別れさせ屋のアイツは、愛が重い

 夏休み2日目の今日は、夕方から和馬たちと花火大会に行く。
 2日前に憎っくき阿比留のことが好きだと自覚した俺は、朝からずっとソワソワしている。久々に会うわけじゃないし、学校外で会うのも初めてじゃない。けど…気持ちが全然違うから困ってんだよ。


 「おつー、2日振りー」
「よっ、今日もあちぃな」
和馬とは家の最寄駅で待ち合わせをし、電車で花火大会の会場まで行く。阿比留、乾とは現地集合にしている。

 電車内はすでに浴衣姿の人もいて、花火大会へのワクワク感が膨らんでいく。
「あそこにいる紺色の浴衣の子可愛くね?」
少し離れた所に立っている子を見ながら、和馬がヒソヒソと耳打ちしてきた。
「たしかに可愛いな」
 今の発言に嘘はない。普通に可愛いと思った。だから、女子が恋愛対象から外れたわけじゃない。たまたま、本当にたまたま男の阿比留を好きになっただけ。


 「カズくーん!竹ちゃーん!」
先に着いていた乾が大きく手を振り、阿比留はその横で澄ました顔をしている。
「お疲れー」
「お疲れ様。一気に人が増えてきたから、早めに屋台で何か買った方がいいよね」
「んじゃ、腹ごしらえしますか」

 花火を見るための場所を確保するため、誰か1人は待機しながら、順番に買いに行くことした。最初に残ったのは阿比留。

 「俺、安定の焼きそば食いたい!」
「焼きそばいいねぇ。あ、あそこにオムそばもあるよ!」
「うわ、オムそばも捨てがたいな」
「同じ値段ならぜってーオムそばの方がいいけどな。俺、向こうではしまき買ってくるわ」
「はしまきって何?」
「え、乾知らねーの?」
「うん」
「九州や中国地方では定番の屋台メニューで、簡単に言えば箸に巻きついたお好み焼きみたいな?」
「え、何それ美味しそう」
「じゃあ、2つ買ってくるから後で食ってみ」
「竹ちゃん、ありがとう」

 箸まきを両手に持ち、人混みの中をすり抜けていたら「あ…」と声がして、横を見ると阿比留がいた。
…ドキッ
 ついさっき会ってたのに、目が合ってドキッとするとか…俺、へぼ過ぎじゃね?

 近づいてきた阿比留は、いつもの調子で言ってくる。
「乾が食うの楽しみにしてたから、冷めないうちにさっさと持って行けよ」
「言われなくても分かってんだよ。いちいち絡んでくんな」
「あっそ」
 阿比留は人混みの中へ消えていく。
「…。」
 好きを認めたからといって、いきなり素直な態度が取れるわけじゃない。向こうから喧嘩腰に来られたら余計にだ。
 つーか、毎回喧嘩するぐらい自分の事嫌ってるの分かってて好きになったとか、俺Mなのか?

 待機場所に戻ると、シートの上にオムそばやポテト、飲み物が置かれている。
「なんかパーティーみたいになってんじゃん。つーか、そんなシート持ってきてたっけ?」
「音緒が留守番中にもらったんだってさ」
「え、誰に?」
「お姉さん2人組だったらしいぞ!せっかくなら一緒に見ればよかったのにな」
 アイツ、外で1人になると必ずナンパみてーなことされてんじゃん。え、今さらだけど、俺はとんでもねーモテ男を好きになってしまったんじゃ…。


 しばらくして、和馬がスマホで時間を確認しながら言う。
「花火何時からだっけ?」
「20時からじゃなかった?」
「あと15分くらいかぁ。俺、かき氷買ってくる!」
「カズくん、俺も食べたいから行くよ」
「え、花火間に合うか?」
「最初間に合わなくても、連発するし大丈夫だろ」
「一万発らしいしね!竹ちゃんもかき氷いる?」
「ううん」
「阿比留は?」
「俺もいらない」
「おっけ。じゃあ、いってきまーす」

