「来光、何食べたい?」
頭上から降ってきた予想外の言葉に「へ?」と間抜けな表情で顔を上げた。
恥ずかしくなるくらい優しい顔をした薫と目が合った。薫は「ひっどい顔」といつものようにカラカラ笑って、白衣の袖を来光の顔に押し付けた。
ごしごしと頬を拭われながら、白い視界の向こうで薫が続けた。
「帰ったら何食べたい? 俺と来光の、俺たち家族の帰る家で」
目を丸くした。
そんなことを言われたのは初めてだった。驚きで頭は空っぽで、咄嗟に勝手に口が動く。
「な、べ。蟹、はいってるやつ」
「鍋ね。りょーかい。来光が好きなタラバ買っておくよ。準備は手伝ってよね」
「う……うん。手伝う。めちゃくちゃ手伝う」
「よし。じゃあ、君のやるべき事をしておいで」
背中を押されて走り出す。もう涙は流さない。
涙を拭ってくれて、背中を押してくれて、何が食べたいかを話し合える家族がいるから。
小さくなっていく背中を見送った薫の隣に、意地悪く笑う禄輪が並んだ。
「薫お前、いつ息子ができたんだ?」
「……うっさいよ」
「立派に父親してるじゃないか。お前もいつの間にか大きくなりやがって」
頭を撫でようとしてきた禄輪の手を腕で防いで、緩みそうになる頬を隠すように俯いた。
「それにしても、もうちょっと何か言ってやっても良かったんじゃないのか。励ましの言葉の一つや二つ、かけてやればよかったのに」
そう言った禄輪に首を振った。
いいんだよ、と目を瞑る。



