お詫びチートではじめる異世界農園暮らし~【製作】&【開墾】スキルで好きに開拓したら、精霊姫やモンスターが住まう最強の土地ができました~

 僕の身体に原因不明の不調が出始めたのは、10年前のことだ。

 若い頃は一晩寝ればどんな疲れも吹き飛ぶくらい頑丈な身体だった。

 それが、40歳を過ぎた今では、調子が良い日のほうが珍しい。

 突然高熱が出たり、全身が筋肉痛で動けなくなったり──そんなことが何度も続いた。

 当然、まともに働けるはずもない。

 エンジニア職を生業としていたんだけど、入退院を繰り返すうちに非常勤の事務職へと回された。

 まさか、40歳でこんなことになるなんて。

 僕の予定では、少しづつ人生に余裕が出てくる時期のハズだった。

 結婚──には興味がなかったけれど、日本中の観光地を巡ってみたかったし、海外旅行にも行きたかった。

 料理や釣り、DIYで家具や石窯を作るのも夢だった。 

 そして何より、祖父が営んでいた「農園」をやってみたかった。

 平日は仕事をして、週末は田舎で畑をいじりながらのんびり過ごす。

 ──そんな穏やかな人生を、僕は確かに思い描いていた。


「……ああ、疲れたなぁ」


 重い足取りで改札へ向かう僕の声が、深夜のホームに溶けていく。

 時刻は23時30分。

 今日も終電ギリギリだ。

 こんな状況で言うのもなんだけど、担当医からは「仕事で無理はしないように」と何度も釘を刺されている。

 だけど、そう簡単にいかないのがサラリーマンという生き物だ。

 繁忙期は夜遅くまで働かなくちゃいけないし、上司に仕事を振られたら断るわけにもいかない。

 不調な身体に鞭打って、ただ頑張るしかないのだ。

 しかし、本当に疲れた。

 仕事にも、人生にも。

 もう一度人生をやり直せたらなら──。

 そんなことを考えてしまうのは、きっと心が弱っている証拠だろう。

 明日は休みだし、今日はゆっくり寝よう。

 そう思い、ホームの階段を登ろうとした、その時だった。

 突然、立ち眩みに襲われた。

 両足から地面の感触が消え、ぐるっと視界が回った。

 咄嗟に手すりを掴もうとしたけれど、僕の手は虚しく空を切った。

 あ、まずいかも──。

 そう思ったときには、すでに手遅れだった。

 視界が狭くなり、意識が沈む。

 遠くから、誰かの悲鳴のような声が聞こえた気がした。


***


「……あれっ?」


 気がつくと、僕は光り輝く真っ白な場所にいた。

 地平線の向こうまで永遠に続く、白い水面。

 大地との境目がない、白く輝く空。

 ここはどこだろう?

 ていうか、僕はどうなったんだ?

 駅で階段から落ちて、それで──。

 え? もしかして、僕……死んじゃった?


