どうして梔子は俺と昼飯を食べるって言ったんだ?まぁ、でも推しと飯が食べられるなんて夢みたいだ。悪い気はしないな。
だが現実を受け入れられない自分がいることも確か。推しと飯が食べられるのは夢なんかじゃないのか?そう考えてしまうのも一つの思考。
その日の一時限から四時限までの授業は案の定、推しのことをチラ見しつつ、そのことで頭がいっぱいになってしまった。たまに推しと目が合いそうになるとすぐに目を逸らすから見ていることはバレてはいないと思う。多分…。
時間は有限。本当にその通りだと思う。四時限目が終わった瞬間、推しが俺の元までそそくさと駆け寄っては「飯行くよ」と声をかけて俺が弁当をカバンから出すまできちんと何も言わず待ってくれる。出したのが分かって立ち上がる俺の手を握って優しく引っ張ってくれる。
その優しさは、梔子よりも身長が高いからそれのせいかもしれない。
今は近くに推しがいるのだが、知った時は未来で会うことなど想像もしなかった。目の前に推しが俺の手を引っ張っているところすらも妄想もしなかっただろう。会う前に恋に落ちているのだから妄想の一つや二つはしているはずなのに、その時は純粋さが残っていたのかそう考える余裕さえ無かった。
そう考えていると今いる推しが本当に可愛く見えてついついニヤニヤしてしまう。それを手で隠すと推しが立ち止まって、こちらを覗き込んで「大丈夫か?体調悪いのか?保健室一緒に行くぞ」と優しく投げかけてくれた。やっぱり優しさで包まれているのがわかる。もうすでに惚れているが、惚れ直してしまう。
「大丈夫だよ。ありがとう」
再び歩き直して、着いたところは屋上…ではなく、今はもう施錠されてしまって入れない。だからその目の前の踊り場で食べることに二人で決めた。
すこしホコリが目立つが推しが抵抗もなく座る。心配になって「大丈夫なの!?」と聞いてみたが、お気楽に「大丈夫!」と言って可愛いと思って口に出そうになった。しかし言えば推しだとバレてしまいかねない。咄嗟の判断で口を閉じ、俺も少し離れた場所に胡坐をかく。流石に隣は推しとして、同担の人に怒られないように…。
「なんで遠くに座るんだよ!もう…」
そう言って飛び込むように俺の隣に、本当に肩が当たるか当たらないかの辺りを長座位で座る。
俺の胸は張り裂けそうになっているのに、横で呑気に持参した弁当の布を解いている推しは俺のことを一切考えていない。
呼吸で乱れた心を安定させて、自分も弁当箱を開けて中身を見る。
「ねぇ! 浅葱の弁当美味しそう! ソーセージ一個ちょうだい!」
うるうるとした天真爛漫な目、しかも推し。これは断れるわけがない!
「ど、どうぞ」
堂々としていると自分では思っているが、きっと梔子からしたらぎこちないと感じたのだろう。
「どうしたの?」
心配混じりの問いに思わず心打たれたが、どうしても推しの前では格好付けしたいらしい。
「大丈夫! なんでもない!」
その言葉に安心して梔子はソーセージを一口だけ口にする。
なんか……エロい。
ダメだ! 妄想が膨れてしまう。
「浅葱! これ美味しいね!」
微笑む推しを横目に俺はなんてことを考えてしまったのか。
再び乱れた心を落ち着かせようと深呼吸をして、自分の弁当箱に手を付けながら、平常心を
心がけて「それは良かった。お母さんいつも忙しくてお弁当は夜に自分で作っているんだ」と余計なことまで口が動いてしまった。
「え⁉ 浅葱が作ってるの⁉ 天才だ」
いや、梔子の方が天才と思うよ。いろんな意味で…そう口にしたかったが自分で推しだとバラさないと決めたことがから守り続けたい。
「そ、そうだよ」
「いいな~僕も料理上手くなって作りたいよ~…」
落ち込む推しは見たくない…。どうしてもその感情が大きくなっていく。
「じ、じゃぁ! 明日! 明日俺が梔子さんのも作ってようか?」
「いいの⁉ やった~! 楽しみにしておくね! …あ、あと梔子"さん"じゃなくて呼び捨てでいいよ? 梔子って!」
純粋無垢で笑う推しを呼び捨てで⁉それは壁が大きいよ…。でもこんなかわいい笑顔を崩したくない。
「分かった。…梔子」
「うん‼」
びっくりとした表情になったが一瞬で変わり満面の笑み。その輝きが俺の目に直接、降り注いできた。
