「お前さー、メモ帳持って帰ったよな?」
「うん。人質ならぬメモ質な」
そう言ってしっかり昼休みに校舎裏にやってきた相馬は、案外犯行計画を立てるタイプらしい。
「お前も弁当持ってきたの? なんで?」
「だって昨日太郎も弁当持ってきてたじゃん。食べながら考えてるってことでしょ?」
「いや考えてるってゆーか……まぁ、そうか……」
そして、そんな興味津々、期待満々な目で隣に座られると非常に気まずい。何がそんなにこの爽やか少年に刺さったのかわからないけど、俺的にこのメモ帳の中身はそんなに綺麗で楽しいものの塊ではなかったから。
ここで一つきちんと擦り合わせておいた方がいいかもしれない。多分こいつはわかってない。
「あのな、お前の持ってるそれ。読んでさ、お前はなんか楽しかったみたいじゃん。でもそういうものじゃないんだよ。ほら、思い出せよサッカー部の奴らの反応をさ。何て言ってた?」
「あー、捨ててやれって言ってた」
「なんで?」
「んー、痛いって言ってた」
「そう! めちゃめちゃ痛いんだよ。これを俺はクソポエムと読んでいる」
「クソポエム……」と呟いた相馬は、スマホを取り出すと検索し始める。出てきた文章を読んだ奴は、「あぁ……」と納得した素振りでその画面を閉じて、澄んだ目で「理解した」と頷いた。
うぅ……胸が痛い。
その反応も俺の心を突き刺してるってわからない奴なのだと、こちら側も理解させてもらう。大量出血しながら、次へ話を進める。
「俺のこれ、小学生くらいからやってんだわ。真のクソポエマーなわけ」
「真のクソポエマー」
「そ。もうさ、考えるとかそういう次元じゃなくて、生まれるから仕方なくここに書き出してんの。わかる? 思いついたままほっとくと頭の中に溜まってってうるさいんだよ」
「人に話したりはしないの?」
はいきた。これだよマジで。
「言えるわけねーだろうが……! これがバレて俺がどんな目に遭ってきたと思ってんだ……!」
地を這う地獄の声が自分の声帯から出てくる。多分今俺の目は充血してる。
「いいか、もしかしたら女の子ならいけたのかも知れない。けど男友達にポエムってる一言言ってみろよ、は?で、終わりよ。何言ってんの? これ小学生の部な。中学生なんてこんなん厨二病患者として包帯巻かれちまうんだよ。わかるか? 自分の全てが肯定されてきた男にはわからないんだろーけどな、ポエムなんてもんは秘密にするもんなんだよ。特に男はな。受け入れられないの知ってるからここに書いてんだよ。わかるか?」
「でも俺もポエム作ってみたい」
「お前はな? お前は今そのポエムを書きたいなんて馬鹿なことを言い出すことで、俺の言葉を全部わかっていないことを表している。そんな繊細さを持たない男にはポエムは書けねぇ!」
そして、諦めろ、向いてないと、とにかくこの時間を終わらせることを優先すると、うーんと相馬はまた考える。
「そんなに悪いものかな」
そういうと、次に相馬がスマホで開いたのは流行りの歌の歌詞。
「俺さ、これに似てると思ったんだよね。太郎のポエム。よく読んでみろよ、空の青さがどうとか、心の冷たさがどうとか、月明かりのカーテンがどうとか、全部やってること太郎と一緒じゃね?」
……鋭い。案外的を得ている気がする。
「まぁ、確かに。やってることは同じ区分に分けられるかもしれない。けどこの人らのは共感されて洗練されて芸術に昇華されてるわけじゃん。このボロボロのメモという名の掃き溜めに集められた自己満足な思いつきとは価値が違うだろ」
「一緒だろ。だって俺が共感したんだし」
「わかんねーかなぁ……じゃあ簡単に言う。向こうは痛くないけどこっちはガチで痛い」
「いや、どっちも紙の上で戦わせたら痛さは同じだと思うんだよなー。何が違うかなー……やっぱ曲になってるか、なってないかじゃね? こう、おしゃれな曲調がそれをより感覚で伝える感じっていうか……そう、感覚! わかった、わかったぞ太郎!」
名案だ!と、目を輝かせる相馬がこちらを見る。
「歌にしよう! 太郎のポエムは歌詞にしよう! 絶対良い!」
「は? え?」
「えー、すげー楽しそう。ワクワクしてきた。俺結構歌上手いよ」
そう言ったと思った次にはもう、相馬は適当に俺のクソポエムをフォークソングのような曲調に乗せて歌い出した。
いきなりなんなんだと、馬鹿なこと言うなと止めるつもりで俺は口を開いたはずだったけど、相馬の歌を聞いた瞬間、その開いた口は言葉を吐き出すことなく閉じられる。
長くない。ほんと、何個か抜粋してそのまま流れに乗せただけ。本当に適当な相馬の歌だった。
けれどそれは爽やかで、なんていうか、青春の色をした歌声だった。俺のクソポエムが急に相馬のものになってキラキラと輝き出す。
なんで? どうして? どうやって俺のクソポエムが形を変えた?
