別れさせ屋のアイツは、愛が重い

 土日に寝まくったおかげで、月曜日の朝には完全復活した俺。
 洗面台の鏡の前でヘアセットをしながら、おでこに手を当てた。
…あの時、柔らかいもんが当たった気がする…唇みたいな…いや、意識朦朧としてたし、阿比留がそんなことするわけねぇし…やっぱ夢か?


 「あ、竹おはよ!体調大丈夫?」
教室の前で会った本田に声をかけられた。
「ちょー元気!ご心配おかけしましたー」
「よかったね。まぁ、そこまで心配してなかったけど」
「おいっ」

 席に座った俺に乾が近づいてきた。
「竹ちゃん、おはよう!」
「おはよ。この前ありがとな」
「ううん、俺は大したことしてないよ。お礼を言うなら音緒にだね」
「…うん、分かってる」

 様々なドキドキを感じながら、阿比留の席へ行った。俺に気付いた阿比留は、もちろん挨拶なんかしてこない。
…自分から歩み寄るって決めんだ。
「…おはよ」
まさか俺から挨拶されるなんて思ってなかった阿比留は、小さく驚いている。
「…おはよう」
ただ挨拶を交わしただけなのに、なんかすげぇ嬉しい。
「その、金曜…色々ありがとな。助かった。…お礼に昼休みパン奢らせてほしいんだけど、いい?」
まぁ、断られても仕方ない。
「いいけど」
「えっ、あ、おっけ。じゃあ、昼休みに」
「了解」


 昼休み、付いて来ようとした和馬を阿比留が阻止し、2人だけで購買に来た。
「どれがいい?」
「自分は買わねーの?」
「俺は…コロッケサンドか卵焼きバーガー買うつもり」
「じゃあ、どっちも買ってシェアするか」
「え?オメェの食いたいの選べよ。つーか、シェアって…」
「俺がそうしたいって言ってんだから、さっさと買ってこいよ」
「…分かったってば」

 パンを両手に持つ俺に「こっち」と言い、戻るはずの教室とは違う方向へ進み始めた阿比留。
「…えっ?」

 誰もいない中庭にある木陰のベンチに座り、俺がパンを買っている間に自販機で買ったであろうペットボトルを開けた阿比留は、全く立つ気がない。
「…。」
「何突っ立てんだよ、座れって」
「え、乾たち待ってんじゃ…」
「別のとこで食うって、さっき連絡したから大丈夫」
「…そうか」
だとしても何故ここで食うのか分からず、少しだけ間を開けて隣に座った。
「どっち先食う?」
「どっち…」
「シェアするし、どっちでもいいか」
阿比留は片方のパンを取り、食い始めた。
 …え、シェアすんなら普通先に半分に割らね?だって、お前が食った残りもらったら前みたいに……
「…。」
自分の手にあるパンを半分に割るべきか、潔くかぶりつくか迷っていると、
「ん」
半分食い終わったパンを差し出され、手のパンは一瞬で奪われた。
「喉乾いたら、好きに飲んで」
1本しかないペットボトルのことを言っているのは、頭の悪い俺でも分かる。
 …待て待て待て。パンもペットボトルも、全部オメェが口つけてんじゃねーか。一方的に間接キスサービス受け続けてるみたいになってんだけど!?
「食わねーの?休み時間終わるけど」
「…食うよ」
やっとパンを食った俺に更なる追い打ちが…
「おい、付いてる。小学生か…」
そう言った阿比留は、指で俺の口元についたソースを取り、そのままぺろっと舐めた。
「…っ!?」
…舐めた!?は!?
 目を見開く俺の顔は、どんどん赤くなる。その隣で涼しい顔をしている阿比留は、黙々と食っている。
 え、そっちの態度が普通なの?こんなことでドキドキしてる俺は小学生以下なの?

