※宗一郎視点です※
一方、綾人にぃの朝食を作って家を出た僕は、大きなキャリーケース片手に歩夢先輩の家の前にいる。まさか、隣が光先輩の部屋とは……どんな皮肉だろうか。
——ピンポン。
躊躇いがちにインターフォンを一度鳴らせば、中から返事が聞こえてきた。
「はぁい」
ガチャリと扉が開けば、歯ブラシを咥えた歩夢先輩が現れた。
「は? ちょ、え!?」
僕を見た歩夢先輩は、驚きのあまり慌てふためいている。
そんな歩夢先輩を押し退けるようにして、僕はズカズカと中に入った。
「失礼します」
「ちょ、宗一郎。朝から何しに来たの?」
「何って、歩夢先輩が来いって言うから来たんですけど」
「来いとは言ったけど、月曜の朝から来いとは言ってない。オレも今から学校あるし」
「じゃあ、待ってます」
僕は奥の絨毯が敷いてある部屋で、ビーズクッションをヒョイと抱っこしながら座った。
「待つって、宗一郎も大学あるでしょ」
「大丈夫です。暫く休みますから」
「は? 何で」
「歩夢先輩の望み通りにしたまでです」
「……ん? 望み?」
シャカシャカと歯磨きの続きをし始めた歩夢先輩は、洗面所で、最後の仕上げにうがいをした。そのまま顔も洗って、タオルで水気を拭きながらやってきた。
そして、持っているタオルをパサリと机の上に置いたかと思えば、歩夢先輩は悪戯な笑みを浮かべ、俺の背後からねっとりと首に絡みついてきた。
「てか、その大荷物なに? 家出でもしてきた?」
耳元で囁かれゾワリとする感覚は、昔付き合っていた頃を思い出させる。
綾人にぃを諦めた僕は、今や開き直っている。怯えることもなく、淡々と言った。
「学校あるんですよね? 遅刻しますよ」
「宗一郎といる方が楽しそうだから休むよ」
「そうですか」
「なんか、言い方冷たくない? 昔はもっと優しかったよ」
「そうですか? 変わりませんよ。それより」
歩夢先輩の手を取り、後ろを振り返った僕は、彼をその場に押し倒した。そして、その上に馬乗りになるように跨り、真っ直ぐにその瞳を見据えた。
「僕をどうしたいんですか?」
歩夢先輩は、動じることなくニヒルな笑みを浮かべたまま応える。
「どうしたいって、幸せになってもらいたいだけだけど?」
僕の幸せを壊しておいて、良くもそんなことが言えたものだ。と殴ってやりたいところだが、僕が歩夢先輩を綾人にぃの代わりにしていたことが、そもそもの原因。歩夢先輩は悪くない。むしろ悪いのは、この僕だ。
「でも、一年くらい前かな。宗一郎を見かけた時は、さすがに驚いたよ。神様も悪戯が過ぎるよね」
「…………」
「しかも、宗一郎の大好きな『綾人にぃ』と同棲してるって分かって、笑いしか出なかったよ」
はははと乾いた笑みを漏らす歩夢先輩は、どこか寂しそう。そして、その顔は……今の僕と同じ。
「歩夢先輩、僕」
「宗一郎、あいし……」
歩夢先輩は、言いかけた言葉を飲み込み、僕の体を軽く押し返しながら起き上がった。
「行くとこ、あるの?」
その問いに首を横に振れば、溜め息を一つ吐かれた。
「宗一郎、そういうところあるよね」
「だって……」
僕だって、新しい部屋を探してから、あの家を出ようと思った。思ったのに、綾人にぃが添い寝をしてくるから……あのまま綾人にぃといると、決意が揺らいでしまいそうだった。
僕は、この秘密を墓場まで持っていく。綾人にぃに幻滅されるくらいなら、僕は……僕は、ここにいる歩夢先輩と共に生きていく。別れる時も『愛してる』と言ってくれた歩夢先輩と。それが、この人の望みなら——。
「ッたく、世話が焼けるなぁ」
