ゲーム開発会社の担当から、「少しお時間いただけますか」とメールが届いた時に、嫌な予感はしていたのだ。
『えぇと、「アロマリア譚詩曲(バラッド)」ですが、サービス終了することになりまして……』
(え……)
 リモート会議の画面の中、担当の雨村さんは恐縮した様子で私にその事実を告げた。
 液晶に映った私はと言えば、口半開きの間抜け顔。放置でてっぺんが黒くなったピンクのプリン頭も間抜けだし、光を失った双眸も間抜けだ。ついでに言えば、会議前に慌てて塗ったリップが僅かにはみ出してるのも間抜けだった。
『風間先生?』
「えっ? あ、はい」
『聞こえてますか?』
「はい、聞こえてます。大丈夫です、すみません」
 私――風間ちぐさは、ヘッドセットのマイクを口元へ引き寄せ、カメラに向かってペコペコと頭を下げる。
「サ終、ですか」
『はい。風間先生にはシナリオで頑張っていただきましたが、こちらの力が及ばず。申し訳ないです』
「いえ、こちらこそ。私がもっと面白く書ければよかったのですが、すみません」
 モニター越しに、お互いペコペコと頭を下げる。
 通達の内容は、私がシナリオ担当をしたソーシャルゲーム『アロマリア譚詩曲』が、三ヶ月後にサービス終了するということ。それに伴い、メインシナリオを残り十万文字でエンディングまで持って行ってほしいということ。そしてフィナーレを飾るイベントシナリオを一本書いてほしいというものだった。
『じゃあ、風間先生。急なお話で申し訳ないですが、最終話の件よろしくお願いいたします』
「かしこまりました。失礼します」
 私は笑顔を作ったまま通信を切る。そして次の瞬間、頭を抱え天井を仰いだ。
(嘘でしょう~~っ!? やばいやばいやばいやばい!)
 私の生活を約一年支えてくれていた大型案件が、いきなり消えてしまう。つまり、三ヶ月後には収入が途絶えるのだ。急いで次の仕事を探さなくては、フリーランスのシナリオライターから無職へとジョブチェンジだ。いや、無職をジョブと呼んでいいのだろうか?

「アロマリア譚詩曲」――通称「アロバラ」は、ソーシャル乙女ゲームだ。ベルガモットやカモミールなどのアロマをモチーフにしたイケメン男子を集め、敵と戦う中でプレイヤーは彼らと交流を深めていく、そんな内容である。豪華声優陣も売りの一つで、私が生み出したキャラたちから人気声優の声が聞こえて来た時は、床を転げまわりながらはしゃぎ倒した。尚、喜びが限界を超えたのか、リリース後三日間熱を出してしまったことも今は懐かしい。
 だが、それももう終わってしまう。
(この間、サービス開始一周年で派手にお祝いしたばかりなのになぁ)
 ソーシャルゲーム界には「一年の壁」というものが存在する。一年持てばまずは成功と言っていい。しかし、ほとんどの作品は四百日くらいでサービス終了を迎えている。
「アロバラ」も例に漏れずと言ったところだ。

(はぁ、今日はもう無理)
 私はベッドへドッと身を投げ出す。ショックが大き過ぎた日は、想像の翼も羽ばたかない。
(明日までにメンタルを立て直さなきゃ。三ヶ月後には終わるんだから、本当はすぐにも執筆に取り掛からなきゃだけど)
 手足が重くて動けない。起き上がれるようになったら、まずは気分転換に買い物に出よう。美味しいものを買って帰ろう。お酒や高いアイスも今日は許そう。仕事が一時的に途絶えるかもしれないから、先のことを考えて無駄遣いしないようにだけ気を付けて。
 それから、今のシナリオの進行状態から、ユーザーさんが納得してくれるようなエンディングに繋がるストーリーを考えなくてはいけない。
……ちょっと待て、出来るのか? 現在公開中のシナリオ、そんな雰囲気じゃなかったと思うけど? 終わりに向かう気配ゼロだったよね?
(考えろ、考えろ、考えろ。あの状態から大団円に持って行くおもしろキュンなストーリーを。ユーザーさんが納得して満足してくれるような展開を)
 うんうんと唸りつつ思考を巡らせているうち、いつしか私は眠りに落ちてしまった。



