彼はうざったらしく肩まで伸ばした黒髪を邪魔そうに掻き、高身長なのをみせびらかすように猫背で、半分しか開いていない目で僕をじっと見てきた。陰鬱なオーラは健在だ。部屋の気温が下がったような錯覚にぶるっと背中を震わせつつ、僕も応戦するように彼をにらみつける。
正直彼の印象はお察しの通りまったく良くない。そして何よりも恐れていた事態が目の前で現実になってしまったことに頭の中ではモンティのチャルダシュがこちらをからかうように軽やかに響き始めていた。
そうだ、彼がスズメなわけがない!
僕は眉間に目いっぱい皺を寄せる。きっとだましてきたんだ。なにかしら僕に思うところがあってからかってきたのかも。
一、二回横に揺れたおばけがまっすぐこちらに向かってきたので、思わず後退りをする。迷いなく進んでくるおばけがいまからなにをしようとしているのか予想ができないから怖い。慌ててバイオリンを机に置いて少し距離を取った。やっぱり聞き間違いであってくれ。この人がサトウスズメではないと証明できる人が一刻も早く現れて欲しい。
だがそんな願いはむなしく、ドアに視線をやってもなかなか人は来ない。
「な、なんですか」
「俺が佐藤寿瑪だと都合が悪いんですか」
どんどんこっちに来る彼を制止できず、お互いの上履きの先が触れていた。あ、と下を見てしまい、彼が手を伸ばしていたことに気づけなかった。
彼のサイズの大きい足に比べれば僕の足は子供サイズだ。込み上がってきた悔しさに鳴り響いていた旋律も止まり、覆ってきた影にすら怒りが湧いてくる。
こういう時、いつだって彼らは僕の身体的特徴をからかってくるものだから。しかもこのスズメを名乗る男は僕が何者であるかも知っているらしい。
「あの天才がこんなかわいいなんて」とか「思ってたよりちんちくりんだ」とか何度も浴びせられてきた。
その都度僕の技巧で圧倒してやってきた、のだけれど相手は音楽家ではない。途端に不安になってきた。常套手段が通じない相手とはどう戦えばいいのか、音楽しか知らない僕は彼が向けてきた鷹のような視線が急に怖くなった。
なによりももし彼が本当にスズメで、一般人と同じことをしてきたら、いままで僕を導いてくれている神様だと信じてきたこの心がぐちゃぐちゃになってしまう。音を失ったベートーヴェンさながらに絶望して全てを投げ出してしまうかも。だったら先制で言葉をぶつけて言わせなければいい。
「あの、悪いというわけでは、んぐっ⁉︎」
しかし予想とは裏腹に、彼は突然僕の顎を大きな手で掴んできた。僕の顎は片手に余裕でおさまり、顔が上に向く。左右にぐりぐりと動かされてちょっと痛い。さきほどからちょっとずつ膨らんできていた得体の知れないものに対する恐怖心が、その謎の行為によりついにむき出しになった。他人に行動を抑制されるというのがこんなに恐ろしいものだとは考えたこともなかった。
「や、やめ、ごめんなひゃい、ははひへー!」
「黙って。左側の角度の方が綺麗だな。バイオリンを当ててるから? 右目の方は少し色素が薄い。肌も白いし、髪色も明るいから露出を調整しないと」
鋭く言われ、文句を引っ込める。そして呟かれた内容に唾を飲んだ。この人、僕を見ているようで見ていない?