やれやれと歩夢先輩は、そこにあるリュックを手繰り寄せ、中を漁り始めた。
「……?」
「あ、あった。はい、これ」
手渡されたのは、長方形の薄い封筒のようなもの。丁寧に包装紙に包まれており、中身はみえない。
「これは……?」
「誕生日プレゼント。来週末、宗一郎の誕生日でしょ」
「歩夢先輩……」
「まさか、こんな早く来るなんて思ってなかったからさ、買うの明日にしようか悩んでたんだけど、昨日買ってて正解だったよ」
昨日、綾人にぃのバイトの送迎中に来た歩夢先輩からのメッセージ。内容は『近々、うちに来て』だった。
誕生日プレゼントを渡す為だったとは。てっきり、一回目の金の請求、若しくは体で……かと思っていた。
「え、でも、プレゼントなら誕生日の日に渡して欲しいんですけど」
「そんな悠長にしてたら、取られるよ」
「取られる?」
「家を出てきたってことは、何かトラブルがあったんでしょ?」
「まぁ……」
元凶は、洗いざらい綾人にぃに僕の過去を曝露すると脅してくる歩夢先輩だが……。白々しく、全く何も知りませんといった顔をするのはやめていただきたいものだ。
そして、包装紙の中身は、遊園地のチケットだった。
「二人で行って来なよ」
「……え?」
「彼女が出来たら行ってみたい所らしいよ。顔は似てるけど、やっぱオレとは違うね。オレ、遊園地大っ嫌いだし」
わざとらしく顔を青くして見せる歩夢先輩。一体、何がしたいのだろうか……。
「頑張って誘いなよ。じゃないと、どうなるか分かってるよね?」
「……はい」
(ただ単に、嫌がらせがしたいだけか)
叶わぬ恋の相手と一緒にデートほど虚しいものはない。
しかし、この嫌がらせは成功しないだろう。
何故なら、そもそも断られるはずだから。綾人にぃは、光先輩と付き合うのだ——。
一方、綾人にぃの朝食を作って家を出た僕は、大きなキャリーケース片手に歩夢先輩の家の前にいる。まさか、隣が光先輩の部屋とは……どんな皮肉だろうか。
——ピンポン。
躊躇いがちにインターフォンを一度鳴らせば、中から返事が聞こえてきた。
「はぁい」
ガチャリと扉が開けば、歯ブラシを咥えた歩夢先輩が現れた。
「は? ちょ、え!?」
僕を見た歩夢先輩は、驚きのあまり慌てふためいている。
そんな歩夢先輩を押し退けるようにして、僕はズカズカと中に入った。
「失礼します」
「ちょ、宗一郎。朝から何しに来たの?」
「何って、歩夢先輩が来いって言うから来たんですけど」
「来いとは言ったけど、月曜の朝から来いとは言ってない。オレも今から学校あるし」
「じゃあ、待ってます」
僕は奥の絨毯が敷いてある部屋で、ビーズクッションをヒョイと抱っこしながら座った。
「待つって、宗一郎も大学あるでしょ」
「大丈夫です。暫く休みますから」
「は? 何で」
「歩夢先輩の望み通りにしたまでです」
「……ん? 望み?」
シャカシャカと歯磨きの続きをし始めた歩夢先輩は、洗面所で、最後の仕上げにうがいをした。そのまま顔も洗って、タオルで水気を拭きながらやってきた。
そして、持っているタオルをパサリと机の上に置いたかと思えば、歩夢先輩は悪戯な笑みを浮かべ、俺の背後からねっとりと首に絡みついてきた。
「てか、その大荷物なに? 家出でもしてきた?」
耳元で囁かれゾワリとする感覚は、昔付き合っていた頃を思い出させる。
綾人にぃを諦めた僕は、今や開き直っている。怯えることもなく、淡々と言った。
「学校あるんですよね? 遅刻しますよ」
「宗一郎といる方が楽しそうだから休むよ」
「そうですか」