俺の目で見て、俺の耳で聞いて、俺の頭で感じた、俺しか知らない俺だけのつまらなくて薄暗い世界だったのに、そこにあったのは、澄み切った朝の空気がキラキラ輝いて、暖かな日差しが雲の隙間から降り注ぐような世界感。
ほんとだ、と思った。
全然痛くない。
「……すげーなお前」
無意識に呟いた感想に、相馬はニッと笑う。
「結構良いでしょ? サッカー部内じゃ有名の歌い手よ」
「でもお前サッカーしかしてこなかったんじゃないの?」
「部活ない日に曲流しながらロードワークするから普段自然と頭ん中で流れて歌っちゃうんだよな」
「部活ない日もサッカーのために働いてんの? やべー」
「太郎もずっと書いてんだろ? 一緒じゃん」
そう言われてハッとした。そういうこと?と。
「じゃあもう俺ポエム部じゃん」
「で、俺で部員二人目な。ポエム部の次の目標は曲つけて歌にすること!」
「マジか……マジか……でもお前の声良かったわ……マジ全然違ったもんな……すげーよほんと」
「あざす。なんか太郎に言われると嬉しいな。ノリとかオブラートとか知らないもんな太郎は」
「知ってるわ。使ってないだけ」
「な。使わないモードに設定されてんだよな」
「……まさか、それが昨日言ってた機械みたいな奴ってこと……?」
感情全部捨てるみたいに言われてたのも全部覚えてるぞと睨みつけると、やけに楽しそうに相馬は笑った。
マジなんなの? そのずっとご機嫌なやつ。
ま、いーや。
「とりあえず今日はここまでだな。次は曲か。お前どんな曲にしたいか今夜そのメモ持って帰ってちょっと考えてこいよ、明日またここ集合」
そうして、解散した次の日。相馬はまた校舎裏までやってきたし、ちゃんと歌詞として機能させるためにポエムも読み込んできていた。
「太郎のポエムさ、結構心を前に向かせるやつあるよな。なんか背中押される」
「そうか……? 俺はどちらかというと追い詰めてんだけど」
「え、誰を?」
「自分……いや世間? わかんないけど、なんで? どうして?って答え探してる。何がいいわけ? そんなのもわかんないの?みたいな」
「えー……じゃあこの『晴れた日は太陽がずっと見えない背中を照らす』は? 俺は見つけてもらってブーストかけてもらってる気持ちだった」
「俺は隠してた部分が表に出されて燃やされてる気持ち」
するとドン引きした顔の相馬が「根暗……」と呟くので、「それはそう」と、真っ正面から肯定してやった。
俺も、一晩考えたのだ。なぜ相馬が歌にすると俺のクソポエムが姿を変えるのか。
「俺は地味で冴えない隠キャ男子校メガネだからさ、爽やか陽キャサッカー少年とは違う感覚を持っているわけ。だから俺が歌うと俺のポエムは呪いの言葉みたいになる」
「え、歌ったことあんの?」
真っ正面から受け取って驚かれた相馬のその質問を、俺は死ぬほど無視した。無視しないと死んでたと思う。
「だけどお前はそうやって違う受け取り方するからさ、だから歌はお前が歌えよ。お前が感じた通りでいいよ。ポエムに共感したんだろ?」
「あ、うん。でもほんとの意味と違うんだって知ってちょっと萎えた」
「なんでだよ。別にいーじゃん。俺の痛いクソポエムがかっこよくなったのそのおかげじゃん」
「えー……でもいいの? 違うものになっちゃうかもしんないんだよ?」
「いいんだよ。だから昨日感動したんだって今理解して、嬉しかったから」
