【書籍12/26発売★】曰く「衰えた」おっさん騎士団長、引退して悠々自適な旅に出る~一人旅のはずが、いつのまにか各界の才能たちに追われてるんだが?~



向かってくる蜂の群れが、見えないところで羽音を立てるを見ていると、背中の産毛がすべて逆立つ感覚になる。
それで身体が固まってしまい、思わず数歩後退してしまっていると、

「隊長、とりあえず下がってください!」

イザベルは魔術杖を振って、防御の結界を俺の前に展開する。
彼女はそれを立方体上に展開すると、そこに蜂たちを閉じ込める。そのうえで、結界の中に発生させたのは、白い煙だ。

「……すごい、もう倒れているじゃないか」
「ふふん、駆虫の魔術ですよ。宿に虫が出た時の退治も任せてくださいね」

さすがの手際だった。

そもそも並の魔術師なら、防御用の結界は一枚作ることができれば、十分とされているのを、あっさり六面も作り出しているうえ、変わり種の生活魔術まで駆使するのだから、本当に凄すぎる。

ただ、それで終わってくれるモルテルビーではない。

さらに奥を見れば、次の塊が再びこちらに迫り始めていた。
イザベルはそれも同じようにして退治する。

が、十個ほどを作り出したところで、息切れし始めてしまっていた。

「多すぎませんか、これ!」
「だいぶ減らしてはくれたけどね」
「もうこれ以上は、持ちませんよ〜。かといって簡単には諦めてくれなさそうですし……」

一度あい見えたら、執拗に攻撃してくるのがモルテルビーの厄介なところだ。
さしものイザベルとて、これ以上の魔力消費は持たないだろう。

ならば、俺がやるほかない。そもそもこんな状況で、元部下に任せきりにして、守ってもらっているというのは、実に情けない。
騎士団員だった頃も、魔虫の類とは何度か対峙してきた。

やると決めれば、できないことではないはずだ。

「イザベル、もういい。少し離れていてくれ。あとは任せてくれるか」
「で、でも……」
「大丈夫。なんとかするよ」

俺は魔導灯を彼女に託すと、剣を抜く。

視界の悪い中だ。正直、全部の個体の動きを目で追うのは無理があった。


だが、感知することなら難しい話じゃない。

俺はイザベルが少し距離を取ったのを確認すると、まずは全身全霊で横薙ぎの剣を放つ。
それで起こしたのは、剣による風圧だ。戦闘では使いたくないから、風属性魔法は利用していないが、それでも効果はしっかりと出た。

俺はそれにより、モルテルビーたちの飛行能力を落とさせたうえで、まずこちらに針を向けてきていた一匹を、突きで木に打ち付けて仕留める。

ギィッと耳障りの悪い音を発するのに、俺はつい眉間に皺が寄る。

……本当に嫌なんだよなぁ、あの声。

と、愚痴をこぼしたくなるが、仲間がやられたことでモルテルビーの攻撃は激しさを増してくるから、俺はその動きを見極めつつ、次々に撃ち落としていく。

たしかに、俺のような剣士は、虫のような小さく、数の多い敵に部が悪い。


ただだからと言って、一方的にやられるほどの相手でもないし、その対策も心得てはいた。

「モルテルビーを剣で捕らえるなんて、さすが隊長です!」
「お世辞はいいよ。イザベル、このままじゃきりがない。そろそろ巣を落としに行こうか」
「別人みたいに頼もしいですね、ほんと。おかげで私も少し休めましたし、加勢しますよ!」

モルテルビーはその習性上、巣に近づいてきた者に対して無差別に襲いかかってくる。
そしてその攻撃は、巣の中にいる大将、女王蜂を撃たない限り執拗に行われる。逆に言えば、女王蜂さえ倒してしまったら、その攻撃は収まり、烏合の衆になる。