「創造神」
 甘く魅力的な声が、耳をくすぐる。
「起きろ、想像神。この俺様が、起こしに来てやったのだぞ」
(なんだこいつ、偉そうだな。こういうの苦手だわ)
 声を無視して、私は再び眠りに就こうとした。したのだが。
(ん? あれ? なんかさっきの声、めちゃくちゃ聞き覚えがあるぞ。それにあの偉そうな口調も……)
 私は瞼を開く。ありえない光景が広がっていた。
 ベッドをぐるりと囲むようにして十二人の男たちが立ち並んでいたのだ。逆光で顔はよく見えないが、寝ている私を見下ろしている。
「ぉほあっ!?」
 驚きのあまり、おかしな声が口から飛び出す。ぐるりと囲まれているので逃げ場がなく、私はベッドに仰向けになったまま硬直する。
「ご、ごごっ、強盗!」
「誰が強盗だ、この愚物(ぐぶつ)め。俺様のことが分からんのか」
(分からんのか、って……)
 恐怖に冷汗を浮かべながら、私は自分を見下ろしている彼らへおずおずと視線を巡らせる。そして先ほどからすぐ側でふんぞり返っているのが、褐色肌に銀髪、エメラルドの瞳を持つひときわ美しい男だということに気付いた。
「……チュベローズ?」
「そうだ。ふん、ようやく気付いたか」
(気付いた、って……)
 私がシナリオを担当した「アロマリア譚詩曲」の攻略キャラだった。彼だけじゃない。
「ジュニパーベリー、ブラックペッパー、カモミール……」
 ベッド周りに立っている彼らを指差しながら、私は一つ一つ名を呼んでいく。
「サンダルウッド、クベバ、ベンゾイン、パチュリ……」
 自分の名が呼ばれるたび、彼らは小さく手を上げたり頷いたりして反応する。
「クラリセージ、サイプレス、ネロリ、それから……」
 私は最後の一人の顔をじっと見つめ、思いを込めてその名を読んだ。
「ベルガモット……」
「はい」
 ブランデーのようにほろ苦く甘い声で発した、たった二文字の返事。それが私の全神経を痺れさせた。
「……ベルガ、モット? 本当に?」
「はい。我が創造神よ」
「は……」
 次の瞬間、考えるより先に私の口から叫び声が飛び出した。
「はぁああぁあああ~~っ!?」
 待って。本当に意味が分からない。どうして私の生み出したキャラクターたちが、勢ぞろいして存在しているのだ。
 それによくよく見れば、私が今いるのは「アロバラ」の主人公の部屋だ。ピンクを基調とした、フリルいっぱいのロマンティックな広いベッド。白くてアンティークなワードローブにキャビネットなども並んでいる。フリーシナリオライター風間ちぐさの、手狭で散らかったワンルームマンションではない。
「あ、夢か。そっか。はは、二十四にもなってゲームのキャラクターが夢に出て来るなんて。私ったらいつまでも心が乙女のままなんだからぁ。てへぺろりん」
「夢ではない。さっき、俺様が直々に起こしてやっただろう」
 クソ偉そうなチュベローズが鼻で笑うが、今それに腹を立てている余裕はない。
「なら、ドッキリ? 急に失業が決まった私を憐れんで、担当さんがこんなサプライズを仕掛けてくれたのかなぁ。すごいすごい、あの部屋を完璧に再現した上、こんなクオリティーの高いコスプレイヤーを十二人も揃えるなんて! 気合入り過ぎぃ♪」
「おい、愚物。現実を見ろ」
「現実見てるから、私の知る現実とのすり合わせに必死なんだろうが!」
 大体さっきから人のこと、愚物愚物って酷くない? あ、そっか、私が設定したんだわ。好感度低いうちのチュベローズは主人公のこと愚物呼ばわりするんだよね。実際に聞くと、めちゃくちゃ腹立つな。あれは二次元だから許されてるんだな、うん。