本当に尊い。
ただ、その言葉が今頭に流れてくる。
その後は、梔子が話の話題を振ってきてくれておかげで気まずい雰囲気もなくその場をやり過ごせた。ただ、一つ落ち着かなかったのは、距離感だ。
梔子は多分、仲良くなった人には距離が相当近いのだろう。推しとしてガチ恋勢からしたら嫉妬の対象でしかない。しかし俺以外にされていればの話。俺からしたら人生の幸運すべてを使い果たしたよう。
「お~い! 浅葱~!」
気が付けば授業も始まり、黒板をコンコンと指筋で叩かく数学担当の三枝先生がいた。
「…あ、ごめんなさい」
咄嗟に謝りながら起立し、予習してあった箇所だったから瞬時には答えられて恥をかくことは最小限で済んだ。しかも優しくて穏やかな三枝先生の時でホっと胸を撫で下ろした。
その後も何度か昼飯のことを考えては授業に集中しなきゃと自分に喝を入れての繰り返しだ。
「ねぇ、大丈夫?」
授業終わりのチャイムが鳴って挨拶を終えた途端、梔子が俺の机の角に優しく手を当てて首を傾げながら問う。
「…か」
「か?」
かわいい…。
そう言いたいがどうしても勇気が出ないし、急に友達に言われてもびっくりするよな。
ん? 俺らって友達なのか? どんな関係だって梔子は思っているんだ?
俺的には推しとファン感覚なんだが…昼間の行動はその感覚では言い訳できないものだったけど。
「あ、えと、俺らって…その……友達?」
「え」
口を開けてびっくりする梔子とは別に俺の胸はドクドクと激しい鼓動が体中に熱と共に広がっていく。
「…僕らは付き合ってるよ」
え? …え⁉
驚愕して立ち上がったことで椅子が倒れ、周りからたくさんの視線を感じる。だが今はそれどころではない。
「つ…え⁉ …俺と推しが⁉」
「オシ? …ん~押し?」
多分漢字が違う。でも、それでも推しから付き合っていると聞けば信じるしかない。ずっと推してきて挙句の果てにはガチ恋勢として見てきたあの推しと⁉
いつから? どうして俺と?
無数の疑問が残るがなぜか本人に聞くことはしなかった。
俺とまともに関わったのは昨日の告白事件のみ。あとは俺からの一方的な推しとしての眼差しだけ。それもうまく隠せていたはず。だからそれではないと思う。
とりあえずここは…。
「そ、そうか。分かった」
ゆっくりと倒れた椅子を起こし、何事もなかったように座って平常心を心がけた。だが、目の前にはうるうると少し照れて肌がほんのり赤く染まっている。
──仕方がない。
そう心に念じるしか道はないと感覚で察し付き合っていることを無理やり頭で処理する。そのせいで信じられないことも「しょうがない」と割り振る。
「つ、次の授業なんだっけ?」
とりあえず、話を変えれば心が安定するだろうと考え、実は次の授業が移動教室だと知っているのに聞いてしまった。思わず口から出たのは梔子に気づかれたくないという理由が混ざっているのかもしれない。
「次は古典で移動教室だよ。あの先生…古典担当の若林先生って移動教室好きだよね」
「そうだな。毎回どっちか分からなくなるよな」
「ほんとそれ!」
他愛のない話をしながら、机の中に用意しておいた教科書やらノートやら必要な物を手に取り、梔子のスピードに合わせつつ、ゆっくりと教室を後にした。
廊下は他クラスの陽キャの男どもの集まりや先生の密談などいろんな会話が耳に飛び込んでくる。その中でもよく耳に留まる音は梔子の声だった。
「もう、古典苦手だよ~…」
「どこが難しい?」
「活用形とか種類豊富でしょ? 覚えるのが大変…先生僕の記憶力のこと考えてないでしょ。絶対」
「ん~」
困って上半身が前のめりになって教科書類を支えている。
梔子を見てきて思ったことだけど、リアルだとこんなだらけたり友達と話して笑ったりしているのにネットだとあんなにきれいに輝いてそれでものすごく迫力のある音色。華やかで優しい音色。今の姿を見ると絶対に想像もできない。
「ふふ……」
「なんだよ! 急に笑って!」
あ、やべ。つい思いがこみ上げて声に出してしまった。
「いや、その、梔子ってリアルとネットでギャップがあって良いなって思っただけ」
「……そっか」
あれ、褒めたつもりなんだけどあんまり嬉しそうじゃない? もしかしてネットの自分がそんなに好きじゃない?
