。光、俺……』
『はは、取られちゃったかぁ』
『マジ、ごめんな。でも、親友として、これからも一緒にいて下さい』
丁寧に頭を下げれば、光はその場に項垂れた。そして、次の瞬間には笑って言った。
『分かってたけどさ、正直キツいな』
『光……。けど、嬉しかったし……ありがとな、俺を好きでいてくれて』
『これからも好きだけどな』
『光って、諦め悪いもんな』
二人で笑い合った——。
そんなこんなで、もしもプリン研究会に宗一郎が来なければ、この想いは封印しよう。
夢にあんなにもうなされ、家を出ていく程に俺は宗一郎を悩ませているのだ。単に付き合ったら解決する問題でもないだろうし、昨日の感じでは、きっと付き合ってしまった方が、宗一郎を一層悩ませることになりそうだ。
だから、本来ならば、何事もなかったように幼馴染として、兄弟のような関係に戻るのが一番だ。それは分かっているが、この想いに気付いてしまった今、宗一郎や光が俺を求めたように、俺だって宗一郎を求めたい。求めてダメになるようなら、そこは潔く諦めよう。
賭けに勝てるかどうかが危ういところではあるが……。
◇◇◇◇
そして、講義が終わった後——俺はプリン研究会の部室で一人、かれこれ三十分はプリンを食べている。
とはいえ、ゆっくりと観察してから、ついでにレポートなんてものも書いているので、プリンはまだ二つ目だ。
経済学部に入った俺だが、将来は新作プリンの開発なんかに携わる仕事をしてみたいと、本気で思うことがある。ダメ元で、この三年間に書き上げたレポートを持って面接に行くのもありかもしれない。
ただ、四年生の先輩も同じことをして、御祈りメールがきている。大好きなプリンを嫌いになってしまいそうな気もして、悩むところだ。
「はぁ……」
講義自体が五限目まであったので、何だかんだ時計は十八時半。外も暗い。
宗一郎は、もう来ないだろう。
諦めていたその時——。
ブー、ブーと、机の上に置いていたスマホのバイブ音が鳴り出した。表示されているのは、宗一郎。
急いでペンを置いて、スマホを耳に押し当てた。
「宗一郎!」
【もしもし】
しかし、聞こえて来たのは、宗一郎の声ではない。
「あの……」
【綾人さん、今週の土曜日空いてます?】
「その声……」
【ちょ、歩夢先輩。勝手にかけないで下さい】
【だって、宗一郎がいつまで経ってもかけないから】
電話の向こうには、宗一郎と歩夢の揉めている声。
(やっぱ、宗一郎の言ってる歩夢先輩って……コンビニで会ったあの土屋歩夢だ。今、一緒にいるのか……)
なんだか、胸がモヤっとする。苛々する。
モヤっとする胸を押さえながら、苛立ちを隠すように言った。
「用事がないなら切るぞ」
【あ、待って。綾人さん】
呼び止めたのは歩夢の方だ。宗一郎でなかったことに、更に苛々が増す。
「あの、あなたは宗一郎の何なんですか?」
聞けば、焦った様子で『自分で誘いますから』と言って、宗一郎が変わる。
【綾人にぃ、ごめん。今週の土曜日空いてる? 遊園地行かない?】
「は?」
【歩夢先輩にチケットもらって……会えない……かな?】
次の土曜日は、宗一郎の誕生日。去年から、その日は二人でお祝いしようと予定は空けていた。
けれど、俺から距離を置こうと家まで出て行った宗一郎が、何故今になって誘ってくるのか。不自然極まりない。
そう思いながらも、俺の気持ちは今や宗一郎にしか向いていない。
「良いよ」
【え、良いの?】
「自分から誘っておいて、その返事はなんだよ」
【あ、いや、その……光先輩のこともあるし、断るかなって……】
「光には、ちゃんと返事したから。付き合えないって」
【え……】
その声は、驚きと喜びが混じっていた。しかし、宗一郎の声は、何故かくぐもった。
【そっか……綾人にぃは、普通に女の子が好きだしね】
「そうじゃなくて」
俺の気持ちを電話で伝えるのか? メールよりは良いと思うが、賭けは俺の負けだ。宗一郎は、この場所に来なかった。それが事実。宗一郎とも、今まで通り幼馴染として接しよう。
「せっかくだから、四人で行かね?」
【え?】
「光と、そこにいる歩夢先輩と。仲良いんだろ?」
家を出たその日に会う人と仲が悪いわけがない。鈍い俺は、素直にそう思ってしまった。
【そ、そうだね。人数多い方が楽しいもんね。じゃ、また時間とか詳細は送るね】
「あ、ちょっと待って」
【なに?】
一旦息をついてから、俺は優しく言った。
「いつでも戻って来て良いからな」
【……うん】
——電話を切った俺は、プリンのレポートを書くことで、気持ちを落ち着かせた。
五限目、大学の第三講義室。講師の声がマイクを通して聞こえるが、全くと言って良いほどに頭に入ってこない。
ぼんやりとしながら、机の下でスマホを覗く。
(はぁ……)
ロック画面には、何も表示されていない。
つまり、新着通知は来ていないということ。俺は朝から何通も宗一郎にメッセージを送っているのに、何一つ返信がないのだ。
内容自体は、そんなに重いものでもない。
『おい、一言も言わずに出ていくなよ』『光熱費どうすんだよ。二倍だぞ』『おーい』『宗一郎』『ソフレ契約破ったから、針千本飲めよ〜』『あ、やっぱ飲むなよ。宗一郎、冗談通じない時あるからな』
