阿比留と無事に和解した日から2週間ちょっと。本当に言い争うことが一切無くなり、クラスの奴らは何か裏があるんじゃないかと疑うほど驚いたが、和馬と乾はやっと素直になったかと嬉しそうだった。
ハロウィンの今日は、兄貴に誘われた大学祭に和馬、阿比留、乾、そして本田たち女子数人と遊びに来た。構内は、コスプレをした学生たちで賑わっている。
「おぉー!大学祭とハロウィンが一気に楽しめて最高じゃん!」
「やばーい!模擬店もたくさんあるし、ワクワクするー!」
和馬や本田たちは興奮しながら周りを見渡す。
「俺らもコスプレすればよかったな。兄ちゃん、何のコスプレしてんの?」
「知らねー」
「どんなコスプレでも絶対かっこいいよ!」
兄貴と初めて会った日から、本田はこの日をめちゃくちゃ楽しみにしていたらしい。
「人が多くなる前に食いもん買っとくか」
「だね」
「それぞれ好きなもん買って、ここにまた集合な」
「オッケー」
歩き出そうとした俺に「竹下」と声がかかる。呼び止めたのは阿比留だ。
仲直りした次の日から名前で呼び合うようになった。それが俺たちにとってどれだけの進歩か。
「何買う?」
「ラグビー部の焼きそばが死ぬほど美味いって兄貴が言ってたから、行列になる前に行こうと思う」
「俺も行く」
「うん」
口元がニヤケそうになるのを必死で我慢する。だって、阿比留が自ら俺と行動を共にしようとするなんて、以前なら絶対にありえないから。
「わ、もう行列出来てんじゃん」
「人気なんだな」
「結構時間かかりそうだけど、並べそ?俺並んどくから、他の店行ってても大丈夫だけど」
「1人で並ぶより2人の方が暇じゃなくていいだろ」
「…そだな」
退屈で嫌になる待ち時間が、いとも簡単に特別で幸せな時間になる。…恋の力すげぇな。
外に設けられた飲食スペースで、買ってきた食べ物をみんなでシェアしながら食っていると、
「みんなやっほー!ハロウィン楽しんでるー?」
と安定のチャラさで声をかけてきたのは、ヴァンパイアのコスプレをした兄貴と友達数人だった。
「音緒くん、洸平くん、久しぶりー。あっ、本田ちゃんも来てくれてるじゃん!」
「こんにちは」
「私服姿もめちゃ可愛いねぇ」
兄貴の言葉に本田は頬を染め、喜んでいる。
そんなことよくさらっと言えんな…。
「音緒くんも相変わらずかっこいいねー。ほら、この前話してたイケメンの音緒くん」
兄貴は友達に阿比留を紹介する。
「ほんとだ。かっこいいし、背もあって、まじ羨ましい」
「ウチのサークルの女子が見たら、狙われるんじゃない?」
「ありえる。…もう色々見た?」
「ううん、まだ模擬店の食っただけ」
「ラグビー部の焼きそば食べた?」
「うん、これめちゃくちゃうめぇな」
「でしょ!その美味しさであの値段は神だよね。あ、俺たち後で中のステージで演奏するから、良かったらみんな観に来てねー」
「何するんですか?」
「今日は和太鼓、明日はバンドだよー」
「え、和太鼓!?」
「バンドは中学からしてるけど、和太鼓は大学で始めたの」
「慎吾ー!」
コスプレ姿の女子2人が近づいて来た。
「そろそろ店の時間だよ」
「はぁーい。あ、見て見てー俺の弟!」
兄貴は俺の肩に手を置いた。
「初めまして、直斗です」
「初めまして!お兄ちゃんとは学科、サークルが一緒で仲良くさせてもらってます」
「弟くんかわいー!若ーい!雰囲気は慎吾と違うけど、顔はなんか似てるね」
「だね…えっ!?」
女子2人は視線を俺から阿比留に移すと目を見開いた。
「やばい!ロックオンされたぞ!」
