水と油、混ざり合う青

学校でHPを削られ、クタクタで帰宅した俺は、手も洗わずにソファへ沈む。
背中が柔らかい素材に打ち付けられると同時に、時計が目に入ると16時を指していた。
どの部活にも所属せず、今日はバイトもないため母さんよりも早く家に着くことができた。
スマホの電源をいれ、顔面にブルーライトを浴びる。
トレンドとかは特に興味がなく、基本的に流れてきたものをスクロールして見ていくことしかしていない。
日常投稿。ペットの投稿。愚痴投稿。落とし物拡散投稿。

「これうまそ、」

高校生の俺の胃袋はよく食べ物に反応する。
でも大体は、一人では入りずらい場所に生息している食べ物で、コメントのレビューを見て満足させて終わる。
堕落した体勢で、早1時間ほど見ているスマホをそろそろ閉じようかと、指をスライドさせた途端、珍しく食べ物以外の投稿に目を奪われた。

″#話せる人募集中″

ほんの出来心だった。
気がつけば俺はこのタグをつけて、自分のアカウントで初めて投稿ボタンをタップしていた。

「まぁ、そんなすぐに来たりは...」

ピコン。

「え、はや」

投稿して3分。
DMを表す封筒のマークをタップすると、『T』というアカウント名からメッセージが届いていた。
初めてのことに挑戦してしまった俺は、久しぶりに胸が速く脈打っているのを感じる。
意を決してトーク画面を開く。

【レンさん!初めまして!Tです!同い年なのでDMしてみました!】

(同い年...?)と一瞬何故分かったのかを考えていると、プロフィール欄に書いたことを思い出した。

【初めまして。DMありがとうございます。】

単調で広まらない返信をしてしまい密かに慌てる俺。
今時SNSにここまで慣れていない学生は俺だけなのではないか、?
近頃は幼児が器用に画面をスワイプする場面も見受けられているというのに。
何を打てばいいのかわからず、ただ画面の上で指をアワアワ動かしていると、トーク画面が動きを見せた。

【お返事ありがとうございます!早速電話とかどうですか?文章打つの苦手で、、】

「電話!?」

人生で電話なんて、母さんかばあちゃんくらいしかしたことないのに、2分前にSNSで知り合った人と電話なんて俺話せるのか!?
だが、これも経験なのかもしれない。
意を決して、冷静に【大丈夫です】と返信する。
すると、返信してから2秒後には着信音が鳴り響いた。

「いくらなんでも早すぎるだろ」

若干震えている手を無視しながら、通話を開始する。

「もしもし...」

『あ、もしもしー、初めまして』

ビビりながら通話に出たけれど、案外普通の人で胸を撫で下ろし、相手の声の特徴を頭で考える。
俺よりかは高めの声で、落ち着きの中に活発さが見え隠れしている。

『レンって本名ですか?』

「そうです。名前決めるのめんどくさくて」

『うわぁ、めっちゃわかります。俺も本名のイニシャル引っ張ってきただけなんで笑』

......
俺............
めっちゃ、人と話せてない!?
こんなに人と話したのいつぶりだろう。

「きょ、今日は何されてたんですか?」

『今日は〜、普通に学校行ってぇ、帰ってからは妹に拘束されてます。あ!それダメだ!コラ!』

賑やかな家庭の音が耳をくすぐるも、不思議と煩わしく感じない。
相手が落ち着くまで壁を眺めていると、『すみません...』と控えめな声が聞こえた。

「いえいえ、大丈夫ですよ。元気な妹さんですね」

『そうなんですよ...母親が帰ってくるまでは俺が見てて』

『そうだ!』といきなり声を上げる電話相手に驚き、肩が跳ね上がる。

『同い年なんですし、タメで話しません?』

ワクワクしているのが露骨に伝わってくる弾んだ声色に、反射的に首を縦に振る。
すると、スマホからは、『やっぱりやめときます...?』と聞こえてきて戸惑いを隠せない。

「へ?なんで...ぁ、電話なのに普通に頷いてました...すみません」

『ぷっ。あはは!!!マジか...くっくっくっ』

吹き出した相手に、身体中熱くしていると、『にぃに楽しそう〜ゆみも!!!』と小さい女の子の声が聞こえた。

『お前にはまだ早ぇよ。それじゃ、タメよろしく!』

「うん。よろしく」

『そうだなー、呼び方もどうすっかなー』

「俺は蓮で大丈夫」

『お、了解〜』

考えるような唸り声が聞こえ待っているも、だんだん気まずくなってきて、存在も忘れていたモジャモジャのピンクの髪が生えたキーホルダーをさわさわする。

『んわぁ、いいや。翼って呼んでー』

思いつかなかったのか、めんどくさくなったのか、投げやりに伝えられた名前を脳内で処理する。
(翼、だからTか...)なんて0.1秒で考えながら、「分かった」と声に出した。
そこからは、各々が話したいことを提示して、面白かったらケタケタ笑い、知らなかったら真剣に質問するなんて時間を過ごした。

『あ、悪ぃ。そろそろ妹の飯の時間だわ』

「そっか。オッケー」

『また明日話そーぜ。じゃ』

切られた電話を見つめる。

「楽しかったな...」

自分の口から出た言葉に驚きを隠せない。
楽しい?俺が?
人と話すことが楽しいなんて、ここ最近は全く思わなかったのに。
それよりも、こんなに活き活きしたのはいつぶりだ。

「ただいまー、夜ご飯ちゃんと食べた?」

「ぁあ、おかえり。母さん。まだ」

「...?あんたなんかいい事あった?」

「は...!?そんなことねぇし」

胸の中に宿るまだ小さいオレンジ色が、徐々に広がっていくことを、
この時の俺は知りもしなかった。