(……って、さすがに気が早いか)
正しくは、これからここで面談がある。
話す内容は必要最低限の確認事項だけで、特に問題がなければそのまま採用されて今日中にも仕事が始まる——ということになっている。
知人の紹介なので、私の他に就職希望者はいないし、よほどのことがない限り突き返されることもないだろう。
ただ、その『よほど』のことを私はしでかしてしまう可能性がある。
私は、とにかく面接が苦手なのだ。
今日は面談なので、面接ほど緊張する必要はない……と、事前に連絡を受けてはいる。
それでもガチガチに緊張してしまうのが私という人間だった。
人前で話すのが怖い。
家族や仲の良い友人の前でなら問題ないけれど、初対面の人と話すときや公の場で何かを発表するときは、全身から汗が噴き出して声が震えてしまう。
おかげでこの一年間、自分なりに必死でやってきた就職活動は惨敗に終わった。
製菓学校で三年間勉強して、可愛いお店でパティシエになるという幼い頃からの夢は呆気なく散った。
どこで面接を受けても、緊張してうまく話せなかった。事前にどれだけ練習しても、本番では頭が真っ白になってしまう。
結果はもちろん全落ち。
仕方なく製菓に関係のない企業の面接も受けてみたけれど、それでうまくいくほど現実は甘くない。
製菓学校を卒業したのになぜうちへ? なんて質問されたら、私はもうしどろもどろになってロクに目も合わせられなかった。
私のような人間には、働き口がない。
そこで紹介されたのが、この異人館での住み込みの仕事だった。
一般的な企業面接ではなく、あくまでもコネ入社だ。
仕事内容は炊事や洗濯、掃除などが中心で、ハウスキーパーのようなものだという。
基本的な家事ができれば問題はない、という話だけれど……私はそれ以前にまずコミュニケーションが取れるかどうか。
約束の十一時を目の前にして、私の心臓はこれでもかと暴れ倒している。
なんとか落ち着かせようと深呼吸を繰り返していると、
「……にゃにゃにゃにゃにゃにゃ!!」
と、何やら切羽詰まった動物の鳴き声が耳に届いた。
「え……?」
びっくりして見ると、敷地を囲む洋風フェンスの隙間に、一匹の猫が挟まっていた。
黒猫だった。
どうやらお尻が引っかかって抜けないらしい。
「あらら。あなた、大丈夫?」
すかさず駆け寄って、そっと手を伸ばしてみる。
威嚇されるかな、と思ったけれど、黒猫は思いのほか大人しくて、まるで助けを求めるような瞳でこちらをじっと見つめてくる。
(……か、かわいい)
可哀想な状況ではあるけれど、その可愛さに思わず胸を鷲掴みにされる。
黄金色のまん丸な瞳は、今にも涙を溢しそうなほどキラキラとしていた。
「ちょっと待っててね。よいしょっと」
お尻とお腹の下に手を入れて持ち上げてみると、黒猫の体は簡単にフェンスから外れた。
そうして自由になった途端、その子は慌てた様子で庭の中へ走り去っていく。
「あっ、そっちは……」
あっという間に、黒猫は広い庭を駆け抜けて、建物の中へ入っていった。
庭に面したドアが開け放されていたので、そこを出入り口にしているらしい。
(もしかして、ここで飼われている猫ちゃんなのかな?)
猫は、私も好きだ。
気まぐれでイタズラもたくさんするくせに、ただ可愛いというだけで全てが許される生き物。
もし、あの子が本当にここで飼われているのなら、ここで働けば毎日あの子に会える。
それを思うと、私は少しだけ、これからの面談を頑張ってみようかなという気持ちになるのだった。



