キミの感情


※※


花音(かのん)、お待たせ〜」

明るめの栗色の髪をさらりも靡かせた矢野美咲(やのみさき)がカフェのテーブルに座っている私の目の前に立った。

「ううん、さっき来たとこだよ」

「良かった〜、じゃあ注文いこ」

「うん」

私はテーブルに花柄のハンカチを置き、場所取りをすると美咲と一緒に注文カウンターに並ぶ。

「どれにしよっかなぁ〜ケーキの種類多すぎ」

「これだけあると悩むね。たしかチーズケーキが一番人気だったよ」

「ふぅん。じゃあアイスラテのトールとチーズケーキにしよっと。インスタあげるから真似しないでよね」

美咲が私の肩を人差し指で突く。

「えっと……じゃあ他のにするね」

実はチーズケーキを頼もうと思っていた私は注文の順番が間も無くやってくるため少し焦ってくる。

「ねぇ、あの店員カッコよくない?」

「うん、そうだね」

私は美咲の話に相槌を打ちながらもショーケースと睨めっこだ。

「ちょっと〜聞いてんの?」

「あ、ごめんね。ケーキ迷ってて」

「はぁあ。ほんと花音は自己中ー」

「……ごめん。えっと、お詫びにここの支払い私がしようか?」

私は美咲の機嫌を損ねてしまったことに罪悪感を感じてそう提案したが、逆効果だったようだ。美咲は眉を顰めると私にぐっと顔を寄せた。

「なにそれ。奨学金で大学行ってるあたしはお金なくて可哀想だからってこと?」

「違っ、そうじゃないの。私が美咲の話ちゃんと聞いてなかったから。悪いことしたなって……」

「反省してんのね?」

「うん、すごく……」

「じゃあ今回だけ特別に許してあげる」

「ありがとう」

美咲が明るいピンク色の唇を引き上げたのをみて心から安堵する。

「──お次のお客様、お待たせ致しました」

「はぁい」

美咲が鼻にかかった甘えた声で注文をする声を聞きながら、私はカップケーキとチョコレートケーキの二択まで絞り込む。

(どうしよう……私ってほんと優柔不断)


「──お次のお客様、ご注文をどうぞ」

その声に顔をあげれば、すでに美咲は会計を済ませたようで商品を持って席へと歩いていくのが見えた。

(あ……)

「お客様、大変お待たせ致しました。ご注文をどうぞ」

「あの、アイス抹茶ラテと……えっと、ケーキを……迷ってて」

「ああ。たくさん種類あるから悩みますよね。ゆっくりで大丈夫ですよ」

その気遣うような優しい声色に私が顔を上げるとはじめて男性の店員と目があった。前髪が少し長めの茶髪で名札には『古谷(ふるや)』と記載されている。

「ありがとう、ございます……」

「いえ」

そう言って彼は私に微笑むと、今度は凝視するように私の顔を見つめている。男性が向ける自分の容姿への視線にはもう慣れたつもりでいたが、やっぱり居心地は悪い。

私は迷ったが手前のマフィンを指差した。

「アイス抹茶ラテのトールと、マフィンをお願いします」

「承知致しました」

そして会計をすませるとレシートと一緒に一枚のナプキンが手渡される。そのナプキンには文字が書かれていた。

『今度会えませんか?古谷 電話番号080-○○○△-△○○○』

読み終え無言で彼を見れば、切長の瞳をニコリと細めた。私は視線をふいっと逸らすと商品を受け取り、美咲の待つ席へと戻った。


「ごめんね。待たせちゃって」

そう言いながら私は席に座ると同時にレシートと一緒にナプキンをくしゃっと丸める。美咲に気づかれないようにしたつもりだったが、彼女の視線は私の握りしめた拳に向けられていた。


「それ、また声かけられたの?」

「……えっと……」

「もしかしてあのイケメンから? ちょっと見せて」

「あ……っ」

美咲が私の手から丸まったナプキンを取り上げると広げる。そして面白くなさそうにアイスラテを吸い上げながら私を睨んだ。

「何? あたしに見つからないようにあとで連絡しようって魂胆?」

「違うよ……こんな風に知らない人から声かけられても困るから……その、あとで処分しようと思って……」

「なにそれ嫌味? どうせあたしは声かけられなかったわよ」

「ごめんね、そんなつもりで言ったんじゃないの……」

「はいはい。そうやってすぐに謝ることであたしを悪者にしないでよ」

「あの、ご……、えっと美咲のこと悪者にしたいわけじゃないの」

美咲はこちらに向かって大きなため息を吐いてから、ようやくチーズケーキにフォークを差し込んだ。

「ぼーっとしてないで食べれば?」

「あ、うんっ」

私はまた美咲の機嫌を損ねないように、すぐにマフィンをひとくち齧った。


「美人は得よねー。マフィン齧ってても絵になるわ」

「そんなこと、ないよ……」

途端にマフィンを食べるスピードが遅くなる。これ以上楽しみにしていた美咲とのカフェタイムを私の不用意な言動で台無しにしたくない。


「ほんと花音って顔も性格も美人すぎで面白くなーい」

「…………」

冗談なのか本気なのかわからない口調で美咲がチーズケーキの最後の一欠片を食べ終わるのを見て、私は半分残ったマフィンを無理やり口に押し込んだ。
もたもたしていたら美咲の機嫌を損ねてしまう。

