片羽の僕たちは ~あなたのお気に召すままに スピンオフ~


「あ、智彰(ちあき)だ」
「ん?」



 そんなある日、千歳の弟と偶然街中で遭遇する。
 まだ高校生なのだろう。学ランに身を包み大きなスポーツバックを背負っている。体格もいいし、きっと何スポーツをしているのかもしれない。
 千歳にそっくりだけど、千歳を綺麗と表現すると弟はかっこいい。身長は千歳より高くて、兄弟そろって悔しいくらい整った顔立ちをしていた。
 そいつは俺を見た瞬間、「また違う相手連れてんじゃん」と言いたげに明らかに嫌そうな顔をする。そんな顔を見て俺はイラっとする。
 今までの相手と俺を一緒にすんじゃねぇよ……そんな弟を俺はつい睨み付けてしまった。


「あ、こいつ弟の智彰」
「こんにちは、智彰です」
「こんにちは、橘です」
 人懐こい笑顔を向けてくる智彰と紹介された弟。兄と違って人懐こい笑顔を向けてくる智彰に拍子抜けしていまう。それを見て俺は思う……この子は、成宮と違って素直で真っすぐな性格なんだろうなって。
 優しくて明るくて誰からも好かれて……いい奴を偽っている千歳とは違う。咄嗟にそう感じた。


「ま、けどないな……」
 当時の俺は千歳にベタ惚れだったから、他の男なんて目ににも入らなかった……なんて一途を気取ってはみたけど、明らかに千歳に似ているくせに少しだけ毛色の違う弟が、正直に言う気にはなった。
「ほら、橘、行くぞ」
「あ、うん」
 周りの目など気にしないと言うように、手を差し出してくる。そのあまりのオープンぶりに俺が恥ずかしくなってしまうのだ。
「ほら、早くホテル行くぞ。ずっとムラムラが止まらねぇ」
「あー、お前ってそういう奴だよな」
「うるせぇ。今はお前しか抱いてる相手がいないんだから、責任とれよな」
「そっか……わかった」
 あんなに遊ぶのが派手だった千歳が、全てのセフレと別れて今は俺とだけ真剣に付き合ってくれている。
 それが嬉しくて、心が擽ったくなるのだ。
 あの綺麗な髪も、細くて長い指も、綺麗な肌も柔らかい唇も……全部俺だけのもの。こんな完璧な存在が、俺だけのものなんて……。
 考えただけで身震いするほど興奮する。
 指と指を絡めて体を寄せ合って。俺達は夜の街へと吸い込まれて行った。


 そんな幸せな時間は永くは続かなかった。
 学生という守られたカテゴリーから外れた瞬間から、俺達の関係は崩れ始める。
 お互いが研修医として息をつく間もない程慌ただしい生活を送り、余裕なんてなくなってしまっていた。
 疲れきって余裕のない者同士が顔を合わせれば、労り合うとか慰め合うなんて余裕など全然なく……いがみ合ってばかりになる。
 常に二人の話す内容は仕事のことばかり。食事の時も、ベッドの中でまで仕事の話……次第に、プライベートと仕事の境界線はなくなっていった。
 それに比例するように喧嘩は増え、俺達の間には冷たい隙間風が吹き抜けた。


「橘、別れよう」
「わかった」
 本当は泣いてすがって「嫌だ」と泣き喚きたかった。
 でも、俺のくだらないプライドがそれをさせてくれるはずなんてない。素直に身を引くことしかできなかった。
 でももしかしたら、別れたことで俺の大切さに気付いてくれて、また迎えに来てくれるかもしれない……そんな淡い期待が心の奥底で燻っていた。


 でもそんなのは、俺の未練が見せた幻でしかなかったんだけど……。