片羽の僕たちは ~あなたのお気に召すままに スピンオフ~


 ケーキの上の苺をもう一つ咥えて、
「はい。もう一個、どうぞ」
 と唇を突き出されれば、躊躇いながらもパクっとそれを口に含んだ。
 俺がコクン、と苺を飲み込んだのを見届けた智彰に再び唇を奪われて……もうずっとしていなかったキスという物を思い出す。温かくて柔らかくて……涙が出そうになる。
 どうキスを受け止めたらいいのか戸惑ったけど、体が勝手に動いてくれた。
 唇を優しく啄まれて、「はぁ……」と甘い吐息を吐けば熱い舌が無遠慮に入り込んできて、口内を荒らしていく。でもそれが凄く気持ちいい。
「んぁ……はぁ……ッ」
 体の力が抜けてきたから、思わず智彰にしがみついた。


 あぁ、ヤバい。元カレの弟に手を出されてしまった。
 酷く戸惑う自分もいるけど、仕方ないではないか。だって、目の前の男は馬鹿みたいに男前だから。
「苺って、こんなに甘酸っぱいんだな」
 久し振りのキスにトロンと蕩けた顔をしていれば、智彰が強く強く抱き締めてくれる。それから耳元で甘く囁かれた。
「今日くらい恋人ごっこするんでしょう?」


 心のブレーキから、足を離してもいいんだろうか。
 素直に智彰を求めたい気持ちが強過ぎて、もう抑えることができそうにない。
 今日だけでも、お前と傷の舐め合いをしたい。


「なぁ、智彰……」
「ん?」
 恐る恐る、智彰の顔を覗き込む。
 この可愛い可愛いお前を、俺の物にしたい。
「きょうだけ、心のブレーキから、足を離していいかな?」
「橘さん……」
「ずっとずっと、心にブレーキをかけてきたんだ。でも、もう……もう無理だ……」
 情けないことに、涙が溢れてきてまう。それを、智彰がチュッ吸い取ってくれた。


「心のブレーキから足を離したい。俺は、智彰に甘えたい」
 心のブレーキから足を離した瞬間、色んな物から解放されたような気がした。
 これでようやく、素直になれたんだ。
 遥か夜空を駆け巡るサンタクロースの姿が見えた気がした。


「ねぇ、橘さん」
「うん?」
 智彰を見上げればいやに色気を帯びた表情で俺を見つめている。
 その瞬間、ズクンと今度は心臓ではなく、下半身に血液が集中していくのを感じた。ヤバい、捕まる……そんな衝動に突き落とされる。
「ブレーキなんかから足を離して、アクセル踏めばいいじゃん」
「ち、智彰……」
「いいよ。俺をあんたにあげるから。今日くらい、好きにしていいよ」


 再び唇を重ね合わされば、苺の甘酸っぱさがまだ残っていて。胸が甘く締め付けられた。
「可愛い……」
 甘く囁く智彰に抱き締められれば……額に頬に首筋に、キスの雨が降ってくる。それが擽ったくて、声を上げて笑いながら身を捩らせた。
「智彰、擽ったい」
「んん?」
「でも、気持ちいい……」
「本当に可愛い」
 今日だけでも智彰が自分の物になった。
 俺は、泣きたいくらい幸せだ。


「体も慰めてあげましょうか?」
「は?」
「体が寂しくて寒いなら、俺が温めてあげますよ? ただ、俺は男を抱いたことがないから、色々教えてもらわなきゃだけど」
「智彰……」
「どうしますか?」
 ニヤリと意地悪く笑う智彰。
 くそ、こいついつの間にこんないい男になったんだよ……俺は心の中で小さく舌打ちをする。
 でも俺にはわかってるんだ。お前の本心が。


「お前も水瀬君に誘惑されて戸惑ってるだけだろう? 見え見えなんだよ」
「あ、バレましたか……」
「結局俺達は傷の舐め合いしかできないんだな」
 コツンと智彰の肩に顔を寄せて頬を膨らませる。こんな関係、虚しいだけかもしれない。


 でも、まぁいいか……クリスマスくらい。