※※
──ピンポーン
翌朝のことだった。悠作が出勤し悠聖も登校したあとふいにインターホンが鳴った。私は玄関扉の覗き穴から相手を確認して、一瞬息を呑んだ。覗き穴から見た美穂子は満面の笑みを浮かべていたからだ。
おずおずと玄関扉を開ければ、今日も白いワンピースを纏った美穂子が立っている。
「朝からなんでしょうか?」
「…………」
美穂子は笑みこそ浮かべているが、その空気はどこかいつもと違う。
「里奈さん。残念だわ」
「え?」
彼女は私に紙袋を差し出す。反射的に手に取りおずおずと中を覗き込んで、思わずその紙袋をバシャッと玄関先に落とした。
「サイズピッタリだったのにどうして?」
地面に落とした衝撃で紙袋から飛び出した、白いスウェットを拾い上げると美穂子は私にそっと手渡した。
全身に鳥肌がたち、足がガクガクと小刻みに震えてくる。
「杉原さん……うちのゴミ……見たの……?」
「ええ。勿論。里奈さん越してきて間がないからゴミの分別ができているか気になっちゃって。このスウェットは間違えて捨てちゃったのよね?」
美穂子の顔は笑っているが、目は笑っていない。
「どうして……こんな事……」
「こちらのセリフよ。里奈さんがこんなことするなんて……失礼だけど少し異常だわ」
「あなたこそ異常だわっ! 子供や夫に近づいてゴミまで漁って! 一体どういうつもりなのっ!」
「あら怖い顔。そんなんじゃ、悠聖くんも悠作さんにも嫌われちゃうわよ」
「な……っ、私の子供と夫の名前を呼ばないで!
これも要らないわ! 二度と私たちに近寄らないでっ」
私はスウェットを美穂子に押し付けると乱暴に玄関の扉を閉めた。
そしえすぐに覗き穴から外を確認する。見れば美穂子はスウェットを抱えたまま暫くうちの玄関扉の前に立っていたが、くるりと背中を向けるとスキップをしながら自宅へ帰っていく。
(異常者だわ)
さっきの行動で確信する。美穂子は明らかにおかしい。他人のゴミを漁るなんてまともじゃない。あの異常な行動に美穂子の夫も子供も何も思わないのだろうか?それとも気づいていないのだろうか?
私はダイニングテーブルに座るとパソコンの電源を入れた。いくつかSNSサイトで名前を検索するが出てこない。
「……東山街沼田村 杉原美穂子……っと」
今度はグーグル検索で美穂子の名前と地域を入力して検索をかけて見るが、東山街や沼田村の情報しか出てこない。
「本人の名前は何もなしか……他に何か……
あっ」
私は『東山街 沼田村 杉原春人』で検索をかける。そして表示された画面に──私は口元を覆った。
目に飛び込んできたのは死亡の二文字だった。
パソコンの画面をスクロールさせながら、記事の全文に目を通す。
『東山街の沼田村で起こった悲惨な事件……礼和…◯月△日……トラック運転手の……飲酒運転による交通事故で、横断歩道を渡っていた……当時、八歳の杉原春人君と父親の杉原……が……により、死亡………』
夫は単身赴任だと話したのも、子供が入院中だと話したのも全部嘘だったのだ。
──ブーッブーッ
その時だった。パソコン横に置いていたスマホが震えて、ラインのメッセージが浮かびあがる。すぐに覗き込んで絶句した。
「な……なんでっ……」
スマホには美穂子からのメッセージが届いていた。
──『うちの主人と春人の事調べるなんて、どうして?』
私の背筋はピンと張り、座っていても足がカタカタと震えてきて力が入らない。
『何のことでしょうか』
私は短く指先で返答する。
──ピロロロン、ピロロロン
「……っ!」
返答したと同時に、今度は鳴り響いたスマホの着信音に私の体がビクンと大きく震えた。
液晶に浮かんでいる名前は『杉原美穂子』。
私は震える指先でスワイプする。
「もし、もし……」
──「こんにちは、美穂子ですけど」
「な、何でしょうか?」
──「聞きたいことがあるなら直接聞いてくれればいいのに。お向かいさんなんだから。何から話せばいい? 家族のことかしら?』
その言葉に私は震えながら小さく唇を開いた。
「……お子さん…と旦那さん……」
──「うふふっ。そうよ、今は居ないの。でも……いつも私と一緒にいるのよ」
「……そう、なんですか……」
私はそう答えながら全身の毛が逆立ってくる。
どうかしてる
狂ってる。
歪んでる。
美穂子の家族は今は居ないのではなく、もうこの世に居ないのに。
──「前から思ってたけど、やっぱり里奈さんと私って何となく似てるわ」
「何、言ってるの?……全然似てないわ」
──「似てるわよ、私もこっそり調べ物するもの。あなた達家族について……今のあなたみたいに、こっそりとね」
「な、何それ……」
──「ふふふ……あともう一つ、調べものする時は、背後には気をつけなきゃねってこと」
(!!)