「こらこら、高校生を狙わないー。ほら、行くよー。…じゃ、みんな楽しんでね」
兄貴たちが離れていき、本田たち女子は盛り上がる。
「大学生やば」
「うんうん。なんかみんな色気あったし」
「ていうか、あんなかっこいいお兄ちゃんいるとか、竹下なんなの!」
「いや、何でキレてんだよ」
「和太鼓演奏、絶対見に行かないと!」
「じゃあ、それまで他の展示とか行ってみるか」
色々と見て回り、ステージ会場へ移動した俺たちは、運良く前列の席に座ることができ、ダンスサークルの踊りを見ていた。
端に座る俺の横には阿比留がいて、チラッと横を見ると目が合い、恥ずかしくなる。
大学に到着してからの阿比留は、綺麗なお姉さん方から熱い視線を浴び続けている。本田たちが一緒だからナンパみたいなことはされないが、隙あらば声を掛けようとしているのが分かった。阿比留本人は、そんな視線になんて無反応で、俺たちとの時間を楽しんでいる。
こいつの浮かれず、ぶれないとこ好きだな…。
幕が再び上がり、薄暗い中で和装の衣装に身を包んだ男女数十人が、大小様々な大きさの和太鼓の前に構えている。どうやら兄貴は、後ろ中央にある1番大きな和太鼓を叩くみたいだ。
ライトに照らされ、演奏が始まった。身体に響く太鼓の音が会場を一気に盛り上げる。
凛々しく、そして楽しそうに太鼓を打つ兄貴は、弟の俺から見てもすげぇかっこいい。
演奏を見終わった本田は、放心状態だった。
「おい、大丈夫か?」
「やばいって。少し前までヴァンパイアでチャラそうにしてて、いきなりあんな凛々しい姿見せるとか、反則じゃない!?…どうしよう、落ちたかも」
「え?何が?」
「恋にだよっ!お兄さんのこと、好きになっちゃったかも…」
「はぁー!?いやいや、冗談きついって」
「冗談じゃないって!竹、協力してよね!」
「直斗、がんば!」
「何でそうなんだよぉ…」
女子たちと別れ、帰路に着く俺たち4人。
「本田のあれはガチなの?」
「じゃない?お兄さん素敵だし、好きになる気持ち分かるけどね」
「いやいや、推しならまだしも、恋愛は違ぇだろ。あんな男好きになっても苦労するだけだって」
「本田のこと心配してんの?それともあれか!兄ちゃんに本田取られんの嫌なのか!」
「ちげーわ!そもそも本田は俺のじゃねーし」
夜、風呂から上がり部屋で寛いでいると、兄貴がノックしてきた。
「入っていー?」
「うん」
ーガチャ…
「ナオ、今日ありがとね」
「ううん、こっちこそ誘ってくれてさんきゅ。和太鼓すげーかっこよかった」
「え!?ナオに褒められた!?嬉しー」
「みんなそう言ってたから。特に本田が」
「J Kに言われるとかやばーい、本田ちゃん可愛いから照れちゃう!」
「言い方キモい。女子高生相手に浮かれんなよ」
「あはは、さすがに成人なんでJ Kに本気になんないってー」
…だってさ、本田。
翌週、学校の屋上で文化祭の準備をしていた。
うちのクラスでは和馬の案が通り、アンブレラスカイをすることになった。今日は大量のビニール傘に穴を開けて、フックを取り付けていく。男子が穴あけ作業、女子がフック付けを担当する。
「直斗、しっかり押さえておけよ!」
「任せろ!」
電動ドリルを持つ和馬は、次々と石突きの部分に穴を開けていく。
「カズくん、プロみたいだね」
「工具系得意なんだよ!」
「あれ、傘ってこんだけだっけ?」
しばらくして、文化祭係の奴が傘の山を確認していく。
「足りない?」
「…あ、水色の傘がない」
「まじか。俺、取ってくるわ」
「ありがとう、竹下」
