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「やはり断られたか」
と、ウィンストン・ガヴィーナは、居城内にある広い居室で一人、白ワインを呷っていた。そして、好物のチーズを鷲掴みにするようにつまみ、またワインに口をつける。
別になにも、仕官話を断られて、やけ酒をしているわけではない。
むしろ心の中は晴れ晴れとさえしていて、それでつい酒が進んでしまう。
最近は、不摂生を執事に指摘されて、量を制限されていたから、もう残りわずかだ。
でも、ウィンストンにとってはそれくらい、アレクトに再会できたことそれ自体が喜ばしいことだった。
かつて魔族による世界侵攻があった際、ウィンストンはたしかにアレクトとともに戦った。仲間として、何度も酒を酌み交わして、同じ食事もとった。
が、働き場所はといえば大きく違う。
アレクトは最前線に立っていたのに対して、ウィンストンはその後方に回ることのほうが多かった。
身分だけでいえば、当時から自分のほうが圧倒的に高かった。それに、アレクトも自分に対しては敬語を使ってくる。ただ、その戦闘力、人間性、どれをとってもアレクト・ヴァーナードは、当時から自分のはるか上をいっていたと思う。
そして、その評価は間違っていなかった。
彼は絶望的な戦況をひっくり返して、最終的に魔族を打ち倒し、戦線から帰ってきた。
ただし、そこに誇った顔ではない。
その肩には、命を落とした同胞――いや、彼にとってはより大切な存在かもしれない――を抱えて、歯噛みをしながら。
その苦しさに満ちた顔は今も、ウィンストンの目に焼き付いている。
なにか声をかけようとも思った。
しかし、その痛みは自分に分かち合えるものなのかと考えてしまうとなにも出てこず、結局はそのまま隊は解散となって、それきりだ。
そこからは、まるきり別の道を歩いた。
自分は父の死により辺境伯の地位につくこととなり、アレクトは騎士団長となって、以来、すれ違うようなことはあっても直接対面することはなかった。
それが騎士団長を突然辞めたと思ったら、領内にいると言う。
とりあえず、会いたいと思った。とりとめもないようなことでいいから、少し話せればいい。
その口実が、仕官話だ。そんなものがなければ、一人で動けるような身分でもなくなっていた。
受けてもらえないだろうとは薄々勘付いていた。
アレクトはあぁ見えて慎重な男だが、一度決めたら、意外と頑固にもなる。
わざわざ騎士団長をやめるという決断をしたのに、自分の下で働くような選択はしないだろう。
それに、だ。
「……私の器に収まるような人間じゃないな」
国を、世界すら救った男で、憧れの男だ。
そしてそれは、今日さらに深くなったと言っていい。
報奨金を辞退して、町のために使ってほしいなどという選択は、きれいごとではあっても早々できることじゃない。
しかも、迷うまでもなく答えるのだから、本当の人格者だ。
考えてみたら、自分のもとにアレクトがつくという状況があまり想像がつかない。こんな状態じゃあ、断わられてしかるべきだ。
だから、再度会う約束を取り付けられただけで、ウィンストンとしては十分だった。そして約束をした以上は、なんとかして時間を取れるようにしなければならない。
となれば、あまりゆったりしている時間もなかった。早々に寝て、明日も早くから仕事に取り組まねばならない。
辺境伯は、その治める土地が広い分、仕事も山のようにある。
今回の一件の事後調査、後処理を含めた領内の内政全般に加えて、来月には王都での領主会議などもある。
アレクトが騎士団長の責務を立派に果たしていたように、ウィンストンには辺境伯という責務がある。
民衆からは疎まれ、国からは冷めた目で見られる、なんとも難しい立場だ。
だが、それでも私腹を肥やさずに民を豊かにしたいという思いだけは、就任したときから貫いている。
まぁ、どうしても食事をする機会が多くなったり、生活が不規則になったりして、腹は大きくなってしまったのだが。
ウィンストンはひじ掛けに手をつき立ち上がる。それから、部屋を後にした。