ゾッとしてゆっくりと振り返れば、キッチンの小窓から覗いている美穂子と目があった。
「きゃああ……っ!」
私は椅子から転げ落ちる。そして人差し指を唇に当て白い歯を見せている美穂子を見ながら、悠作に電話をかけた。
──ピンポーン
翌朝のことだった。悠作が出勤し悠聖も登校したあとふいにインターホンが鳴った。私は玄関扉の覗き穴から相手を確認して、一瞬息を呑んだ。覗き穴から見た美穂子は満面の笑みを浮かべていたからだ。
おずおずと玄関扉を開ければ、今日も白いワンピースを纏った美穂子が立っている。
「朝からなんでしょうか?」
「…………」
美穂子は笑みこそ浮かべているが、その空気はどこかいつもと違う。
「里奈さん。残念だわ」
「え?」
彼女は私に紙袋を差し出す。反射的に手に取りおずおずと中を覗き込んで、思わずその紙袋をバシャッと玄関先に落とした。
「サイズピッタリだったのにどうして?」
地面に落とした衝撃で紙袋から飛び出した、白いスウェットを拾い上げると美穂子は私にそっと手渡した。
全身に鳥肌がたち、足がガクガクと小刻みに震えてくる。
「杉原さん……うちのゴミ……見たの……?」
「ええ。勿論。里奈さん越してきて間がないからゴミの分別ができているか気になっちゃって。このスウェットは間違えて捨てちゃったのよね?」
美穂子の顔は笑っているが、目は笑っていない。
「どうして……こんな事……」
「こちらのセリフよ。里奈さんがこんなことするなんて……失礼だけど少し異常だわ」
「あなたこそ異常だわっ! 子供や夫に近づいてゴミまで漁って! 一体どういうつもりなのっ!」
「あら怖い顔。そんなんじゃ、悠聖くんも悠作さんにも嫌われちゃうわよ」
「な……っ、私の子供と夫の名前を呼ばないで!
これも要らないわ! 二度と私たちに近寄らないでっ」
私はスウェットを美穂子に押し付けると乱暴に玄関の扉を閉めた。
そしえすぐに覗き穴から外を確認する。見れば美穂子はスウェットを抱えたまま暫くうちの玄関扉の前に立っていたが、くるりと背中を向けるとスキップをしながら自宅へ帰っていく。
(異常者だわ)
さっきの行動で確信する。美穂子は明らかにおかしい。他人のゴミを漁るなんてまともじゃない。あの異常な行動に美穂子の夫も子供も何も思わないのだろうか?それとも気づいていないのだろうか?
私はダイニングテーブルに座るとパソコンの電源を入れた。いくつかSNSサイトで名前を検索するが出てこない。
「……東山街沼田村 杉原美穂子……っと」
今度はグーグル検索で美穂子の名前と地域を入力して検索をかけて見るが、東山街や沼田村の情報しか出てこない。
「本人の名前は何もなしか……他に何か……
あっ」
私は『東山街 沼田村 杉原春人』で検索をかける。そして表示された画面に──私は口元を覆った。
目に飛び込んできたのは死亡の二文字だった。
パソコンの画面をスクロールさせながら、記事の全文に目を通す。
『東山街の沼田村で起こった悲惨な事件……礼和…◯月△日……トラック運転手の……飲酒運転による交通事故で、横断歩道を渡っていた……当時、八歳の杉原春人君と父親の杉原……が……により、死亡………』
夫は単身赴任だと話したのも、子供が入院中だと話したのも全部嘘だったのだ。
──ブーッブーッ
その時だった。パソコン横に置いていたスマホが震えて、ラインのメッセージが浮かびあがる。すぐに覗き込んで絶句した。
「な……なんでっ……」
スマホには美穂子からのメッセージが届いていた。
──『うちの主人と春人の事調べるなんて、どうして?』
私の背筋はピンと張り、座っていても足がカタカタと震えてきて力が入らない。
『何のことでしょうか』
私は短く指先で返答する。
──ピロロロン、ピロロロン
「……っ!」
返答したと同時に、今度は鳴り響いたスマホの着信音に私の体がビクンと大きく震えた。
液晶に浮かんでいる名前は『杉原美穂子』。
私は震える指先でスワイプする。
「もし、もし……」
──「こんにちは、美穂子ですけど」
「な、何でしょうか?」
──「聞きたいことがあるなら直接聞いてくれればいいのに。お向かいさんなんだから。何から話せばいい? 家族のことかしら?』
その言葉に私は震えながら小さく唇を開いた。
「……お子さん…と旦那さん……」
──「うふふっ。そうよ、今は居ないの。でも……いつも私と一緒にいるのよ」
「……そう、なんですか……」
私はそう答えながら全身の毛が逆立ってくる。
どうかしてる
狂ってる。
歪んでる。
美穂子の家族は今は居ないのではなく、もうこの世に居ないのに。
──「前から思ってたけど、やっぱり里奈さんと私って何となく似てるわ」
「何、言ってるの?……全然似てないわ」
──「似てるわよ、私もこっそり調べ物するもの。あなた達家族について……今のあなたみたいに、こっそりとね」
「な、何それ……」
──「ふふふ……あともう一つ、調べものする時は、背後には気をつけなきゃねってこと」
(!!)
ゾッとしてゆっくりと振り返れば、キッチンの小窓から覗いている美穂子と目があった。
「きゃああ……っ!」
私は椅子から転げ落ちる。そして人差し指を唇に当て白い歯を見せている美穂子を見ながら、悠作に電話をかけた。



