別れさせ屋のアイツは、愛が重い

 「付き合いたい…竹下と」
傘で作り上げた虹の下、阿比留は確かにそう言った。

 「…え…それって…恋愛の、交際するって意味の…?」
戸惑いながら聞いた俺に対し、冷静に答える阿比留。
「うん、そうだけど。叶えられんの?」
「いや、待て待て。付き合うって…そもそもお前、俺のこと好きなの?」
「うん」
「その…友達としてとか、人としてとかじゃなくて…恋愛としての好きか聞いてんだけど」
「分かってるって。…恋愛として、竹下のことがすげぇ好きだから、恋人になりたい。…これで伝わったか?」
阿比留の言葉に胸の奥が、ぐわぁーって熱くなる。

 …阿比留と両想い…しかも、告白された。え、現実だよな?俺たち、付き合うってこと!?

 予測外の展開にパニックになりかける俺に阿比留は再び問いかける。
「この願い、叶えてくれんの?」
そんなの答えは1つに決まってる。
「…叶えてやるよ、その願い」
「それって、俺のこと好きってことでいい?」
「うん、好き…で合ってる」
「じゃ、ジンクス成功ってことで…今日からよろしく」
「…よろしく」


 その後の記憶はほぼなく、気付いたら家に帰っていた。
 部屋のベッドでうつ伏せになり、枕に顔を埋める俺は、まだ現実が飲み込めていない。
 俺…阿比留と付き合うことになった…よな?え、アイツ俺のこと最近まで嫌いだったんじゃねーの!?なのに恋愛として好きって…まじ?俺も人の事言えねーけど。
「信じられなさ過ぎて、喜ぶに喜びきれねぇ…」



 寝不足で迎えた文化祭初日。外は昨日の天気が嘘のように晴天だ。
 今日は生徒、学校関係者のみが参加する日。だから気楽なはずなのに、教室に入る俺は緊張している。
「竹、おはよ」
「おはよ」
「明日ってお兄さん来る?」
「うん、多分」
本田と話しながら教室内を見渡しが、阿比留の姿はなかった。
ーまだ来てねぇのかな。
 「竹ちゃん、おはよう」
「おはよー。…阿比留は?」
「なんか先輩に呼び出されて、さっき出て行ったよ」
…アイツ朝から呼び出されてんのかよ。

 結局、阿比留と話せないまま朝礼が始まってしまった。
「点検の時間だけは各自忘れないように。明日の一般公開に向けて、他クラス含めて改善点あれば、帰りのホームルームで教えてくれ。じゃ、高校最初の文化祭楽しんで。あ、ゴミはちゃんとゴミ箱にな」

 「よっしゃ!どっから行く!?」
和馬がいつも以上のハイテンションで肩を組んでくる。
「どっかのクラスが縁日みてーなのするよな?」
「ヨーヨーすくいあるって言ってたよね」
「お、じゃあそこから行くか」
「ごめん、武藤」
「ん?阿比留、ヨーヨー嫌?」
「ううん。ヨーヨーは後でもいい?12時ぐらいまで竹下と2人で回りたいんだけど」
…!?
「なにお前ら、一気に仲良しになってんじゃん。おっけ、午前中は別々で、午後から4人で回ろうぜ」
「ありがと」
「じゃあ、後でまた連絡するね。カズくん行こっか」
 和馬たちが出て行き、教室は俺と阿比留だけになってしまった。
「…。」
…え、今から2人で回んの?

 ドアを閉めた阿比留は、廊下から見えないようにドアを背にしてその場にしゃがんだ。
「こっち来いよ」
目の前に来るように言われ、緊張しながらしゃがんだ。
「手、出して」
差し出された阿比留の両手にゆっくりと自分の手を重ねる。

…ドキドキドキ

 「ほんとはさ、手繋いで歩き回りてんだけど、さすがに無理だから…今のうちに握ってていい?」
ぎゅっと強く握られ、一気に脈が早くなる。

 え、阿比留って付き合ったらこんな感じなん?表情も、声のトーンも、醸し出す雰囲気も、全部が今までと違って、甘くて柔らかい。

 「あのさ…俺らって付き合ってるよな?」
「あたりめーじゃん」
「そうだよな」
「なに、今さら嫌になった?」
「いや、そういうわけじゃなくて。なんか…実感がまだないっていうか、夢の中にいるみたいな…」
「何言ってんだよ…」
手を握ったまま、ぐいっと身体を近づけてきた阿比留。

