別れさせ屋のアイツは、愛が重い

 球技大会の放課後。たまたま阿比留が告白されている現場を見かけた。それだけの話だったのに…

 「……。」
突然、阿比留にキスをされ唖然とする俺。そんな俺をその場に残し、阿比留は何も言わずスタスタと教室へ戻って行く。

 いやいやいや…はぁー!?…ふざけんなよ、アイツ!!



 週明け月曜日の朝。教室に入ろうとする俺は、溜めに溜め込んだ文句を阿比留に言うため、意気込んでいた。
 「直斗、おはよー!」
「おはよ」
鞄を机に置き、周りを見渡したが阿比留の姿はなかった。
ーあれ、いつも俺より先に来てんのに。

 朝の本鈴が鳴っても阿比留は来ず、2つ前の席に座る乾に聞いてみた。
「アイツ、今日休み?」
「音緒?」
「うん」
「なんか病院寄ってから来るって言ってたよ。昼までには来ると思うけど」
「ふーん」


 結局阿比留が登校して来たのは、3限目が終わった時だった。

 溜め込んでいた文句を言うタイミングを完全に逃した俺は、昼休みにいつも通り和馬たちと教室で弁当を食っている。
「阿比留、今日はコンビニ?」
「うん、病院の後寄ってきた」
そう言ってコロッケパンを食い始めた阿比留の口元に自然と目線がいった。
 …コイツ、よく見ると唇薄いな。俺、この唇と…
「おい、何じっと見てきてんだよ」
阿比留の冷たい言葉で我に返る。
「べっ、別に見てねぇよ!」
急いで視線を弁当に移した。

 つうか、何でコイツ通常運転なんだよ。自分からあんなことしてきたくせに…。え、もしかして、あのキスって夢?…んなわけ!
 心ん中で1人ツッコむ俺は、早く忘れてしまおうと平然を装った。



 数日後、グラウンドで体育の授業を終えた俺たちは、6月とは思えない暑さに体力を奪われていた。
「今この暑さとか、真夏が恐ろしいな!」
「それな。俺、髪濡らしてくるから先戻ってて」
「はいよ」

 和馬と別れ、外にある水道に着いた俺は蛇口を上向きに回し、汗でベタつく髪に水をかけた。
 ふぅー、気持ちー。水がまだ冷たいのが救いだな。
 下を向いている視界に人の足元が入り、タオルで髪を拭きながら顔を上げると、横には阿比留がいた。
ーげっ…。
「おい、そこどけよ」
「…はぁ?隣の蛇口使えばいいだろうが」
「いいからどけって」
強引に俺の前に入り込み、上に向いたままの蛇口で水を飲み始めた阿比留。
 その横顔や首筋のラインがすげぇ綺麗に見えて、思わずドキッとしてしまった。俺の目線はまた阿比留の口元を捉えている。
「…。」

 飲み終えた阿比留は、体操服の首元で軽く口を拭いた。その時、チラッと見えた腹筋が綺麗に割れていて、コイツは顔だけじゃなくて身体までイケメンなのかと腹が立つ。
「何突っ立ってんだよ、邪魔」
「あ?後から来たくせに偉そうにすんな」
「馬鹿は黙ってろよ」
「…っ」

 あぁ、こんなに腹が立つクソ野郎なのに…何で俺はキスされた日から、コイツがそばに居ると身構えてんだ…。


 体育の後の座学ほど眠いものはない。数学教師の口から出る数式が、全て子守唄に聞こえてしまう。芯を出していないシャーペンの先で手の甲をブッ刺してみたが、何の効果もなかった。

 ぼーっとしながら適当に周りを見た時、斜め後ろを振り向いた阿比留と目が合った。眉間に皺を寄せ、俺を睨みつけた阿比留はすぐに前を向く。
 は?何だよ、アイツ。…つうかさ、そんなに俺が嫌いなのによくキスしてきたよな。俺の発言にムカついて嫌がらせでしてきたんだろうけど。
 そういや、人を好きになったことあるみたいな言い方してたけど、いつもあんだけバッサリ振るってことは、もしかして誰かに片想い中とか!?…いや、それはねぇか。どうせ好きな相手にもすぐ告られるか、告白しても必ずOKされるだろうから、片想いする理由がねーもんな。