「そうだ!活用形の覚え方だよね?俺はね、好きなものが歌だから、曲にして覚えてる。だから梔子も好きなもので考えてみれば?」
「好きなものか……なるほど…分かった! ありがとう!」
元気そうな顔でこちらを見てくる。それがとてもかわいくて犬みたい。
少し早くなって遠のいた距離をなんとか合わす。
「ねぇ今日さ、一緒に帰らない?」
今日の授業もすべて終わりクラスメイトのほとんどが部活で立ち去った後、恥ずかしさなのかモジモジとした状態の梔子から誘いを受けた。
「…」
なんでだ? 夢か? 推しからの誘いか、断りたくない…!
「ねぇ、浅葱? ダメ?」
「いいよ…!」
「まじ! やった!」
窓辺から差す夕日の色に段々染まる梔子は、純粋で太陽に負けず劣らない輝きで俺を照らす。その輝きが俺の一つ一つの返答で変わる。そう思うと口が堅くなる。他にも梔子を愛しているガチ恋勢はたくさんいる。俺だけがこの笑顔を独占してもいいのだろうか…。
「ねぇ、浅葱! 早く行こう!僕、行きたかったところがあるんだ!」
その場で駆け足をする姿を見るとそんなことがどうでもいいと感じる。この笑顔を守れていたらそれでいい。それが本当の恋愛じゃなくてもそれでも。
「浅葱、浅葱! ここだよ!」
着いたところは少しレトロの雰囲気が漂うパフェ専門店。予想してはいたがやっぱり梔子は甘いものが好きなのだろう。
看板には、大きく店名と本日おすすめの商品と宣伝している。
「このおすすめに乗ってるパフェが食べたいの!」
「分かった」
扉を開けると鈴の音が店内に響き、それに気づいた店員が丁寧に「いらっしゃいませ」と言った。近寄ってきた店員は大学生らしき人で梔子を見た瞬間、驚いたものの何も見ていないと言うように席を案内してくれた。
「浅葱は何頼む?」
「ん~、ミルクティーとタルトかな」
そう言って周り目を向けると他の客たちは梔子にしか興味を示さずにずっとこちらを覗き込んでいる。人によってはびっくりして口を手で隠す者もいる。
もう慣れた雰囲気を出して横に置いてある呼び出しボタンを押してくれる。
「はい。ご注文をどうぞ」
「お待たせいたしました」
商品を並べられた瞬間に目を光らせて早く食べたいと顔に出ている。
「浅葱! 早く食べよ!」
「分かった」
食べる姿が可愛らしく、今でも推しと放課後デート。いや、デートはないのか?
「浅葱とデートで良かった!」
え?
「だってここに来るの一人じゃ緊張するし!」
そうか、浅葱は…。
「それは良かった」
つい、浮かれたが梔子と俺が付き合っているのはただの監視として…。薄々気づいていたがそうだよな。ここに来るのもただパフェが食いたい一心で。
「そういえば、浅葱の好きな人って誰なんだ?」
「え、あ、それはね…」
やべ、聞いちゃまずいことだったかもしれない⁉
「いや、言いたくないなら言わなくてもいい!」
「ううん、大丈夫。僕の好きな人はネットの人なんだ。その人はね、僕の相談も乗ってくれて周りの人にも気配りができて声も良くて、でも会うことはできない。ごめん無駄なところまで話したね」
「…いや大丈夫だ。こっちこそ、教えてくれてありがとう」
そうか、梔子は俺と違って遠くの人のことを愛しているのか。俺は運よく学校という場所で会えた。でもそれはただ運がいいだけ。
「ごめんな。雰囲気悪くして! …俺のタルト食べるか?」
「‼ いいの⁉ あ~」
小さな口を開けて欲しいと願う。
え、あ~んして欲しいのか? 可愛いけど、なんか悪いことしているみたい。
「…ねぇ浅葱? は~や~く~」
あぁ、考えてもしょうがない!