…ちゅ…

「…っ!」
いきなり重なった唇に目を見開いた。

「…夢なんかで終わらせるわけねぇじゃん」

…ドクンッ

 そう言った阿比留は「…ちゅっ」と今度は頬に軽くキスをしてきて、立ち上がった。
「そろそろ回るか」
「…あ、うん」

 握られた指先とキスされた唇が、どんどん熱くなる。
…俺、本当に阿比留の恋人なんだ。


 2人で校内を回っている間、すれ違う女子たちは阿比留に見惚れていたが、阿比留の視線は恥ずかしくなるほど俺にしか向いていなかった。
 「昼飯、どうするか聞き忘れたな。和馬たち模擬店でなんか買ったり、飲食してる教室行ったんかな」
「腹減ってるなら先に食って大丈夫だろ。何食いたい?」
「ホットドッグ売ってるクラスあったよな?」
「あったと思う。とりあえず模擬店並んでるとこ行ってみるか」

 模擬店で買ったホットドッグとワンハンドピザを誰もいない校舎内の階段に座り、並んで食べ始めた。
「いっただきまーす」
「いただきます」
「…うまっ」
「俺も食いたい」
「うん、食ってみ」
何の躊躇もなく、当たり前のように俺の食べかけにかぶりつく阿比留。その姿を見て、まだドキドキしてしまう。
「ほんとだ、美味い」


 「そういや、今朝また呼び出されたんだろ?告白?」
「告白じゃなくて、今日30分だけでいいから一緒に回れないかって誘い」
「へぇ」
「ヤキモチ妬いてんの?」
「なわけ。オメェがモテんのは前からだし、今さら妬いても仕方ねぇだろ」
ーま、妬いてないっつーのは嘘だけど。
 モテる奴を好きになってしまった時点で、こういう心配は避けては通れない。
「まぁ、阿比留がフリーって思われてる限り、誘いや告白は無くならねーだろうから、妬いてたら身が持たねぇよ。つーか、俺だってモテてーし…」
…ぐいっ
「…っ!?」
 阿比留は両手で俺の頬を挟み、顔を見合わせた。
「俺は竹下にしか興味ねーし、妬く暇ないぐらい夢中にさせるから…ぜってぇよそ見すんなよ?」
 無言で小さく頷いた俺のおでこにキスをした阿比留。
「…っ」
唇、頬、おでこ…交際初っ端からキスし過ぎじゃね!?
 照れ始める空気を遮るように、阿比留のスマホに乾から電話がきた。
「…おっけ、了解。うん、後で。…縁日してるクラスんとこに集合だって」
「…そっか」

 和馬たちと合流し、残りの時間を楽しんだ初日は、あっという間に終わった。



 文化祭2日目は、他校の生徒や家族向けの一般公開日。
「直斗、まっつんたち着いたって」
「おっけ、迎え行くか」
 他の高校に通う地元の同中組が遊びに来てくれ、一緒に回ることになっている。

 「おーい!」
校門近くで待っている地元メンバーに大きく手を振る和馬。
 「よ、久しぶり」
「おひさー」
「朝からすげー賑わってんな」
「俺んとこの学校より広い気がする」
「とりあえず色々回ろうぜ」

 昨日はなかった部活動の体験コーナーに行ったり、アンブレラスカイを見たりして楽しんだ俺たちは、2年のクラスがしている和風喫茶に入った。
 「わー、みんな着物着てんじゃん!」
「え、みんな可愛い」
「人の高校でナンパとかすんなよ?」
 席に案内されていると、聞き覚えのある声がした。
ーこの声…
「着物可愛いねぇー。そんなに可愛いと彼氏心配しちゃうでしょ?…え、いないの?俺らがここの生徒ならこんな美人ほっとかないわぁー」
奥の席にいるのは、兄貴と友達2人。
…あいつ、何してんだよ。
「悪りぃ、先座ってて」

