好き避け年下幼馴染は、拗らせすぎ!? ソフレ契約、勝手に破んなよ!

 晴れた空は、既に西の方からオレンジ色にグラデーションがかかっている。
 風は冷たく、薄手の上着がないと肌寒い。
 ——部室を飛び出した俺は、すぐに家に帰る気にもなれず、コンビニに寄った。
「ッたく、アイツら俺のこと嫌いなのかな」
 ぶつぶつと文句を言いながら、缶チューハイを買い物カゴに入れ、つまみになりそうなオヤツを探しに隣のレーンに向かう。
 そして、ふと鍋の出汁が目に入る。
(そういや、今日、今年最初の鍋するって話してたな……)
 本日はバイトもないし、明日も大学は休み。晩御飯に鍋を食べて、明日の朝はダラっとしながら残りの出汁で雑炊にしようと、宗一郎と話をしていたのだ。
 しかし、今日のはさすがの俺も腹を立てている。いつものように笑って一緒にご飯を食べられる自信がない。
(いっそ晩飯も食べて帰るか)
 ナッツとチョコレートをカゴに入れつつ、弁当コーナーに向かう。
 一割引シールの貼られた牛丼を取ろうと手を伸ばしたその時————。
「「あ、すみません」」
 他の客と手が触れ合い、咄嗟に手を引っ込める。
「どうぞ」
 俺と同い年くらいの青年にそれを譲る。しかし、彼もまた遠慮がちに譲ってくる。
「あ、いえ、どうぞどうぞ」
「いやいや、どうぞどうぞ」
「いえいえ、どうぞどうぞ」
 拉致が開かなくなっていると、スッと別の手が横から伸びた。つなぎを着た中年男性が、それを掻っ攫って行ってしまった。
 ポツンと残された俺と彼の視線が交差した。
 一瞬の静寂が漂い、二人してフッと笑った。
「俺、これにします」
 チキン南蛮弁当を手に取った。
「じゃ、オレもそれにします」
 もう一つあったチキン南蛮弁当を彼も取った。
 そして、彼は俺のカゴの中をチラリと見た。
「今日は一人分なんですね」
「……?」
 今日は……って、俺はこの人と何処かで会っただろうか。
 記憶を遡っていると、彼は慌てて補足した。
「あ、いや、前にスーパーで見かけて。いつも二人分買ってるイメージだったので」
「スーパーって、あそこの激安のマルイ?」
「そうですそうです。オレんち、すぐ近くなんで」
「俺もです」
「そうだ!」
 彼は買い物かごから缶ビールを取り出して見せた。
「せっかくなんで、一緒に飲みません?」
「……え」
 悪そうな人ではないが、俺はそこまでの社交性を持ち合わせていない。しかも、名前も知らない男性と酒……ないな。
「いえ、俺は帰るんで」
「マジで? 良い感じだったのに、普通ここで断ります?」
「それは、人それぞれじゃないですかね」
「そう言わず。ね」
「ね……って言われても。名前も知らないですし、今日は一人で飲みたい気分なんで」
 愛想笑いしつつ、俺はレジに向かった。
歩夢(あゆむ)です。土屋(つちや)歩夢(あゆむ)。せっかくオレら知り合えたのに、一杯だけでも」
 思った以上にしつこい歩夢を無視し、俺はレジにカゴを置く。店員は弁当を手に取り、気の抜けた接客を始める。
「お弁当、温めますか?」
「いえ、そのままで。箸とおしぼり付けて下さい。バーコード決済で」
 歩夢にこのまま付き纏われても嫌なので、俺は巻きに巻いてレジを済ませる。そして、そのまま店外へ——。
 しかし、隣のレジで歩夢も早々にレジを済ませたようで、案の定付いてきた。
「ねぇ、お兄さんの名前は?」
「名乗る程の者では御座いませんので」
 早足で歩いていると、後ろから俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「綾人!」
「げ、光」
 光に見つかってしまった。光が走ってくる姿が遠くに見えた。
 俺の怒りはまだ続いているので走って逃げたいが、ただ、ここにはもう一人、厄介……いや、不審な人がいる。
「えっと、歩夢さんでしたっけ。友人来たんで、俺はこれで」
 歩夢は光を見ながら小さく舌打ちした。そして、俺の顔を見て笑顔で手を振った。
「じゃ、また会えたら一杯付き合って下さいね。綾人さん」
「なんで名前……」
 って、光が呼んでたからか。
 ひとまず歩夢は引いてくれたので安堵する。
 そこへ、光が息を切らしながらやってきた。
「綾人! マジでごめんって!」
「うん。ありがとう」
「ありがとうって、許してくれんのか?」
「許さねぇよ。親友だと思ってた奴に裏切られたんだぞ! お前なんて絶交だ! けど、助かったから、ありがとう」
 矛盾した返答をしていると、光は歩夢の去った方をチラリと一瞥した。
「てか、綾人。さっきのは?」
「知らない人。飲み、誘われた」
「は? ナンパ?」
「んな訳ないだろ」
「もしかして、行く気だったのか?」
「行かねぇよ」
 話しかけられたのが大学内だったなら、俺だって付いて行っていたかもしれない。けれど、コンビニでたまたま会った男性と……無理だ。まず話がもたない。
「じゃ、俺は帰るから」
 光に背を向ければ、持っていたコンビニ袋をパッと奪われた。
「ちょ、光。何すんだよ」
「送る」
「良いよ。返せ」
「やだ」
 そう言って、光は俺の半歩前を歩き出した。
「あいつ、宗一郎が心配してるぞ」
「知ってるよ。もう二十件近く着信あるし」
「出ねぇの?」
「出ない。そして、今日は添い寝もしてやんねぇ」
「は?」
 ヤバッ。添い寝は内緒だったのに。
 光は立ち止まって俺を見た。
「添い寝って? お前、あいつと……」
「いや、違うぞ。ホラー映画とか見た時にさ、怖くて寝らんない時にだな」
「添い寝してんのか?」
「ハハハ」
 ここは笑って誤魔化すのが一番だ。否、キモいとドン引きされるのが分かっているから、笑っていないと精神がもたない。
「綾人」
 静かに名前を呼ばれ、ドキリとする。
「な、なんだよ。キモいって笑えば良いだろ」
 フンとそっぽを向きながら歩き出そうとすれば、光に腕を掴まれた。
「来て」
「来てって、どこに」
 光は俺を引っ張るようにして歩き出す。そして、俺の住むアパートの方ではない道を選択して進んでいく。
「俺んちで飲もうぜ。最近、綾人全然遊んでくれないじゃん」
「だって、宗一郎いるしさ」
「俺より宗一郎が大事なんだ?」
「いや、そういう訳じゃ……」
 言われてみれば、宗一郎が変わってからの二週間、光の誘いを全て断っている気がする。このままでは、親友に愛想を尽かされてしまう。
「分かった。じゃ、お酒、追加で買って帰ろうぜ。俺、一本しか買ってないし」
 俺は宗一郎からの着信を無視して、光の家に向かった——。