「……おいおい」
「いつもどおり本気でいいでしょ?」
「魔法は使わないでくれよ。リュナの爆発スキルは室内でやるには危険すぎるから」
「分かってる、分かってる。いいから、早くやろ」
リュナリアはそう言いながら、俺が使う用の木剣を倉庫へと取りに行く。
それから細い腕だけがにゅっと出てきたと思ったら、こちらにとんでもない速さで飛んできたのは木の球――いや、高速回転する木刀だ。
一瞬で大きくなっていくそれに驚きつつも、俺はその回転を見極めて、木刀を右手で受け止める。
「危ないと何度も言ってきたろ、リュナ。最近は投げてなかったじゃないか」
「気まぐれよ。それに、あんたが受け止められなかったことなんて一度もないでしょ。こっちは毎回全力で投げてるのに」
「……次は受け取れないかもしれないだろう?」
「最後なんでしょ。いいからやるよ」
リュナは戦意剥き出しで、こちらへと戻ってくる。
が、どちらにせよすぐにはできない。なぜなら――
「ちょっと準備運動させてくれ」
「……あのねぇ、いきなり敵に襲われたらどうするつもり?」
「そのときは、そのときだけど、今はいいだろう? もしどこか壊したら大変なんだよ」
リュナリアは両手を腰にやり呆れるが、しょうがない。
なにせ、もうおっさんなのだ。それも、騎士団長という肩書も失った、ただのおっさんである。慎重になっておいて悪いことはない。
リュナリアとの稽古は、魔法なしルールとはいえ、かなり激しいものになった。
時間にして、約一時間程度。
俺は一応の師匠として、その猛攻にどうにか応じる。
この場所で何年も繰り返してきたこの時間も、向こうしばらくはない。
まだ小さかったリュナリアがその魔法とスキルを暴発させて天井を落として珍しく「ごめんなさい」と大泣きしていたこと、練習中に鳩の群れが乱入して、床中が羽根まみれになって、二人で愚痴を言いあいながら掃除したこと。大なり小なり、ここにはいろんな思い出がある。
そうなれば名残惜しさを感じてもよさそうなものだが……そんな余裕を彼女は許してくれなかった。
真剣に勝負に集中することになり、濃密すぎる戦闘を終える。
これなら変に、しんみりするようなこともない。
そんなふうに思っていたのだけれど、
「……責任取りなさいよね。あんたが私をここまで強くしたのよ。いつか私はあんたを超えるから。それまでせいぜい生きながらえなさい」
帰り際、リュナリアから額を指差されて貰った言葉はさすがに堪えた。
同時に彼女は、俺が好んで使う色である青のハンカチを選別として渡してくれる(正確には投げつけられたのだが)。
もったいないから、しばらくは使わず持っておくつもりでいた。
けれど、家に帰って一人酒をしていたらまたいろんな思い出が蘇ってきて、自然と泣けてしまい、結局その日のうちに使うこととなった。
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