片羽の僕たちは ~あなたのお気に召すままに スピンオフ~


 そのケーキ屋はかなり有名らしく、到着した時にはクリスマスケーキを手に入れようとする人たちで溢れていた。その人混みを掻き分けて、色とりどりのスイーツが並ぶショウウィンドウを目の前にすれば、ワクワクする気持ちが抑えられない。
 それはもはやスイーツではない。宝石のようにキラキラと輝いて見えた。


「どれにしようかな」
 綺麗にデコレーションされたケーキを見て迷ってしまう。
 智彰はどれが好きだろうか……あいつの好みなんてわからないから、勘を頼りにするしかない。
 とりあえずオレンジやモモ、苺にマンゴーも乗ったデコレーションケーキを注文する。他にも何かめぼしい物はないかと物色するけど……好き嫌いのなさそうな智彰のことだから、きっとなんでも何でも喜んでくれるだろう。


『わぁ! めちゃくちゃ旨そう。ありがとう、橘さん』


 真夏のアイスクリームみたいに蕩けた笑顔を見せる智彰の顔が、フッと頭を過ぎれば心が温かくなる。
 さくらんぼにスイカ、それにバナナに葡萄。たくさんのフルーツが乗ったケーキを店員に手渡され、思わずそっと抱き締めた。こんな感覚、本当に久し振りだ。
「食べるのが楽しみだな」
 軽い足取りで出口に向かおうとした瞬間……チョコレートケーキが目に留まる。
「あ……チョコレートケーキ……千歳が好きだったな」
 あんな大人びた雰囲気のくせに、チョコレートケーキが好きだった千歳の顔が頭を過る。
 温かった心が一気に凍り付いてしまったように感じた。
「なんか虚しくなっちゃったな」
 ポツリ呟いて、ケーキ屋を後にした。


 店の入り口には大きなクリスマスツリーがキラキラと輝いている。色とりどりのオーナメントがとても綺麗で、思わずそっとツリーに触れた。来年は、クリスマスツリーを幸せな気持ちで見つめることができるだろうか。
 空から舞い降り続ける雪を避けるように、車に向かって走った。

 
「よし、これでいいか……」
 ついでにあれもこれも……なんて考えているうちに、ワインやシャンパンがどんどん増えて行ってしまい。最終的にはかなりの金額になってしまった。
 腹が減っていたら可哀そうだと、簡単だけど手料理も準備した。あまり気合を入れ過ぎても……とセーブをしながら。
 それでも、久し振りに誰かのために料理を作ることは楽しかった。


 智彰は年下だからか……凄く可愛らしく見える。『それはワザとなのか?』ってくらいあざとい行動をとってくる。例えるなら、ディ○ニーランドに行って『なんでこんな所までいちいち可愛いわけ?』って、感動するのと同じ感じだ。
 時には男らしく。時には、無邪気な子供のように可愛らしく。
 そして、時にはホストのように妖艶に。


 そんな智彰に、気付かないうちにハマってしまったのかもしれない。そして、その時にはもう後戻りも出来なくて。元カレの弟……なんてできたら避けたい人物と、クリスマスを一緒に過ごすことにまでなってしまった。
 それでも、千歳の弟とか、ビジネスパートナーとか、そういった社会的地位が最後の最後まで心のブレーキをかけ続けてくれている。
 そのブレーキから足を離さないよう、俺は必死になっているのかもしれない。
 手を伸ばせばすぐ届く場所にいる智彰から、必死に目を逸らして……何とか平常心を保っていたんだ。
「智彰にだけは絶対惚れたくない」
 そう思っているのに、構いたくてしかない。
 寂しい時に傍にいて欲しいと思ってしまうのだ。


 インターフォンが鳴る音がしたから慌てて玄関に向かう。
「あー、智彰? ちょっと待ってて」
「ゆっくりで大丈夫っす」
 俺の葛藤とは裏腹に、実に呑気な声が聞こえてくる。
 ガチャリとドアを開ければ、少しだけ疲れた顔をした智彰が立っていた。


「遅くなってすみません。急に入院が来ちゃって……」
「全然大丈夫だよ。上がって?」
「お邪魔します」
 室内をキョロキョロと見渡して「でけぇ家だなぁ」と呟いている。
「なんか。今更だけど2人きりって緊張しますね」
 照れたようにはにかむ智彰を見れば、胸がトクントクンと甘く高鳴る。
 でも何だろう……心なしか目元が赤い気がした。