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「いやぁ、昼間はなかなかお熱い様子だったなぁ」
と。
夕方、昨日と同じ飲み屋に入るなり、バルトロさんからこう茶化されて、俺は顔を引きつらせる羽目になった。
「……いらっしゃったんですね」
「あぁ、ばっちり見てたぜ。面白そうだったから声はかけなかったがな。あの感じはなんだぁ? 昨晩はもしかして――」
「はい、素敵な夜でしたよ!」
「ははは。やるじゃねぇか、嬢ちゃん」
「はい、私はやれる女です!」
でたらめかつ、色々と微妙な発言をして、誇らしげに胸を叩くイザベル。
「……君は寝ていただけだろう。だいたい昼のは、茶番ですよ」
俺はそれをすぐに否定して、バルトロさんに実際の事情を説明する。
「ちょっと!? なんで言うんですか、隊長!」
イザベルはすぐに抗議してくるが、もう言ってしまったものは引っ込められない。
過去に滞在したときにも、昨日のイザベルが泥酔した際も、彼には色々と世話になったから、正直に話すことで義理を通したかった。
「……なるほど。そんな事情があったのかい。お嬢ちゃんも大変だったなぁ」
「…………誰にも言わないでくださいよ。言ったら、息の根止めます」
「心配するな。妻にも言わないようにするさ。それより、いつか結ばれる二人のために酒をサービスしてやろう。昨日はご馳走になったしな」
実に気前のいい発言にイザベルが「ほんとですか!?」と両手を胸の前で握って甲高い声を発して色めくが、俺はそれを制する。
「イザベル。明日からは、温泉が湧出しなくなった理由を探りに行くという話じゃなかったか?」
あのカップル風茶番劇のあと、一度宿に戻った俺たちは、今後についての話し合いをした。
とりあえずは、実家からの追手も払うことに成功したわけで、イザベルはもう俺同様に自由の身である。
どこへ行くにしても、それを引き留めるつもりはなかった。もしまた追手が来るようなら、そのときに再び茶番をやるために再会すればいい。
俺はそんなふうに思って、「これからどうするつもりだ?」と彼女に聞いたところ、出てきた意見は、偶然にも一致していた。
突然に温泉が湧かなくなったという不自然さが、彼女も気にかかっていたらしい。
「隊長、ちょっとくらいいいんじゃないですか?」
「……そりゃあ、俺だって飲みたいところだけど。君の言う『少し』に、歯止めがきかないことは昨日で十分分かったからね」
「うっ……。分かりましたよ……。じゃあ今日は普通にごはん食べましょう」
納得してくれたらしいイザベルは残念そうに肩を落としながらも、酒類のメニュー表を置くと、食事のメニュー表を手にする。
彼女がすぐに真剣に吟味を始める横で、バルトロさんはといえば、どういうわけか俺たちのほうをまじまじと見ている。
「……すごい人だな、あんたら。なんで、わざわざそんなことまで……。任せておけばいつかは解決する話だし、あんたらには関係ないだろう? 温泉街なら別の場所にもある」
「それはそうですが、確証もないですからね。いきなりと言うのは、少し気になります」
俺はそこまで言ってから、こんなものは建前だったなと思う。
「単に、ここの温泉にまた入りたいんですよ」
そもそも、そのために数か月かけてここまで来たのである。
俺が答えた唯一の本音に、バルトロさんはしばし固まったのち、ふっと相好を崩す。
「……はは。まったく最高のお客さんだな、あんたらは。もういい、今日は全メニュー無料だ」
まさかの大盤振る舞い宣言だった。
俺は驚きつつも断りを入れようとするのだが、イザベルはもう食いついている。
「え!? じゃあ、この一番高いステーキください! あと、ソーセージ盛りも!」
「おう、なんでもこい! なんなら酒もつけるぞ」
さすがに魅力的で、心が揺らぐ一言だった。
イザベルもすぐに反応して、期待を寄せる目で俺を見てくる。
それで根負けして一杯だけと決めて、ビールを解禁したのだった。
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