お詫びチートではじめる異世界農園暮らし~【製作】&【開墾】スキルで好きに開拓したら、精霊姫やモンスターが住まう最強の土地ができました~

 ばっちり僕と視線が交差する。

 狼は顔まで真っ白な毛で覆われていたが、おでこや目の周囲に赤い入れ墨のようなものが入っていた。

 和風というか、どこか神々しく思える。

 しばし、沈黙が僕たちの間に流れる。


「こ、こんにちは……」


 とりあえず、挨拶をしてみた。

 や、敵意はありませんと伝えたほうが良いかなと……。

 僕の意図が伝わったのか、狼がフンと小さく鼻を鳴らす。


「なんだ、ニンゲンか……」


 そしてプイッと再び釣り堀の中を覗き込む。

 敵意はさそうだ。

 というより、興味すらなさそう。

 人の言葉をしゃべれるってことは、普通の動物じゃないとは思うけど、一体何者だろう?

 僕は狼さんに恐る恐る近づき、尋ねた。


「あ、あの、何をしているんですか?」
「食べ物のニオイがするので魚でもいるのかと覗いているのだが、全く見つからん。実に不思議だ」


 狼さんはこちらを振り向くことなく、そう返してきた。

 なるほど。食べ物を探していたのか。

 釣り堀だけど、中に魚はいないからなぁ。

 僕が作った【釣り竿】を使わないと魚は釣れないのだ。

 素直に質問に答えてくれたので、警戒心が少し解けた僕は再び彼に尋ねる。


「お腹が空いてるんですか?」
「うむ。かれこれ1週間ほど何も食べていない」
「い、1週間も? よかったら魚を用意しましょうか?」
「……む?」


 狼さんが身体を起こし、ゆっくりとこちらを向いた。


「本当か?」
「は、はい。今から釣る必要はありますけど」
「構わん。魚のためならいくらでも待とう」


 わっさわっさ。

 大きな尻尾が、ゆっくりと揺れはじめる。


「ここで釣るのか?」
「そ、そうですね。ちょっと特殊な釣り堀なので、僕が作った釣り竿じゃないと魚が釣れないんです」
「ほう?」


 興味が湧いたのか、狼さんがきらりと目を輝かせる。

 そして、のしのしと歩き、僕の傍にチョコンとおすわりした。

 身体は巨大だけど、可愛いな。


「で? 釣り竿はどこなのだ?」
「このカバンの中です」


 早速、カバンの中から【釣り竿】を取り出す。

 偉そうに講釈を垂れたけど、これで釣りをするのは初めてなんだよね。

 ほ、本当に釣れるかな?

 不安に駆られながら、池に糸を垂らしてみる。


「……」


 気まずい沈黙が流れる。

 どでかい狼さんの隣で釣りをするのはドキドキだったけど、慣れとは怖いもので、5分もすると落ち着いてきた。

 雨粒が水面にいくつもの小さな輪を描き、静かなリズムを刻む。

 濡れた土と緑の香り。

 心地よい静けさ。

 小雨が振る中で釣りっていうのも中々にいいもんだ。


「おい、浮きが反応しておるぞ?」
「あっ……」


 まったりしすぎて気づかなかった。

 勢いよく釣り竿を上げると、針に大きな魚が食らいついていた。

 キラキラと輝く、銀色の魚。

 身体には特徴的な楕円模様が並んでいる。


「おお、ヤマメだ!」


 サケ目のサクラマスの中で、海に行かず河川で過ごす河川型の魚だ。

 塩焼きにしても美味しいし、刺し身や燻製にしても良い。

 刺し身で食べる場合は寄生虫対策が必要だけど。

 ていうか、本当に淡水魚が釣れちゃったよ。

 一体どういう仕組になっているんだ?


「……」


 感激していると、隣から刺すような視線が。

 狼さんが物欲しそうにこちらを見ていた。

 ご、強引に奪い取ろうとしないのは偉いけど、視線が怖い。


「じ、じゃあ、ちょっと調理するんで……」
「いや、そのままくれ」


 即答された。


「え? 生で食べるんですか?」
「うむ」


 いいのかな?

 だけどまぁ、自然で生きる野生の動物だし、平気なのか?

 狼さんがあんぐりと口を開けたので、ヤマメをぽいっと入れた。

 すぐにむしゃむしゃと咀嚼しはじめ、ゴクリと飲み込む。


「……おお、これは美味い!」


 狼さんの目がキラキラと輝き出す。


「濃いマナの味がするぞ」
「え? マナ?」
「魔力のことだ。これほど濃いマナを持つ魚を食べるのは久しぶりだ」


 ぺろぺろと口の周りを舐めはじめる狼さん。

 食べ足りてない雰囲気が伝わってくる。


「……もっと食べます?」
「うむ!」


 わさっと狼さんの尻尾が揺れる。

 狼さんの胃袋を満足させるのは、相当な量の魚を釣る必要がありそうだ。

 釣りすぎて魚がいなくなったらどうしよう──と一瞬焦ったけど、そもそもこの池には魚が棲んでいないんだった。

 というわけで、釣りを続行することに。

 釣っては狼さんの口の中に入れる作業を繰り返す。

 そうしている間に、いつの間にか空を覆い尽くしていた分厚い雲がなくなり、気持ちの良い青空が広がっていた。


「あふ……っ」


 少しお腹が膨れてきたのか、狼さんが大きなあくびをして、ブルブルと身体を震わせはじめる。

 まるでシャワーのように僕の体に雨水が。


「……む、濡れてしまったか?」
「だ、大丈夫ですよ。あはは」 


 びしょびしょになっちゃたけど。

 驚いたことに狼さんの毛は体を震わせただけでふわふわに戻っていた。

 なんともブラッシングしがいがありそうなもふもふですな。


「あ、そうだ。良いことを思いついた」


 僕は製作レシピを開くと【おおきめのブラシ】をアンロックして製作する。

 カバンから取り出すと、デッキブラシの先っぽみたいな巨大なブラシがぼとっと落ちてきた。


「……む? 何だそれは?」
「ブラシですよ。雨で毛が濡れていたのでブラッシングしたほうがいいかなと」
「ブラッシングだと? そんなものは必要ないぞ。どうしてもやりたいというのなら止めはせんが」