「ん~! 美味しい!やっぱタルトって美味しいよね!」
はい。こちらこそごちそうさまでした。良いものを見させていただきました! 今死んでもいい。
「そ、そうだな」
可愛く頬張るところを見ているとやっぱり動画で見たときのイメージとは違っていたがこれはこれで可愛い。ずっと見てられる。この朗らかで誰にも鑑賞されない二人きりの雰囲気がずっと続いてくれたらいいのにな。
再び、タルトをフォークで小さく分けて口に運ぶ。その思いと一緒にミルクティーで流し込む。
だが現実を受け入れられない自分がいることも確か。推しと飯が食べられるのは夢なんかじゃないのか?そう考えてしまうのも一つの思考。
その日の一時限から四時限までの授業は案の定、推しのことをチラ見しつつ、そのことで頭がいっぱいになってしまった。たまに推しと目が合いそうになるとすぐに目を逸らすから見ていることはバレてはいないと思う。多分…。
時間は有限。本当にその通りだと思う。四時限目が終わった瞬間、推しが俺の元までそそくさと駆け寄っては「飯行くよ」と声をかけて俺が弁当をカバンから出すまできちんと何も言わず待ってくれる。出したのが分かって立ち上がる俺の手を握って優しく引っ張ってくれる。
その優しさは、梔子よりも身長が高いからそれのせいかもしれない。
今は近くに推しがいるのだが、知った時は未来で会うことなど想像もしなかった。目の前に推しが俺の手を引っ張っているところすらも妄想もしなかっただろう。会う前に恋に落ちているのだから妄想の一つや二つはしているはずなのに、その時は純粋さが残っていたのかそう考える余裕さえ無かった。
そう考えていると今いる推しが本当に可愛く見えてついついニヤニヤしてしまう。それを手で隠すと推しが立ち止まって、こちらを覗き込んで「大丈夫か?体調悪いのか?保健室一緒に行くぞ」と優しく投げかけてくれた。やっぱり優しさで包まれているのがわかる。もうすでに惚れているが、惚れ直してしまう。
「大丈夫だよ。ありがとう」
再び歩き直して、着いたところは屋上…ではなく、今はもう施錠されてしまって入れない。だからその目の前の踊り場で食べることに二人で決めた。
すこしホコリが目立つが推しが抵抗もなく座る。心配になって「大丈夫なの!?」と聞いてみたが、お気楽に「大丈夫!」と言って可愛いと思って口に出そうになった。しかし言えば推しだとバレてしまいかねない。咄嗟の判断で口を閉じ、俺も少し離れた場所に胡坐をかく。流石に隣は推しとして、同担の人に怒られないように…。
「なんで遠くに座るんだよ!もう…」
そう言って飛び込むように俺の隣に、本当に肩が当たるか当たらないかの辺りを長座位で座る。
俺の胸は張り裂けそうになっているのに、横で呑気に持参した弁当の布を解いている推しは俺のことを一切考えていない。
呼吸で乱れた心を安定させて、自分も弁当箱を開けて中身を見る。
「ねぇ! 浅葱の弁当美味しそう! ソーセージ一個ちょうだい!」
うるうるとした天真爛漫な目、しかも推し。これは断れるわけがない!
「ど、どうぞ」
堂々としていると自分では思っているが、きっと梔子からしたらぎこちないと感じたのだろう。
「どうしたの?」
心配混じりの問いに思わず心打たれたが、どうしても推しの前では格好付けしたいらしい。
「大丈夫! なんでもない!」
その言葉に安心して梔子はソーセージを一口だけ口にする。
なんか……エロい。
ダメだ! 妄想が膨れてしまう。
「浅葱! これ美味しいね!」
微笑む推しを横目に俺はなんてことを考えてしまったのか。
再び乱れた心を落ち着かせようと深呼吸をして、自分の弁当箱に手を付けながら、平常心を
心がけて「それは良かった。お母さんいつも忙しくてお弁当は夜に自分で作っているんだ」と余計なことまで口が動いてしまった。
「え⁉ 浅葱が作ってるの⁉ 天才だ」
いや、梔子の方が天才と思うよ。いろんな意味で…そう口にしたかったが自分で推しだとバラさないと決めたことがから守り続けたい。
「そ、そうだよ」
「いいな~僕も料理上手くなって作りたいよ~…」
落ち込む推しは見たくない…。どうしてもその感情が大きくなっていく。
「じ、じゃぁ! 明日! 明日俺が梔子さんのも作ってようか?」
「いいの⁉ やった~! 楽しみにしておくね! …あ、あと梔子"さん"じゃなくて呼び捨てでいいよ? 梔子って!」
純粋無垢で笑う推しを呼び捨てで⁉それは壁が大きいよ…。でもこんなかわいい笑顔を崩したくない。
