一章
オルセイン王国騎士団。その勇名は、国内のみならず、世界中に轟いている。
きっかけは、二十年ほど前に起こった、異界の魔人による『世界侵攻』だ。
各国が抵抗むなしくその暴力に屈していく中、オルセインの騎士団は、少ない人数にもかかわらず、魔人を返り討ちにして、世界に平和を取り戻した。
以来、オルセインの騎士団は最強と目され、その戦力は実際にかなりのものを誇ってきた。
まさに小数精鋭だ。その人数は決して多くないが、一人一人が一騎当千の強さを有し、国の内外を問わず一目置かれる。
そんな、向かうところ敵なしのオルセイン騎士団だったが……
その強さを根底から揺るがす大きな出来事が、その日の騎士団の集会にて起きていた。
「突然のことだが、アレクト・ヴァーナード騎士団長は、今日をもって退任となる。これが最後の挨拶だ」
団員らを前に副団長が告げるのに、場の空気がはっきりとざわめく。
それを「静粛に」と副団長がたしなめても、一度起きたさざ波は、なかなか収まっていかない。
「嘘だろ、そんなの」
「そんなぁ……。私、あの人に憧れて騎士団に入ったのにぃ」
こんな声が、そこら中から漏れ聞こえてくる。
普段は、上官の指示にはすぐに反応する団員たちだが、今回ばかりは明らかに取り乱していた。
指示に従い黙った者たちも、互いに目と目を合わせ、驚きを共有し合う。
そんな異様な空気が場を支配する中、その渦中の男、アレクト・ヴァーナードは壇の脇から姿を現した。
彼はゆっくりと歩き、演台の前に立つと、
「えっと、こんなふうに集まってもらって申し訳ない」
言葉に詰まりながら、ぎこちなくまずはこう詫びる。しかも声が小さいから、言い直しをさせられる。
白髪の混じりだした短い髪に、頬に皺の寄る人のよさそうな笑顔に、頭の後ろに手をやる仕草。
その姿は一見すると、ただの頼りない中年だ。
だが、彼こそがオルセイン王国騎士団の団長を二十年間務めてきた男で、『世界侵攻』の際には魔人を撃退したオルセインの英雄だ。
多くの実力ある騎士が命を落とすなか、彼は最後まで前線に立ち、魔人側の総大将も討ち取って、生きて帰ってきた。
その成果もあり、彼は若くして騎士団長になったのだ。
彼の実力は齢四十になっても、いまだに跳び抜けている。
基礎的な魔法しか使わないまま高難易度の討伐任務もあっさりとこなし、剣術大会に出れば他を圧倒する。
それでも、その強さに驕らず剣を振り続ける彼の姿勢は、団員たちにとって精神的支柱ともなってきた。すでに団を抜けた者の中にも、彼を慕うものは多く、中には一流の冒険者になっているような者もいる。
そんな男が、いきなり辞めると言うのだ。
いったいどんな事情があるのだろうか。
先ほどまでから一転して、静まり返る団員らに対して、アレクトは手元の紙に目を落としながら、スピーチを始める。
「えー、アレクト・ヴァーナードです。……ろ、老兵はただ去るのみ。あー、優秀な諸君らになら、この先の騎士団を任せることができる。そう判断したので、今日をもって退任する」
彼が騎士団に所属した年数や貢献度を考えれば、短すぎるうえに形式的、しかもたどたどしいスピーチだった。
当然、続きがあるものと思って、団員らはそれを待つが、彼はそれだけで引き揚げていく。ぱらぱらと拍手が起こるが、ざわめきの方が大きい。
「今の、なにかおかしくないか?」
「もしかして、大きな陰謀が潜んでるんじゃ……」
これに団員らの中からはさまざまな憶測が湧き起こり、場は再び騒然とする。
こうして有耶無耶の中で、伝説を作った英雄は一線を退くこととなった。



