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悠聖を寝かしつけた私はようやく帰宅した悠作の夕食を並べて、ダイニングテーブルの真向かいに腰掛けた。

「お、オムライスか。美味そうだ」

大手銀行の課長をつとめる悠作の帰りはいつも遅い。

「ねぇ、悠作。ラインしたお向かいさんの事なんだけれど……」

「ああ。預かってもらったお向かいさんか。俺は結局ご挨拶しそびれたままなんだよなぁ。どうかした?」

「それが……悠聖に対しての行動がちょっと異常だなって」

「ん? 異常?」

私は悠作にスウェットの話や悠聖との距離の近について思ったままに話した。

「なるほどね。でも俺からしたら里奈が気にしすぎなんじゃないかって思うけどね」

「親の知らないところで、よその子に毎日話しかけてたり、名前で呼ばせたりなのよ?」

「うーん……、登下校の見守りついでに悠聖と話したり、遊びに行かせてもらった際に、不要な洋服をくれただけだろ?」

「でも一度だけ悠聖のことを春人って呼んだのよ?他人(ひと)の子を我が子の名前と呼び間違えるなんて……」

「まぁまぁ同い年だし。お子さん入院中なんだって? 我が子に日頃の会えてない訳だから寂しさもあって……悠聖に重なる部分も大きいんじゃないのか?」

「私は……どんな時でも子供の名前を間違えない自信があるわ……」

悠作が頭を掻くと困ったように眉を下げた。

「ま、里奈は、元々神経質な所があるからな。此処は田舎だし……尚更かなぁ。てゆうか、そのお向かいさんの名前は?」

悠作は空になった器にスプーンを置くと、ご馳走様でしたと手を合わせた。そしてテーブルに置いてあったテレビのリモコンに手を伸ばす。

「杉原美穂子さんっていうの」

「え?」

私の言葉に悠作の動きがピタリと止まった。

「杉原、美穂子さん?! その人が俺達のお向かいに住んでるのか?」

「え?! 杉原さんを知ってるの?」

「ああ。俺が転勤してきて一週間くらいかな?お昼の時間帯のロビーの受付に応募してきたのが杉原さんなんだ。いま一緒に働いてるよ」

「嘘でしょ……そんな偶然……」

「ほんと偶然だなぁ」

悠作は呑気に笑うとテレビのニュースに視線を移した。

とても笑う気になれないのは私だけだろうか?

此処に越してきてすぐに、美穂子は悠作の名前も勤め先も聞いてきた。そして悠聖に毎日のように話しかけて、悠聖が遊びに行きたいと思うほどに悠聖を手懐けていっているように見える。全部、美穂子がそうなるようお膳立てしたことだったら?

更には悠作が異動してきたのと同じタイミングで悠作と同じ職場で働き始めるなんて、ただの偶然とは到底思えない。

「悠作、ほんとに偶然……なのかな? 私、杉原さんのことどこかで見たことがある気もしてて……」

「ははっ。偶然に決まってるだろ。あ、そういや、単身赴任中の杉原さんの旦那さんに俺の顔って何となく似てるらしいよ」

「何それ」

悠作の言葉に美穂子に対しての嫌悪感がより深まる。他人(ひと)の夫に自分の夫が、似ている等と言う美穂子の神経が理解できない。

「おいおい、怖い顔だなぁ。そんなことで妬くなよ」 

悠作が、はははっと茶化して笑う。

「違う、そんなんじゃないわ。ねぇ、やっぱり杉原さんって変じゃない? 自分の夫と似てるだなんて……非常識よっ」

私が無意識に両手を握るのをみた悠作が、深いため息を吐き出した。

「里奈……慣れない生活で神経質になるのは分かるし。ほんと家のことも悠聖のことも本当によくやってくれてるから……あとは、ご近所付き合いだけ適当にやってくれたら、俺はそれでいいからさ。な?」

(適当にって言われても……)

「だいぶ疲れも溜まってるみたいだし、落ち着いたら家族で旅行でも行こうな」


私は何を言っても聞く耳を持たない悠作を前にして、頷くしかなかった。


その夜、私はなかなか寝付けなかった。

窓から見える満月がやけに真っ白で、美穂子の着ているワンピースと重なった。

私は黒く泥々とした感情を心に押し込めると固く瞼を閉じた。