「いやぁ、すっかり寒くなっちゃいましたね、カズマさん」
荷馬車から降りてきたトトさんが、白い息を吐きながら笑顔を覗かせた。
寒くなったねと言ってるけど、トトさんの格好はチャイナドレスのまま。
首にふわふわのマフラーをつけてるけど、それで寒さは防げるのかちょっと不安になる。
竜人だから体温が高いのかな?
シャドウさんに頼んで防寒具作ってあげようかな──なんて心配していた僕をよそに、トトさんはテキパキと荷物の確認をしはじめた。
手にしたリスト通りのものがあるか、ひとつひとつチェックしていく。
チェックが済んだ荷物は、ゴレムに荷台からおろしてもらう。
今回もトトさんに取り寄せてもらったものは、農園では賄えないものだ。
ログハウス備え付けのものがなくなってきた、塩、砂糖、コショウなどの調味料。
茶葉、コーヒー豆などの嗜好品や、ハム、ベーコンなどの保存食。
他にもチーズ、バター、小麦粉。
あとは、家畜のヤギを何頭か。
新鮮なヤギミルクが飲みたくなったのだ。
本当は牛が欲しかったんだけど、世話が大変そうだからやめておいた。
そして、今回の目玉商品が──。
「ほら、カズマさんに頼まれたドライイーストだぜ」
トトさんが木の樽に入った粉状の物を見せてくれた。
おお、こんなに沢山。
これだけあれば、凄い数のパンが作れそうだ。
トトさんが不思議そうな顔をする。
「というか、パン屋でも始めるのか?」
「まさか。手作りのパンが食べたくなっただけですよ。家の裏に石窯も作ったんですから」
「えっ!? 石窯まで作ったのか!? カズマさんって、なんでも作っちまうんだな! かっけぇ!」
身を乗り出し、キラキラとした羨望の眼差しを向けてくるトトさん。
思わず後ずさりしてしまった。
な、なんだ?
妙に圧がすごいけど……。
「あ、そうだ。トトさんって、今回もしばらく農園に滞在するんですよね?」
「うん、そのつもりだ」
「だったら美味しいパンをごちそうしますよ」
「えっ、ホントに!?」
トトさんの目が、さらに輝きを増す。
「……えへへ、カズマさんの手作りパンなんて、1000万メリィ以上の価値があるじゃん……うれしすぎる……」
「え? なにか言いました?」
「……えっ!? い、いや、何も言ってないよ。あはは~」
引きつった笑みを浮かべるトトさん。
一瞬だけ獲物を狙う狩人の目をしていた気がしたけど……。
そんなトトさんは長旅の疲れを癒やすため、露天風呂「フォージバス」へと向かった。
すんごくナチュラルに「カズマさんも一緒に入らないか?」って誘われたけど丁重に断った。
思わず「是非」って言いそうになったけど、一緒は流石に無理だよ……。
トトさんを見送ってから、僕はゴレムと一緒に食材を貯蔵庫へと運ぶことに。
商品ごとに貯蔵庫を分ける必要があるため、細かく指示を出さないといけないのだ。
特に、冷凍が必要なものは【冷却】で冷やしている貯蔵庫にしまっておかないとだからね。
運搬が終わったら、本日のメインイベントをスタートさせる。
「ドライイーストも届いたことだし、パン作りを始めますか」
「やったぁ! パンだ!」
ヒサシが「待ってました」と言わんばかりに尻尾をブンブン。
では石窯に向かう──の前に、パン生地を作らないとだね。
貯蔵庫の中から必要な素材を【神樹カバン】の中に入れて、足早にログハウスへと向かう。
必要な素材は小麦粉に砂糖。バター、塩。
それに、ドライイーストだ。
ヤギミルクも必要なんだけど、それは同時進行でゴレムに絞ってもらう。
後は、製作スキルで作った【木のボウル】と【木のヘラ】も。
キッチンにそれらを広げて、いざスタート。
まずは、小麦粉を【木のボウル】の中に入れる。
そこにドライイースト、砂糖、塩を投入し、【木のヘラ】で軽くかき混ぜる。
粉が舞わないように、少しだけ慎重に。
「わ、わわっ! 風に乗って小麦粉が鼻に……」
「ちょ、ヒサシ!? くしゃみしないでよ!?」
キッチン脇の窓から顔を出していたヒサシが、鼻をひくひくと動かしはじめた。超危険だ。
体が大きいし、くしゃみひとつで小麦粉を全部ふっとばしそう。
すぐにハクにヒサシの鼻を押さえてもらい、作業を続ける。
綺麗に混ざったら、ゴレムに持ってきてもらった搾りたてのヤギミルクを投入する。
こうすることで風味がついて、生地が引き締まってもっちり食感になるのだ。
お次は卵を使う。
この卵はニワトリさんから拝借した。
卵を入れて粉と混ぜあわせ、ひとかたまりになったら台に出してこねていく。
窓の外から見てたハクが「むぅ」と唸った。
「なんだか生地が粉っぽくないか?」
「最初はね。ここからちゃんとしたパン生地になるから安心して」
グッと潰すようにこねていく。
