「ちょ、宗一郎! お前、また水出しっぱじゃん!」
洗面所の水をキュッキュッと強く締めながら怒れば、何とも気の抜けた返事が返ってきた。
「へ? そうだった?」
「そうだった? じゃねーよ! 水道代、バカになんねぇんだからな! 何のためのルームシェアだよ」
俺こと水野 綾人大学三年生(二十一歳)は、一つ歳下の火村 宗一郎とルームシェアをしている。
宗一郎とは、実家が近所の幼馴染で、俺の弟のような存在だった。だったと過去形なのも、俺が小学三年生の時に、宗一郎は転校してしまったのだ。
そして、大学一年生の冬、急に母親から連絡がきた——。
『綾人。宗ちゃんがあんたと同じ大学通うんですって』
『宗ちゃん? って、誰?』
『宗ちゃんよ。火村 宗一郎君。忘れたの? 幼稚園の頃は、ずっと遊んでたでしょ』
『あー、あの宗ちゃんね。じゃあ、来年からうちの大学来んの?』
懐かしい……と思っていると、母が言った。
『そうなんだけど、あんたの部屋でルームシェアすることにしたから』
『は?』
『宗ちゃん一人暮らしが不安だっていうし、あんたの部屋の家賃もバカになんないじゃない? だから、来年からよろしくね』
——ということで、俺は去年の春から宗一郎とルームシェアしている。
ルームシェアを始めて、かれこれ一年半が経つが、宗一郎は何かとポケポケしている。俺がいなかったら、多分光熱費は今の倍以上の請求が来ること間違いなしだ。
そして、昔は『綾人お兄ちゃん!』と、親しげに呼んでくれた宗一郎だが、今じゃ『ねぇ』だ。どこぞの熟年夫婦かと言いたいほどに、俺に興味関心もなく、話しかけても素っ気ない。
ただ、そんな宗一郎は、悔しいことに顔だけは良い。ボサッとした髪の下には、切れ長な目に凛々しい眉、鼻も高く、とにかく誰もが放っておかないような綺麗な顔がそこにある。しかも、俺よりも背が高くなって、羨ましいのなんのって……。
「もう、また髪の毛セットせずに行こうとする。宗一郎、そこ座って」
「別に良いって、このままで」
「良くないだろ。せっかくのイケメンが台無しじゃねぇか」
俺は、鬱陶しそうにする宗一郎の髪の毛をクシでといてワックスで整えていく。
「ほら、こうするだけで全然違うんだから」
ここで感謝の一言でもあったら可愛げがあるのだが、宗一郎は何も言わずに荷物を持って靴を履いた。
「じゃ」
それだけ言って、宗一郎は部屋を出た——。
「はぁ……ッたく、『じゃ』ってなんだよ。行ってきます、だろ。てか、同じ大学行くんだから、一緒に行けば良いだろ」
多分、俺は宗一郎に嫌われている。毎日、母親のように小言を言ってはお節介をするから、鬱陶しいのだと思う。
しかし、それは宗一郎がだらしがないからであって、したくてしている訳ではない。ルームシェアしていなかったら、ここまで干渉しないのだから、一人暮らししてくれたら良いのに……とは思うが、俺も家賃や光熱費が折半になったことで、随分と生活が楽になっているのは確か。俺からは言い出せない。
◇◇◇◇
それから、いつものように大学に通い、講義を終えた俺は、近くのカフェでバイトをした。この日帰ったのは、二十一時を回っていた。
俺は宗一郎を起こさないように、そっと脱衣場に向かい、風呂に入る。
宗一郎は、基本寝るのが早い。サークルも入っておらず、バイトもしていない宗一郎は、コンビニ弁当を食べて二十時過ぎには布団に入っている。小学生かと突っ込みを入れつつも、俺といる休みの日もそうなので、昔からそういう生活リズムなのだろう。
「はぁ……」
シャワーを浴び終えた俺は、ドライヤーで髪を乾かし、早々に寝る準備を始める。バイト先で賄いは出るので晩飯は不用だが、もっとテレビを見たり酒を飲んだり色々したい。しかし、この部屋はリビングとそれに繋がるワンルームだけなのだ。
故に、何かしていると宗一郎を起こしかねないので、俺も夜更かしはせずにすぐに寝るのが習慣になってしまった。肌トラブルが減って何より……と思うようにしている。
とはいえ、宗一郎とのそんな日常も慣れたので、いくら態度が素っ気なかろうが、これが残り一年半続くと思っても苦ではない。
ただ一つを除いては——。
「あや……と……にぃ」
これは、宗一郎の寝言だ。
毎晩……は言い過ぎだが、かなりの頻度で俺の名前がその口から発せられるのだ。その掠れた声は、なんとも色っぽく、寝言だと分かっているのにドキリとしてしまう。
ベッドで眠る宗一郎の綺麗な寝顔を見ながら、ずれた布団をかけてやる。そして、俺はその下に敷かれた布団の中に潜り込み、宗一郎に背を向ける。
「はぁ……あやと……にぃ」
(あー、溜め息吐きたいのはこっちだっての! 宗一郎。お前いつもどんな夢見てんだよ!)