ならば、巣を叩きにいくしかない(嫌だけれど)。

「じゃあ、できるだけ道を作ってくれるか? 無駄にあの鳴き声を聞きたくないからね」
「そういうことならお任せください!」

イザベルはそう言うと、モルテルビーの群れを割るように、三メートル近い防御壁を空中に構築する。

それに敵が隊列を乱している間に、俺は意を決して、その群れへと突っ込んでいった。

防御壁を越えて襲いくるモルテルビーを仕留めつつ、場合によっては木を切り倒して、強引に道を作る。
そうしてたどり着いた先に待っていたのは、地面を岩盤のように埋め尽くす、黄色と黒の縞模様をした大きな蜂の巣だった。
そのサイズは、俺の身体の数倍はある。

これまで見てきたものと比べても、かなり立派に見えた。

「うげぇ」と漏らすイザベルの横で、俺も顔を歪めざるをえない。

そんななかモルテルビーらはといえば、一挙に巣へと戻ってきて、その周りを張り付くようにして固めはじめた。

「隊長、これってたしか硬化防御ですよね」
「うん。羽や針を重ね合わせて、巣の防御を固めるんだ。どうやら、クインが指示をしてるみたいだね」

クインというのは、モルテルビーたちの女王だ。
巣の中に閉じこもっていて、女王自体に戦闘能力はないが、他のモルテルビーを操る力をも持つのだから厄介極まりない。

「硬化防御って、たしか鉄や岩よりも硬くなるんですよね。それもこんなに大きかったらどうすれば」

イザベルがこう漏らす中、俺は一度、剣を鞘へとしまう。
そのうえで左足を後ろに引き、腰をひねると、大きく深呼吸をした。

そして呼吸を整え、一度体の力を抜き、集中力を高めていく。

心技体、そのすべてが一致するタイミングを見計らって、俺は剣を抜いた。

俺の剣は特注品だ。

普通の剣はまっすぐな形をしていて、防御魔法などと組み合わせて使われることが多い。
が、俺の剣は、あえて反る形に作られている。

この構造により、剣を抜いた際のスピード、そして斬撃の鋭さを格段にあげることができるのだ。
だから、たとえ鉄ほどに堅固な巣だろうと――斬り落とすことができる。
俺は巣を一閃したのち、刃を鞘のなかにしまう。

感触は完璧だった。

「…………真っ二つになった!? というか、中でクインの頭が落ちてる!?」

そして結果も、狙い通りだったらしい。
俺はイザベルが声を上げるのを聞き、後ろを振り返って、モルテルビーらの様子を確認する。さっきまであれだけ統率がとれていたのが、嘘のように、もう散り散りになっていた。

この分なら襲ってくることもない。

俺はほっと一息をついたのだけれど、

「……うっ」

頭が落ちてもなお、足をうにょうにょと動かす図体の大きいクインの姿を見て、すぐに気持ち悪さが込み上げてきた。
うっかり吐きそうになって、俺はすぐに目線を逸らして、口元を手で押さえる。

「ほんと、極端ですね……。まぁたしかに受け付けないですけど。えいっ。はい、これで大丈夫ですよー。殺虫の魔術かけときましたし、もう動きません」
「あ、ありがとう。本当にイザベルがいてくれてよかったよ」
「そんな真面目な顔で言う場面でもない気がしますけどね」

それより、と彼女は軽くため息をつきつつ、その場にしゃがむ。

「この木、周りの木と違う木ですね」

そう言われてしまったら、目をやらざるをえない。それで恐る恐る見てみれば、たしかに違う。

「南の方でよく見る広葉樹だね。この辺りには生えていないよ」
「じゃあ、あのモルテルビーって……」
「あぁ。誰かが人為的に、このモルテルビーをこの山に持ち込んだのかもしれないね」
だとしたら、なんのために?

俺がそれを考え出していたところ、すぐ近くの木の脇から、また別の気配が現れる。

「イザベル!」
「分かってますよ!」

完璧かつ瞬時の対応だった。
イザベルは防御結界を三つ展開して、相手の動きを封じてくれる。そのうえで確認しにいけば、そこにいたのは魔物ではなく、人だ。