「身長は」
「ひゃ、ひゃくろくじゅうさん……」
「差が二十センチ。マイクの位置も気をつけないと音が拾えないか。思ってたより小さいな」
ほらやっぱり! 僕は待ってましたと言わんばかりに彼の手を乱暴に掴んで離そうとしたが、ビクともしなかった。あれ、そんなに強く掴まれてる感じはしないのになんで動かないんだ。
骨ばってゴツゴツした彼の腕を押したり引いたり叩いてみる。だがぶつぶつしていた彼がハッとして僕の手を優しく取って外した。
「指を傷つけるようなことはするな!」
叱るように叫ばれ、驚いた僕はわっと肩を跳ねさせた。彼の大声は部屋中に広がり空気を張り詰めさせる。まるで演奏が始まる前のコンサートホールを彷彿としたが、その主役が僕と違うことに心臓の脈がどんどん速くなっていく。
僕はこのままどうされてしまうんだろう。きっとこのままおばけに食べられちゃうんだ、と目をぎゅっとつむった。顎からやっと手が外れたので浅くなっていた呼吸を一度深くしてから、首をすぼめた。
「ごめ、ごめんなさい」
「アマデウスの手にもし傷でもできたらみんなが困る。自覚を持った方がいい」
「その、アマデウスというのはやめてほしいんですが」
厳しい言葉が続き、僕はすっかりおばけにおびえてしまった。この異常に感じる行動はもちろん常人と違うと心臓の鼓動がさらに早くなる。
昨日に教室で見た陰鬱な姿はもうすでになくなり、彼の周りがきらめき始めているのが、ようやく開けた僕の目の端に映った。光に反射してちらついているものが星の瞬きに似ていて、そうだ。あの映画を初めて見たときに感じた輝きだ。どうしてこんなところで見つけちゃったんだ。
なんてきれいなんだろう。音を当ててみたくなってきた。僕の演奏を重ねてみたらどうなるかな。
卵の殻を内側から雛鳥につつかれているように背中が震えた。なんとなくこの人が佐藤寿瑪なのかもしれないと確信にも近づき始めていた。
天才らしい行動を目の当たりにして、あと一押しが来れば信じてしまうだろう。納得してしまうかもしれない。いまはもうおばけには見えないのだ。むしろ生者が放つエネルギーを全身から湧きだたせ、僕という被写体をどうとらえるかだけが彼の頭の中でめぐっている。彼が佐藤寿瑪でなくても、そこそこ才能があるものなのはきっと違いない。
彼は僕の手を完全に解放すると後ろにさがって両手の人差し指と親指で四角い枠を作る。またなにやらを呟いては動き回り、一つうなずくと、教室の外に消えて鞄を持ってきた。そこからマイクがついた一眼レフカメラを取り出して構える。カチンコ代わりに指を鳴らしてから、彼は黙ってしまった。
「ちょっと! せめてなにか一言言ってください!」
「やっぱり明るくなりすぎる。このまま一度録画もしてみるか。演奏する楽曲は決まってるの?」
「人の話を、」
「マイクが気になる?」
「い、いえ、気になりませんけど」
「楽曲は」
ぐいぐいと進められて困惑した。きっと答えないとこの気まずい時間は永遠になるし、でも素直に言うのももどかしく口の中で舌をメトロノームのように左右に振ってから諦めた。
「決めてません」
「だったらちょうどいいや。二年前の、これで弾いてた曲の名前はなに」
目の前に動画が表示されたスマホがずいっと掲げられた。へ、と間抜けた音を喉から出し、その画面をまじまじと見つめる。その動画はたしかに二年前にあがったもので、ウィーンで開催されたコンクールの際の映像だ。主催が参加者の演奏動画をあげており、再生回数もそこそこ回っている。懐かしい、という気持ちとともにどうしてこんなものを知っているんだと疑問が湧く。目線で訴えてみたが跳ね返された。
気づかぬうちに彼のペースに巻き込まれている。この場も僕自身も彼に制されていた。だから素直に答えてしまう。
「ラ・カンパネラ──、パガニーニが作曲したものだ。クライスラー編曲の」