そう、感動した。それで今、なんか嬉しい。
「自分の感覚で受け取って、どういうものか考えてもらえるのって、俺の中身と向き合ってもらうことに似てるっていうか……俺も知らない俺の世界の受け取り方を教えてもらえたっていうか。それくらい、割と衝撃的。そんなん初めてだったからさ」
「初めてだったの?」
純粋に訊ねてくる相馬に笑ってしまう。ほんと、これだからなんでも受け取ってもらえる前提で人に言える陽キャ野郎はよう。
「人に言ったことはあるよ。でも意味わかんないとか、妄想キツイとか、頭おかしい奴扱いされたんだよな。俺の言ってる意味はどういうことなのか、なんでそんなことを考えるのか、それで自分はどう思ったのか、そこまで考えてくれる奴なんていなかったんだよ。まぁ、小学生だった頃の話なんだけど。でもそれが刺さっちゃって二度と人に言うもんかって、きっと誰にもわかってもらえないって、メモにだけ吐き出すようになったらどんどんポエムが増えてってさ。こんなの人に言えない自分を慰めるための現実逃避なのかもしれないけど、でもここにあるのは全部現実の俺の感情とか感覚なんだよな」
長々と語ってる自覚はある。でもずっと向けられてるってわかる相馬の視線を感じるのが気持ちよかった。あぁ、今俺の話を聞いてくれてる。本当の俺がここにいるって。
「だからさ、相馬ありがとな。俺はお前の歌に力もらった人間だから、もっとお前の歌聴きたいし作りたいし、なんか楽しい」
そう、今楽しい。
「あのいつも機嫌が悪い浦島太郎が……」
「おいやめろ、ちゃかすな」
「違う違う、感動してる。機械とか言ってごめんな。もうこれっぽっちも思ってない」
「それはどーも。まぁ、俺のことより次はお前だよ。お前の歌にするならもっとお前っぽい、お前向きのポエムのが良くね? 新しく作ろーぜ! なんかないの?」
「そしてなんて雑なパス……流石の俺もゴール出来ねぇよ」
「そういうのいいから考えろよ」とせかすと、「えー……」と、なんだか爽やか君は乗り気じゃない様子。
「俺そういうのできないって言ってんじゃん……太郎のじゃダメなの?」
「おい、ポエム部だろしっかりしろよ」
「でもまだ先輩に何も教わってないし」
「言ってんだろ、ポエムは湧き出るものだって。なんでもいーんだよ、自分の中にある感情を見つけて外に出してやれ」
「見つけて外に出す……そんなの俺の中にあるかなぁ」
まるで降ってくるのを待つみたいに空を見上げる相馬に笑った。おいおい、そんなところにお前の心はねぇぞと。
「ものは試しだよ。何ごともチャレンジしないと答えでねーぞ。俺もふと空腹と睡魔ってどっちが勝つんだろと思って試したし」
「どっちが勝ったの?」
「勝ち負けの前にただの体調不良に陥り手っ取り早く弁当食って寝た」
「何だそれ、バカのやることじゃん!」
そして、ゲラゲラ笑いながら相馬は、「なんかわかった」と、涙を拭いながら言った。
「太郎はずっと一人で何かやってんだな、考えたり、試したり、書いたり、感じたり。見つけて答え出すのが癖になってるみたいな。それはほんと、俺の知ってる太郎だわ」
「お前は違うの?」
「違うね。なーんにも考えてな、いや、サッカーのことくらい。だからまず自分のこと考えるとこから始めてみるわ」