「ね、自分でもそう思ってるでしょ? 私って人より何でも持ってる〜って」

私は美咲に手で少し待ってと合図をしてから、急いで抹茶ラテで口内のマフィンを胃に流し込む。

「けほ……ごめん。えっとさっきの質問だけど。自分では……そう思わないから……私なんて欠陥品だよ」

心からの本音だった。
私は欠陥品。
皆んなとは違う。
皆んなと同じじゃないから。

私にとって初めてできた友達と呼べる存在である美咲には、いつか打ち明けたいと思っていたが私が欠陥品と口にした途端、彼女の顔が歪む。

「欠陥品? 花音が?」

「うん……私ね……」

「はぁああ。ありえないんだけど」

私の言葉を遮ると美咲は軽蔑の眼差しを向ける。それだけでは収まらないのか、彼女は苛立ったようにネイルの施された爪でテーブルをカツカツと叩き始めた。

(あ……どうしよう)

「あの……美咲、……」

「はぁあ。嫌味も大概にしたら? まずその顔、十人いたら十人好きな顔じゃん。綺麗と可愛い両方の顔立ちっていうの?スタイルだって良いしさー」

「そ、そんなこと。スタイルなんて美咲の方がずっといいよ」

「ほんとムカつく! あたしもスタイル良いのは認めるけど花音ほどじゃないわけ。現に一緒に歩いてて芸能事務所からスカウトされるのいっつもあんただけじゃん」

再び蚊のなくような声でごめん、と呟いた私に彼女は舌打ちをした。


「勉強はうちの学部常連トップ、水泳は高校の時に全国大会優勝、陸上部からの誘いも絶えないくらいの瞬足だし、実家はタワマン最上階で、荒木(あらき)コーポレーションの社長令嬢でしょ」

「…………」

「何とか言ったら?」

「本当のことだから……でもそのことで気を悪くさせたなら今度から……気をつけるね」

「何を? てかいちいち間に受けてうざい。なんかあんたってドラマのヒロインみたいでムカつくのよね。はぁーあ。なんで天は二物も三物もなんで一人にあげちゃうんだか」

私と美咲は同じ高校出身で、偶然にも同じ大学、同じ学部だった。その事から私は大学に入ってから美咲と話したり出かけたりすることが多かった。

私にとって美咲はこうやってカフェにきたり一緒に講義を受けたりできる、たった一人の友達なのだ。失いたくもなければ、気まずくなりたくもない。

「本当、ごめんね。こんな私だけど……これからも美咲とは友達でいたいの」

「友達ねー」

美咲はそれ以上、何も言わずアイスラテを口に含む。そして何かを思い出したように、一瞬目を見開いた。

「美咲?」

「ね。この間、隣の学部の璃子(りこ)から突き飛ばされて酷い捻挫したんでしょ? あれ、どうなったの?」

「あ……、でもあれは……私も悪いから」

俯いた私にもう何度目かわからない美咲のため息が聞こえてきて、嫌われてしまう不安からテーブルの下でぎゅっと拳を握った。


「全然悪くないでしょ? 璃子の付き合ってた彼氏がアンタをたまたま見かけて、一目惚れしちゃって別れただけじゃん。そーゆーの逆恨みって言うんだよっ」

語尾を強めると、美咲は人差し指で私のおでこを弾いた。

「……っ」

「あはは、おでこ赤くなってる〜。ねぇ、痛かった?」

「ううん、大丈夫だよ」

「あっそ。じゃあもうひとつ。うちの大学のミスキャンパスに選ばれた絵梨花(えりか)から嫌がらせされてた件はどうなったの〜」

先月のことだ。うちの大学でミスキャンパスのコンテストがあったのだが私は実行委員からの誘いを断り出場しなかった。

そうして選ばれたのは英文科の高橋絵梨花さん。しかしSNSで本当のミスキャンパスは私が相応しいという匿名の投稿が出て以降、新聞社や芸能関係者が大学に私を見に来るようになった。

「花音が出てたらこんなことならなかったのにさ。せっかくミスキャンパスに選ばれた絵梨花の面子丸潰れだったよね」

私は返す言葉に詰まり目を泳がせながら、アイス抹茶ラテをかき混ぜた。

「ねぇ、花音知ってる? ロッカーにゴキブリの死骸入れられたり、SNSで男遊びばっかしてるとか花音の加工したベッド写真ばら撒かれたり。あれ全部、絵梨花らしいよ」

「そうなんだ……。えっと、でも私も……男の人とそういうことしたことあるの事実だし、ゴキブリも……捨てたらいいだけだから」

思ったままを口にしたが、美咲が舌打ちをすると怒りで顔を歪めた。

「ちょっと! いいかげんにしたらっ?!」

美咲の怒声に私の身体はビクッと跳ねる。


「きっしょ」

「え……?」

「普通ムカつくでしょ?! 璃子にも絵梨花にもあたしにも」

(??)

私は無意識に首を傾けていた。

「……美咲、何言ってるの?」

美咲の言っている内容が本気で私には理解できない。

「私が美咲にムカつくなんてとんでもないよ」

美咲が私を心配して言ってくれる言葉が素直に嬉しくて、友達のいない私が友達の多い美咲と一緒にカフェに行けることが楽しくて、私が怪我をしたり嫌がらせされる度に怒ってくれる美咲に嬉しくて涙が出そうになってくる。

「怒ってくれてありがとう」

「……っ、なんでずっと笑ってんのよ! ほんと気持ち悪い。人形じゃんっ」

私がにこりと微笑むのとは対照的に美咲は吐き捨てるようにそう言うと、カフェから出て行ってしまった。

(美咲……ごめんね……)


「……はぁ……」

ひとりきりになった私はため息をこぼす。
どうやら私はまた美咲を不愉快にさせてしまったようだ。

私は他人から見たら、欲しがるモノ全てを持っているらしい。そして美咲から指摘される度にそう言われるだけの自覚も芽生えてきた。

けれど私は他人が欲しがるものに興味はない。むしろ、他人がみな持ってるものに興味がある。どんなに経験してみたくてもできなくて、欲しくても買えず、決して手にできないもの。 


──それは『怒りの感情』