力を込めたところから「グルテン」が出て、生地がまとまるのだ。
しばらくこねこねしていたら、次第に生地に引き締まる力が出てきた。
伸びが悪くなってきたら、転がしてさらにこねる。
だんだんと表面がツルッとしてきた。
少しずつ完成に近づいてきた。
ここで生地の中にバターを投入。
バターを入れると生地が伸びやすくなり、ふっくらと膨らむようになる。
風味がよくなるってメリットもあるけどね。
バターがよく混ざるように、しっかりと丁寧にこねていく。
「あっ、なんだか大きな卵みたいになった!」
外からヒサシの声。
鼻声だと思ったら、自分で鼻を押さえていた。
「それ、硬いの?」
「いや、ふわふわだよ」
生地を指で押してみるとすぐに元の形に戻った。
かなりの弾力がある。
「わ、すごい! もちもちだ! それを今から焼くんだね!」
「いやいや、まだだよ。これから発酵させるんだ」
「ハッコー?」
「放置して生地をふわっと膨らませること」
いわゆる一次発酵ってやつだ。
生地を小さめの【木の箱】に入れて、テーブルの上においておく。
40分くらい放置すれば、いい感じに膨らむはずだ。
「さてと。今のうちに窯の準備をしておくか」
冬のこの時期は、窯の中を高温にするまでに時間がかかるはずだからね。
温まりにくかったら【加熱】スキルを使ってみるか。
なんて考えながら、ログハウスを出てびっくりした。
オークさんや精霊さん、ケンタウルスさんなど、里の住人たちが僕を待ち構えていたのだ。
「み、皆さんどうしました?」
「あの、お屋形様、パン作りを見学しても?」
「え、見学? 大丈夫ですけど……そんな面白いものでもないですよ?」
どっちかというと、サラさんの鍛冶のほうが楽しいと思うけど。
とはいえ断る理由もないので、みんなを連れて大行列で石窯へ。
石窯の中に薪を投入して火をつける。
案の定、窯の温度が思うように上がらない。
仕方なく【加熱】スキルを使い、炉の奥から一気に熱を吹き上げた。
これでよし、と。
「おお……なるほど、スキルで火を付けるわけですな」
感心するようなオークさんの声。
「実に手際が良い」
「ごむごむ!(流石お屋形様……さすお屋だね!)」
「あ、ありがとう」
一挙手一投足を褒めてくるギャラリーに、恥ずかしくなってしまった。
そんな観客たちを引き連れ、再びログハウスに戻る。
「お次は何を?」
「ええっと……生地が完成してると思うから、小分けにして焼こうかな」
「おお、ついに!」
「ごむ!(さすお屋!)」
ぞろぞろぞろ。
テーブルに置いた【木の箱】に詰まっている生地を確認してみたところ、先程よりも明らかに膨らんでいた。
「お、しっかり発酵してるな」
生地に指を刺してみたけれど、穴が元に戻らなかった。
ボリュームが出てふっくらと膨らんでいるし、発酵は完了だ。
生地をギュッと押して全体からガスを抜き、小分けにしていく。
里のみんなにも食べてほしいから、できるだけ沢山作っちゃおう。
「……これでよし、と。あとは石窯で焼けば美味しいパンの完成だ」
「おおお!」
「やったぁ!」
「パンだ!」
「ごむ!(パン食べたい!)」
窓の外から見学していたオーディエンスたちが盛り上がる。
テレビの料理番組の出演者になった気分だ。
生地を石窯へと運んで、小さく切り分けたパン生地をひとつづつ【ベーカリーパドル】で窯に入れる。
ベーカリーパドルは先が平たくなっている棒状の道具で、製作スキルで作ったものだ。
「……うわ、熱っ」
【加熱】スキルのおかげか、窯の近くはかなりの高温になっていた。
顔がジリジリ熱いのに、吐く息は白い。
寒暖差がすごいな。
パドルの先に生地を置いて、手際よく中に入れていく。
窯の中に綺麗に並べきったところで、皆と一緒にしばし待つことに。
このパンと里の野菜でサンドイッチでも作りましょうか……なんて話していると、石窯の煙突から美味しそうな香りが漂ってきた。
「カズマ。そろそろいいのではないか?」
「だね。ちょっと確認してみようか」
【ベーカリーパドル】を使って、パンをひとつ取り出してみる。
表面にはこんがりとした焼き色がつき、香ばしい香りをふわりと放っている。
軽く叩いてみると、コンと空洞のような音がした。
「うん、出来ているみたいだね」
「おおっ! 完成か!」
声をあげるハク。
彼に続き、ヒサシや他の動物たちが一斉に騒ぎ始めた。
「美味しそうですね!」
「パンだ、パンだ!」
「ごむごむ!(食べてみてよ、お屋形様!)」
大盛りあがりの観客を前に、できたてのパンをそっと両手で割ってみた。
白い湯気がふわりと立ちのぼり、内側の生地がもっちりと糸を引く。
外はパリパリ、中はふわふわ。
食べなくてもわかる。これ、めっちゃ美味いやつだ。
──いや、食べるんだけどね?