「じゃ、見つかったらまた来るから」という相馬の言葉で本日のポエム部の活動はお開きになり、次に開催されたのは少し間が空いて次の週のこと。
ノートの切れ端に書かれたそのポエムを読んで俺は驚愕した。
「……え? お前これ、え?」
それはなんと、誰がどう見ても立派な恋愛ポエムだった。
「『あなたの視線が、声が、匂いが、仕草が、』」
「音読やめろ!!」
ガバッとそのノートの切れ端の上に両手を被せて顔を真っ赤にする相馬を見て、ほほう……と、訳知り顔をする。
「ついにポエムの恥ずかしさを知りましたか」
「マジ殺してほしい……このポエムと一緒に海に飛び込みたい」
「みんなが捨ててやれって言ったわけだ……っ!」と、自分の頬を掻きむしる相馬をよしよしと宥めてやった。デビューおめでとう。
「しかも一番得点率が高い恋愛部門に飛び込むんだもんな相馬は。もしかしてお前のサッカーのポジションフォワード?」
「なんで、わかんの!」
「デビューでここまで攻めた点の取り方しちゃ仕方ねぇよ。俺のポエム恋愛系なかったろ? 自分で捻り出したんだもんな?」
「だっで、ザッガー以外でこれじがながっだんだもん……っ!」
もう最後には喉で雑巾絞りでもしてんのかっていう声の出し方をする相馬は今、普段の爽やかとかけ離れた気の狂い方を見せてくれた。それだよそれと、芸術点でも高得点をつけてやる。
まぁ、いじめるのはここまでにして。
「なに。帰って一生懸命考えたら見つかったんだ?」
「……そう。ずっとわかってなかったんだけど、もしかして、って」
この数分で見事にやつれた相馬がじっとりと俺に視線を向けると、俺の傾聴姿勢に気づいたのか、息をついて目線を地面に向けたまま話し出す。
「友達のさ、姉ちゃんなんだけど、向こう今大学生で、俺は小学生の頃から弟の友達枠でお世話になってて、なんか普通に俺も弟の気分で懐いてたつもりだったんだけど、なんかちょっと違うなって気づいて」
「どうやって気づいたの?」
「自分の中に何があるかなって考えながらちょうど友達んち行ったら会ってさ、あれ?って。目が合って、声掛けられて、横通り過ぎてって、最後に振り返って低い位置で小さく手を振ってくれて、なんか、あれ?って。いつも通り嬉しかったけど、この嬉しい気持ちってなんだ?って。そしたら、」
「それが、恋だと知ったと……!」
チラリとこっちを見たと思ったら気まずそうに視線を泳がせて、一回頷くと「ゔぅぅぅっ」と唸りながら頭を抱えて項垂れる。
おいおいおい、こんなの技術点、芸術点ともに満点だわ。
「しかも初恋ぃぃ……」
もうありったけの加点つけろ! 加点の数でお前が優勝!
「おまっ、お前最高じゃん! それで行こう! ちょ、なんか無いのか他に! こう、もっと近づくみたいなの!」
「無いよもう……だってこんな、次からどんな顔して会えばいいんだよ……」
「いやこれはお前、弱腰になってる場合じゃねぇわ。多分お前が思ってるより重大な局面だぞ。いいか、こういう経験が感情を育てんだよ。お前の感性は今すでに育ち始めている」
「……そうなの?」
「そうだ! それは自分でもわかってるだろ? こういう大きな感情が持て余されてポエムとして外に出ていくんだから、お前は今非常にいい経験をしている! だからもっと突き詰めていこう!」
「突き詰める?」と、少し調子を取り戻し始めた相馬に俺は力強く頷いた。
「もう少し距離縮めていこーぜ!」