 いきなり阿比留と2人にされ、謎の緊張感が走る。
「…。」
 何か話しかけるべきか迷っていると、阿比留が立ち上がり、何も言わずにどこかへ行ってしまった。
「そんなに俺と2人が嫌かよ…」
1人残された俺は地味にショックを受けている。

 え、俺1人で花火見始めんの?と思っていたら、突然視界にラムネの瓶が入ってきた。
「…っ!?」
ラムネを持っているのは阿比留だ。
「やる」
そう言って1本を俺に渡し、隣に座った阿比留は、もう1本のラムネを慣れた手つきで開ける。
「…ありがと」

 俺も開けた瞬間、大きな花火が夜空に打ち上がった。
「おぉー、でけぇ」

 ラムネを飲むことも忘れて、次々打ち上がる花火を眺めていた。
「おい」
隣の阿比留が声をかけてくる。
「なんだよ」
「こうやって見てみろよ…」
阿比留はラムネの瓶を顔の前あたりに持っていき、花火を見始めた。俺も同じようにラムネを持ち上げ、瓶越しに花火を見てみる。
「…わぁ」
小さな花火が瓶の中でキラキラ輝いている。後ろの大きな花火と重なって、幻想的な光景が広がった。
「やっべぇ…すげぇ綺麗」
「だろ?」
見たことのない得意げな顔をした阿比留は、やっぱりかっこいい。
 こうやって一緒に花火が見られるって、かなり貴重だよな。…俺の気持ちがいつまでこうなのか分かんねぇけど、気が済むまで片想い続けるか。

 「お待たせー!」
かき氷片手に和馬と乾が戻ってきて、束の間の2人時間は終わってしまった。

 一万発の花火を見終わり、ぞろぞろと帰って行く人の波の中にいると、阿比留が「それ捨てるからよこせ」と俺の持つラムネの空瓶を取ろうとした。
「いやっ、いい…」
パッと瓶を避けた俺。
「んだよ、それ」
 阿比留は不満そうな顔をしたが、この瓶を捨てるわけにはいかない。
 だって、これを見るたびに今日の日を思い出せるから。阿比留がラムネを買ってくれたこと、ほんの数分間だけ2人で花火を見れたこと、瓶越しに見た花火がすげぇ綺麗だったこと。
 柄にもないことを考えるぐらい好きなんだと痛感する。こんなの阿比留にバレたら軽蔑した目で見てくるんだろうな。

 また一緒に花火を見られる日は来んのかな…。



 花火大会から2週間後、本田と話していたクラスの奴らと遊ぶ日がやってきた。
 本田の声かけにより集まったのは、男女合わせて12人。プールに行くという案も出たが、最終的にキャンプ施設でバーベキューをすることになった。

 「せっかくなら泊まりたかったよねー」
「さすがに親の許可が下りないでしょ」
「食べ終わって、そのまま寝れたら最高なのにね」
タープテントの下でバーベキューの準備をしながら、本田たち女子は日帰りなことに不満を漏らしている。
「おっしゃ、火の準備完了!よし、焼いてくか」
 和馬は率先して肉や野菜を焼き始めた。乾は飲み物を紙コップに入れ、みんなに配っている。
「むとーも乾も絶対良い旦那になるよね」
「分かるー。武藤は良いパパにもなりそう」
「え、まじで!?…それって、プロポーズ?」
「あはは、ポジティブ過ぎ」

