水と油、混ざり合う青

しばらくして激しい息遣いが耳に入り、うっすら目を開けると、翼が前のめりで呼吸を整えているのが目に入った。

「は!?まだ授業中だろ」

「あ?不良に言われたくねぇよ」

隣に座りたいらしく俺を退けて、ドカッと勢いよく腰をおろした翼。
何となく居心地が悪く、雲がうっすらかかってしまった空を見上げた。
そんな俺の内心をガン無視して、翼が口を開く。

「引越しのこと、伝えてなくて悪かった」

思わず翼の横顔を見つめる。
確かに、翼からは伝えられていなかったなと今更思いながら、んーんと首を横に振った。

「ちょい前にいきなり決まってさ。元々学校には上辺だけの友達しかいなかったし、前までの俺なら母さんの言葉に即決して頷いてたと思う。でも...」

上辺だけ?お前だいぶ人気者だろ...という言葉は今は飲み込んで、続くであろう話に耳を傾ける。
風が心地よく吹き抜けて、翼の髪の毛が軽快に揺れている。

「蓮と話すようになってから、優実の面倒だけ見てた俺の生活に、友達ができた。だから、気軽に遊べなくなんのは嫌だなとか、今の関係性がなくなったら嫌だなとか、色々考えてたら、母さんにも返事すんの遅くなってさ」

硬く握られた翼の拳に、眉を顰める。

「俺は蓮に出会って初めて、お兄ちゃんと人気者以外の顔を見せれる奴ができたんだ」

そう言って見せた、泣き出しそうな悲しい笑顔に、重なるものがあった。
焼肉屋に行った帰り道、翼の儚い雰囲気を初めて見た日、あれと重なった。
優実ちゃんのお兄ちゃんをする翼も、クラスで囲まれてる人気者の翼も、全部外見で判断されるために彩った翼だったのかもしれない。
お兄ちゃんしてるから頼り甲斐があるとか、人気者だから関わりやすい人だとか。

「蓮が鼻血出した日、俺の慌てっぷり滑稽だったろ?あれも、優実に怪我させるとよく怒られてたからその名残でさ」

気まずそうに首筋を摩る翼を、どんな気持ちで見ればいいのかわからない。
俺の簡単な言葉で推し測ってはいけない気がする。
他者と向き合うこと、家族と向き合うこと、その大変さから俺は逃げたから。

「蓮の素で関わってくれる感じがすっげぇ居心地よかったよ」

明るく見せかける上擦った声を、俺の耳から零れ落ちないように受け止める。

「......俺も、翼と友達になれて、人と関わることの楽しさを思い出した。何にもなかった世界が、一気にうるさくなったのを今でも覚えてる」

ポツポツと言葉を紡げば、翼が嬉しそうに笑うのが視界の片隅で揺れた。
それに釣られて俺も笑う。
学校をサボって何をしてんだか。
でも、この時間はいつもよりゆっくり進んでいるように感じた。
...俺がそう感じたいのかもしれない。
不意に地面を転がる落ち葉を見やると、翼が息を吸った音が聞こえた。

「俺たち、引っ越しても友達だよな?」

「......うん」

「じゃあ、不安になる必要ねぇな!一回意気投合した仲だろ?離れても、絶対切れない」

自分の方が不安げに揺れてるくせに、俺のために力強く言い放たれた言葉を素直に受け止めた俺も俺だ。
正直、離れるのが怖い。
一度違う場所に行った友達は、友達じゃなくなってしまう...
また俺の中でぐるぐる不安が鎮座し始めると、翼がガバッと立ち上がる。

「腹減った!!昼飯食いに行こうぜ!!それとーー」

「はい」と手渡されたのは、手作りのお守りだった。
翼は裁縫が得意なのか!?
驚愕の視線を向けると、気恥ずかしそうに頬を掻く翼が、「優実にやらされんだ!!」とそっぽ向いてしまう。

「もし、俺が恋しくなったら開ければいい」

「ならないよ」

「はぁ?電話ぶつ切りするわ、俺のこと避けるわ、塩らしくなるわって、あんなあからさまな態度取っといてか???」

「う、ウルセェよ!!翼だって、さっきから最後の別れみたいに自分の事語りやがって!!」

いつも通り二人でギャンギャン言い合いを繰り広げ、息切れる。
こんなけ強がったものの、「結局返して来ないんだな」の一言で俺が負けた。

「その中にはしょーもないことが書かれてる」

「本格的に何だよ、これ」

「もし蓮がしんどくなった時は俺が笑わせてやる」

『まぁ、普通に連絡手段あるから電話すればいいんだけど...』と付け足す翼に、俺の口角が緩む。

「ありがとな。受け取っとく」

満足そうに足音を立てる翼の後をついて行き、今日はラーメンを食べることに決まった。