「一ノ瀬和真様」 


 僕の名を呼ぶ女性の声が聞こえた。

 ハッとして周囲を見渡す。

 だけど、誰もいない。

 何、今の……怖っ。


「和真様」


 再び僕の名を呼ぶ声。

 その声に導かれるように、空からひとりの女性が舞い降りてきた。

 白を基調とした装束に、鮮やかな緋色の袴。

 肌は雪のように透き通り、唇には艶やかな紅が差されている。

 絹糸のように滑らかな黒髪には、小さな冠と花飾りが添えられ、その姿はまるで──神域に舞い降りた女神のようだった。


「ああ、良かった。てっきり私の姿がお見えにならないのかと」


 女神のような女性は、ほっと安心したように笑顔を覗かせる。


「あ、あの、どちら様でしょうか?」
「申し遅れました。私は豊穣神サクツチ……芽吹きより結実に至る、万物の実りを統べる神です」
「か、神様……?」


 冗談でしょ──と思ったけど、ここまでの状況を整理して「なるほど」と納得した。


「つまり僕、死んじゃったわけですね?」
「あまり驚かれないのですね」
「ずっと体調不良が続いていましたから。いつかこうなるのではと」


 ショックはあるものの「ついに来たか」という諦めに似た感情が勝っていた。

 そんな僕に、豊穣神サクツチ様は丁寧に状況を説明してくれた。

 本来ならば肉体を離れた人の魂は輪廻するのだが、とある事情でここに呼んだのだという。


「10年前から和真様の身に起きている『体調不良』の件です」


 サクツチ様は神妙な面持で続ける。


「大変申し上げにくいのですが、和真様の体調不良の原因は、とある世界の神樹と魂がリンクしてしまったことにあります」
「へぇ、なるほ──へ?」


 一瞬の間を起き、変な声が出てしまった。


「ど、どど、どういうことですか? 魂とリンク? というか、神樹って?」
「世界の命を抱く、神格を帯びた巨樹のことです」


 サクツチ様は、少しだけ申し訳なさそうに続ける。

 神樹とは生命を司る御神体のことらしい。

 その幹は空に届かんばかりにそびえ、枝葉は生命の息吹を映す。

 根は大地の奥底にまで張り巡らされ、あらゆる生を育む。古より人々は神樹に祈り、神樹はまた人の運命を左右する……と伝えられているという。

 神の宿りし大樹。神樹。

 しかし、そんな神樹も長い年月の流れの中で人々の記憶から忘れ去られ、今や朽ち果てようとしているという。


「……つまり、その朽ちかけている神樹と魂がリンクしちゃっているせいで、僕は死にかけていたってことですか?」
「はい。その通りです」


 サクツチ様はコクリと頷く。


「神樹と和真様の魂がリンクしていたのは私どもの落ち度です。なので、せめてもの償いとして、新たな人生を与えることをお許し願いたく……」


 新たな人生──。

 その言葉に、わずかながら興奮を覚えてしまった。

 それってつまり、転生ってことだよね?

 そうですか。転生ですか。


「転生できる世界に制限はありますが、不自由ない生活が送れるよう、便宜を図らせていただきます」 
「もしかして、凄いスキルとか?」
「あ、その通りです! 理解が早くて助かります!」


 サクツチ様がホッとしたような顔をする。

 こういうの、創作物で良く目にするからなぁ。

 本当に人生をやり直せるなら、やりたいことは沢山ある。

 体調不良のせいで、出来なかったことだらけだからね。

 旅行してもいいし、美味しい食べ物を食べまくってもいい。

 何かスポーツをやってもいいし──いや待てよ? 

 新しい人生でやるなら、まずアレでしょ。


「農園生活かな」


 幼少の頃に泊まりに行った、祖父の家。

 そこで見た農地の広大さと野菜の美味しさにに驚いたのを覚えている。

 あの感動をまた味わいたい。

 だから僕は、夢のひとつに「農園生活」を書き加えていたんだ。

 サクツチ様が静かに続ける。


「大農園を所有する地主の子として転生もできますが?」
「ん~……それも良いですが、できればゼロからやりたいですね」


 一から全てを開拓し、作っていく。

 それこそ農園生活の醍醐味じゃないだろうか。

 いや、農園暮らしなんてやったことはないんだけどね。


「驚きました」


 そんな僕の要望を聞いて、目を丸くするサクツチ様。


「てっきりそういう苦労は忌避するものだと……」
「そういう苦労は今の僕にとってご褒美ですからね」
「そういえば和真様は小さい頃にそういうゲームを好まれていましたね」


 ふふ、とサクツチ様が笑う。

 ちょっと恥ずかしくなった。

 そういうこともご存知なんですね。

 サクツチ様は、農園生活の他にもいくつか便宜を図ってくれた。

 まず、肉体労働に耐えられる「若く」て「健康」な体。

 正体不明の体調不良がなくなったとしても、40代の体のままじゃ肉体労働はキツいからね……。

 新しい人生でも病気に怯える生活なんて、まっぴらごめんだし。

 そしてもうひとつは、自由な生活の手助けになる「能力」だ。

 サクツチ様は「便利な能力をプレゼントします」と言ってたけど、詳細は現地に行ってのお楽しみということになった。

 一通り説明を聞き終えたくらいで、地面が少しずつキラキラと輝き始めた。

 どうやら転生が始まったらしい。


「ひとつだけ、和真様にお願いがございます」


 サクツチ様が口を開く。


「これから転生していただくのは、かつて和真様の魂と深く結びついていた神樹が存在する世界です。魂とのリンクはすでに解除しておりますが、もし可能であれば、神樹を再び芽吹かせてはいただけませんでしょうか?」
「え? 神樹を?」
「はい。神樹の再生は和真様にとっても大きな助けになるはずです」


 僕は返答に窮してしまった。

 なにせ神樹は10年もの間、僕を苦しめてきた存在なのだ。

 そんな相手を助けるなんて、普通ならありえない。

 だけど、僕は承諾することにした。

 僕の体調不良の原因が神樹にあるのだとすれば、その神樹もまた同じように苦しんでいるかもしれない。

 同じ被害者なら、助けてあげたい。

 僕に何ができるのかはわからないけれど。


「わかりました。お約束はできませんが、その神樹をもう一度芽吹かせてみようと思います」
「……ありがとうございます」


 サクツチ様はほっとしたように顔をほころばせる。

 そんな彼女の表情が、次第に光の中に溶けこんでいく。

「それでは、お元気で。和真様の新たな人生が実り多きものになりますように」


 そんな豊穣神らしい言葉を贈られ──僕の視界は、静かに白へと染まっていった。