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敷地の正面入口へ回ると、チケットブースがあった。窓口の脇には入館料が書かれた札がある。
ここ北野にある異人館のいくつかは一般公開されていて、入館料を払えば誰でも中に入って見学することができる。
このまどろみの館もその一つで、普段は観光客が出入りしているはず。
しかし今日は定休日なので、チケットブースには誰もいない。
隣にある門は開かれたままになっているけれど、これはもしかして私のためだろうか。
(これって、勝手に入っていいのかな?)
インターホンがないかと辺りを見回すも、それらしきものは見つからない。
このまま門を潜って玄関の方まで進むべきか、あるいは先に電話で連絡を入れるべきかと悩んでいると、
「あ」
ふと、敷地の奥に誰かいることに気がついた。
背格好からすると、高校生くらいの男の子だ。白いシャツにオーバーオール姿で、玄関先にある木の剪定をしている。
(あの子も、ここで働いてるのかな?)
私より年下っぽいのに偉いなぁ、なんて思いつつも、彼の容姿のある部分に、私の意識は集中していた。
(髪の色、すごく明るいなぁ……)
金髪。というより、オレンジっぽい色だった。
遠目からでもわかるほどの明るい髪色。
人を見た目で判断するのは良くないけれど、もしかしたらちょっとやんちゃな子なのかな? なんて思ってしまう。
思えばここでの服装は特に指定がなかったので、あれくらい髪を染めていても特に問題はないのだろうか。
とにかく、今はあの子以外に人が見当たらないので、とりあえず声をかけてみることにする。
「あ、あの。すみません」
早速、声が上擦る。
相手は明らかに年下なのに、それでも初対面の相手というだけで緊張してしまう。
男の子はようやく私の存在に気づいたようで、剪定バサミを持ったまま首だけをこちらへ向けた。
そうしてお互いの視線がぶつかった瞬間、男の子の目がくわっと見開かれる。
「おう。あんた、もしかして例の新入りか?」
瞳孔を猫のように細めながら、彼はまっすぐにこちらを見て言う。
例の新入り。
他のスタッフからはすでにそう呼ばれているのか。
「は、はい。多分……」
我ながら頼りない返事をすると、男の子は「ふうん」と興味なさげに視線を逸らした。
「とりあえず、そこで待ってて。リーダーを呼んでくるから」
彼はそう言い残して、すたすたと建物の中に入っていった。
(……リーダー?)
予想外の単語に、首を捻る。
リーダーとは、どういった人物のことを指すのだろうか。
私を雇う予定の人物なら、この館のオーナーだと思うのだけれど。さすがにオーナーのことをリーダーという呼び方はしない気がする。
だとすれば、ここで働いている人たちのリーダー的存在のことを指しているのだろうか。
ハウスキーパーのリーダーというと、メイド長のような人?
それにしても変わった呼び方だな——なんて、ぐるぐると出口のない疑問を捏ねくり回していると、やがて玄関の扉が再び開かれた。



