別れさせ屋のアイツは、愛が重い

 竹下 直斗は、俺のことを嫌っている。何故なら、出会いが最悪だったからだ。

 出会った日の俺の言葉や態度で、向こうはお互いに初対面だと思っているが、俺は竹下のことをすでに知っていた。というより、あの時にはもう好きだった。

 俺が竹下を知り、好きになったのは中2の3学期。
 その頃俺は、訳あって短期入院をしていて、6人一部屋の大部屋、窓側のベッドで暇を持て余していた。
 そんなある日、隣のベッドに1人のお爺さんが入院してきた。そのお爺さんのお見舞いにやって来たのが竹下だ。といっても、すぐに姿を見たわけではなく、最初は声だけしか知らなかった。
 夕方になると必ずやって来て、1時間ほど話して帰って行く。どんなに小声で話そうと静かな部屋では丸聞こえだが、いつも楽しそうな2人の会話に自然と癒されていた。

 「じいちゃん、外雪降ってるぞ」
「そうかぁ、だから今日は一段と寒いんだなぁ」
「こっからだと窓の外見えねーだろ?だからスマホで雪降ってんの撮ってきた。ほら、見てみ」
「わぁー真っ白で綺麗だなぁ。ありがとな、直斗」

 「これ、じいちゃんの好きな和菓子屋の新作!どっち食う?シェアしちゃうか」
「しぇあ?」
「それぞれ半分ずつ食べようってこと」
「お、いいな!しぇあするか!」

 話すスピードや声のトーンをお爺さんに合わせてあげているのが伝わり、優しい人だなと思っていた。

 声の雰囲気的に若そうだし、高校生ぐらいかなと勝手に想像していたある日。病室に戻った際いつもの話し声が聞こえて、たまたま開いていたカーテンの隙間からチラッと見ると、そこにいたのは隣町の中学校の制服を着たヤンチャそうな男子だった。
「…っ!」
 想像していた好青年とは真逆な見た目だったが、そのギャップと笑顔が俺の心を一瞬で撃ち抜いた。

 誰かを好きになったのは初めてだった。男が恋愛対象だったわけじゃないが、この気持ちが恋なんだと気付くのは一瞬だった、


 退院後、自分の中の情報網を駆使して、その男子が【竹下 直斗】だと知ることができた。学年は俺と同じで、この春高校を卒業する兄がいるらしい。誰からも愛される純粋で優しいヤンキーだということを知れた。彼女がいるなんて知りたくもない情報も入ってきたけど。

 竹下の彼女たちに近づいたのは、決して別れさせたかったわけじゃない。どの程度の気持ちで付き合っているのか確かめたかっただけ。SNSで少し絡んでみたり、偶然を装って声をかけてみたりした。志望校を知ったのも彼女たちとのやりとりの中でだ。
 結局、どの子もすぐに竹下を振り、別れる選択をした。そんな軽い愛に俺が負けるわけがない。


 一方的に存在を知ってから約1年後、竹下が突然中学校に来た。何故怒っているのか大体予想はついたが、謝罪の気持ちよりもわざわざ俺に会いに来たことやまた近くで会えたことの嬉しさの方が大きかった。ニヤケそうになるのを我慢して、知らないフリを貫いた。


 俺が竹下を好きなことは、絶対に誰にもバレてはいけない。もちろん、本人にも。
 だから同じ高校、同じクラスになれた喜びを必死で隠し、冷たい態度を取り続けた。もちろん、向こうも俺を敵対視していたから、同じグループになれたのは奇跡だった。

 口喧嘩する関係だろうと、竹下の側に居られることはすげぇ幸せで、日に日に好きが増していった。

 そして、球技大会の日。俺の告白される現場に居合わせた竹下は、俺がちゃんと人を好きになったことがないと言ってきた。

 …どんだけお前のこと好きだと思ってんだよ。好き過ぎて、この気持ち隠すのもそろそろ限界なんだよ、こっちは…

ーちゅっ…

 気付いたら竹下の頬を掴み、キスをしていた。

…あぁ、やってしまった…。
 
 竹下を1人その場に残し、教室に戻って行く俺は、親指でそっと唇をなぞる。 
 抑えきれなかった衝動を後悔すると同時に、ずっと夢にまで見たアイツとのキスに喜びを噛み締めていた。
「なんだよ、あの可愛い顔…」
俺の愛は歪んでいるのかもしれない。
 

 キスした日から少し経った頃、ほぼ初対面の先輩に告白され、付き合うことにしたと竹下が報告をしてきた。興奮する武藤たちの横で、スマホをいじりながら知らん顔をする俺の心の中は、
 …いやいや、何でそうなんだよ。知らねー女と付き合うとか、どんだけ彼女ほしいんだよ。つーか、その女はお前のこと本気で好きなのわけ?俺の好きに勝てんの?…はぁ、俺とキスしたのに全然なびかねぇとかなんなの…。やっぱ男には興味ねぇのかな。
と、荒れに荒れていた。


 雨の日に竹下が居残りをした日。傘を忘れているかもと、一か八かで待っていたのは正解だった。
 念願の相合傘をすることができ、俺は浮かれていた。抱き寄せた肩は、想像よりも華奢でドキッしてしまい、その後の記憶はあまりない。