「さっきも聞いた。パガニーニ」
うなずく。彼はまた考える仕草を取った後、カメラを止めた。
「この曲を定期演奏会で弾いてもらうことはできる?」
「え?」
「アマデウスを初めて見たのはこの動画なんだ。俺は音楽のことなんかまったくわからないけど、この演奏は雷が落ちたというか、衝撃的だった。ほかのバイオリニストのも聞いたけどきみのが一番すごい。だからもう一回聞きたい。今度は生演奏で」
ごく、と唾をまた飲み込んでしまった。彼の周りの瞬きが一層強くなっている。頭の中でラ・カンパネラが鳴り響き、そう、タイトルの通り鳴らされた鐘に合わせて星が揺れている。アマデウスアマデウスと軽々しく呼んでくるのはムカつくが、僕の才能がこの人にも伝わっていただなんて感動が湧き上がってきていた。
僕を指名してくれたのは偶然じゃなかったんだ。でも、まさかこの曲がきっかけだったなんて。それに弾いてほしいだなんて、そんな。
あ、と口を閉じてにらみつける。まだ彼があのスズメかどうか確定してないんだった。
「でもアマデウスはこれ以降この曲を弾いていない、って詳しい人が言ってた」
「それは、その、……そうだよ」
彼から視線を外してバイオリンを仕舞う。
「残念ながらこれだけは無理だ。技巧重視ならツィゴイネルワイゼンでもいいじゃないか。もっとわかりやすいのなら情熱大陸だってできる」
「俺はこれが聞きたい。なんだっていいならこれにしてくれ」
「無理なんだってば! あなたには僕の演奏曲を決める権利はないでしょう!」
今度は僕の叫んだ声が部屋に響いた。まさか自分からこんな大きな声が出るとは思いもしなかった。ショックだったのか手も耳も熱を持って震え始める。慌ててバイオリンケースを抱え、震えを誤魔化した。
彼もなにか言いかけたが、タイミングよくドアが開いた。ようやく担任が入ってきてくれたのだ。僕はため息を吐いて彼を押しのけた。先生もただならぬ雰囲気に教室が包まれているのと、おそらく叫んだ僕の声が聞こえていたのか驚愕の表情のまま固まっている。
しかし職務を思い出したのか、咳ばらいをしてから教壇の方へ歩き、もう一度咳をした。
「あー、もう二人とも自己紹介が済んでいると思うけれど、一応ね。こちらの黒髪の彼が今回監督をつとめる佐藤寿瑪くんだ。そしてバイオリンケースを抱えている彼が小鐘奏音くん。仲良く──、できそうかな?」
正直彼の印象はお察しの通りまったく良くない。そして何よりも恐れていた事態が目の前で現実になってしまったことに頭の中ではモンティのチャルダシュがこちらをからかうように軽やかに響き始めていた。
そうだ、彼がスズメなわけがない!
僕は眉間に目いっぱい皺を寄せる。きっとだましてきたんだ。なにかしら僕に思うところがあってからかってきたのかも。
一、二回横に揺れたおばけがまっすぐこちらに向かってきたので、思わず後退りをする。迷いなく進んでくるおばけがいまからなにをしようとしているのか予想ができないから怖い。慌ててバイオリンを机に置いて少し距離を取った。やっぱり聞き間違いであってくれ。この人がサトウスズメではないと証明できる人が一刻も早く現れて欲しい。
だがそんな願いはむなしく、ドアに視線をやってもなかなか人は来ない。
「な、なんですか」
「俺が佐藤寿瑪だと都合が悪いんですか」
どんどんこっちに来る彼を制止できず、お互いの上履きの先が触れていた。あ、と下を見てしまい、彼が手を伸ばしていたことに気づけなかった。
彼のサイズの大きい足に比べれば僕の足は子供サイズだ。込み上がってきた悔しさに鳴り響いていた旋律も止まり、覆ってきた影にすら怒りが湧いてくる。
こういう時、いつだって彼らは僕の身体的特徴をからかってくるものだから。しかもこのスズメを名乗る男は僕が何者であるかも知っているらしい。