「分かった。…梔子」
「うん‼」
びっくりとした表情になったが一瞬で変わり満面の笑み。その輝きが俺の目に直接、降り注いできた。
本当に尊い。
ただ、その言葉が今頭に流れてくる。
その後は、梔子が話の話題を振ってきてくれておかげで気まずい雰囲気もなくその場をやり過ごせた。ただ、一つ落ち着かなかったのは、距離感だ。
梔子は多分、仲良くなった人には距離が相当近いのだろう。推しとしてガチ恋勢からしたら嫉妬の対象でしかない。しかし俺以外にされていればの話。俺からしたら人生の幸運すべてを使い果たしたよう。
「お~い! 浅葱~!」
気が付けば授業も始まり、黒板をコンコンと指筋で叩かく数学担当の三枝先生がいた。
「…あ、ごめんなさい」
咄嗟に謝りながら起立し、予習してあった箇所だったから瞬時には答えられて恥をかくことは最小限で済んだ。しかも優しくて穏やかな三枝先生の時でホっと胸を撫で下ろした。
その後も何度か昼飯のことを考えては授業に集中しなきゃと自分に喝を入れての繰り返しだ。
「ねぇ、大丈夫?」
授業終わりのチャイムが鳴って挨拶を終えた途端、梔子が俺の机の角に優しく手を当てて首を傾げながら問う。
「…か」
「か?」
かわいい…。
そう言いたいがどうしても勇気が出ないし、急に友達に言われてもびっくりするよな。
ん? 俺らって友達なのか? どんな関係だって梔子は思っているんだ?
俺的には推しとファン感覚なんだが…昼間の行動はその感覚では言い訳できないものだったけど。
「あ、えと、俺らって…その……友達?」
「え」
口を開けてびっくりする梔子とは別に俺の胸はドクドクと激しい鼓動が体中に熱と共に広がっていく。
「…僕らは付き合ってるよ」
え? …え⁉
驚愕して立ち上がったことで椅子が倒れ、周りからたくさんの視線を感じる。だが今はそれどころではない。
「つ…え⁉ …俺と推しが⁉」
「オシ? …ん~押し?」
多分漢字が違う。でも、それでも推しから付き合っていると聞けば信じるしかない。ずっと推してきて挙句の果てにはガチ恋勢として見てきたあの推しと⁉
いつから? どうして俺と?
無数の疑問が残るがなぜか本人に聞くことはしなかった。
俺とまともに関わったのは昨日の告白事件のみ。あとは俺からの一方的な推しとしての眼差しだけ。それもうまく隠せていたはず。だからそれではないと思う。
とりあえずここは…。
「そ、そうか。分かった」
ゆっくりと倒れた椅子を起こし、何事もなかったように座って平常心を心がけた。だが、目の前にはうるうると少し照れて肌がほんのり赤く染まっている。
──仕方がない。
そう心に念じるしか道はないと感覚で察し付き合っていることを無理やり頭で処理する。そのせいで信じられないことも「しょうがない」と割り振る。
「つ、次の授業なんだっけ?」
とりあえず、話を変えれば心が安定するだろうと考え、実は次の授業が移動教室だと知っているのに聞いてしまった。思わず口から出たのは梔子に気づかれたくないという理由が混ざっているのかもしれない。
「次は古典で移動教室だよ。あの先生…古典担当の若林先生って移動教室好きだよね」
「そうだな。毎回どっちか分からなくなるよな」
「ほんとそれ!」
他愛のない話をしながら、机の中に用意しておいた教科書やらノートやら必要な物を手に取り、梔子のスピードに合わせつつ、ゆっくりと教室を後にした。
廊下は他クラスの陽キャの男どもの集まりや先生の密談などいろんな会話が耳に飛び込んでくる。その中でもよく耳に留まる音は梔子の声だった。
「もう、古典苦手だよ~…」
「どこが難しい?」
「活用形とか種類豊富でしょ? 覚えるのが大変…先生僕の記憶力のこと考えてないでしょ。絶対」
「ん~」
困って上半身が前のめりになって教科書類を支えている。
梔子を見てきて思ったことだけど、リアルだとこんなだらけたり友達と話して笑ったりしているのにネットだとあんなにきれいに輝いてそれでものすごく迫力のある音色。華やかで優しい音色。今の姿を見ると絶対に想像もできない。
「ふふ……」
「なんだよ! 急に笑って!」
あ、やべ。つい思いがこみ上げて声に出してしまった。
「いや、その、梔子ってリアルとネットでギャップがあって良いなって思っただけ」
「……そっか」
あれ、褒めたつもりなんだけどあんまり嬉しそうじゃない? もしかしてネットの自分がそんなに好きじゃない?
