別れさせ屋のアイツは、愛が重い

 次の日、駅前の待ち合わせ場所で彼女である黒田先輩を待つ俺は、昨日の出来事を思い出さないように必死だった。
「…。」
アイツに触れられた肩がまだ熱く感じる。
 
 「ごめん、お待たせっ…」
「全然待ってないんで、大丈夫です」
「ありがとう。私服だと印象変わるね」
「そうっすか?先輩の私服姿、可愛いっすね」
「ほんと?…付き合ってるんだし、敬語やめない?」
「じゃあ、ため口で。今さらだけど、なんで呼んだらいい?」
「美由って呼び捨てでいいよ。私は直斗くんでいいかな?」
「うん」

 バスに乗り、彼女の希望でアウトレットモールに夏服を見に来た。
「ここ数年、暑い時期が長過ぎて夏服ばっか買ってる気がする」
「分かる。女子って夏服も色んな種類あっていいよな。男なんてTシャツかポロシャツになっちゃうし」
「あーそれはそうかもね。でもさ、シンプルなTシャツが似合う人ってかっこいいよね」
「たしかに。イケメンはお洒落しなくても充分かっこいいもんな」
そう言って、頭に浮かんだのは阿比留だった。
 え?何で阿比留が出てくんだよ。意味分かんねぇ…。
「…はぁ」
「どうかした?」
「ううん。それ、似合ってる」
「ほんと?じゃあ、これにしよっかな」


 買い物が終わり、近くのカフェに寄った。
「ここのチーズケーキが美味しいってクラスの子が言ってたの」
「へぇ」
「直斗くんは甘いもの好き?」
「うん、好き」
「やっぱり。そんな気がしたんだよね」
 少し前に本田にも甘いもの好きそうと言われた事を思い出し、やっぱり俺は甘顔なんだと1人納得した。

 「友達にね、よくOKしてもらえたねってびっくりされてさ」
チーズケーキを食べながら彼女は楽しそうに話をする。
「普通はもう少しお互いを知ってたからとか、お試しでって言われそうなのに」
「俺も友達にびっくりされた」
「だよね。直斗くんカッコいいから、彼女いるかもって思いながら告白したから、ほんと嬉しかったなぁ」
 えー、めちゃくちゃ俺のこと好きじゃん。先輩だけど素直な感じ可愛いな。


 あっという間に解散の時間になった。
「今日はありがとうね。すごく楽しかった」
「こっちこそありがと。俺も楽しかった」
「じゃあ、また学校で」
「お疲れ」

 彼女と別れた後、
「あ…」
手を繋ぎ忘れたことを思い出した。
 ー楽しかったけど、ドキドキしたっけ?



 「デートどうだった!?」
月曜日の登校早々、和馬が聞いてくる。
「ばっちし!」
「キスした!?」
二つ目にそれを聞いてくるとこが、男子高校生だなと思う。
「してねぇよ」
「ヘタレかよー」
「知り合ってまもねぇ相手にグイグイいくわけねーだろ。俺はこう見えて誠実なんだよ」
「誠実か?それにしてもいいなー、俺も彼女ほしー!ま、直斗に出来たってことはそろそろ俺もできるか」
「おい、それはポジティブなの?俺を見下してんの?」
「あはは、どっちでもいいじゃん!」


 2限目の後、トイレへ行くために教室を出たであろう阿比留の後を追った。
「おい」
振り返った阿比留は「んだよ」と安定の塩対応。
「…これ」
俺はポッケから取り出したグミを差し出した。
「傘に入れてもらったお礼…」
「…え」
阿比留は珍しく驚いた顔をした。
「そんだけ…」
空気感に耐えられず足早に教室へ戻った。



 数日後の朝、グラウンドにジャージ姿の1年生たちがズラリと並んでいる。
「じゃあ、バスに乗ってくぞー」
担任の指示でゾロゾロとバスに移動していく。

 今日から1泊2日の宿泊研修だ。毎年4月に行くものらしいが、学校の都合により今年はこの時期に行くことになったそうだ。
「こんな暑い時期に行くとか苦行かよ」
「ほんとだねぇ。天気も微妙そうだし、無理に行かなくていいのにね」
バスに乗り込む俺と乾は文句を言う。
 先に座っていた和馬の横に座ると、乾の横で通路側の席に座った阿比留がちょうど見えた。
 その斜め後ろ姿を無意識にぼんやり見ていたら、急に阿比留が振り返り目が合った。慌てて目線を逸らしたが、完全に怪しまれたと思う。