「わかった、受け入れる」
 私はついに両手を上げて降参する。
「何があったか知らんけど、私は自分の作った『アロマリア譚詩曲』の世界に来ちゃったってことでいいよね?」
 いわゆる異世界転生、いや異世界転移だな。今の私の服装は、さっき雨村さんと会議してた時に着ていたベージュのカットソーとデニムパンツそのままだし、恐らく頭もピンクプリンだろう。
「で、どうすればいいの? 君たちは何をさせたくて、私をこの世界に呼び寄せたの? チート能力で世界の救済?」
「別に、何もしなくていいよ」
淡いグリーンのストレートなロン毛が顔の右半分を覆う青年が口を開く。サイプレスだ。彼は髪に隠れていない(つるばみ)色の左の目で、私を冷ややかに見た。
「あんたにはここで、俺らと一緒に滅んでもらう。それだけ」
……なんて?
「滅ぶ、って言った?」
「そう聞こえなかった? あんた、耳まで悪いの?」
「まで」ってなんだ、「まで」って! 他にどっか悪いみたいな言い方するな。あぁ、そうだよ、サイプレスをこういうキャラに設定したのも私だよ。
「サイプレス。一緒に滅ぶって、どういうこと?」
「この世界は百日後に消え去るんだろう? あんたにもそれに付き合ってもらうってこと」
(百日後に消え去る?)
 私ははたと気付く。サイプレスは、三ヶ月後のサービス終了のことを言っているのだろうか。
「え? サ終って、作中人物にも伝わってるものなの?」
「当然だろ。俺たちの住んでいる世界のことだよ」
「そういうものなんだ、へー……」
 その途端、ベッドがバンッと大きな音を立てて揺れた。反動で私の体が跳ねる。
 チュベローズの隣にいた、ジュニパーベリー――ウェーブがかった黒髪に病的なほど白い肌を持つ大男が、ベッドに拳を叩き込んでいた。
「へー、とは気楽なものだな。創造神よ」
(ひぇ)
 深い藍の瞳が、深海の冷たさを私に伝える。イケオジキャラなので、怒りの仕草も年輪を感じさせ重々しい。
「貴様はそうやって気楽にこの世界を作っていたのだろう。だが我らにとって物語の終焉は世界の滅亡だ。分かるか。我らは百日後、貴様の無力によって死を迎えるのだ」
「そ……」
 そんな風に責められても、と思う。ゲームは私一人で作っているわけじゃないのだから。
 だが、世界の滅亡を三ヶ月後に迎えようとしている彼らの気持ちは、想像するに余りある。
「……ごめん」
「もういい。お前にもどうにもならんのだろう。創造神」
 チュベローズは冷たく言って、サッと背を向けた。銀髪が輝きを放ちながら揺れる。
「せめて責任者として、この世界の終わりを俺たちと共に迎えるがいい。皆、行くぞ」
 そう言い残し、チュベローズは大股で部屋から出て行ってしまった。他のイケメンたちも彼に続く。私と一切目を合わせない者もいれば、もの言いたげに一瞥を残す者もいた。やがて扉が固い音を立てて閉ざされると、部屋はしんと静まり返った。

(それにしても私のこと創造神とか呼びながら、扱いが雑過ぎない!?)
 時間が経つにつれ、じわじわと腹が立って来た。
 世界の滅亡に関して、この地に生きる彼らが激怒するのは理解できる。その責任の一端が私にあるのは確かだし、責めたくなるのも分かる。
「だけどさ! 私なんて所詮、案件契約のしがない雇われシナリオライターよ? 会社(クライアント)の要望や都合に添うようにしか書かせてもらえないんだから仕方ないじゃん」
 最初に考えていたストーリーも設定も、ゲームを運営していくうちに先方の都合で色々変更になってしまった。ユーザーアンケートに基づき、その期待に添うようにと変えられたのだ。勿論、私が最初から考えていたものが正解とは言い切れない。ひょっとしたら、私が我を通すことでサービス終了が早まった可能性だってある。
 けれど、この事態が運営の指示に従った結果であるなら、責任を取らなきゃいけないのは私ひとりじゃないはずだ。
(……この世界は、滅亡する)
 ここへ来て私は、ゾッと全身が凍えた。
 そうだ、この世界は百日後に消え去る。コンシューマーゲームとは異なり、ソーシャルゲームはサービスを終了すればアクセスが不可能となる、多くの場合データごとこの世から消え去ってしまうのだ。私たちで言うなら、ある日突然「百日後に地球は、木っ端みじんに砕け散りますよ」と宣告されるようなものだろう。
(そして今私がいるのは、滅びが確定した世界)
 ほんの数時間前、無職になることを心配していた頃がもはや懐かしい。今の私は彼らと共にこの世界ごと消え去る運命なのだから。しかも自分の生み出したキャラクターたちに恨まれながら。

