「巫寿!」
恵衣くんに名前を呼ばれて、「分かってる!」とだけ答えて男の子にそばに駆け寄った。
ツンツンした黒髪で、切れ長の瞳を苦しげに伏せている。多分同い年くらいだろう。
「傷、治療するから見せて」
男の子が私を見上げた。そして顎を引いて頷くと、顔を顰めながらゆっくりと手を離す。鋭利な刃物で切られたような深い傷に顔を顰めた。
「これ、どうしたの?」
「わかんねぇ……工場の中歩いてたらカサカサ足音が聞こえて……何かに躓いたと思ったら、急に後ろから切りつけられてた」
男の子は短い呼吸を繰り返す。
傷口をよく見た。切り傷は刃物で切ったような直線で、暗紫の靄がまとわりついている。妖の残穢だ。じっと目を細めて観察すると、傷口のそばにピアノ線のように細い銀糸が張り付いている。
見覚えがあった。妖生態学の授業で瓶に入ったそれを見たことがある。
「土蜘蛛か」
私とほぼ同時に、恵衣くんが気付いた。振り向くと同じように男の子たちの体に着いた土蜘蛛の糸を見つけたらしい。
私もそう思う、と声をかけて男の子に向き直る。
「じゃあ、少しの間じっとしててね」
何をするんだ、と男の子が目で訴えてくる。
小さく息を吐いて胸の前で手を合わせた。奏上するのは天津祝詞。穢れを祓い平癒の効果をもたらす。
「天津祝詞の太祝詞言を 神漏岐神漏美の命以ちて 皇御祖神伊邪那岐命 筑紫の日向の橘の 小戸の阿波岐原に 御禊祓給ひし時に 生り坐せる祓戸の大神達 諸々の禍事罪穢を 祓へ給へ清め給へと 白す事の由を 天津神国津神 八百万神等共に 聞食せと畏み畏みも白す」



