底知れない力が自分を動かした。怒りに似たどす黒い感情だ。
これまで腹が立つこともあったし、聖仁と喧嘩して取っ組み合いに発展することもあった。けれど、目の前の相手を殺してやりたいと思ったのは生まれて初めてだった。
学校で人の殺し方を教えないように、神修では呪詞を防いだり返す方法は習っても呪詞自体を教えられることはない。
ただ、神役諸法度の第十四条には絶対に唱えてはいけない「禁詞」として、複数の呪詞が掲載されている。
幼少期に、怖いもの見たさでそれを覚えるのが神職の家系に生まれた子供だ。
詞は覚えているし方法もわかる、ただ使わないだけ。何故ならばそれは誰かを祝福するのではなく、誰かを殺めるための詞だからだ。
無意識に、静かに胸の前で手を合わせた。神の力を借りる祝詞に対して、呪詞は自身の言霊の力だけを使うため柏手は打たない。だから瑞祥も亀世も気づかなかった。
「朝嵐 野辺吹き払ひ 草ちぎれ ひとつにあらぬ 影ぞ残れるッ!」
羽根が数枚宙に飛び散ったと同時に、「しかしくま つるせみの いともれとおる ありしふえ つみひとの のろいとく」────天司が素早く呪詛返しを奏上した。パァンッと弾けた音と同時に八つ裂きの呪いは天井に弾かれ、梁に深い傷を刻み込む。弾かれるのは折り込み済みだ。続けざまにまた手を合わせた。
「麻賀礼や麻賀礼よ 麻賀礼や麻賀礼よ 麻賀礼や麻賀礼よッ!」
ドライアイスの冷気のように身体中からぶわりと吹き出した残穢が、強風に煽られたかのように天司に向かって突き進む。
呪詞を唱える度に、白い水に黒い絵の具を落としたような、自分の中で呪がぶわりと増幅している感覚がある。
身を焼くような激しい怒りが自分を飲み込んでいく。