 その時、控えめなノックの音が聞こえた。
「は、はいぃっ!」
 反射的に私は枕を引き寄せしがみつく。
 正直怖かった、彼らは、この世界を滅亡へと導いた私を恨んでいる。残りの百日間、彼らの怒りがどんな形で私に向かうか、あまり考えたくなかった。
(滅びを共にするって言ってたから、死刑はないよね? じゃあ、拷問? 百日間じわじわと痛めつけられる?)
 無駄とは知りつつベッドの端まで下がり身を縮め、枕をギチギチと締め付ける。
 けれど耳に届いたのは、予想したものとは異なる穏やかな声だった。
「我が創造神。部屋に入ってもよろしいでしょうか」
(この声は、ベルガモット!)
 彼は私にとって、最も思い入れのあるキャラクターだ。私の理想を投影したと言ってもいい。
「どうぞ」
「失礼いたします」
 礼儀正しい仕草で入室してきたのは、まごうことなきベルガモットだった。
 短めの濃緑色の髪に金の瞳、暗めの緋色のシャツに黒のジャケットがよく映える。長身、広い肩幅、厚い胸板、程よい筋肉。性格は真面目で穏やか、落ち着きのある人格者。ゲーム開始のチュートリアルではシステムを一つ一つ説明する案内役であり、本編開始後は主人公にとって最も忠誠心の高い戦士――アロマリアとなる。
 そんなベルガモットが、ティーポットとカップを乗せた銀のトレイを手に立っていた。
「お茶をお持ちしました」
(ベルガモットがお茶!?)
 とくんと胸が弾む。理想を集約させた存在が、私のためにお茶を用意してくれたのだ。
(いや、待て!)
 穏やかな顔をしているが、ベルガモットもこの世界の住人。やはり私を恨んでいる一人なのではなかろうか。
 カップの中に琥珀色の液体が注がれる。アールグレイの芳香が鼻腔をくすぐった。
「どうぞ、我が創造神」
(う……)
 もしや中に怪しい薬が? それとも毒が? カップを取るか取るまいか指先が躊躇する。私はベルガモットの心の内を読み取ろうと、彼の様子を盗み見た。
 こっちを真っ直ぐに見ていたベルガモットと目が合う。彼は穏やかに微笑んだ。
(ん゛っ!)
 理想の権化が、私のために淹れてくれた紅茶だ。しかもゲーム内と違い、手を伸ばせば実際に飲めるのだ。
(もういい。中に何を仕込まれていようが、ベルガモットのお茶でどうにかなるなら本望でーす!)
 警戒心がどこかへはじけ飛ぶ。私は温かなカップを手に取り、中の液体を口へと運んだ。
(うっま!)
 これまで飲んだことがないほど、薫り高く華やかな味わいだ。
「美味しい……」
 アールグレイに染まった呼気と共に、感想が漏れる。ベルガモットは嬉しそうに頬を緩めた。
「良かったです」
 思わぬ優しさに、じわりと目頭が熱くなる。
「……ぐすっ。ベルガモットが淹れてくれたこの紅茶になら、殺されてもいい」
「ころっ!? 紅茶で人は殺せませんよ!」

 かぐわしい紅茶が身を温めるにつれ、私は少しずつ落ち着きを取り戻していった。
「……ごめんね、ベルガモット。こんなことになっちゃって」
「この世界が滅亡することについておっしゃっていますか」
「うん」
「チュベローズも言っていましたが、あなた様だけの責任ではないのでしょう?」
 チュベローズ、そんなこと言ってたっけ? なんか偉そうな口調しか印象に残ってない。
「皆、分かっております。それでも怒りが収まらぬ者もおりますが」
 ですよね。でなきゃ、この状況にはならないよね。
「自分を含め、この世界があなたの愛によって成り立っていたことを皆、理解しております。ただ……」
「ただ?」
「ならばこそ、最後の瞬間を創造神とともに迎えたいと考えた者もおりまして」
 ヤンデレかい。
「多数決の末、創造神をこの世界へ呼び寄せようということになりました」
「それって半数以上が、私がここで一緒に滅すること望んでるよね!?」
 目の前のベルガモットがどちらに投票したのか、怖くて確認できない。彼の本来の性格なら、私の身を第一にと反対してくれそうな気もするが、こういうキャラが「滅ぶ時はあなたも一緒です」なんて、闇落ちするのもちょっと趣がある。いや、趣感じている場合か。
 私は残り少なくなったカップの底の紅茶を、くいっと飲み干す。
(ん?)
 その時、私は気付いた。「アロバラ」主人公のロマンティックな白い机の上に、見覚えのあるノートパソコンが置かれていることを。
「え? 私の、だよね?」
 ノートパソコンを開き、立ち上げる。書き上げたシナリオデータや集めた資料その他が、ちゃんと揃っていた。メールソフトを立ち上げれば、それまで会社とやり取りした内容もすべて残っていた。
(これなら)
私は担当さんへメールを送る。

