僅かに残った全身の力を総動員させて、ポケットに忍ばせておいた短刀を振り上げた。刃には亀世が作った妖力に作用する毒が塗られている。
天司の腕に振り下ろす。刃が肉を切り裂き、突き刺さる感触が伝わってきた。僅かに目を見開くものの、天司の手はピクリとも揺るがない。
まじかよ、と顔を歪める。
これで天司の手が緩んだ隙に逃げ出す算段だったのに。
いよいよ視界の隅が暗くなり始めたその時だった。
────あー、みんな聞こえる? ちょっと押されぎみだから、一旦引こうと思うんだよね。一分以内に撤退して、また後で落ち合おう。
脳裏に直接響く誰かの声。薫の声色と似ているけれど、軽薄さがない。
────それから……これは呪ではなく、理に縛られ、喘ぎ続ける妖たちを解放するための言祝ぎだ。
一週間後、来たる五月一日。自由を求める妖たちは、残りの空亡の残穢を集め、俺のもとへ持って来るといい。
すべての“器”が揃ったその時、人の時代は終わる。次に訪れるのは、君ら妖の時代だ。
俺はただ一度、すべてを壊したい。ただそれだけ。その後は人の世を滅ぼすなりなんなり、好きにするといい。
やがて声は聞こえなくなった。部屋の中に静けさが広がる。
「芽さまのお言葉……ここが引き時か」
天司が俯いてそう零した。
「待て、逃げる……なッ!」
「お主たちと戦うのは楽しい、しかし芽さまのご命令だ。我はここを離れる────が、お主を殺してからでもそう遅くはなるまい」