「あの天才がこんなかわいいなんて」とか「思ってたよりちんちくりんだ」とか何度も浴びせられてきた。
その都度僕の技巧で圧倒してやってきた、のだけれど相手は音楽家ではない。途端に不安になってきた。常套手段が通じない相手とはどう戦えばいいのか、音楽しか知らない僕は彼が向けてきた鷹のような視線が急に怖くなった。
なによりももし彼が本当にスズメで、一般人と同じことをしてきたら、いままで僕を導いてくれている神様だと信じてきたこの心がぐちゃぐちゃになってしまう。音を失ったベートーヴェンさながらに絶望して全てを投げ出してしまうかも。だったら先制で言葉をぶつけて言わせなければいい。
「あの、悪いというわけでは、んぐっ⁉︎」
しかし予想とは裏腹に、彼は突然僕の顎を大きな手で掴んできた。僕の顎は片手に余裕でおさまり、顔が上に向く。左右にぐりぐりと動かされてちょっと痛い。さきほどからちょっとずつ膨らんできていた得体の知れないものに対する恐怖心が、その謎の行為によりついにむき出しになった。他人に行動を抑制されるというのがこんなに恐ろしいものだとは考えたこともなかった。
「や、やめ、ごめんなひゃい、ははひへー!」
「黙って。左側の角度の方が綺麗だな。バイオリンを当ててるから? 右目の方は少し色素が薄い。肌も白いし、髪色も明るいから露出を調整しないと」
鋭く言われ、文句を引っ込める。そして呟かれた内容に唾を飲んだ。この人、僕を見ているようで見ていない?
「身長は」
「ひゃ、ひゃくろくじゅうさん……」
「差が二十センチ。マイクの位置も気をつけないと音が拾えないか。思ってたより小さいな」
ほらやっぱり! 僕は待ってましたと言わんばかりに彼の手を乱暴に掴んで離そうとしたが、ビクともしなかった。あれ、そんなに強く掴まれてる感じはしないのになんで動かないんだ。
骨ばってゴツゴツした彼の腕を押したり引いたり叩いてみる。だがぶつぶつしていた彼がハッとして僕の手を優しく取って外した。
「指を傷つけるようなことはするな!」
叱るように叫ばれ、驚いた僕はわっと肩を跳ねさせた。彼の大声は部屋中に広がり空気を張り詰めさせる。まるで演奏が始まる前のコンサートホールを彷彿としたが、その主役が僕と違うことに心臓の脈がどんどん速くなっていく。
僕はこのままどうされてしまうんだろう。きっとこのままおばけに食べられちゃうんだ、と目をぎゅっとつむった。顎からやっと手が外れたので浅くなっていた呼吸を一度深くしてから、首をすぼめた。
「ごめ、ごめんなさい」
「アマデウスの手にもし傷でもできたらみんなが困る。自覚を持った方がいい」
「その、アマデウスというのはやめてほしいんですが」
厳しい言葉が続き、僕はすっかりおばけにおびえてしまった。この異常に感じる行動はもちろん常人と違うと心臓の鼓動がさらに早くなる。
昨日に教室で見た陰鬱な姿はもうすでになくなり、彼の周りがきらめき始めているのが、ようやく開けた僕の目の端に映った。光に反射してちらついているものが星の瞬きに似ていて、そうだ。あの映画を初めて見たときに感じた輝きだ。どうしてこんなところで見つけちゃったんだ。
なんてきれいなんだろう。音を当ててみたくなってきた。僕の演奏を重ねてみたらどうなるかな。
卵の殻を内側から雛鳥につつかれているように背中が震えた。なんとなくこの人が佐藤寿瑪なのかもしれないと確信にも近づき始めていた。
天才らしい行動を目の当たりにして、あと一押しが来れば信じてしまうだろう。納得してしまうかもしれない。いまはもうおばけには見えないのだ。むしろ生者が放つエネルギーを全身から湧きだたせ、僕という被写体をどうとらえるかだけが彼の頭の中でめぐっている。彼が佐藤寿瑪でなくても、そこそこ才能があるものなのはきっと違いない。