「美味そうだ! 我にも食べさせろ!」
「ぼくも、ぼくも!」
ハクとヒサシが尻尾をブンブンと振り回しはじめた。
「ちょ、落ち着いて。ちゃんと人数分あるから」
興奮する彼らを落ち着かせ、口の中に直接ぽいっとパンを投げ入れた。
「……」
しばし無言でもぐもぐと咀嚼するハクたち。
体がデカいし、彼らには大きめのパンを作ってあげたほうがよかったかな?
──と思ったんだけど。
「美味なり!」
「うん! もっちりしてて、凄く甘い!」
満足いただけたらしい。
甘いのは、砂糖をたっぷり入れたからかな?
オークさんやゴレムたちにもひとつづつパンを配り、残りは【木のカゴ】に入れてログハウスに持って帰る。
ハクに「もっとくれ」とせがまれたけど、我慢してもらった。
アルレーネ様やトトさんにも食べさせないとだからね。
というわけで、リビングにやってきたんだけど──。
「トトさん、できたてパンをお持ちしました──って、あれっ?」
リビングには、掃除をしているゴレム5号がいるだけだった。
どこにいったんだろ?
他の部屋も探してみたけど、トトさんの姿はどこにもない。
「……裏庭かな?」
ログハウスで行ける場所は限られている。
アルレーネ様とおしゃべりでもしてるのかなと思ったら、案の定、ふたりで何やら話し込んでいた。
「ああ、やっぱりここでしたか」
「……おお、カズマさん」
髪の毛がしっとりと濡れているのは、風呂上がりだからか。
ちょっとドキッとしてしまった。
そんなトトさんと隣のアルレーネ様が手にしていたのは赤いリンゴ、神樹の実だった。
「この実のことでお話をしていたんです」
「え? 神樹の実ですか?」
「はい。神樹の実を使った特産品ができないかと」
「……なるほど。それは良い考えですね」
ここも正式な村になったわけだし、特産品があると収入が安定する。
それも神樹の実を使うなんて、良い値がつくこと間違いなしだ。
でも、実をそのまま使うわけにはいかないよね?
森を抜けて町へ運ぶまでの時間を考えると、途中で傷んでしまう可能性が高いし。
「遠距離移動にも耐えられるモノに加工できればいいんだけどな」
難しい顔でトトさんが首をひねる。
どうやら同じ懸念を抱いていたみたいだ。
なるほど。それで悩んでいたわけか。
里で作れて長時間の移動に耐えられる加工品といえば「燻製」だけど、りんごの燻製なんて、あんまり聞かないよね。
──あ、石窯も完成したわけだし、アップルパイでも作るか?
でも、アップルパイを量産するのはちょっと難しいか。
パン職人さんを移住させてパン工房を作らないと無理だろうし、アップルパイってそこまで消費が多い食べ物じゃないよね?
もっとこう、気軽に大量生産できて、町の人たちに人気があるものが良い。
例えば神樹の実を使った、リンゴジュース……?