 トゲのある言葉を吐く狼さんだったが、尻尾は嬉しそうにブンブンと動いている。尻尾はすごく正直ですね。 

 というわけで失礼して、巨大ブラシでブラッシングしてあげることに。

 狼さんの毛はなんとも柔らかくて、ブラシがスイスイ通っていく。


「……おっ?」


 狼さんが、気持ちよさそうな顔をする。


「おお、おおおっ?」

 次第に、感極まったような声をあげる狼さん。

 最後にはごろんと横になり、へそ天してしまった。

 うわぁ……何だよ、この巨大もふもふ……。

 わしゃわしゃと撫でながら、ブラシでゴシゴシゴシ。


「お、お前、ブラッシングが上手いな。最高に気持がよいではないか……わ、わふ~ん!」
「あはは、そりゃあ良かった」


 こうなったらもう、巨大なワンコだな。

 あまりに気持ちよくて気分が昂ったのか、狼さんは突然ガバッと起き上がると釣り堀の周囲をダダダッと元気よく駆け回りはじめる。

 地鳴りを響かせながら5分ほど走り続け、ようやく僕の傍へと戻ってくる。

 その尻尾はちぎれんばかりに揺れていた。


「あはは、すっかり元気になったね」
「うむ! お前のおかげだ!」
「うわっ!?」


 狼さんにべろりと舐められた。


「なぁ、ニンゲン? しばらくここで暮らしても良いか?」
「えっ、ここで?」
「ニンゲンは嫌いなのだが、お前からはイヤなニオイがしない。それに、お前が釣った魚はとても美味い」


 魚の味を思い出したのか、狼さんがぺろりと口の周りを舐めた。

 そ、そんなに美味かったの?

 とはいえ、いきなり住みたいって言われてもなぁ……。

 住んでるのは僕だけだし、誰に迷惑がかかるわけでもないから良いのか?

 この農園暮らしは新しい発見ばかりで退屈しないけど、話し相手がいたらもっと楽しくなるかもしれない。

 それに、大きなもふもふペットと暮らす生活には憧れていたんだよな。

 ちょっと……いや、かなり大きすぎるけど。


「どうだろう? ニンゲン?」
「ここに住んでるのは僕だけだし、構わないよ」
「おお、本当か!」


 狼さんの顔が、パッと明るくなる。


「安心しろ! ちゃんと礼はするからな! この場所の安寧は我らが守ろう!」
「おお、それは助かるな」


 いや、お世辞抜きに。

 初訪問者は友好的な狼さんだったけど、次もそうだとは断言できないからね。

 育てている野菜を狙って害獣が現れても、狼さんだったら一発で撃退してくれそうだ。

 そんな心強い狼さんが、首をかしげながら尋ねてくる。


「それで、お前の名前はなんというのだ? ニンゲン?」
「カズマだよ。こっちは何と呼べば?」
「何とでも好きなように呼べば良い」
「……え? 好きなように?」


 悩んでしまった。

 急にそんなことを言われてもなぁ。

 捻った名前を付けても忘れちゃいそうだし、見た目から連想した名前を付けてあげたほうがいいか。


「白い狼だからハクとかどう?」
「ハク……良い名だ」


 気に入ってくれたのか、狼さんことハクが「わふん」と吠えた。


「我はハク。今後ともどうぞよろしく」
「うん、こちらこそよろしくね」


 頭をナデナデしたら、お返しにと言わんばかりに頬をぺろっと舐められた。

 そうして、可愛くもあり非常に頼もしくもある住民が増えた翌日。

 ちょっと予想外の事件が起きていた。

 ハクは身体が大きすぎてログハウスには入れず玄関前で寝ることになったんだけど、様子を見にいったら大量の狼さんが集合していたのだ。

 大きさはハクの半分くらいだけど、それでも普通の狼よりデカい。

 そんな白い狼が、総勢5匹。


「……お? 目を覚ましたか、カズマ」


 ひときわ巨大な体のハクが声をかけてきた。

 僕は玄関先で立ち尽くしたまま、彼に尋ねる。


「あ、あの、ハク? これは一体どんな状況なのかな? 狼の朝会とか?」
「何を言っておる。彼らは我の眷属たちだ」
「け、眷属?」


 ってつまり、ハクの家族ってこと?

 確かに良くみると、全員ハクと同じ赤い入れ墨が顔に入っている。

 しばし、状況整理。

 ……あ~、なるほど、そうですか。

 家族総出で移住しちゃった感じですか。


「ほら、挨拶しろお前たち」


 ハクに促され、白い狼さんたちがピシッと身を正す。

 そして、一斉に声を張り上げはじめた。


「お世話になります!」
「よろしくお願いします、お屋形様!」
「……あは、あはは」


 大勢の狼たちにキラキラとした目を向けられ、苦笑いを浮かべる僕。

 なんて律儀な人……じゃなかった狼たちだろう。

 すごくいい子だってのはわかる。

 だけど、今更無理ですとは言えないよね、これ。