神戸北野 まどろみ異人館の魔法使い

 
 中から現れたのは、一人の女性だった。

 年齢は五十歳前後といったところだろうか。
 すらりとした長身に、シックな黒のワンピースを纏っている。お団子にまとめた髪は綺麗な灰色で、白髪ではなく染めていることがわかる。

 彼女はスッと背筋を伸ばしたまま、口を真一文字に結んでこちらへ歩み寄ってくる。
 眼鏡の奥に見える瞳は鋭く、一目見て厳格そうな雰囲気が窺えた。

(この人がリーダー……メイド長さんってこと?)

 なるほど、確かにリーダーっぽい。
 ものすごく仕事ができて厳しい人、という勝手なイメージ像が私の頭の中で急速に作り上げられていく。

 彼女はやがて私の目の前までやって来ると、にこりとすることもなく言った。

「あなたが、(かのう)さん?」

 どこか圧のある、冷静な声。

 すでにその場から逃げ出したいほど緊張していた私は、見事にどもりながら答える。

「は……はい! 私、本日面談に参りました……か、叶絵馬(えま)と申します」

 この時点で、おそらく私の第一印象は最悪だろう。
 最初の挨拶から噛むなんて、どれだけ頼りない人間と見られたことか。

 女性は表情一つ変えずに私の全身を舐めるように眺めた後、「履歴書はお持ちですか?」と聞いた。

「あっ、はい。ここに……!」

 私は手元のビジネスバッグに手を突っ込んでガサガサと中を漁る。そうして目当ての物を探り当てると、震える両手で女性に差し出した。

 彼女はそれを受け取ると、すぐさま紙の表面に視線を走らせる。

「……叶絵馬さん。女性。年齢は二十一歳。家は同じ神戸市内ですね。製菓学校を卒業されたということは、お菓子作りが得意なのですか?」

 その場でプロフィールを読み上げられた上に、トドメの製菓学校の話題。

 この経歴でなぜうちに? ——と、今まで質問してきた歴代の面接官たちの顔が脳裏に浮かんで、たまらず汗が噴き出す。

「あ……。え、ええと。お菓子作り、は、得意、です。多分……」

 ああ、まただ。
 私はまたこんな酷い受け答えをしている。

 相手の目を見て話すこともできず、声も体も震わせてばかりで。
 極め付けには、質問に対する答えに『多分』だなんて。

「す……すみません。私、緊張しちゃって……」

 自分の不甲斐なさに居た堪れなくなって、思わず謝ってしまった。そんなことをしたって、余計に相手を失望させるだけなのに。

 女性はしばらく無言でこちらを見下ろしていたけれど、やがて「はぁ……」と疲れたように溜息を吐いた。

 やっぱり、今回もだめかもしれない。
 せっかくここまで来たというのに、敷地へ足を踏み入れる前に、私は追い返されることになるのかも——なんて後ろ向きなことを考えていると、

「叶さん。あなたは、優しい人ですか?」

「……え?」

 唐突に、女性から不思議な質問を投げかけられた。

 優しい人。
 それってどういう意味だろう?

 あなたは優しい人ですか、なんて聞かれて、はいと答える人はいるのだろうか。

 優しさというのは自分で名乗るものじゃなくて、誰かから受ける評価のようなものだと思うのだけれど。