 放課後、和馬とコンビニに寄ってアイスを選んでいた。
「この暑さなら、濃厚系より氷系がいいんだよなぁ」
「パヒコ俺と半分こしようぜ!」
「そういう気分じゃねんだよなぁ」
「えー、ひでー」
「あ!竹ちゃん、カズくんだ」
乾と阿比留が、たまたま店内に入ってきた。
「俺たちもアイス買いに来たんだぁ」
「今日めっちゃ暑いもんな。乾、直斗がコレ半分こしたいらしい」
「俺、このコンビニ限定アイス買いに来たから無理」
「乾まで…みんなそんなにシェアしたくねーのかよ!」
「1人で2本食えばいいじゃん」
「1本食ってるうちに溶けるのヤなんだよ」
「あれ、音緒このアイスの気分って、さっき言ってたよね?」
「お、じゃあ直斗と阿比留で半分こしろよ」
「は?誰がコイツと」
「それはこっちの台詞だから」
「こんな時まで喧嘩腰になんなって」

 和馬たちに説得され、仕方なく阿比留とアイスを半分こすることになった。袋から取り出し、パキッと半分に切り離し無言で渡した。
 礼を言われることはなかったが、半分こした流れで阿比留の隣で食う俺。
 アイスの先端部分を切り離そうとしたが、うまくいかずもたついていると「どんくせぇな…」と言ってきた阿比留は、自分のアイスを口に咥え、俺のアイスを奪って先端を切り離した。
「ん」
「…さんきゅ」
律儀にアイスが少し残った先端部分も渡され、驚いてしまう。

 入学して約2ヶ月。コイツの俺以外への態度を見て、悪い奴じゃねーのは分かってる。あんな最悪な出会い方じゃなけりゃ、普通に仲良くなってたんだろうなって思う。



 翌週の火曜日、珍しく朝の校門で阿比留と鉢合わせた。目が合ったが、挨拶を交わすことはなく、微妙な距離を空け、同じ教室まで向かう。
 阿比留の後ろを歩く俺は、長袖のシャツを腕まくりした姿を見ながら、似合ってるなと思ってしまった。

 球技大会の日から阿比留に対して、今までと違う意識を持っている。腹が立つとか、敵対視とか、そういうんじゃなくて…なんか、こう…。

 「お、直斗と阿比留は仲良く登校か!」
先に来ていた和馬は嬉しそうに言う。
「誰がこんなヤツと来るかよ。勝手について来たんだって」
「あ?誰がオメェなんかについていくかよ。朝からだりぃ絡みしてくんな」
「は?」
日常的になった俺たちの睨み合いを見ても、クラスの奴らはもう何の反応もしない。
「無駄に俺の視界に入ってくんな」
そう言って席に言った阿比留。
 はぁー!?まじで何なのアイツ。え、俺にキスしたこと忘れてんの?無かったことになってんの?…あぁー、モヤモヤするっ!!


 昼休み、弁当を食べ終わり和馬たちと話していた俺に本田が声を掛けてくる。
「竹ー、なんか2年の先輩が呼んでるよ?廊下で待ってるから行って」
「え、2年の先輩?誰だよ」
「名前は聞けてないけど、女子の先輩」
「女子!?」
和馬が俺よりも驚く。
 廊下に出ると知らない女子の先輩が立っていた。小さく会釈され、俺もとりあえず頭を軽く下げた。

 先輩に連れられ、誰もいない暑い屋上へやって来た。
「急に呼び出してごめんね」
「あー、いえ、大丈夫っす」
「私、2年の黒田 美由っていいます」
「…。」
 黒田先輩は少しモジモジしながら口を開いた。
「あの…球技大会で見かけてカッコいいなと思って…。良かったら付き合ってほしい…です」
「え、まじっすか!?」
 阿比留だけが注目れていた球技大会で、俺のことを見てくれてた人がいたなんて!正直、先輩のことよく知らねーけど、良い人そうだし、それに最近のモヤモヤを無くすためには、恋するのがちょうどいい気がする。
「俺でよければよろしくお願いしまっす!」


 教室に戻ると和馬が前のめりに聞いてくる。
「おい!何で呼ばれたんだよ!」
俺を見る乾の隣で、スマホをいじる阿比留は何の興味もなさそうだ。
「実は…告られましたー!」
「…」
「え!?まじで!?」
「知り合いの先輩だったの?」
「ううん、ほぼ初対面。俺に一目惚れ?的な感じだったらしくてさ」
「そんなことあんの!?で、返事したの?」
「うん、付き合ってみることにした!」
「えぇ!?」
「初対面なのにOKするとか、竹ちゃんすごいね」
「んー、なんつーか直感?」
「すげぇ急展開だな。ま、おめでと!」
「おめでとう」
「さんきゅー」
 チラッと阿比留を見たが、スマホを見たままで表情1つ変わらない。
 俺の恋愛に興味ゼロかよ。まぁ、興味持たれたところでドン引きだけど。
「俺、トイレ行ってくるわ」
「おう」