 次の日に、傘に入れたお礼にグミを渡してきた竹下の表情は、むちゃくちゃ可愛くてやばかった。
「そんだけ…」
1人になった俺は力が抜け、その場にしゃがみ込んだ。
「…なんだよあれ、反則過ぎ…」


 宿泊研修初日、フォークダンスの時間に女子の列に竹下が並ぶことになり、内心ガッツポーズをした俺。
 ドキドキしながら竹下の手を掴み、ぐっと体を近づけた。
ーこの手、離したくねぇな…。

 その日の夜、他クラスの女子に告白されたが、正直どうでもよかった。俺の頭ん中は、大部屋も風呂も違う竹下は今何してんのかなってことばかり。
 「なぁ、乾」
「なに?」
「武藤たちと同じ時間帯に風呂入るのって可能だと思う?」
「先生がいるだろうから無理じゃない?」
「そうだよな」

 研修2日目、かき氷のシロップが同じだったのは偶然じゃない。アイツが選ぶのを見て、同じにしたからだ。
 アイツの好きなもの、選ぶものは全て把握して、俺も同じでありたい。

 帰りのバスで、気付けば竹下の肩で寝ていた俺。目を開けると竹下も寝ていて、この幸せな時間が永遠に続けばいいのにと思った。


 竹下は、彼女との話を武藤たちによくしていた。だから彼女と一緒に帰る日も把握しやすかった。
 図書館で待つ彼女の隣に、偶然を装い座った。
「お疲れ様です」
「…え…」
いきなり俺に話しかけられて、彼女は驚いていたが、そんなのお構いなしに話し続けた。
「えっと、竹下の彼女さんですよね?」
「あ、はい」
「見覚えのある可愛い人いるなと思って声かけちゃいました。今日は一緒に帰るんですか?」
「はい。日直のすること終わるまで待ってて。…えっと、阿比留くん…ですよね?」
「あ、名前知ってくれてるんですね。もしかして、竹下から聞いてたり?」
「この学校で阿比留くんのこと知らない女子は、いないと思う」
「あはは、光栄です」
「…っ」
俺の微笑みを見て、彼女は少し頬を染めた。
…アイツのこと好きなら、他の男に頬赤らめてんじゃねーよ。


 彼女に話しかけてから竹下が振られるまでの時間は、あまり掛からなかった。
 振られたアイツは、校門で会ったあの日みたいに怒りの表情で俺を呼び出した。
 しゃがみ込んだ竹下は、半分呆れている。
「…はぁ、オメェさっさと彼女作れよ。そしたら、諦める女子増えるだろ」
「意味分かんねぇ」
作るわけねーじゃん、お前以外に興味ねーのに。
「…。」
「なに、そんなにあの先輩のこと好きだったわけ?」
「そうじゃねーけど…せっかく俺のこと好きって言ってくれてたのに」
「簡単に他の男好きになる程度の気持ちに浮かれてたのはテメェだろ」
「浮かれんのが恋だろ」
「なんだよそれ。…つうか、簡単にテメェのこと振るような軽い愛必要ねぇだろ…」

 お前のことを俺以上に愛せる奴が現れたら、いつでもこの身を引くつもりだ。だけど、どいつもこいつも適当に好きだなんて言いやがって。そんな軽い気持ちに浮かれんなよ。ほんとの好きだと勘違いすんなよ。お前のこと本気で愛してる男が、目の前にいんのに無視すんな…

「…好きになる相手間違えてんじゃねぇよ」

 それは、心から出た言葉だった。


 彼女と別れてからの竹下は、特に落ち込むこともなく、七夕の願いに恋人募集中と書くほど次の恋に行く気満々だった。俺の書いた願いが自分とのことだなんて、これっぽっちも思っていない。


 夏休み中に会えたのは、2回だけだった。4人で行く花火大会とクラスのメンバーで集まるバーベキューのみ。
 少しでも竹下の思い出の中に残りたくて、そのチャンスを必死に探していた。ラムネを買ったのも、コンビニでアイスを買ったのも、特別な思い出を作るため。

 俺が見たいのは花火よりも、花火を嬉しそうに見る竹下。仲の良い本田だろうと肉を食べさせる役目は譲らない。この独占欲をいつ本人に伝えられるんだろうか。

 あー、何で夏休みってこんな長いんだ。早く会いたい、早く声が聞きたい、早く言葉を交わしたい。
 会えないうちに募り募った想いは、どんどん深く重くなっていった。


 そして、珍しく武藤のいない今日、体調を崩した竹下を家まで送り届けた。
 初めて入った竹下の部屋で俺が目にしたのは、花火大会で渡したラムネの空瓶。
…え、何で。
「…あの瓶捨ててねぇの?」
俺の問いかけに
「うん…」
とだけ答えた竹下はベッドに横たわった。
 その弱々しい姿を見て、看病したいと思ったが、恋人でも、家族でも、仲の良い友達ですらない俺にこれ以上ここにいていい理由は無かった。
 眠りにつこうと目を閉じた竹下のおでこにそっとキスをした。
ー早く良くなりますように…。


 家に帰った俺は、部屋で机の引き出しを開けた。
…カラン…
 中にあるラムネの空瓶を手に取り、1人呟く。
「…期待しちゃうだろ」