―――――――――――――――――――――――

株式会社クプアス
雨村様

 お世話になっております。
 唐突で申し訳ございませんが、現在私は『アロマリア譚詩曲』の世界に囚われております。チュベローズたちからの説明によれば、この世界は『アロマリア譚詩曲』のサービス終了と共に消え去る運命だそうです。当然ながら、ここに囚われている私も彼らと共に消滅することになるそうです。

 畏れ入りますが、まだ死にたくないので『アロマリア譚詩曲』のサービス終了を撤回してはいただけませんでしょうか。
 よろしくお願いいたします。

    風間ちぐさ

―――――――――――――――――――――――

 メールを送信する。
「何をされたのですか、我が創造神」
 肩越しに私の手元を覗き込んできたベルガモットを振り返る。すぐ側にある整った横顔に、私の全身の血が一種運にして顔に集まった。
「た、担当さんにね」
 両手で頬を包み、熱を逃がす。
「『アロバラ』のサービス終了を撤回できないか、問い合わせてみたの。もしかしたら、この世界は滅びずに済むかもしれない」
「可能なのですか、そのようなことが」
「それは……」
 私は両手の指を組み、ノートパソコンを凝視する。
(お願い、雨村さん! 私のデッド オア アライブがあなたにかかってるんです!)
 祈りに応えるように、軽やかな電子音と共にメールが一通届いた。送り主は、雨村さんだ。
(雨村さーん!)


―――――――――――――――――――――――
風間さま

 ご連絡いただいた件についてですが、
『アロマリア譚詩曲』のサービス終了は、社の決定事項ですので覆ることはございません。大変申し訳ないことではありますが、最終章のシナリオの執筆にとりかかってください。
 よろしくお願いいたします。

株式会社クプアス
    雨村美果

P.S.チュベローズたちにもよろしくお伝えください

―――――――――――――――――――――――


(全っ然信じてなーい!)
 本当に私がゲーム世界に囚われていて、命の危険が迫っていると信じているなら、こんな即座に素っ気ない返信をしてくるはずがない。なのに「チュベローズたちによろしく」とか追伸で言ってるあたり腹が立つ。
「創造神?」
「……駄目でした」
 ガックリと肩を落とす私から離れ、ベルガモットは再びティーポットを手に取る。
「もう一杯、いかがですか?」
「うん、もらう……」
 理想の権化に淹れてもらったお茶をいただきながら、頭の中では「末期の水」なんて不穏ワードがちらつく。あれは死後に故人の唇を湿すものだから、全然違うけど。
 私はここで三ヶ月もの間、ずっと死を意識しながら過ごさなくてはならないのだ。百日後に死ぬシナリオライターなんて、笑えない。
(だいたいこっちが死ぬつってんのに『シナリオ執筆しろ』なんて血も涙もないよね、あの担当! 最期くらい仕事から解放されて、欲望のままに過ごさせてよ)
 そんなことを思いながら、パソコンを睨みつけた時だった。
 頭の中で、光がはじけた。
「……いける、か?」
「どうなさいました、我が創造神」
 私は立ちあがり、再びパソコンに向かう。中には執筆に十分な資料データが入っているし、担当さんとのメールが可能なのは、先ほどの通りだ。
「最終章、書く」
 私は気遣わし気にこちらを見ているベルガモットを振り返る。
「最終章、ユーザーの皆さんがすごく面白いって思ってくれて、続けてほしいって要望が会社にたくさん届いたら、何かが起きるかもしれない」
「そんなことが出来るのですか?」
「分からないよ。だけど今の私がここで出来るのはそれだけだから、これに賭けるしかない」
 ベルガモットが歩み寄ってくる。温かく大きな両手が、私の肩を包んだ。
「自分は信じております。我が創造神なら、きっと運命を動かせると」
「ベルガモット……」
 彼の金色の瞳の中に、私が映り込んでいる。
 死にたくない。それに彼らの存在をなかったことにもしたくない。
「我が創造神。自分に出来ることがあれば何なりとお申し付けください。自分は最後の瞬間まで、あなた様の忠実な(しもべ)です」
私の肩にかかった彼の手に、私は自分の手を重ねる。
「震えていますね」
 彼の言葉に、素直にうなずく。
 死への恐怖と運命を覆さんとする闘争心、そして彼への甘い気持ちが私の中で暴れていた。