教室を確認すると、教卓の下に水色の傘が置いてあった。
「すげぇ隠れてんじゃん。つーか、バラバラでこの量はしんどくね?」
束にするため、紐がないか探していた時
「あった?」
と声がした。やって来たのは阿比留だ。
「びっくりしたぁ。…うん、あった。1人で運ぶのむずいと思ってたから、来てくれて助かった」
教卓に移動した阿比留は、黒板の前で傘を1本開いた。
「何だよ、いきなり」
「室内なのに青空の下みてーになってる」
「柄にもなくロマンチストかよ」
「うるせぇ。……ここ来て」
「…?」
阿比留に言われて、傘に入り目の前に立った。
隣の教室から声がするのに、2人きりの教室で至近距離でいることが、不思議な緊張感を生む。
「…。」
「なんか願い事ねーの?」
「えっ、願い事…」
…そんなの言えるわけねぇじゃん。お前と両想いになりたいなんて。
きっと阿比留は、文化祭に向けて来週からまた告白される日々を過ごすんだろう。断ると分かっていても、そわそわしてしまう。
「…阿比留こそ、なんかあんの?願い事」
「なに、教えたら叶えてくれんの?」
「いや、お前の願いで俺に出来ることねーだろ」
「そんなの分かんねぇじゃん…」
そう言って俺を見る阿比留の表情は、どこか意味深だ。
「…俺に叶えられることなら、いくらでも叶えてやるよ」
「じゃあ、叶えろよ…」
「えっ…」
阿比留が開いたままの傘を床に置き、
「俺…」
と願いを言いかけたタイミングで「お前らおせーよ」と和馬が現れた。
さっき阿比留は、何をお願いしようとしたんだろう。その願いを俺は本当に叶えられるんだろうか。
文化祭前日の今日は、朝から小雨が降り続いている。
「昨日のうちに吊るしておいてよかったね」
「ねー。明日からは晴れだし、今日だけでよかったよ」
昼休みに教室の窓から外を見ながら、女子たちが話していた。その近くで弁当を食う俺たちも空の様子を気にしている。
「雨よりも風が強くないか心配だよな」
「たしかに」
「そういや、明後日兄ちゃん来んの?」
「来る気満々」
「本田が喜ぶな!」
「でもさ、誰と来るか知らねーけど、女子とか連れて来たら本田テンション下がるくね?」
「別に彼女じゃなければ大丈夫なんじゃない?兄ちゃんのチャラさは理解してるだろうし」
「そこ理解してて何で好きになんだろ…」
5、6限目は、文化祭に向けた最終作業の時間。俺たちのクラスは、外のアンブレラスカイだけでなく、廊下などの通路にも小さな傘を飾り付けしていくことになっている。
作業を終え、虹をイメージした7色のアンブレラスカイが見える2階の廊下を通った俺は、1人で空を見上げた。
ー雨止んでる。
目線を下に移すと、阿比留がアンブレラスカイの下に立っていた。
ーアイツ何やってんだ?点検か?
靴に履き替えた俺は、少しだけドキドキしながら阿比留の元へ歩み寄った。
「…おい、何してんだよ。サボりか?」
「ちげーよ。たるんでたり、間隔ずれてねぇかの確認」
「ふーん」
見上げると鮮やかな光景が広がった。
「すげぇ…ほんとに雨上がりの虹じゃん」
「だな。……願い事、今していい?」
「え、前に言ってたやつ?」
「うん」
「叶うってジンクス、証明しねーとだしな。…いいよ、言ってみろって」
「…じゃあ、こっち向いて」
向き合う形になり、阿比留は俺を真剣な眼差しで見てくる。
「…。」
見つめられているドキドキと、何を言われるんだろうというドキドキが混じり、鼓動が激しくなっていく。
「付き合いたい…竹下と」
「…え…」
あれ…もしかして、俺の願いも叶いそう?