……いや、待って。
ここはアレだな。
丁度、ドライイーストがあるわけだし──。
「ねぇ、トトさん。お酒はどうかな?」
「え? 酒?」
きょとんとするトトさん。
僕はこくりと頷き、静かに続けた。
「うん、神樹の実を使った『りんご酒』を作るんだよ」
荷馬車から降りてきたトトさんが、白い息を吐きながら笑顔を覗かせた。
寒くなったねと言ってるけど、トトさんの格好はチャイナドレスのまま。
首にふわふわのマフラーをつけてるけど、それで寒さは防げるのかちょっと不安になる。
竜人だから体温が高いのかな?
シャドウさんに頼んで防寒具作ってあげようかな──なんて心配していた僕をよそに、トトさんはテキパキと荷物の確認をしはじめた。
手にしたリスト通りのものがあるか、ひとつひとつチェックしていく。
チェックが済んだ荷物は、ゴレムに荷台からおろしてもらう。
今回もトトさんに取り寄せてもらったものは、農園では賄えないものだ。
ログハウス備え付けのものがなくなってきた、塩、砂糖、コショウなどの調味料。
茶葉、コーヒー豆などの嗜好品や、ハム、ベーコンなどの保存食。
他にもチーズ、バター、小麦粉。
あとは、家畜のヤギを何頭か。
新鮮なヤギミルクが飲みたくなったのだ。
本当は牛が欲しかったんだけど、世話が大変そうだからやめておいた。
そして、今回の目玉商品が──。
「ほら、カズマさんに頼まれたドライイーストだぜ」
トトさんが木の樽に入った粉状の物を見せてくれた。
おお、こんなに沢山。
これだけあれば、凄い数のパンが作れそうだ。
トトさんが不思議そうな顔をする。
「というか、パン屋でも始めるのか?」
「まさか。手作りのパンが食べたくなっただけですよ。家の裏に石窯も作ったんですから」
「えっ!? 石窯まで作ったのか!? カズマさんって、なんでも作っちまうんだな! かっけぇ!」
身を乗り出し、キラキラとした羨望の眼差しを向けてくるトトさん。
思わず後ずさりしてしまった。
な、なんだ?
妙に圧がすごいけど……。
「あ、そうだ。トトさんって、今回もしばらく農園に滞在するんですよね?」
「うん、そのつもりだ」
「だったら美味しいパンをごちそうしますよ」
「えっ、ホントに!?」
トトさんの目が、さらに輝きを増す。
「……えへへ、カズマさんの手作りパンなんて、1000万メリィ以上の価値があるじゃん……うれしすぎる……」
「え? なにか言いました?」
「……えっ!? い、いや、何も言ってないよ。あはは~」
引きつった笑みを浮かべるトトさん。
一瞬だけ獲物を狙う狩人の目をしていた気がしたけど……。
そんなトトさんは長旅の疲れを癒やすため、露天風呂「フォージバス」へと向かった。
すんごくナチュラルに「カズマさんも一緒に入らないか?」って誘われたけど丁重に断った。
思わず「是非」って言いそうになったけど、一緒は流石に無理だよ……。
トトさんを見送ってから、僕はゴレムと一緒に食材を貯蔵庫へと運ぶことに。
商品ごとに貯蔵庫を分ける必要があるため、細かく指示を出さないといけないのだ。
特に、冷凍が必要なものは【冷却】で冷やしている貯蔵庫にしまっておかないとだからね。
運搬が終わったら、本日のメインイベントをスタートさせる。
「ドライイーストも届いたことだし、パン作りを始めますか」
「やったぁ! パンだ!」
ヒサシが「待ってました」と言わんばかりに尻尾をブンブン。
では石窯に向かう──の前に、パン生地を作らないとだね。
貯蔵庫の中から必要な素材を【神樹カバン】の中に入れて、足早にログハウスへと向かう。
必要な素材は小麦粉に砂糖。バター、塩。
それに、ドライイーストだ。
ヤギミルクも必要なんだけど、それは同時進行でゴレムに絞ってもらう。
後は、製作スキルで作った【木のボウル】と【木のヘラ】も。
キッチンにそれらを広げて、いざスタート。
まずは、小麦粉を【木のボウル】の中に入れる。
そこにドライイースト、砂糖、塩を投入し、【木のヘラ】で軽くかき混ぜる。
粉が舞わないように、少しだけ慎重に。
「わ、わわっ! 風に乗って小麦粉が鼻に……」
「ちょ、ヒサシ!? くしゃみしないでよ!?」
キッチン脇の窓から顔を出していたヒサシが、鼻をひくひくと動かしはじめた。超危険だ。
体が大きいし、くしゃみひとつで小麦粉を全部ふっとばしそう。
すぐにハクにヒサシの鼻を押さえてもらい、作業を続ける。
綺麗に混ざったら、ゴレムに持ってきてもらった搾りたてのヤギミルクを投入する。
こうすることで風味がついて、生地が引き締まってもっちり食感になるのだ。
お次は卵を使う。
この卵はニワトリさんから拝借した。
卵を入れて粉と混ぜあわせ、ひとかたまりになったら台に出してこねていく。
窓の外から見てたハクが「むぅ」と唸った。
「なんだか生地が粉っぽくないか?」
