【書籍12/26発売★】曰く「衰えた」おっさん騎士団長、引退して悠々自適な旅に出る~一人旅のはずが、いつのまにか各界の才能たちに追われてるんだが?~




「さぁ、出てきてもいいんですよー! 不埒な追手さん!」

マアリの町まで戻ってきて、その大通りの真ん中で、イザベルが声を張り上げる。
実に、自信満々の態度だった。大股を開き、左手を腰に手を当てた彼女は、魔法杖を高く掲げて、意気揚々としている。

一方の俺はといえば、真逆だ。
その少し後ろで、身体を縮こめ、ひやひやしながら状況を見守るのがやっとだった。

「わざわざこっちから出向いてるんだから早くしてくださいよー」

すぐに痺れを切らしたイザベルが、さらに続ける。

ただ、追手の方々はといえば、その変わり身の早さを警戒しているのか、なかなか現れてくれない。
代わりに、何事かと気になったのだろう住民たちが集まってきてしまう。
聴衆が無駄に増えるという、俺としてはもっとも望んでいない状況になっていた。

「イザベル、そろそろ一度――」

俺は諦めてもらうよう、イザベルに促そうとする。
が、しかし。

「あーあ、気が変わったから、やっぱり逃げちゃおっかなぁ」

この脅しが効いたらしい。

イザベルがわざとらしく背を向けたその瞬間に、三人組がついに姿を現した。
町人のような装いをしているが、その装備品などを見るに、明らかにただの住民ではない。三人はやりづらそうにしながらも、俺たちの前まで出てきた。

「素直でいいですね、レッテリオ。さすが、お父様のお気に入りです。小間使いとも言いますけど」

そのうちの一人であるリーダー格らしき人物に、イザベルはこう声をかける。
超えのかけ方は、もはや追手というか、ただの顔見知りに対するそれだ。

「……お嬢様、いきなりどういう心境の変化でございましょう。後ろの方は護衛ですよね? 護衛までつけて逃げていたのでは?」
「それは勘違いですよ。この追いかけっこにもそろそろ飽きたんです」
「じゃ、じゃあ、ようやく結婚話を進めてくれる気になっていただいたのですね!」
「まぁ、そういうことになりますね」

イザベルが言うのに、三人は一瞬ぱぁっと笑顔を見せる。
そこに「たーだーし!」とイザベルは注釈をつけ加えた。

「お父様とお母さまの選んだ人ではありませんよ。紹介したい素敵な人ができたんです」
「……い、いつのまにそんな人が? 嘘をつくのはおやめください」
「嘘じゃないですよ。ね、隊長」

イザベルがちらりとこちらを振り向き、笑顔を見せる。
俺はごくりと唾を飲みつつも、それに応えて、数歩前へと勇み出た。極度の緊張から、つい頭に手をやりつつ、とりあえず笑みを浮かべる。

「ど、どうも……」
「お嬢様。この人は……?」

レッテリオという追手の方は、きょとんと首を傾げて、明らかに訝しむ顔をしていた。

「なにを言い出すかと思えば。こんな覇気もなにもない人、あなたが選ぶわけがない。ただの一般人にしか見えませんよ。これでは、誤魔化されませんよ」

そしてすぐに、こう断じられる。
無理もない。『いい人』と紹介されて出てきたのが、ここまで歳の離れた男であったら、こうもなる。
たとえば、リュナリアが親子ほど歳の離れた人を連れてきたら、さすがに素直には受け入れられない。なにか裏があるのでは? と勘繰るだろう。

やっぱり無理があったよなぁ……、と俺は改めて思うのだけれど、イザベルはあくまで突き通すつもりらしい。

「ふふ。見る目がないですね、レッテリオ。それだからいつまでたっても父に小間使いされるんですよ。聞いて驚いてください! この人は、アレクト・ヴァーナード。元騎士団長様です!」

誇らしげに紹介されて、俺はまた頭を一つ下げる。
それに、レッテリオさんは少しぽかんと口を開いたのち、首を横に振った。

「ありえないです。こ、この人があのオルセインの英雄? いや、そんな、どう見てもただ冴えないだけの中年にしか……」
「黙りなさい。冴えないのは、あなたの頭だけですよ、レッテリオ。隊長に失礼ですよ。ねぇ?」