 席に着く前に兄貴のテーブルに文句を言いに行った。
「おい…」
「あ、ナオ!着いたって連絡すんの忘れてたー、ごめーん」
「何ナンパみてぇなことしてんだよ。恥ずいからやめろって」
「別にナンパしてないしー。普通に可愛いねって褒めただけじゃん」
「そのチャラい見た目で言ったら、その時点でもうナンパだから」
「厳しいなぁ。…あ、まっつんたちもいるじゃん!やっほー」
席に着いている和馬たちに気づき手を振る兄貴。和馬だけじゃなく、まっつんたちも兄貴とは面識があるため、会釈しながら「お久しぶりっす」などと挨拶をしている。

 呆れながら席に着く俺にまっつんたちが喋りかけてくる。
「相変わらずモテオーラ全開の兄ちゃんだな」
「チャラいオーラの間違いだろ」
「友達もカッコよくてお洒落だし、大学生はやっぱレベルが違うな」
「だな。つーか、注文しなきゃ。すみませーん!」

 運ばれてきた団子やパフェを食う俺たちは、何故か恋バナをしていた。
「そういや、直斗が秒で振られた元カノどこいんの?」
「昨日は見かけたけど、今日は見てねーな」
「数ヶ月前のことをわざわざ掘り返すな」
「あはは。今日見た感じ、可愛い子いっぱいいたけど、直斗も和馬も浮いた話なし?」
「阿比留が近くにいると、女子の視線全部持ってかれるから、恋愛になかなかならねーの」
「あー直斗の憎き相手だった奴か!そんなにかっこいいの?」
「やべーよ!な!直斗」
「あー、うん…」
 その憎かった相手と付き合いたてホヤホヤなんて言えねぇ。

 「ナオ、アンブレラスカイだっけ?見に行きたいんだけど、案内してよ」
食べ終わった兄貴たちが席にやってきた。
「ご案内させていただきます!」
俺の代わりに和馬が元気よく返事をした。

 まっつんたちと別れた俺と和馬は、アンブレラスカイまで兄貴たちを案内した。兄貴たちは、スマホで写真を撮り始める。
「わー、想像より綺麗じゃーん」
「映えスポットだな」
「女子が好きそうだねぇ。…あ!本田ちゃんだ」
たまたま通りかかった本田は、兄貴の声でこっちに気付いた。
「え、お兄さん!?」
分かりやすくテンションの上がった本田は、一緒にいた女子たちを置いて、1人近づいて来る。
 「こんにちは!」
「こんにちはー。今日も可愛いねぇ」
兄貴の薄っぺらい褒め言葉に本田は嬉しそうな顔をした。
「あっ、この下でお願い事したら叶うんですけど、もうしました?」
「え、そうなの?高校生らしくていいねー」
「慎吾、何かお願いすれば?」
「じゃあ…本田ちゃんと仲良くなれますようにってお願いしよっかな!」
「えっ」
口角を上げた兄貴と目が合い、本田は顔を赤くする。
「おい、本田。真に受けんなって」
こいつ、さっき違う女子ナンパしてたから。
「ひどーい、冗談じゃないのになぁ」
「冗談でも嬉しいです!」
「えー、めちゃくちゃ良い子なんだけどー」
「…。」
身内のウザいノリを見ていたら、
「カズくーん!竹ちゃーん!」
と点検中の乾が上の階から叫んできた。すぐ横には阿比留の姿も見える。
「あ、この前のイケメンくんじゃん」
「音緒くんだよ。…2人もこっちおいでよー!」
兄貴は勝手に阿比留たちを誘った。

 「ご無沙汰してます」
「久しぶりー。この間はありがとね」
「いえ、こちらこそ楽しい時間をありがとうございました」
「うちのサークルの女子がまた会いたがってたよ。街であった時は気をつけてな」
「あはは。あ、2人はなんかお願いしたの?ここで」
「はい、しましたよ」
阿比留の返答に内心ドキッとしてしまう。
「叶うってジンクスらしいけど、叶いそう?」
「もう叶ったんで、成就率は高いと思います」
「え、阿比留もう叶ったん!?つーか、いつのまに願ってたんだよ」
「イケメン音緒くんがどんな願い事するのか気になる!」
「内容は言えませんが、ずっと願ってたことが叶ったんで、ぜひお願いしてみてください」
 言い終えた阿比留は俺を見て、周りにバレないように軽く笑みを浮かべた。

…ドクンッ

「…。」
…ずっと願ってたこと…。

 阿比留は、いつから俺のこと好きなんだろ。