【書籍12/26発売★】曰く「衰えた」おっさん騎士団長、引退して悠々自適な旅に出る~一人旅のはずが、いつのまにか各界の才能たちに追われてるんだが?~



「くそ、なんだこれ、出れねぇ!!」
「まずいぞ、こいつ、あの有名な魔術使い、イザベル・シャネラだぞ!」
「なっ、あの『白百合の術師』!?」

男らの言葉に、イザベルは得意げにふふんと鼻を鳴らす。

「白百合ですよ、私!」

わざわざこちらを向いて、上目遣いにアピールしてきた。

「白百合といえば、純潔とか無垢とか、飾らぬ美しさとか、いろんな花言葉があるんですよ」
「たしかに、イザベルにぴったりだな」
「……隊長、それ本当に思ってます?」

そんななかでも男たちは、イザベルの結界をどうにか壊そうと、乱雑に武器を振るっている。

が、これはそんなにやわなものじゃない。魔物さえも閉じ込められる高性能だ。
それを分かっているのだろう。イザベルはまったく気にしていないようで、

「なんなんでしょうね、こいつら」

と俺の方を振り見ながらに言う。

「……うーん。ただの山菜採取ではないだろうし。もしかして、調査隊か?」
「うぇっ!? だとしたら、まずいですね。お上に楯突くことになっちゃいます。すぐに解除を……って、隊長?」

イザベルは慌てて魔術杖を振ろうとするから、俺はそれを止める。
なぜかといえば、男たちの顔にはなんとなく見覚えがある気がしたからだ。

「こいつらって、たしか……」

俺は魔導灯をイザベルの手から攫うと、彼らの方へと近づけて、よくよく見てみる。
それで蘇ってきたのは、ごくごく最近の記憶だ。

「この間、寝込みを襲ってきた山賊か……?」

もっとも、あの時は暗い中だったし、確信までは持てなかったのだが、

「あー! それです、それ! 『三羽烏』ですよ、こいつら。見てください、この首元!」

イザベルが指差した先、彼らの首元には揃いも揃って包帯が巻かれている。その位置はたしかに、俺が剣で打ちつけた場所と同じだ。

「なっ!? ま、またこの前のおっさんかよ!」
「くそっ、なんでこんなところに」

男らは俺の顔を見るや、どうにか逃げ出そうとより一層もがく。
が、やはり意味はないようで、イザベルの結界はびくともしない。それを確認してから、

「なんでここにいる? 君たちはたしかに衛兵に引き渡したはずだが」

俺は彼らにこう問いかけた。
するとどうしたことか、彼らは一転して、暴れるのをやめて黙り込みを決める。
なんて分かりやすいのだろう。少なくともなにかあるのは、間違いなさそうだ。

「答えてくれるかい?」

俺は再びこう尋ねるが、答える気はないらしく、返事はない。三人目を見合わせて、なにやら通じ合っている。
その態度にため息をついたのは、イザベルだ。

「隊長。アレ、やっちゃっていいですか」
「……ほどほどにしておけよ」
「まぁ、その辺は心得てますよ」

イザベルはそう答えると、次の瞬間には唇を吊り上げて、にたりと笑う。

非力なふりをしたり、小動物のような愛らしい素振りを作ったりした姿を思い出せば、同一人物には見えない実に悪い顔だった。
生き生きとしていて、俺としては嫌いじゃない。むしろ彼女らしさも出ていて、いい顔だとさえ思う。
だが。

「答えてください。さもなくば、こうなりますよ」

イザベルはそう警告すると、魔術杖を振る。
すると魔術サークルが現れたのちに、防御壁の結界はどんどんと収縮しはじめた。

「な、なんだ、これ!?」
「くそ、息が苦しく……」

結界で捉えたうえで、その結界を狭めていき、その呼吸を徐々に奪っていく。
文字面にすると、なかなか惨たらしいが、これがイザベルのやる尋問だ。一歩間違えれば相手を殺してしまいかねない危険な方法である。

彼女が副官をしていた時から俺ははらはらして、これを見てきたのだけれど……

「ほーら、そろそろ限界なのでは? 喋れば楽になりますよー」

まさに生かさず殺さず。

イザベルがその調整を失敗したことはない。

「わ、分かった! 話す! 話すから!」「俺もだ!」「分かったから、やめてくれ」

今回もしばらくしたところで、男たちは降参して音をあげた。
ちなみに降参しない場合は、あらゆる魔術を使って気絶させる方法をとる。
できれば見たくなかったから、俺としては都合がよかった。

