愚者の園

 呪殺屋いわく、この世には呪いが溢れているのだそうだ。
 
 あってたまるかと一蹴したのはかつての行平だが、呪殺屋と同じ感性を持つ人間は存外多いのかもしれないと思うことがある。
 たとえば、こんなふうに。少女の口から「呪殺屋」という単語が飛び出したときなどは。


「呪殺屋を探してほしいの」

 半月ぶりの来客は、たしかに珍しい客だった。
 探偵事務所に似つかわしくない年頃の少女が、挑むように行平を睨んでいる。雨に降られた制服姿でドアを開けたまま。事務所内に足を踏み入れないぎりぎりの境界線で、彼女は繰り返した。

「呪殺屋を探してるの」

 応じない行平に焦れたのか、勝気なアーモンド形の瞳に苛立ちがにじむ。
 まぁ、高校生だろうな。そう行平は判断した。慣れた化粧に軽く脱色した長い髪。あと数年もすれば美女と評していい容姿の少女だが、どうにも拭えない違和感がある。

 ――他力本願に他人を呪うタイプには、見えないけどな。

 とは言え、彼女の差し迫った雰囲気は本物だ。
 さて、どうしたものか、と。行平は街で噂の呪殺屋に視線を流した。入口に背を向けた状態で座っているので、彼女はまだ気づいていない。
 行平の視線を受け、呪殺屋はかすかに唇を吊り上げた。

「ここに来たんだから、俺の客じゃなくて、あんたの客だと思うんだけどな」
 
 場を明け渡そうとした行平に釘を刺したものの、呪殺屋は錫杖を手に立ち上がった。しゃらんという音色と呪殺屋の姿格好に、少女がはっと息を呑む。

「運が良くてよかったね。俺がきみのお探しの呪殺屋だ。……と言っても、正確には呪殺屋じゃなくて、みんなのお願いを叶えてあげる善意のなんでも屋さんなんだけどね」

 それなのに世間はこぞって俺を呪殺屋呼ばわりするんだから、ひどいよね。そう続け、呪殺屋はひっそりとほほえんだ。
 後半は、頑なに「呪殺屋」と称し続ける自分への当てこすりに違いない。覚えた居た堪れなさに、行平は口を挟んだ。

「そんなこと言って、俺はおまえの善行なんて聞いたことねぇぞ」
「それは滝川さんが片側の耳を塞いでるからでしょ。ついでに言えば、依頼人が望むものが、負の方向性の願いごとばかりだからだよ。つまり、俺のせいじゃない」

 しれっと言い放った呪殺屋が、少女を一瞥する。そうして、似非くさい笑みを張りつけた。

「なにを頼みたいのか訊こうと思ったけど、訊くまでもないね。呪殺屋なんて藁を探すだけはある。なかなかすごいものが憑いている」

 その台詞に、華奢な肩が大仰に跳ね上がる。
 すごいものが、憑いている。呪殺屋の台詞を脳内で繰り返した行平は、思わず目を凝らした。なにも視えないが、少女には視えずとも心当たりがあるらしい。

「あぁ、なるほど。駄目だね、きみ。相当、恨まれてるよ。いったい、その子になにをしたの?」
「あ、あたしは……」

 少女の視線が、呪殺屋のそれを辿って忙しなく動く。だが、恐らくはなにも視えていまい。嘲笑うように呪殺屋が目を細めた。

「まぁ、でも、幸運にも俺を一発で探し当てたんだ。訊くだけ訊いておこうか。呪われるに至った自分の行いを棚上げにして、きみは呪殺屋になにを頼みたかったのかな?」
「呪殺屋」

 顔を強張らせた少女がさすがに気の毒になり、もう一度口を挟む。自分の事務所であるはずなのに、まるでカオスだ。

「なんでもかんでも頭ごなしに決めつけてやるな。なんでも屋だっていうんなら、もうちょっとらしい……」
「あたしは、あたしはっ、なにも悪くない!」

 怒りで顔を赤くした少女が、行平の取り成しを遮った。スクールバックの肩ひもを握りしめ、呪殺屋を射殺さんばかりに睨みつける。

「あんたにあたしのなにがわかるのよ! あたしのせいじゃない! あたしはなにも悪くない!」
「ほらね。滝川さん。『らしく』しようにも、ろくでもない人間ばかりだろう」

 わざとらしく肩をすくめた呪殺屋をもう一度睨みつけると、少女は鞄からなにかを取り出した。そうしてそれを呪殺屋に向かって投げつける。

「あたしのせいじゃない! あいつが悪いのよ、絶対にあたしのせいじゃない!」

 言い捨てると、彼女はくるりと背を向けた。勢いよく階段を下ろうとする背中に、呪殺屋の場違いなほど爽やかな声が飛ぶ。

「大丈夫。安心したらいい。自戒さえすれば、きみは救われる」

 少女の足音が止まって、けれど、すぐに倍以上の大きさに跳ね上がった。ビル全体を揺るがしているのではないかと思うほどの音だ。
 それが聞こえなくなったところで、行平は胡乱な視線を呪殺屋に向けた。少女を追いかけるタイミングは、完全に逸してしまっていた。

「どこの似非祈祷師だ、おまえは」
「あれ。呪殺屋なんじゃなかったっけ、俺」

 飄々と応じた呪殺屋が、顔の前になにかを掲げた。手のひらにすっぽりと納まっているそれは、行平からは視認することができない。

「ふぅん。鳴沢英佳だって。高校二年生らしいよ?」
「……なにを投げたんだ、あの子」

 まさか学生証ではないだろうな。面倒事になりそうな予感におのずと声の調子が下がる。呪殺屋は不謹慎にも楽しそうに手の内を反転させた。

「呪いの藁人形ならぬ、呪いの人型ってところかな」

 行平の眼前に突き付けられたものは、黒い厚紙で模られた人型だった。胴体と思しき部分には、白抜きで梵字が記されている。つまり、呪殺屋はその梵字から少女の名前を知ったらしい。
 少女の名前が記された呪いの人型。これは、あの少女を呪ったものなのだ。行平は背に嫌な汗が流れ落ちたのを知った。呪殺屋は平然と微笑っている。

「ごめんね。滝川さん。折角のお客さんを逃がしちゃって。お詫び代わりに手伝おうか」
「俺の客じゃねぇ。それに、もう帰ったんだから、関係ないだろう」
「そういうこと言うんだ。あんたを訪ねてきたのに、かわいそうに」

 嘯いた呪殺屋が、転がっていたリモコンを手に取った。ぴ、と短い電子音とともに、行平の仕事机の脇にある小型テレビが映像を映し出す。

「今はやりの、連続自殺だ」

 呪殺屋が指したリモコンの先では、女性記者が下校中とみられる生徒にインタビューを試みているところだった。顔が見えないようにズームアップされた制服は、先程の少女が身に着けていたものとまったくの同じ。
 つい数日前、とある週刊誌に暴かれて以来、ワイドショーに引っ張りだこの高校。そこで頻発している生徒の自殺。視聴者の興味を引くよう『名門私立女子高、謎の連続自殺』と報じられているそれであった。