そして、もう一通送ってみる。
『プリン研究会、これから集まるぞー』
これで来なかったら虚しいが、プリンが俺を慰めてくれる。
ついでに賭けもしてみよう。
宗一郎が来れば、この想いを告げよう。来なければ——。
俺は、隣に座る光をチラリと横目に見た。
来なければ、光とやけ酒でもするかな。
——光には、今朝きちんと返事をした。お付き合いは出来ないと。
『ごめん。光、俺……』
『はは、取られちゃったかぁ』
『マジ、ごめんな。でも、親友として、これからも一緒にいて下さい』
丁寧に頭を下げれば、光はその場に項垂れた。そして、次の瞬間には笑って言った。
『分かってたけどさ、正直キツいな』
『光……。けど、嬉しかったし……ありがとな、俺を好きでいてくれて』
『これからも好きだけどな』
『光って、諦め悪いもんな』
二人で笑い合った——。
そんなこんなで、もしもプリン研究会に宗一郎が来なければ、この想いは封印しよう。
夢にあんなにもうなされ、家を出ていく程に俺は宗一郎を悩ませているのだ。単に付き合ったら解決する問題でもないだろうし、昨日の感じでは、きっと付き合ってしまった方が、宗一郎を一層悩ませることになりそうだ。
だから、本来ならば、何事もなかったように幼馴染として、兄弟のような関係に戻るのが一番だ。それは分かっているが、この想いに気付いてしまった今、宗一郎や光が俺を求めたように、俺だって宗一郎を求めたい。求めてダメになるようなら、そこは潔く諦めよう。
賭けに勝てるかどうかが危ういところではあるが……。
◇◇◇◇
そして、講義が終わった後——俺はプリン研究会の部室で一人、かれこれ三十分はプリンを食べている。
とはいえ、ゆっくりと観察してから、ついでにレポートなんてものも書いているので、プリンはまだ二つ目だ。
経済学部に入った俺だが、将来は新作プリンの開発なんかに携わる仕事をしてみたいと、本気で思うことがある。ダメ元で、この三年間に書き上げたレポートを持って面接に行くのもありかもしれない。
ただ、四年生の先輩も同じことをして、御祈りメールがきている。大好きなプリンを嫌いになってしまいそうな気もして、悩むところだ。
「はぁ……」
講義自体が五限目まであったので、何だかんだ時計は十八時半。外も暗い。
宗一郎は、もう来ないだろう。
諦めていたその時——。
ブー、ブーと、机の上に置いていたスマホのバイブ音が鳴り出した。表示されているのは、宗一郎。
急いでペンを置いて、スマホを耳に押し当てた。
「宗一郎!」
【もしもし】
しかし、聞こえて来たのは、宗一郎の声ではない。
「あの……」
【綾人さん、今週の土曜日空いてます?】
「その声……」
【ちょ、歩夢先輩。勝手にかけないで下さい】
【だって、宗一郎がいつまで経ってもかけないから】
電話の向こうには、宗一郎と歩夢の揉めている声。
(やっぱ、宗一郎の言ってる歩夢先輩って……コンビニで会ったあの土屋歩夢だ。今、一緒にいるのか……)
なんだか、胸がモヤっとする。苛々する。
モヤっとする胸を押さえながら、苛立ちを隠すように言った。
「用事がないなら切るぞ」
【あ、待って。綾人さん】
呼び止めたのは歩夢の方だ。宗一郎でなかったことに、更に苛々が増す。
「あの、あなたは宗一郎の何なんですか?」
聞けば、焦った様子で『自分で誘いますから』と言って、宗一郎が変わる。
【綾人にぃ、ごめん。今週の土曜日空いてる? 遊園地行かない?】
「は?」
【歩夢先輩にチケットもらって……会えない……かな?】
次の土曜日は、宗一郎の誕生日。去年から、その日は二人でお祝いしようと予定は空けていた。
けれど、俺から距離を置こうと家まで出て行った宗一郎が、何故今になって誘ってくるのか。不自然極まりない。
そう思いながらも、俺の気持ちは今や宗一郎にしか向いていない。
「良いよ」
【え、良いの?】
「自分から誘っておいて、その返事はなんだよ」
【あ、いや、その……光先輩のこともあるし、断るかなって……】
「光には、ちゃんと返事したから。付き合えないって」
【え……】
その声は、驚きと喜びが混じっていた。しかし、宗一郎の声は、何故かくぐもった。
【そっか……綾人にぃは、普通に女の子が好きだしね】
「そうじゃなくて」
俺の気持ちを電話で伝えるのか? メールよりは良いと思うが、賭けは俺の負けだ。宗一郎は、この場所に来なかった。それが事実。宗一郎とも、今まで通り幼馴染として接しよう。
「せっかくだから、四人で行かね?」
【え?】
「光と、そこにいる歩夢先輩と。仲良いんだろ?」
家を出たその日に会う人と仲が悪いわけがない。鈍い俺は、素直にそう思ってしまった。
【そ、そうだね。人数多い方が楽しいもんね。じゃ、また時間とか詳細は送るね】
「あ、ちょっと待って」
【なに?】
一旦息をついてから、俺は優しく言った。
「いつでも戻って来て良いからな」
【……うん】
——電話を切った俺は、プリンのレポートを書くことで、気持ちを落ち着かせた。