「もう終わりですか? つまんないですね」

イザベルは不満そうだったが、俺は咳払いをしてから、改めて尋ねる。

「で。なんでここにいるんだ? 答えてもらおうか」
「……命令だ」
「誰の?」
「…………隣町の役人だ。捕まったあとに、この森に潜入して放った魔物を管理する仕事と、森への侵入者を追い払う仕事をするなら解放してやるって持ちかけられたんだ」

驚くべき話だった。俺が思わず言葉をなくしていると、イザベルが「はぁ」と露骨なため息をつく。

「その話、もし嘘だったら、さっきの続きやっちゃいますよー」
「ほ、本当だ! 前任がいなくなったからって、頼まれたんだ」「モルテルビーと、あとソルベロスがこの森の中にいる!」「あぁ、間違いない!」

三人がそれぞれに声を震わせながら、脂汗をにじませつつ答えていた。
騎士団時代には、何度もこうした尋問や聴取をしてきたから感覚的に分かる。
彼らは、嘘をついていない。

ただ、偽の情報を掴まされているという可能性もなくはないが……これまでの話を改めて整理してみると、あながち荒唐無稽な話でもない。

「隊長、どう思います? たしかにソルベロスは氷の塊みたいな魔物ですし、歩くだけで地面を凍らせるって話もあります。それで温泉が止められて、別の場所から湧いていた昔の泉源だけ若干残っていたってことなら、まぁありえなくはないですけど……、隣町の指示っていうのはさすがに」
「……いや、ありえない話じゃないよ」

「え」
「今回の温泉が湧出しなくなった件で、マアリの町は旅客を失い、大きな損害を被ったけど、逆に利益を得ているところもある」

「それが隣町だと?」
「うん。隣町は逆に旅客を増やしていると、バルトロさんからも聞いた。それに、俺自身が宿泊先を見つけられなくて、野宿をするくらいだったから」
「なるほど……。そういうことなら、たしかにあり得る話ですね」

光あるところには影が生まれるとは、よくいったものだ。

一級品の温泉を有するマアリが光ならば、そのすぐ脇に位置する隣町はどうしても影になる。
たぶんこれまで、見向きもされないまま、通り過ぎられることがほとんどだったのだろう。それを、町を治める領主が快く思っているわけがない。

「でも、この森ってマアリの管轄ですよね? 勝手に潜入なんてしてたら、すぐに捕まるんじゃないですか?」
「あの領主代理、明らかに話を濁していただろう? 大方、お金でも握らされたんじゃないかな」
「うわぁ、その手の話ですか……」

よくある話といえば、そうだ。

普通ではありえないようなことが起きている場合、その裏で大きなお金が動いていることはままある。
騎士団時代に争いごとの仲裁に入ったら、その発端はお金だったというパターンは何度も経験してきた。

まぁなんにしても、だ。
ここでこれ以上話していても、それは想像の域を出るものではないし、意味もない。

「もう一つ聞きたい。ソルベロスの位置はどこだ?」
「こ、ここからもう少し山を登ったところだ!」
「そうか、じゃあそこに行こうか、イザベル」

もし温泉がソルベロスの影響で凍ってしまっているのなら、急いでやるべきことはその退治だ。
俺が声をかけるのに、彼女はあくびをしながら「はーい」と気の抜けた返事をした。

「あ、隊長。こいつらはどうしますか」
「うーん、また気絶させるしかないんじゃないかな」

ひっ、と悲鳴が三つ重なる。

「は、話が違う!! 喋ればなにもしないって話じゃ……」
「ちゃーんと話は聞かないと駄目ですよ。誰もそんなこと言ってません」

イザベルは結界の形を変えて、彼らの首だけを結界の外に出す。
その慈悲のなさに苦笑いしつつも、俺は彼らの首裏に剣を打ち付けていった。数秒後にはもう男たちは意識を失い、地面に崩れ落ちていく。

「これでよしっと。じゃあ、再出発ですね~」
「うん。早々に退治して、早く宿で寝ようか」
「もしかして眠いのばれてます?」
「そりゃあね」

地面に伸びる男らを置いて、俺たちは暗い森の中を再び、より高いところを目指して歩き出す。
そうしてしばらくすると、周囲の空気は肌寒さを感じるものへと変わり始めた。
それは先に進めば進むほど顕著になっていく。