 その日のパンの味は、ほぼ覚えていない。



 体育祭を2週間後に控えた金曜日。放課後にクラスで練習をすることになった。
 クラス全員で出場する種目は、大縄跳びと大玉送り。個人では、リレーや二人三脚、借り物競走などに出場することになっている。
「縄2本借りてきたから、それぞれ練習してみて」
大縄跳びは2チームに分かれて行うため、体育委員の男子がそれぞれのチームの回し手に縄を渡した。
「よっしゃ、始めるか!」
俺のいるチームの回し手は、和馬と乾だ。和馬のポジティブな声かけと乾の優しいフォローがあれば最強だと思う。
「ねぇ、何で2人横並んでんの?」
同じチームの本田が眉間に皺を寄せ、何で俺の隣に阿比留がいるのか聞いてくる。
「知らねぇよ、こいつが勝手に来ただけ」
「はぁ?テメェが後から来たんだろ」
「ほらほら、喧嘩ばっかの2人が横とか無理でしょ。端と端で、向きも逆の方がよくない?」
 普段から険悪な俺たちを見ていたら、そう言ってくるのも理解できる。
 …せっかく横で飛べるチャンスだったのに、素直になれないからこうなんだよなぁ…。
 位置を代わろうとした時、
「ごめん、本田。練習中は喧嘩しないから、このまま跳んでいい?」
阿比留の言葉に俺も本田も驚いた。
「…まぁ、ならいいけど」
「ありがと」
「…。」
 そのまま列の真ん中あたりに立った俺と阿比留は、ちょうど後ろの2人と背中合わせになった。

 「せーのっ!」
和馬と乾の回しは息ぴったりで、めちゃくちゃ跳びやすい。そのおかげで、練習にもかかわらず、連続回数が順調に増えていく。
「…80!…81!…82!…83…」

…あ、やべ。靴紐が…

 解けそうな靴紐に意識が移った時、縄のリズムとずれそうになった。その瞬間…

…ぎゅっ…

「…!」
阿比留が隣り合う俺の手首を掴み、前を向いたまま跳び続けた。
…えっ…

 記録は100回を超え、本番かのような盛り上がりを見せる和馬や本田たち。
「はぁ…はぁ…」
息の上がった俺は近くの段差に座り、解けた靴紐を結び直す。
…多分、誰も気付いていない。阿比留がこの手首を掴んだこと、俺が頬を染めて跳んでいたことを。本番ならチームの奴が気付かなくても、他の生徒たちが必ず阿比留を見るから気付かれる。この練習中だから出来た秘密のこと…。

 「これ、優勝できるな!」
上機嫌の和馬が横に座ってきた。
「そだな。回し過ぎて肩とかやられてない?」
「よゆー。みんなが跳ぶのうめーから回しやすいし。つーか、直斗まだ跳ぶ高さの余裕あんなら端で跳べば?俺の目の前とか」
「100超えたし、さっきの配置でいい気もするけど…全然端でもいいよ俺は」
「練習だし、配置も何パターンか試してみようぜ!」
「おっけ」

 1時間ほど練習し、本番の配置を決めることもできた。
「みんな、お疲れ!どっちのチームも上手くて、1位2位狙えると思う。疲れてると思うから、今日はゆっくり休んで。じゃ、解散!!」
 和馬と乾の元へ本田が駆け寄って来た。
「むとー、乾。縄ずっと持ってたから手荒れてない?良かったらこれ塗って」
ハンドクリームを差し出した本田。
「わ、まじで!?さんきゅー!」
「ありがとう」
「え、もしかして塗ってくれんの?」
和馬は手のひらを本田に見せた。
「出してはあげるけど、塗り込むのは自分でしてくださーい」
「塗り塗りサービスは無しかぁ」
「いやらしい言い方やめてよ」
 やりとりを見てたら、本田と目が合った。
「竹もする?」
「うーん、塗り塗りサービスあるなら」
「…いくら出せんの?」
「金取るのかよ!」
「あはは、簡単に女子高生に触れられると思わないで」
「俺なら無料だけど?」
阿比留が話に入ってきて、本田の手からハンドクリームを取った。
「…え」
「竹やったじゃん!イケメンに無料で塗ってもらえるなんてラッキーよ」
「どこがラッキーなんだよ。むしろ罰ゲームだから」
…ってのはもちろん嘘で、ラッキー通り越してご褒美だわ。ただ、手と手が触れ合うなんて、想像しただけで心臓が止まりそう。
「直斗どーすんだよ!ラッキー罰ゲーム受けんの?」
「う、受けねぇよ。俺の手は潤いまくりだし」
「じゃあ、俺が受ける!阿比留ー、塗り塗りしてくれー!」
「…はいはい」
 目の前で和馬が阿比留に手を握られ、塗り塗りされている。
「…。」
すげぇ、モヤモヤする…。断っておきながらモヤる権利はないんだけどさ。…はぁ、早く素直になれよ俺…。