「最初はね。ここからちゃんとしたパン生地になるから安心して」
グッと潰すようにこねていく。
力を込めたところから「グルテン」が出て、生地がまとまるのだ。
しばらくこねこねしていたら、次第に生地に引き締まる力が出てきた。
伸びが悪くなってきたら、転がしてさらにこねる。
だんだんと表面がツルッとしてきた。
少しずつ完成に近づいてきた。
ここで生地の中にバターを投入。
バターを入れると生地が伸びやすくなり、ふっくらと膨らむようになる。
風味がよくなるってメリットもあるけどね。
バターがよく混ざるように、しっかりと丁寧にこねていく。
「あっ、なんだか大きな卵みたいになった!」
外からヒサシの声。
鼻声だと思ったら、自分で鼻を押さえていた。
「それ、硬いの?」
「いや、ふわふわだよ」
生地を指で押してみるとすぐに元の形に戻った。
かなりの弾力がある。
「わ、すごい! もちもちだ! それを今から焼くんだね!」
「いやいや、まだだよ。これから発酵させるんだ」
「ハッコー?」
「放置して生地をふわっと膨らませること」
いわゆる一次発酵ってやつだ。
生地を小さめの【木の箱】に入れて、テーブルの上においておく。
40分くらい放置すれば、いい感じに膨らむはずだ。
「さてと。今のうちに窯の準備をしておくか」
冬のこの時期は、窯の中を高温にするまでに時間がかかるはずだからね。
温まりにくかったら【加熱】スキルを使ってみるか。
なんて考えながら、ログハウスを出てびっくりした。
オークさんや精霊さん、ケンタウルスさんなど、里の住人たちが僕を待ち構えていたのだ。
「み、皆さんどうしました?」
「あの、お屋形様、パン作りを見学しても?」
「え、見学? 大丈夫ですけど……そんな面白いものでもないですよ?」
どっちかというと、サラさんの鍛冶のほうが楽しいと思うけど。
とはいえ断る理由もないので、みんなを連れて大行列で石窯へ。
石窯の中に薪を投入して火をつける。
案の定、窯の温度が思うように上がらない。
仕方なく【加熱】スキルを使い、炉の奥から一気に熱を吹き上げた。
これでよし、と。
「おお……なるほど、スキルで火を付けるわけですな」
感心するようなオークさんの声。
「実に手際が良い」
「ごむごむ!(流石お屋形様……さすお屋だね!)」
「あ、ありがとう」
一挙手一投足を褒めてくるギャラリーに、恥ずかしくなってしまった。
そんな観客たちを引き連れ、再びログハウスに戻る。
「お次は何を?」
「ええっと……生地が完成してると思うから、小分けにして焼こうかな」
「おお、ついに!」
「ごむ!(さすお屋!)」
ぞろぞろぞろ。
テーブルに置いた【木の箱】に詰まっている生地を確認してみたところ、先程よりも明らかに膨らんでいた。
「お、しっかり発酵してるな」
生地に指を刺してみたけれど、穴が元に戻らなかった。
ボリュームが出てふっくらと膨らんでいるし、発酵は完了だ。
生地をギュッと押して全体からガスを抜き、小分けにしていく。
里のみんなにも食べてほしいから、できるだけ沢山作っちゃおう。
「……これでよし、と。あとは石窯で焼けば美味しいパンの完成だ」
「おおお!」
「やったぁ!」
「パンだ!」
「ごむ!(パン食べたい!)」
窓の外から見学していたオーディエンスたちが盛り上がる。
テレビの料理番組の出演者になった気分だ。
生地を石窯へと運んで、小さく切り分けたパン生地をひとつづつ【ベーカリーパドル】で窯に入れる。
ベーカリーパドルは先が平たくなっている棒状の道具で、製作スキルで作ったものだ。
「……うわ、熱っ」
【加熱】スキルのおかげか、窯の近くはかなりの高温になっていた。
顔がジリジリ熱いのに、吐く息は白い。
寒暖差がすごいな。
パドルの先に生地を置いて、手際よく中に入れていく。
窯の中に綺麗に並べきったところで、皆と一緒にしばし待つことに。
このパンと里の野菜でサンドイッチでも作りましょうか……なんて話していると、石窯の煙突から美味しそうな香りが漂ってきた。
「カズマ。そろそろいいのではないか?」
「だね。ちょっと確認してみようか」
【ベーカリーパドル】を使って、パンをひとつ取り出してみる。
表面にはこんがりとした焼き色がつき、香ばしい香りをふわりと放っている。
軽く叩いてみると、コンと空洞のような音がした。
「うん、出来ているみたいだね」
「おおっ! 完成か!」
声をあげるハク。
彼に続き、ヒサシや他の動物たちが一斉に騒ぎ始めた。
「美味しそうですね!」
「パンだ、パンだ!」
「ごむごむ!(食べてみてよ、お屋形様!)」
大盛りあがりの観客を前に、できたてのパンをそっと両手で割ってみた。
白い湯気がふわりと立ちのぼり、内側の生地がもっちりと糸を引く。
外はパリパリ、中はふわふわ。
食べなくてもわかる。これ、めっちゃ美味いやつだ。
──いや、食べるんだけどね?