「なんか、言い方冷たくない? 昔はもっと優しかったよ」
「そうですか? 変わりませんよ。それより」
歩夢先輩の手を取り、後ろを振り返った僕は、彼をその場に押し倒した。そして、その上に馬乗りになるように跨り、真っ直ぐにその瞳を見据えた。
「僕をどうしたいんですか?」
歩夢先輩は、動じることなくニヒルな笑みを浮かべたまま応える。
「どうしたいって、幸せになってもらいたいだけだけど?」
僕の幸せを壊しておいて、良くもそんなことが言えたものだ。と殴ってやりたいところだが、僕が歩夢先輩を綾人にぃの代わりにしていたことが、そもそもの原因。歩夢先輩は悪くない。むしろ悪いのは、この僕だ。
「でも、一年くらい前かな。宗一郎を見かけた時は、さすがに驚いたよ。神様も悪戯が過ぎるよね」
「…………」
「しかも、宗一郎の大好きな『綾人にぃ』と同棲してるって分かって、笑いしか出なかったよ」
はははと乾いた笑みを漏らす歩夢先輩は、どこか寂しそう。そして、その顔は……今の僕と同じ。
「歩夢先輩、僕」
「宗一郎、あいし……」
歩夢先輩は、言いかけた言葉を飲み込み、僕の体を軽く押し返しながら起き上がった。
「行くとこ、あるの?」
その問いに首を横に振れば、溜め息を一つ吐かれた。
「宗一郎、そういうところあるよね」
「だって……」
僕だって、新しい部屋を探してから、あの家を出ようと思った。思ったのに、綾人にぃが添い寝をしてくるから……あのまま綾人にぃといると、決意が揺らいでしまいそうだった。
僕は、この秘密を墓場まで持っていく。綾人にぃに幻滅されるくらいなら、僕は……僕は、ここにいる歩夢先輩と共に生きていく。別れる時も『愛してる』と言ってくれた歩夢先輩と。それが、この人の望みなら——。
「ッたく、世話が焼けるなぁ」
やれやれと歩夢先輩は、そこにあるリュックを手繰り寄せ、中を漁り始めた。
「……?」
「あ、あった。はい、これ」
手渡されたのは、長方形の薄い封筒のようなもの。丁寧に包装紙に包まれており、中身はみえない。
「これは……?」
「誕生日プレゼント。来週末、宗一郎の誕生日でしょ」
「歩夢先輩……」
「まさか、こんな早く来るなんて思ってなかったからさ、買うの明日にしようか悩んでたんだけど、昨日買ってて正解だったよ」
昨日、綾人にぃのバイトの送迎中に来た歩夢先輩からのメッセージ。内容は『近々、うちに来て』だった。
誕生日プレゼントを渡す為だったとは。てっきり、一回目の金の請求、若しくは体で……かと思っていた。
「え、でも、プレゼントなら誕生日の日に渡して欲しいんですけど」
「そんな悠長にしてたら、取られるよ」
「取られる?」
「家を出てきたってことは、何かトラブルがあったんでしょ?」
「まぁ……」
元凶は、洗いざらい綾人にぃに僕の過去を曝露すると脅してくる歩夢先輩だが……。白々しく、全く何も知りませんといった顔をするのはやめていただきたいものだ。
そして、包装紙の中身は、遊園地のチケットだった。
「二人で行って来なよ」
「……え?」
「彼女が出来たら行ってみたい所らしいよ。顔は似てるけど、やっぱオレとは違うね。オレ、遊園地大っ嫌いだし」
わざとらしく顔を青くして見せる歩夢先輩。一体、何がしたいのだろうか……。
「頑張って誘いなよ。じゃないと、どうなるか分かってるよね?」
「……はい」
(ただ単に、嫌がらせがしたいだけか)
叶わぬ恋の相手と一緒にデートほど虚しいものはない。
しかし、この嫌がらせは成功しないだろう。
何故なら、そもそも断られるはずだから。綾人にぃは、光先輩と付き合うのだ——。