ハロウィンの今日は、兄貴に誘われた大学祭に和馬、阿比留、乾、そして本田たち女子数人と遊びに来た。構内は、コスプレをした学生たちで賑わっている。
「おぉー!大学祭とハロウィンが一気に楽しめて最高じゃん!」
「やばーい!模擬店もたくさんあるし、ワクワクするー!」
和馬や本田たちは興奮しながら周りを見渡す。
「俺らもコスプレすればよかったな。兄ちゃん、何のコスプレしてんの?」
「知らねー」
「どんなコスプレでも絶対かっこいいよ!」
兄貴と初めて会った日から、本田はこの日をめちゃくちゃ楽しみにしていたらしい。
「人が多くなる前に食いもん買っとくか」
「だね」
「それぞれ好きなもん買って、ここにまた集合な」
「オッケー」
歩き出そうとした俺に「竹下」と声がかかる。呼び止めたのは阿比留だ。
仲直りした次の日から名前で呼び合うようになった。それが俺たちにとってどれだけの進歩か。
「何買う?」
「ラグビー部の焼きそばが死ぬほど美味いって兄貴が言ってたから、行列になる前に行こうと思う」
「俺も行く」
「うん」
口元がニヤケそうになるのを必死で我慢する。だって、阿比留が自ら俺と行動を共にしようとするなんて、以前なら絶対にありえないから。
「わ、もう行列出来てんじゃん」
「人気なんだな」
「結構時間かかりそうだけど、並べそ?俺並んどくから、他の店行ってても大丈夫だけど」
「1人で並ぶより2人の方が暇じゃなくていいだろ」
「…そだな」
退屈で嫌になる待ち時間が、いとも簡単に特別で幸せな時間になる。…恋の力すげぇな。
外に設けられた飲食スペースで、買ってきた食べ物をみんなでシェアしながら食っていると、
「みんなやっほー!ハロウィン楽しんでるー?」
と安定のチャラさで声をかけてきたのは、ヴァンパイアのコスプレをした兄貴と友達数人だった。
「音緒くん、洸平くん、久しぶりー。あっ、本田ちゃんも来てくれてるじゃん!」
「こんにちは」
「私服姿もめちゃ可愛いねぇ」
兄貴の言葉に本田は頬を染め、喜んでいる。
そんなことよくさらっと言えんな…。
「音緒くんも相変わらずかっこいいねー。ほら、この前話してたイケメンの音緒くん」
兄貴は友達に阿比留を紹介する。
「ほんとだ。かっこいいし、背もあって、まじ羨ましい」
「ウチのサークルの女子が見たら、狙われるんじゃない?」
「ありえる。…もう色々見た?」
「ううん、まだ模擬店の食っただけ」
「ラグビー部の焼きそば食べた?」
「うん、これめちゃくちゃうめぇな」
「でしょ!その美味しさであの値段は神だよね。あ、俺たち後で中のステージで演奏するから、良かったらみんな観に来てねー」
「何するんですか?」
「今日は和太鼓、明日はバンドだよー」
「え、和太鼓!?」
「バンドは中学からしてるけど、和太鼓は大学で始めたの」
「慎吾ー!」
コスプレ姿の女子2人が近づいて来た。
「そろそろ店の時間だよ」
「はぁーい。あ、見て見てー俺の弟!」
兄貴は俺の肩に手を置いた。
「初めまして、直斗です」
「初めまして!お兄ちゃんとは学科、サークルが一緒で仲良くさせてもらってます」
「弟くんかわいー!若ーい!雰囲気は慎吾と違うけど、顔はなんか似てるね」
「だね…えっ!?」
女子2人は視線を俺から阿比留に移すと目を見開いた。
「やばい!ロックオンされたぞ!」
「こらこら、高校生を狙わないー。ほら、行くよー。…じゃ、みんな楽しんでね」
兄貴たちが離れていき、本田たち女子は盛り上がる。