「そうだ!活用形の覚え方だよね?俺はね、好きなものが歌だから、曲にして覚えてる。だから梔子も好きなもので考えてみれば?」
「好きなものか……なるほど…分かった! ありがとう!」
元気そうな顔でこちらを見てくる。それがとてもかわいくて犬みたい。
少し早くなって遠のいた距離をなんとか合わす。
「ねぇ今日さ、一緒に帰らない?」
今日の授業もすべて終わりクラスメイトのほとんどが部活で立ち去った後、恥ずかしさなのかモジモジとした状態の梔子から誘いを受けた。
「…」
なんでだ? 夢か? 推しからの誘いか、断りたくない…!
「ねぇ、浅葱? ダメ?」
「いいよ…!」
「まじ! やった!」
窓辺から差す夕日の色に段々染まる梔子は、純粋で太陽に負けず劣らない輝きで俺を照らす。その輝きが俺の一つ一つの返答で変わる。そう思うと口が堅くなる。他にも梔子を愛しているガチ恋勢はたくさんいる。俺だけがこの笑顔を独占してもいいのだろうか…。
「ねぇ、浅葱! 早く行こう!僕、行きたかったところがあるんだ!」
その場で駆け足をする姿を見るとそんなことがどうでもいいと感じる。この笑顔を守れていたらそれでいい。それが本当の恋愛じゃなくてもそれでも。
「浅葱、浅葱! ここだよ!」
着いたところは少しレトロの雰囲気が漂うパフェ専門店。予想してはいたがやっぱり梔子は甘いものが好きなのだろう。
看板には、大きく店名と本日おすすめの商品と宣伝している。
「このおすすめに乗ってるパフェが食べたいの!」
「分かった」
扉を開けると鈴の音が店内に響き、それに気づいた店員が丁寧に「いらっしゃいませ」と言った。近寄ってきた店員は大学生らしき人で梔子を見た瞬間、驚いたものの何も見ていないと言うように席を案内してくれた。
「浅葱は何頼む?」
「ん~、ミルクティーとタルトかな」
そう言って周り目を向けると他の客たちは梔子にしか興味を示さずにずっとこちらを覗き込んでいる。人によってはびっくりして口を手で隠す者もいる。
もう慣れた雰囲気を出して横に置いてある呼び出しボタンを押してくれる。
「はい。ご注文をどうぞ」
「お待たせいたしました」
商品を並べられた瞬間に目を光らせて早く食べたいと顔に出ている。
「浅葱! 早く食べよ!」
「分かった」
食べる姿が可愛らしく、今でも推しと放課後デート。いや、デートはないのか?
「浅葱とデートで良かった!」
え?
「だってここに来るの一人じゃ緊張するし!」
そうか、浅葱は…。
「それは良かった」
つい、浮かれたが梔子と俺が付き合っているのはただの監視として…。薄々気づいていたがそうだよな。ここに来るのもただパフェが食いたい一心で。
「そういえば、浅葱の好きな人って誰なんだ?」
「え、あ、それはね…」
やべ、聞いちゃまずいことだったかもしれない⁉
「いや、言いたくないなら言わなくてもいい!」
「ううん、大丈夫。僕の好きな人はネットの人なんだ。その人はね、僕の相談も乗ってくれて周りの人にも気配りができて声も良くて、でも会うことはできない。ごめん無駄なところまで話したね」
「…いや大丈夫だ。こっちこそ、教えてくれてありがとう」
そうか、梔子は俺と違って遠くの人のことを愛しているのか。俺は運よく学校という場所で会えた。でもそれはただ運がいいだけ。
「ごめんな。雰囲気悪くして! …俺のタルト食べるか?」
「‼ いいの⁉ あ~」
小さな口を開けて欲しいと願う。
え、あ~んして欲しいのか? 可愛いけど、なんか悪いことしているみたい。
「…ねぇ浅葱? は~や~く~」
あぁ、考えてもしょうがない!
「ん~! 美味しい!やっぱタルトって美味しいよね!」
はい。こちらこそごちそうさまでした。良いものを見させていただきました! 今死んでもいい。
「そ、そうだな」
可愛く頬張るところを見ているとやっぱり動画で見たときのイメージとは違っていたがこれはこれで可愛い。ずっと見てられる。この朗らかで誰にも鑑賞されない二人きりの雰囲気がずっと続いてくれたらいいのにな。
再び、タルトをフォークで小さく分けて口に運ぶ。その思いと一緒にミルクティーで流し込む。