彼は僕の手を完全に解放すると後ろにさがって両手の人差し指と親指で四角い枠を作る。またなにやらを呟いては動き回り、一つうなずくと、教室の外に消えて鞄を持ってきた。そこからマイクがついた一眼レフカメラを取り出して構える。カチンコ代わりに指を鳴らしてから、彼は黙ってしまった。
「ちょっと! せめてなにか一言言ってください!」
「やっぱり明るくなりすぎる。このまま一度録画もしてみるか。演奏する楽曲は決まってるの?」
「人の話を、」
「マイクが気になる?」
「い、いえ、気になりませんけど」
「楽曲は」
ぐいぐいと進められて困惑した。きっと答えないとこの気まずい時間は永遠になるし、でも素直に言うのももどかしく口の中で舌をメトロノームのように左右に振ってから諦めた。
「決めてません」
「だったらちょうどいいや。二年前の、これで弾いてた曲の名前はなに」
目の前に動画が表示されたスマホがずいっと掲げられた。へ、と間抜けた音を喉から出し、その画面をまじまじと見つめる。その動画はたしかに二年前にあがったもので、ウィーンで開催されたコンクールの際の映像だ。主催が参加者の演奏動画をあげており、再生回数もそこそこ回っている。懐かしい、という気持ちとともにどうしてこんなものを知っているんだと疑問が湧く。目線で訴えてみたが跳ね返された。
気づかぬうちに彼のペースに巻き込まれている。この場も僕自身も彼に制されていた。だから素直に答えてしまう。
「ラ・カンパネラ──、パガニーニが作曲したものだ。クライスラー編曲の」
「さっきも聞いた。パガニーニ」
うなずく。彼はまた考える仕草を取った後、カメラを止めた。
「この曲を定期演奏会で弾いてもらうことはできる?」
「え?」
「アマデウスを初めて見たのはこの動画なんだ。俺は音楽のことなんかまったくわからないけど、この演奏は雷が落ちたというか、衝撃的だった。ほかのバイオリニストのも聞いたけどきみのが一番すごい。だからもう一回聞きたい。今度は生演奏で」
ごく、と唾をまた飲み込んでしまった。彼の周りの瞬きが一層強くなっている。頭の中でラ・カンパネラが鳴り響き、そう、タイトルの通り鳴らされた鐘に合わせて星が揺れている。アマデウスアマデウスと軽々しく呼んでくるのはムカつくが、僕の才能がこの人にも伝わっていただなんて感動が湧き上がってきていた。
僕を指名してくれたのは偶然じゃなかったんだ。でも、まさかこの曲がきっかけだったなんて。それに弾いてほしいだなんて、そんな。
あ、と口を閉じてにらみつける。まだ彼があのスズメかどうか確定してないんだった。
「でもアマデウスはこれ以降この曲を弾いていない、って詳しい人が言ってた」
「それは、その、……そうだよ」
彼から視線を外してバイオリンを仕舞う。
「残念ながらこれだけは無理だ。技巧重視ならツィゴイネルワイゼンでもいいじゃないか。もっとわかりやすいのなら情熱大陸だってできる」
「俺はこれが聞きたい。なんだっていいならこれにしてくれ」
「無理なんだってば! あなたには僕の演奏曲を決める権利はないでしょう!」
今度は僕の叫んだ声が部屋に響いた。まさか自分からこんな大きな声が出るとは思いもしなかった。ショックだったのか手も耳も熱を持って震え始める。慌ててバイオリンケースを抱え、震えを誤魔化した。
彼もなにか言いかけたが、タイミングよくドアが開いた。ようやく担任が入ってきてくれたのだ。僕はため息を吐いて彼を押しのけた。先生もただならぬ雰囲気に教室が包まれているのと、おそらく叫んだ僕の声が聞こえていたのか驚愕の表情のまま固まっている。
しかし職務を思い出したのか、咳ばらいをしてから教壇の方へ歩き、もう一度咳をした。
「あー、もう二人とも自己紹介が済んでいると思うけれど、一応ね。こちらの黒髪の彼が今回監督をつとめる佐藤寿瑪くんだ。そしてバイオリンケースを抱えている彼が小鐘奏音くん。仲良く──、できそうかな?」