 迎えた体育祭本番。教室に入ると、クラスの女子たちは、すでにメイクも髪型も完成されていた。
「竹、どう?イケてる!?」
決め顔の本田からの問いかけに
「イケてるイケてる、どこでも行ける行ける」
と適当に返していたら、周りにいた他の女子が笑い出した。
「あはは、毎回思うけど2人仲良いよねぇ。愛があるがこその軽いノリみたいな?」
「まぁ、仲悪くはないよね?」
「まぁな。気遣う仲でもねぇしな」
「お、これはもしやイベントマジックで…」
「ねーよ!」「ないから!」
「ほら、息ぴったり」
「見た目的にもお似合いだし、付き合っちゃえば?直斗、ずっと彼女ほしがってるしさ」
和馬が無邪気に話に加わってくる。
「阿比留みたいにイベントごとに告られるわけでもねーし、本田にもらってもらえよ」
 俺たちの声が聞こえているのか分からない席にいる阿比留をチラッと見たが、体育祭だからと浮かれる様子も無く、落ち着いていた。
…今日アイツは、何人の女子に告白されるんだろうか。


 グラウンドでの開会式が終わり、各クラスの応援スペースに移動する際、俺たち4人は女子からの視線を感じている。というより、阿比留への視線のおまけをいただいている。
 …そういや、阿比留ってスマホ見てること多いし、会話してる相手以外の誰かのことを長く見てるイメージないな。

 「よーし、円陣いっときますか!」
体育委員の声掛けで、クラス全員で円陣を組んだ。
「目指すは、1年の部優勝。…ぜってぇー勝つぞー!!」
「おぉーーっ!!」

 気合いを入れた俺たちは、最初の種目である大玉送りに出場するため、列を作った。
 巨大な玉を頭上で転がし、往復の速さを競う大玉送り。練習は1度しかできていない。玉に触りやすい関係で、背の順で列になっているから、俺は阿比留と離れた位置にいる。背の高い阿比留は1番後ろにいるため、応援している2、3年生から見やすい。つまり…
「きゃー、かっこいいー!」
「阿比留くーん!」
 競技が始まり、先輩たちからの黄色い声援がうちのクラス…阿比留に集中する。

 結果は2位だった。
「惜しかったなぁ!」
「途中まで1位だったよな!?」
「後半に乱れたな」
「ま、残りの競技で巻き返そうぜ」
 応援スペースに戻りながら和馬と話していた俺は、視線を前に向けた。すると、先に戻り座っていた阿比留と目が合った。
…!
 すぐに他の奴に視界を遮られてしまったが、いつもと違った阿比留の表情が頭から離れない。


 その後、2年の騎馬戦、3年の綱引きを応援し、次は阿比留と和馬の出る男女混合リレーが始まる。俺と乾は、入場してくる和馬たちに叫んだ。
「音緒、カズくん頑張ってー!」
「和馬ー!ぶちかませー!!」
 本当は、阿比留のことも大声で応援したい。せめて、走ってる時ぐらい言えたらいいんだけど…。
 5人1チーム、男女交互に走ることになっている。うちのクラスのトップバッターは和馬、そしてアンカーは阿比留だ。
 スタート位置に着いた和馬は、ニコニコ顔でやる気満々。多分、活躍して女子にキャーキャー言われたいと思ってるはず。
 ピストルの音ともに走り出した第一走者たち。和馬は序盤から先頭を走り、勢いそのままに次の女子へバトンを繋いだ。
「おぉ!和馬さっすが!!」
「すごく楽しそうに走ってたね」
 アンカーの阿比留にバトンが渡る時点で、2番目になっていた。
「大差をつけられているわけではないから、音緒の速さなら上手くいけば抜かせると思うけど」
俺たちの前に阿比留が近づいてくる…
 …今言わなきゃ、素直になんないと…
「阿比留ー、行けー!追い抜けーーー!」
叫んだ瞬間に阿比留と目が合い、軽く口角を上げたアイツは、一気に距離を縮めにいった。
 接戦のままゴールテープを切った阿比留ともう1人の男子。
「今どっち!?」
「ほぼ同時に見えたけど」
ここからでは同着に見え、本田たちもそわそわしている。
 結果のアナウンスが流れ始め、緊張した面持ちで耳を澄ます俺たち。
「只今の結果…1位2組、2位…」
見事1位になり、クラス全員大盛り上がり。
「うぉーー!」
「やばーーーっ、鳥肌ー!!」

 全学年のリレーが終わり、応援スペースに戻ってきた和馬と勝利のハグをした。
「うぇーい、お疲れー」
「ついにモテ期来るな!」
「それ球技大会でも言ってたから」
「カズくん、お疲れ様ー」
乾と和馬が抱擁をする横で、阿比留が俺を見ながら腕を広げた。
…えっ、これは…
 驚いているうちに目の前に来た阿比留にハグをされ、耳元で囁かれる。
「…応援ありがとな」

…ドキッ…