軽くウインクが決められるのに、俺は苦笑いで答える。

「えっと、気にしていただかなくてもいいのですが。たしかに俺は、アレクト・ヴァーナードだ」

 騎士団長時代から、任務時以外では、よくこうして本人かどうかを疑われた。だから俺は慣れた手つきで、襟裏のポケットに入れていた身分証を提示する。

これにはかなり驚いたようで、レッテリオさん含めて三人が近づいてきて、まじまじとそれを見る。

「隊長……じゃなくて、アレクトさん。真剣に付き合ってるんですよね、私たち」

そのタイミングでイザベルは俺の腕に絡みつくようにして身を寄せてきて、こうぶっこんでくる。

「あ、あぁ」

勢いとともに香る甘い匂いについどきりとさせられつつも、俺はそれにどうにか合わせて、首を縦に振った。
もちろん、真っ赤な嘘である。

ただこれこそが、イザベルの言う「二重丸な思いつき」だった。
俺がイザベルと恋仲に落ちて、関係を深めている過程だという設定にする。そうすれば、両親も認めざるをえず、引いてくれるはず。
そう、彼女は主張してきたのだ。

地方の泡沫男爵家出身で、しかももう四十路の俺だ。
見目もよく、魔術の才能も図抜けていて、かつ結婚適齢期のイザベルとでは釣り合いが取れるわけもない。

俺はそう思って無理だと首を横に振ったのだけれど、

『隊長は、元騎士団長でオルセインの英雄ですよ!? こんな最高にして唯一無二のブランド、公爵家にだって得られませんよ!』

イザベルはこう説得してくる。
一理ある説明ではあった。

だが、そもそもの話として、嘘をつくことが得策だとも思えない。あとで露見したら、どうなることやら分からない。
だから俺はやはり断ろうとしたのだけれど、そこでイザベルがふと溢した言葉が、俺の意見を翻させた。

『……私は、私のやりたいことをするために生きたいんです。その過程で魔術を極めて、戦い続ける! 隊長。私の人生を賭けてやりたいことがそれなんです』

稀に見る、真剣な眼差しだった。
その思いは、まだ彼女が副官だった頃にも聞いたことがあった、よく覚えている。そしてそれは、今もなお変わっていないらしい。

『だめ、でしょうか?』

だめだ、なんて言えるわけがなかった。
その選択が正解だろうが、不正解だろうが、もうどうでもいい。
彼女が強い意志を持ってそう望むのなら、その思うままにしてやりたい。それが元上司として、いや一人の人間として、当然の行動だ。そう思って、首を縦に振ったのだ。

「……お嬢様」
「なにか不満でもありますかー、レッテリオ。あるなら大きな声でどうぞ」
「大ありですよ!」
レッテリオがそう声を大きくする。

その瞬間、強い殺意が三つ、イザベルに向けられるのを俺は察知していた。
俺はすぐにイザベルの絡めた腕をほどくと、その前へと入り、身体を斜めに向けて剣と鞘に手をかける。
三人は、剣や斧といった武器を俺に向けてきていた。

対する俺は、鞘からはいつでも抜ける状態で、相手に圧をかける。
しばらくの拮抗状態が続く。
緊迫した空気が流れるなか、鳴り響いたのは、からんという金属音。それも、やはり三つ分だ。

「……どうやら本物のようですね」

レッテリオは、呆然とした顔で、震えながらにこう漏らす。
それにイザベルは、ぷっと吹き出すようにして笑った。

「あは、隊長が剣握ったときの圧ってすごいですからねー。試すのはいいですけど、隊長に不意打ちは危険ですよ。下手に攻撃してたら本当に今頃死んでましたよ、三人とも」
「おいおい、そこまで物騒な人間になった覚えはないよ」

むしろ平和主義者なくらいだ。

「ふふ。そうでしたねぇ、ダーリン」
「……いや、その呼び方はやめてくれ」
「もう照れないでくださいよ~。いつもこう呼んでるじゃないですかぁ」

緊迫しているんだか抜けているんだか。
俺はイザベルの仕掛けてくる茶番に呆れつつも、どうにかこうにか突っ込みを入れたい気持ちを抑えて、彼女に合わせる。
それがどんなふうに捉えられたのかは分からない。

「とりあえず、旦那様と奥様には報告させていただきます。……アレクト様も、失礼いたしました」
レッテリオらはこう詫びを残して、とぼとぼと引き下がっていく。
「ばいばーい! またねー、じゃなかった! もうこないでくださいねー」


してやったり、満面の笑みで手を振るイザベルの横、俺は彼らの哀愁漂う背中をただただ見送る。

……これが仕事って大変だなぁ。

そんなふうに雇われの身の不憫さに思いを馳せていたら、肘で脇腹をぐりっと突かれる。

「これでもう安心ですね、ダーリン♪」
「……もう、それはいいだろう? いい加減恥ずかしいんだが」
「えー、つれないなぁ。まだ聞かれてるかもしれませんよー。しっかり演じてください」

……まったく、困った部下だ。
でも、その歯を見せて笑う実に楽しそうな顔を見ていたら、やっぱり間違っていない気がした。
とりあえず、今のところはそれでいい。たぶん。