【書籍12/26発売★】曰く「衰えた」おっさん騎士団長、引退して悠々自適な旅に出る~一人旅のはずが、いつのまにか各界の才能たちに追われてるんだが?~

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そこからの旅も、なかなかにハードだった。

なかなかの山道で、道は舗装されているものの限定的。

虫が得意でない俺は、どうにかそれを避けているうち、知らぬうちに山に踏み入れており、半分遭難しかけたりもした。
が、それもどうにか乗り越えて、約一週間後の夕方。

視界にはついに、マアリの町の入り口にあたる木製の門が入ってきていた。
休み休みきたとはいえ、長旅の疲労もあった。

着いたらすぐに温泉に浸かって、宿でゆっくりしたら、ふらっと酒でも飲みに出かけよう。軽く引っ掛けて、あとは足湯巡りをするのもいい。

そんなふうに想像を巡らせつつ、長くなった影を見ながら歩いていたのだが、不意に気配がして、俺は顔を上げる。
そこにいたのはローブのフードを深く被った女だった。

誰かと思っていると、その口角がにっと上がる。

「やっぱりここに来ましたね、隊長! 待ってましたよ」

彼女はそう言うと、両手でフードを外す。
クリーム色の髪を軽く頭を振って払うと、左耳の上で結んだ青のリボンを結びなおして、羽織った紺のローブを背中の後ろへ送った。
中は、派手な格好だった。フリルがついた薄手の白いトップスと、濃い赤色のスカートに、ガーターベルトとタイツときている。
それで、俺は確信した。

「……イザベル……なのか?」
「覚えてくれてました? ふふ。まぁ、私、結構可愛いですもんねぇ」

調子のいいことを言いながら、彼女は組んだ手を胸元に寄せて、身体を少し右に逸らす。
実にあざといポーズだった。
透き通った碧色の目を片目だけ閉じていたり、左足を右足に寄せて、ちょこんとつま先を突いてみたり、こまごまとした仕草まで演出されている。

見た目こそ髪が伸びるなどして、やや大人びて見えるが、こんなことをさらっとできるのは、やっぱりイザベルしかいない。

「はい、そのイザベル・シャネラです。隊長の、可愛くて頼りになる副官ですよ。いわば元サヤです!」
「やめてくれないか、その言い方」
「事実じゃないですか~」

イザベルは口を尖らせて言う。
元サヤという表現はともかくとして、彼女が俺の副官を務めてくれていたのは事実だ。

今から三年ほど前に唐突に辞めてしまうまで約二年間、一番隊の隊長と騎士団長を兼任していた俺の副官を務めてくれていた。
就任した時の彼女はまだ、貴族学校を出て三年目の十八歳だったが、騎士団内の序列は年齢ではなく実力で決まる。

彼女が得意とするのは、『魔術』だ。

魔力をエネルギー源として利用するのは魔法と同じだが、魔術は魔術式を利用して技を発動する。
その扱いはかなり難しく、また属性魔法ほどの威力も出ない。天賦の才を持つものが、努力をしたうえでやっと実戦レベルに達するのだ。

そんな魔術を器用にいくつも使うことができた彼女は、回復魔術などのサポート魔法も扱うことができたため、すぐに副官まで成り上がってきた。

辞めた理由は聞いていないが、その後に会うのは、これがはじめてのことだった。

「えっと、久しぶりだね。少し大人びたかな」
「む。こういうときは、変わらないねでいいんですよ、隊長」

……なるほど、まったく分からん。
だから、ここは流させてもらうこととして、それよりも気になることを尋ねる。

「というか、どうしてこんなところにいるんだい?」
「ちょっと、ここの温泉で湯治でもしようかと思いまして……。というのは、まぁ嘘です。隊長の噂を聞いて、とんで駆けつけたんですよ」

彼女はそのクリーム色の緩くウェーブがかかった髪を耳にかけつつ、平然と言う。
が、おかしい。駆けつけるもなにも、俺はリュナリア以外に行き先を話してはいないのだ。
二人が実は知り合いで、情報が伝わった……? いや、さすがにそれはない気がする。
そんな話は聞いたことがないし、リュナリアとイザベルが仲良く喋っているイメージはまったく湧いてこない。性格から考えると、むしろ水と油だろう。

「イザベル、改めて聞きたいんだが、どうして、ここが分かったんだい?」
「北のほうで旅をしていたら、先輩が騎士団長を辞めたっていう話が聞こえてきたんです。それで会いたくなって、情報収集をしていたら、西のほうに流れてるって聞いて、来ました!」
「会いたくなって、って……それでここまできたのかい?」
「はいっ、時間もありましたから」

イザベルは、持ち前のきらきら笑顔でにこりと微笑むが、この国は南北に長く、山脈も多い。
さらりと言うにしては難しすぎる話だ。それに、そこを置いておくとしても、まだまだ疑問が残る。

「……でも、この場所はどうやって」
「あぁ、それは簡単ですよ。隊長、道中であの『三羽烏』を捕まえましたよね?」

いや、そんな名前のものは知らない。
新手の魔物か? と、俺がきょとんとしていると、イザベルは付け加える。

「盗賊三人組です」

あの山で襲ってきた三人のことをさしているらしい。
まさか、そんな字名を付けられるほどの連中だったとは思いもしなかった。

「えっと、たしかにそんなこともあったけど」
「あれ、意外と大きなニュースになってるんですよ? 『三羽烏』による被害は最近増えていて、ちょっと名の知れた冒険者も戦いに負けて身ぐるみをはがされたって話もあった中の捕獲ですから」

「……そうだったのか。新聞は久しく見ていなかったよ」
「昔は隊長が、情勢を知るために読めって言ってたのに……。ともかく、そこに書いてあった『三羽烏』の外傷が首元の痣だけだったって言うのを見て、もしかしたらって思ったんです」

「そんなことでどうして」
「『三羽烏』は、それなりの手練れです。隊長ぐらい強くないと、そこまで完ぺきには倒せません。それに殺してないのも、騎士団勤めの長い隊長らしいです。あ。マアリに行くのは、過去に遠征で滞在したって話を聞いたことがあったので読めていました!」

……傷跡だけで、そこまで見抜かれるとは。
俺が面食らっていたら、彼女は「簡単な推理ですよ、隊長」と立てた人差し指を振って得意げにして見せたのち、

「さ、行きましょうか? せっかく再会しましたし、ゆったりと過ごしましょ?」

こう実に可愛げのある笑顔とともに、こちらへ手を差し伸べてくる。
俺はつい反射的にそこに手を置きそうになって、すんでのところで踏みとどまった。

「気遣ってくれて助かるけど、手を取られるほどは疲れてないよ」
「そういう意味で差し出したわけじゃないんですけど……、まぁもういいです。隊長はそういう人だってのはよーく知ってますから。一緒に行くのはいいんですよね?」
「……それは構わないよ、ちょうど一人にも飽きていたしね。でも、今の俺はもう隊長でもないよ」
「んー……じゃあ、アレクトさん?」

彼女があごに人差し指を当てながら、不意に発したその言葉に、ぞわりとするものが背筋を駆け巡る。
明らかな違和感があった。
考えても見れば、別になにらおかしい呼び名でもない。ただファーストネームを呼ばれただけのことだ。
けれど、いきなり変わるにしては変化が大きすぎる。

「…………イザベル。やっぱり、元のままでもいいか?」
「はい。なんか私も違和感がすごいです。いずれはって期待してたんですけど、今は違いますね、これは」