 いかにも年季のはいった施設に着き、部屋に荷物を置いた俺たちは、野外炊事場に移動した。
 全員で説明を受けた後、事前に決めた班に分かれ、カレー作りを行う。
 和馬、本田を含む6人で作業を始めた俺は、慣れた手つきで野菜の皮を剥く。
「竹、料理得意なの?」
「得意ってほどでもねーけど、家で飯作ったりするから」
「へぇ、意外。いいね、料理男子」
「ギャップ萌えした?」
「全然」
「んだよ」

 無事に完成したカレーを6人で頬張る。
「うまっ!頑張って作ったから余計美味い」
「とろみ加減も最高だな」
「暑い中作って体力ゼロになったから、食べ終わったら部屋で寝たいー」
「分かるー」
 この後は室内でスポーツレクリエーションをする予定だ。

 言うまでもなく、レクリエーションでは女子の声援が阿比留に集中。


 夕飯は、給食みたいな配膳スタイルだった。トレーを持ち列に並んでいたら、後ろの方で違うクラスの女子がヒソヒソ盛り上がっている。よく見ると、女子たちの視線の先には阿比留がいた。
 そりゃあ、こんな長時間アイツのこと眺められるんだから、あの女子たちからすれば幸せな2日間だろうな。ま、当の本人は相変わらず周りなんかどうでも良さそうだけど。

 夕食の後は、外で小さなキャンプファイヤーを囲み、クラスごとに分かれフォークダンスを行う。
 男女それぞれ列になり、和馬と後ろに並んでいると本田が言ってくる。
「男子が2人多いじゃん!…竹、女子の列入って!」
「はぁ!?何で俺なんだよ」
「1番後ろにいるからだよっ」
「えーまじかよぉ」
「直斗、まずは俺と踊ろう!」
「へいへい」

 仕方なく女子の最後尾に並び、流れ始めた音楽に合わせ、後ろに来た和馬と手を取り合った。1人ずつずれていき、どんどんペアが替わるスタイルで踊っていく。
 もし4月にこんなのしてたらドキドキして、恋が始まる要素があったのかもしれないが、残念ながらクラス内はすでに相手がどんなやつか把握済みで、単純にふざけて楽しむ時間になっている。どう考えても新しい恋が生まれるわけがない。他のクラスの女子は、阿比留とダンスできるうちのクラスの女子たちを羨ましそうに見ている。

 「竹ちゃんだぁ、よろしくー」
「うぃー」
乾と踊りながら、次の相手が阿比留なことにそわそわしている俺がいる。
 そして、1人ずれて阿比留が俺の後ろに来た。
これ、もしかしたら手触れずにエアーにされる可能性あるよな!?
 そう思っていたが、阿比留は俺の手をガシッと掴んで踊り始めた。予想外の対応に驚いてしまう。
 つうか、さっきまで他の奴と密着しても何も思わなかったのに、何で俺今すげぇドキドキしてんだよ…。
 手を取り合ったまま向かい合った瞬間、目が合った。

…ドキッ…

 笑顔でもない、けどいつもの冷たい表情とは違う。何だ今の顔…。


 大部屋で寝転ぶ俺は、スマホに来ていた彼女からのメッセージに返信をする。
 一緒に登下校したり、毎日昼飯を食ったりはしないけど、連絡だけはずっと取っている。文面から俺のことが好きなのが伝わってきて、この恋こそ長続きしてほしいと願う。
「電気消すぞー?」
「おん」

 目を閉じて頭に浮かんだのは、彼女の顔じゃなくて、フォークダンスの時の阿比留だった。
…何でだよ。



 翌朝、朝食を食べに来た阿比留は朝一とは思えないほど全体的に整っていて腹が立つ。
「おーうまそう!」
ボサボサ頭で横にいる和馬を見て安心した。
 「竹ちゃん、カズくん、おはよう」
「おはよー」

 4人で同じテーブルに座った。昨日は大部屋も大浴場の時間も阿比留、乾とは違ったから、普通に学校で朝会うのと変わらない。
「今日は何すんだっけ?」
「マナーやお金の講座だった思うよ」
「そんなの学校ですればいいのにな」