 トイレから出た時、目の前に阿比留が来た。
「邪魔」
「出る方が先だろが」
「…うぜ」
「あ?」
「そんな短気だって彼女知ってんのかよ」
「はぁ?俺の短気はオメェにだけだよっ」
「へぇ。どうせいつもみたいにすぐ振られんだろ」
…俺が振られてんのは、毎回オメェのせいなんだよっ!
 でも今回は違う。阿比留もそばにいた状況で俺を選んでくれたんだ。つまり、阿比留に乗り換えられる心配はねぇ。
「好きに言ってろよ」
「…。」



 窓の外で雨が降る金曜日の午後。5限目の授業を受ける俺は、明日の彼女との初デートプランをノートの隅に書き出していた。
 外暑そうだし、やっぱ館内で楽しめる場所がいいよなぁ。水族館は定番過ぎか?いきなりカラオケとか行くのも違うしなぁ。うーん…つうか、初デートってどこまでアリだっけ?手は繋ぐとして…キスは早い?まぁ、まだ先輩のこと好きになっていく段階だし、焦らずだな。


 放課後、席で帰りの準備をする俺の元へ英語教師である担任が来た。
「竹下、この間の提出物まだか?」
「え…提出物?あーっと…俺、その日いました?」
「いたよ。その様子じゃ忘れてるな。期限今日までだから、終わったら職員室に出しに来い」
「えぇー」
「直斗どんまい!俺ら先に帰るな」
やりとりを見ていた和馬が肩に手を置いてくる。
「待ってくれねぇのかよー」
「終わるの待ってたら日が暮れそうだし。じゃあなー!」
「またね、竹ちゃん」
「おう、またな…」
教室を出て行く3人の後ろ姿を虚しく見送った。

 1人ぽつんと居残りをしていると、後ろのドアが開いて本田が入ってきた。
「あれ、竹居残り?」
「おう、提出すんの忘れてた」
「提出するのというより、提出物あるのすら忘れてたんでしょ」
「…その通り。本田は何で戻って来たん?」
「折り畳み傘忘れてて。これからどんどん雨激しくなるみたいだから、竹も早めに帰りなよ?」
「心配ありがとー」
「じゃ、お疲れ」
「お疲れー」


 何とか完全下校時間ギリギリに提出し終えた俺は、靴箱を出てさらにやる気を無くした。本田の言った通り横殴りの激しい雨になっていた。
「まじかよ…。ぜってぇ、足びしょびしょになんじゃん」
鞄から折り畳み傘を出そうと手を入れたが見当たらない。
 あれ、朝行く前に入れたはずなんだけどな。…いや、後で入れようと思って机に置きっぱしにした気がする。
「嘘だろぉ…」
絶望のあまりその場にしゃがみ込んだ。
 近くのコンビニまで走る間にずぶ濡れ確定だし、職員室に傘借りに行くのも今日は避けたいしなぁ…。
「はぁ…」
ため息をついた瞬間「傘忘れるとか馬鹿過ぎんだろ」と聞き覚えのある声がした。
 声の主はもちろん阿比留。
「何でいんだよ。乾たちと帰ったんじゃねぇの」
「1人で図書室寄ったから」
「…。」
 阿比留は持っている傘を開いた。
俺を馬鹿にしたコイツは、傘を差し1人帰って行くんだろうな。
「何してんだよ、帰るんだろ?」
「…へ?」
「こんな横降りじゃ、傘差してもあんま意味ねーだろうけど」
 え…これって傘に入れてくれるってこと?
「おい、ボーッとしてたら置いてくぞ」
「えっ、あ、悪りぃ。…ありがと」
戸惑いながら傘の下に入り、横に並んだ。

 相合い傘で歩く俺たちは何の会話もせず、地面に激しく打ちつける雨音だけに包まれている。
 傘のサイズが大きいとはいえ、男2人が入るとさすがに狭い。それでも俺の左肩は濡れていない。多分、阿比留の右肩は濡れている。
 なんだよ、その優しさ…。
肩が触れる距離感や慣れない阿比留からの優しさに恥ずかしくなる。
 下を向きそんな事を考えていたら、いきなり肩を抱き寄せられた。
…!?
「…っぶねぇ」
前から来た自転車とぶつかりそうになったところを助けてくれたようだ。
「ちゃんと前見ろよ」
「…。」
いつもなら言い返すのに何故か言葉が出てこない。
 どうしたんだよ、俺…。