洗面所の水をキュッキュッと強く締めながら怒れば、何とも気の抜けた返事が返ってきた。
「へ? そうだった?」
「そうだった? じゃねーよ! 水道代、バカになんねぇんだからな! 何のためのルームシェアだよ」
俺こと水野 綾人大学三年生(二十一歳)は、一つ歳下の火村 宗一郎とルームシェアをしている。
宗一郎とは、実家が近所の幼馴染で、俺の弟のような存在だった。だったと過去形なのも、俺が小学三年生の時に、宗一郎は転校してしまったのだ。
そして、大学一年生の冬、急に母親から連絡がきた——。
『綾人。宗ちゃんがあんたと同じ大学通うんですって』
『宗ちゃん? って、誰?』
『宗ちゃんよ。火村 宗一郎君。忘れたの? 幼稚園の頃は、ずっと遊んでたでしょ』
『あー、あの宗ちゃんね。じゃあ、来年からうちの大学来んの?』
懐かしい……と思っていると、母が言った。
『そうなんだけど、あんたの部屋でルームシェアすることにしたから』
『は?』
『宗ちゃん一人暮らしが不安だっていうし、あんたの部屋の家賃もバカになんないじゃない? だから、来年からよろしくね』
——ということで、俺は去年の春から宗一郎とルームシェアしている。
ルームシェアを始めて、かれこれ一年半が経つが、宗一郎は何かとポケポケしている。俺がいなかったら、多分光熱費は今の倍以上の請求が来ること間違いなしだ。
そして、昔は『綾人お兄ちゃん!』と、親しげに呼んでくれた宗一郎だが、今じゃ『ねぇ』だ。どこぞの熟年夫婦かと言いたいほどに、俺に興味関心もなく、話しかけても素っ気ない。
ただ、そんな宗一郎は、悔しいことに顔だけは良い。ボサッとした髪の下には、切れ長な目に凛々しい眉、鼻も高く、とにかく誰もが放っておかないような綺麗な顔がそこにある。しかも、俺よりも背が高くなって、羨ましいのなんのって……。
「もう、また髪の毛セットせずに行こうとする。宗一郎、そこ座って」
「別に良いって、このままで」
「良くないだろ。せっかくのイケメンが台無しじゃねぇか」
俺は、鬱陶しそうにする宗一郎の髪の毛をクシでといてワックスで整えていく。
「ほら、こうするだけで全然違うんだから」
ここで感謝の一言でもあったら可愛げがあるのだが、宗一郎は何も言わずに荷物を持って靴を履いた。
「じゃ」
それだけ言って、宗一郎は部屋を出た——。
「はぁ……ッたく、『じゃ』ってなんだよ。行ってきます、だろ。てか、同じ大学行くんだから、一緒に行けば良いだろ」
多分、俺は宗一郎に嫌われている。毎日、母親のように小言を言ってはお節介をするから、鬱陶しいのだと思う。
しかし、それは宗一郎がだらしがないからであって、したくてしている訳ではない。ルームシェアしていなかったら、ここまで干渉しないのだから、一人暮らししてくれたら良いのに……とは思うが、俺も家賃や光熱費が折半になったことで、随分と生活が楽になっているのは確か。俺からは言い出せない。
◇◇◇◇
それから、いつものように大学に通い、講義を終えた俺は、近くのカフェでバイトをした。この日帰ったのは、二十一時を回っていた。
俺は宗一郎を起こさないように、そっと脱衣場に向かい、風呂に入る。
宗一郎は、基本寝るのが早い。サークルも入っておらず、バイトもしていない宗一郎は、コンビニ弁当を食べて二十時過ぎには布団に入っている。小学生かと突っ込みを入れつつも、俺といる休みの日もそうなので、昔からそういう生活リズムなのだろう。
「はぁ……」
シャワーを浴び終えた俺は、ドライヤーで髪を乾かし、早々に寝る準備を始める。バイト先で賄いは出るので晩飯は不用だが、もっとテレビを見たり酒を飲んだり色々したい。しかし、この部屋はリビングとそれに繋がるワンルームだけなのだ。
故に、何かしていると宗一郎を起こしかねないので、俺も夜更かしはせずにすぐに寝るのが習慣になってしまった。肌トラブルが減って何より……と思うようにしている。
とはいえ、宗一郎とのそんな日常も慣れたので、いくら態度が素っ気なかろうが、これが残り一年半続くと思っても苦ではない。
ただ一つを除いては——。
「あや……と……にぃ」
これは、宗一郎の寝言だ。
毎晩……は言い過ぎだが、かなりの頻度で俺の名前がその口から発せられるのだ。その掠れた声は、なんとも色っぽく、寝言だと分かっているのにドキリとしてしまう。
ベッドで眠る宗一郎の綺麗な寝顔を見ながら、ずれた布団をかけてやる。そして、俺はその下に敷かれた布団の中に潜り込み、宗一郎に背を向ける。
「はぁ……あやと……にぃ」
(あー、溜め息吐きたいのはこっちだっての! 宗一郎。お前いつもどんな夢見てんだよ!)