「美味そうだ! 我にも食べさせろ!」
「ぼくも、ぼくも!」
ハクとヒサシが尻尾をブンブンと振り回しはじめた。
「ちょ、落ち着いて。ちゃんと人数分あるから」
興奮する彼らを落ち着かせ、口の中に直接ぽいっとパンを投げ入れた。
「……」
しばし無言でもぐもぐと咀嚼するハクたち。
体がデカいし、彼らには大きめのパンを作ってあげたほうがよかったかな?
──と思ったんだけど。
「美味なり!」
「うん! もっちりしてて、凄く甘い!」
満足いただけたらしい。
甘いのは、砂糖をたっぷり入れたからかな?
オークさんやゴレムたちにもひとつづつパンを配り、残りは【木のカゴ】に入れてログハウスに持って帰る。
ハクに「もっとくれ」とせがまれたけど、我慢してもらった。
アルレーネ様やトトさんにも食べさせないとだからね。
というわけで、リビングにやってきたんだけど──。
「トトさん、できたてパンをお持ちしました──って、あれっ?」
リビングには、掃除をしているゴレム5号がいるだけだった。
どこにいったんだろ?
他の部屋も探してみたけど、トトさんの姿はどこにもない。
「……裏庭かな?」
ログハウスで行ける場所は限られている。
アルレーネ様とおしゃべりでもしてるのかなと思ったら、案の定、ふたりで何やら話し込んでいた。
「ああ、やっぱりここでしたか」
「……おお、カズマさん」
髪の毛がしっとりと濡れているのは、風呂上がりだからか。
ちょっとドキッとしてしまった。
そんなトトさんと隣のアルレーネ様が手にしていたのは赤いリンゴ、神樹の実だった。
「この実のことでお話をしていたんです」
「え? 神樹の実ですか?」
「はい。神樹の実を使った特産品ができないかと」
「……なるほど。それは良い考えですね」
ここも正式な村になったわけだし、特産品があると収入が安定する。
それも神樹の実を使うなんて、良い値がつくこと間違いなしだ。
でも、実をそのまま使うわけにはいかないよね?
森を抜けて町へ運ぶまでの時間を考えると、途中で傷んでしまう可能性が高いし。
「遠距離移動にも耐えられるモノに加工できればいいんだけどな」
難しい顔でトトさんが首をひねる。
どうやら同じ懸念を抱いていたみたいだ。
なるほど。それで悩んでいたわけか。
里で作れて長時間の移動に耐えられる加工品といえば「燻製」だけど、りんごの燻製なんて、あんまり聞かないよね。
──あ、石窯も完成したわけだし、アップルパイでも作るか?
でも、アップルパイを量産するのはちょっと難しいか。
パン職人さんを移住させてパン工房を作らないと無理だろうし、アップルパイってそこまで消費が多い食べ物じゃないよね?
もっとこう、気軽に大量生産できて、町の人たちに人気があるものが良い。
例えば神樹の実を使った、リンゴジュース……?
……いや、待って。
ここはアレだな。
丁度、ドライイーストがあるわけだし──。
「ねぇ、トトさん。お酒はどうかな?」
「え? 酒?」
きょとんとするトトさん。
僕はこくりと頷き、静かに続けた。
「うん、神樹の実を使った『りんご酒』を作るんだよ」