 いつもより早起きしたせいで、講座を受ける俺はすでに眠気との戦いが始まっていた。そんな俺を起こすようなヒソヒソ話が近くの女子から聞こえてくる。
「阿比留、昨日の夜に他のクラスの女子2、3人から告られたらしいよ」
「え、そうなの?わざわざ宿泊研修で言うとかすごいね」
「宿泊だからこそじゃない?他のクラスは普段なかなか告るタイミングさえないじゃん」
「あーなるほどね。もちろん断ったんでしょ?」
「らしいよ」
 アイツまた告られ記録更新したのかよ。見た目が良いとはいえ、女子たちもあんな無愛想な男のどこがいんだか。

 何とか乗り切った講座の後、先生たちが予想外のことを言ってきた。
「みんなお疲れ様ー。えー、実は!こんな暑い時期になってしまったお詫びに…かき氷を用意しました!向こうで配るからみんな移動して」
 一足早い夏の提案に生徒たちは大盛り上がり。
「先生!練乳サービスはありますか!?」
「あるぞー」
「っしゃ!直斗、行くぞ!」
「おう!」

 洒落た高いかき氷ではなく、ただ氷を削って甘いだけのシロップをかけたかき氷をみんなで食い始める。そんなことでさえ楽しめるのが我ら高校生。
「今年初かき氷さいこー!」
「やっぱ練乳かけると高級になるな!」
「これおかわりできんのかな!?」
「無理だろそれは」
「直斗と阿比留、ブルーハワイだからベロ青くなったんじゃね!?」
ぺろっと和馬に向けて舌を出した。
「おー青っ!あ、2人並んでベロ出した写真撮るか!」
「いいね」
「は?嫌だし」
「コイツとツーショットとか無理」
「2人ともそんなこと言わずにさ。思い出思い出」
 半ば強引にスマホを向けられ、渋々阿比留の横で舌を出した。
「…おっけー。後で送っとくな」
「いや、別にいらねぇよ」


 帰りのバスに乗るタイミングで雨が降り出した。急いでバスに乗り込んだことにより、俺は阿比留の横に座ることになってしまった。和馬と乾は他の座席に座ってしまい、代わってもらうことは不可能だ。
「…。」
 もちろん会話なんてするわけもなく、窓際に座る阿比留は腕を組み、目を閉じた。
 バスが発車し、朝の眠気が無くなっていた俺はスマホを見ながら時間を潰す。

 しばらくして、バスがカーブした時だ。寝ている阿比留の頭が遠心力で俺の肩に乗り、寄りかかる形になった。
…え?
 慌てる俺に反して、阿比留はスヤスヤ寝ている。
 おいおい、何してんだよコイツ。起きろって。こんなとこ見られたらどうすんだよ。
 周りを見たが、運良く隣も前後もみんな寝ていた。
「…。」
頭を向こうに押し返すことも考えたが、あまりにも穏やかな寝息が聞こえて、さすがに起こしたらいけない気がした。
 しゃあない、寝かしとくか。…なんか、俺も眠くなってきたな…。


 「…おい」
ん?阿比留の声?
「おいっ!着いたんだから起きろって」
「…ん?」
目を開け、顔を上げた俺は衝撃を受ける。
「…!?」
 目の前には阿比留の顔があり、俺の体は阿比留に寄りかかっている。ということは…俺、阿比留の肩で寝てた!?
「テメェ、なに人の肩で寝てんだよ」
「いや…は!?オメェが先に俺の肩で寝てたんだろうが!」
「んなことするわけねぇだろ」
「いやいや、寝てたからな!?」
クソ、目撃者が誰もいねぇ…。
「つうか、降りんだからさっさとそこどけよ」
「…っ」
 コイツに一瞬でも優しくしたことが悔やまれる。俺の肩で気持ち良さそうに寝てたくせに。
 俺を軽く押し、先に降りていく阿比留の後ろ姿を見た。
…つうか、アイツも俺のこと着くまで起こさずにいてくれたってことだよな?
「文句言うぐらいなら起こせよ…」


 家に帰り着き、部屋のベッドに座ったタイミングで和馬から写真が送られてきた。頼んでもいない今日撮った阿比留とのベロ出しツーショット。
「…。」
 なんでコイツ、青い舌出してんのにこんな色気あんの?は、意味分かんねぇ。…そんでさ、もっと意味分かんねーことがある。
 …どうして俺、この写真見た瞬間ドキッとした?