「大学生やば」
「うんうん。なんかみんな色気あったし」
「ていうか、あんなかっこいいお兄ちゃんいるとか、竹下なんなの!」
「いや、何でキレてんだよ」
「和太鼓演奏、絶対見に行かないと!」
「じゃあ、それまで他の展示とか行ってみるか」
色々と見て回り、ステージ会場へ移動した俺たちは、運良く前列の席に座ることができ、ダンスサークルの踊りを見ていた。
端に座る俺の横には阿比留がいて、チラッと横を見ると目が合い、恥ずかしくなる。
大学に到着してからの阿比留は、綺麗なお姉さん方から熱い視線を浴び続けている。本田たちが一緒だからナンパみたいなことはされないが、隙あらば声を掛けようとしているのが分かった。阿比留本人は、そんな視線になんて無反応で、俺たちとの時間を楽しんでいる。
こいつの浮かれず、ぶれないとこ好きだな…。
幕が再び上がり、薄暗い中で和装の衣装に身を包んだ男女数十人が、大小様々な大きさの和太鼓の前に構えている。どうやら兄貴は、後ろ中央にある1番大きな和太鼓を叩くみたいだ。
ライトに照らされ、演奏が始まった。身体に響く太鼓の音が会場を一気に盛り上げる。
凛々しく、そして楽しそうに太鼓を打つ兄貴は、弟の俺から見てもすげぇかっこいい。
演奏を見終わった本田は、放心状態だった。
「おい、大丈夫か?」
「やばいって。少し前までヴァンパイアでチャラそうにしてて、いきなりあんな凛々しい姿見せるとか、反則じゃない!?…どうしよう、落ちたかも」
「え?何が?」
「恋にだよっ!お兄さんのこと、好きになっちゃったかも…」
「はぁー!?いやいや、冗談きついって」
「冗談じゃないって!竹、協力してよね!」
「直斗、がんば!」
「何でそうなんだよぉ…」
女子たちと別れ、帰路に着く俺たち4人。
「本田のあれはガチなの?」
「じゃない?お兄さん素敵だし、好きになる気持ち分かるけどね」
「いやいや、推しならまだしも、恋愛は違ぇだろ。あんな男好きになっても苦労するだけだって」
「本田のこと心配してんの?それともあれか!兄ちゃんに本田取られんの嫌なのか!」
「ちげーわ!そもそも本田は俺のじゃねーし」
夜、風呂から上がり部屋で寛いでいると、兄貴がノックしてきた。
「入っていー?」
「うん」
ーガチャ…
「ナオ、今日ありがとね」
「ううん、こっちこそ誘ってくれてさんきゅ。和太鼓すげーかっこよかった」
「え!?ナオに褒められた!?嬉しー」
「みんなそう言ってたから。特に本田が」
「J Kに言われるとかやばーい、本田ちゃん可愛いから照れちゃう!」
「言い方キモい。女子高生相手に浮かれんなよ」
「あはは、さすがに成人なんでJ Kに本気になんないってー」
…だってさ、本田。
翌週、学校の屋上で文化祭の準備をしていた。
うちのクラスでは和馬の案が通り、アンブレラスカイをすることになった。今日は大量のビニール傘に穴を開けて、フックを取り付けていく。男子が穴あけ作業、女子がフック付けを担当する。
「直斗、しっかり押さえておけよ!」
「任せろ!」
電動ドリルを持つ和馬は、次々と石突きの部分に穴を開けていく。
「カズくん、プロみたいだね」
「工具系得意なんだよ!」
「あれ、傘ってこんだけだっけ?」
しばらくして、文化祭係の奴が傘の山を確認していく。
「足りない?」
「…あ、水色の傘がない」
「まじか。俺、取ってくるわ」
「ありがとう、竹下」
教室を確認すると、教卓の下に水色の傘が置いてあった。