 男子が交代しながら焼いている間、女子たちは優雅に食べ、写真を撮りまくっている。

 「竹、食べてる?」
焼いている俺のそばに紙皿を持った本田が来た。
「まぁまぁかな。焼き終わったら、食いまくるから大丈夫」
「食べさせてあげようか?」
「えっ、そんなサービスしてくれんの?」
「あはっ、私からじゃサービスと思えないでしょ」
「本田様の優しさが沁みるわぁー」
「わー、思ってなーい」
「思ってる思ってる。…じゃあ、お願いしまーす、あーん…」
本田に向かって口を開けた時だ。
「本田…」
阿比留が本田を呼び、俺の口へ肉を運ぶ手が止まった。
「え、なに?」
「向こうで呼ばれてたけど」
「まじで。教えてくれてありがと」
 俺に肉を食わせる役目を放棄し、その場から立ち去った本田。
…あいつ。
「なに馬鹿みたいに口開けてんだよ」
その場に残った阿比留は、口を開けたままの俺に冷たく言ってくる。
「うるせぇ…。俺の肉チャンスを奪いやがって」
「そんなにあーんしてほしかったなら、俺がしてやるよ」
「…は?」
軽く開いた俺の口に、肉を近づけてきた阿比留。
…え、今阿比留にあーんされそうになってる?
 頭でそう理解した瞬間、一気に鼓動が激しくなる。
「おい、食わねぇの?」
 冗談だ、ばーか。って言われると思ってたから、まさかの問いかけに焦り「…食います」と敬語になってしまった。
 必死にドキドキを隠し、差し出された肉にかぶりついた。
「…さんきゅ」
恥ずかしくなってまともに目が見られない。ただでさえ暑い炎天下のテント内で、どんどん体温が上がって、熱中症になりそうだ。


 ひと通り飲み食いが終わると、近くを流れる川の浅瀬で水遊びを始めた俺たち男子。焼けたくない女子たちは、テント内でガールズトーク中。
「おぉー、冷たくて気持ちぃー!」
「うわー、全身浸かりてぇー」
「じゃあ、かけてやるよっ」
「うぉっ、いきなりぶっかけてくんなよ!」
「あははっ」
集まればどんなことでも楽しめるのが、ぴちぴちの男子高校生。

 服がびしょ濡れになりながら楽しんでいると、女子たちが叫んでくる。
「ねー!スタッフの人が保冷バック貸してくれるらしいんだけどー!近くのコンビニにアイス買いに行くジャンケンしよー!」

 これは神様からのご褒美か、それとも悪戯か…。ジャンケンに負けたのは、俺と阿比留だった。
 犬猿の仲の俺たちがペアになり、クラスの奴らは心配するよりも面白がっていたが、俺は内心バクバクだった。

 徒歩数分で着くコンビニが暑さのせいで遠く感じる。女子の待っていた日傘を借りればよかった。
「…。」

 会話のないままコンビニに着いた。
「あー、天国ー」
店内の涼しさに命を救われる。そんな俺をよそに、阿比留はスタスタとアイスコーナーへ向かう。
 「向こうで選んでるうちに溶けるとか嫌だし、みんな一緒で良くね?」
「だな」
珍しく意見が合い、同じアイスを次々とカゴに入れていく。

 買い終わった俺に「先に出とけ」と言った阿比留を待つこと30秒。
 出てきた阿比留に文句を言おうとしたら…
「おせぇっ…!?」
いきなり口に棒付きアイスを入れられた。さっき買ったアイスとは違う、ちょっと高めのやつだ。
 びっくりしながらもアイスをかじった俺。すぐに阿比留も一口かじり、
「これで共犯な」
と、薄っすら笑みを浮かべた。
「…っ!」
 …いやいやいや、こんなのずりぃって!え、何今の顔。共犯て…そもそも間接キスになってんの気付いてる!?唇でキスした仲だから、間接キスなんて今さら何とも思わないって?…んなわけねーから!むちゃくちゃ意識しちゃってっから!
 「ん」
阿比留は涼しい顔で、また俺にアイスを食わせようとする。
 こいつ、普段死ぬほど冷たいくせに不意に優しさ見せてくんの何なの。
「…。」
冷静を装って、ガブっとかぶりついた。

 …あぁ、暑くて、熱くて、溶けそうになる。


 結局、残りの夏休み中に阿比留と会うことはなかった。会わないうちに気持ちが薄れていくかもと思ったが、部屋に置いているラムネ瓶を見るたびに会いたくなった。アイツの顔が見たい、声が聞きたい、そんなことを考えてばっかの毎日だった。