「すげぇ隠れてんじゃん。つーか、バラバラでこの量はしんどくね?」
束にするため、紐がないか探していた時
「あった?」
と声がした。やって来たのは阿比留だ。
「びっくりしたぁ。…うん、あった。1人で運ぶのむずいと思ってたから、来てくれて助かった」
教卓に移動した阿比留は、黒板の前で傘を1本開いた。
「何だよ、いきなり」
「室内なのに青空の下みてーになってる」
「柄にもなくロマンチストかよ」
「うるせぇ。……ここ来て」
「…?」
阿比留に言われて、傘に入り目の前に立った。
隣の教室から声がするのに、2人きりの教室で至近距離でいることが、不思議な緊張感を生む。
「…。」
「なんか願い事ねーの?」
「えっ、願い事…」
…そんなの言えるわけねぇじゃん。お前と両想いになりたいなんて。
きっと阿比留は、文化祭に向けて来週からまた告白される日々を過ごすんだろう。断ると分かっていても、そわそわしてしまう。
「…阿比留こそ、なんかあんの?願い事」
「なに、教えたら叶えてくれんの?」
「いや、お前の願いで俺に出来ることねーだろ」
「そんなの分かんねぇじゃん…」
そう言って俺を見る阿比留の表情は、どこか意味深だ。
「…俺に叶えられることなら、いくらでも叶えてやるよ」
「じゃあ、叶えろよ…」
「えっ…」
阿比留が開いたままの傘を床に置き、
「俺…」
と願いを言いかけたタイミングで「お前らおせーよ」と和馬が現れた。
さっき阿比留は、何をお願いしようとしたんだろう。その願いを俺は本当に叶えられるんだろうか。
文化祭前日の今日は、朝から小雨が降り続いている。
「昨日のうちに吊るしておいてよかったね」
「ねー。明日からは晴れだし、今日だけでよかったよ」
昼休みに教室の窓から外を見ながら、女子たちが話していた。その近くで弁当を食う俺たちも空の様子を気にしている。
「雨よりも風が強くないか心配だよな」
「たしかに」
「そういや、明後日兄ちゃん来んの?」
「来る気満々」
「本田が喜ぶな!」
「でもさ、誰と来るか知らねーけど、女子とか連れて来たら本田テンション下がるくね?」
「別に彼女じゃなければ大丈夫なんじゃない?兄ちゃんのチャラさは理解してるだろうし」
「そこ理解してて何で好きになんだろ…」
5、6限目は、文化祭に向けた最終作業の時間。俺たちのクラスは、外のアンブレラスカイだけでなく、廊下などの通路にも小さな傘を飾り付けしていくことになっている。
作業を終え、虹をイメージした7色のアンブレラスカイが見える2階の廊下を通った俺は、1人で空を見上げた。
ー雨止んでる。
目線を下に移すと、阿比留がアンブレラスカイの下に立っていた。
ーアイツ何やってんだ?点検か?
靴に履き替えた俺は、少しだけドキドキしながら阿比留の元へ歩み寄った。
「…おい、何してんだよ。サボりか?」
「ちげーよ。たるんでたり、間隔ずれてねぇかの確認」
「ふーん」
見上げると鮮やかな光景が広がった。
「すげぇ…ほんとに雨上がりの虹じゃん」
「だな。……願い事、今していい?」
「え、前に言ってたやつ?」
「うん」
「叶うってジンクス、証明しねーとだしな。…いいよ、言ってみろって」
「…じゃあ、こっち向いて」
向き合う形になり、阿比留は俺を真剣な眼差しで見てくる。
「…。」
見つめられているドキドキと、何を言われるんだろうというドキドキが混じり、鼓動が激しくなっていく。
「付き合いたい…竹下と」
「…え…」
あれ…もしかして、俺の願いも叶いそう?



