なぜだかわからないけど、大好きな後輩のホクロを間近で見られるようになったんだけど!?


ん……
………え!?
……え!?!?


……これはたぶん……いや、見間違えることはない。これは、颯くんの、口元のホクロだ!!


…って、なんで颯くんのラブリーなホクロが目の前に!?!?






ふぁっ!?


 辺りは授業終了のチャイムが鳴り響く。どうやら僕は寝ていたようだ。


 えと……!?


 ここは、僕が普段いる教室で、今は午前の最後の授業が終わったところで。


 僕は記憶を順番に遡っていく。そして数秒前に見たものは…


 なぜか、目の前に、颯くんの、口元のホクロが迫ってきて…………………?


 なんだか不思議な体験をして、12時10分に授業の終わりを知らせるチャイムが鳴って、そして現在に至る訳ですが。


 僕は天井を見上げる。颯くんのクラスはちょうど真上だ。


 僕の想いが天井を突き抜けて…なーんてね。




ーーーー



「篠。ノート見せてー」


 昼ごはん準備のざわざわした教室で、クラスメイトの葉山がやって来た。


「ごめん、ラスト5分くらいなんだか記憶に無いんだよね。むしろ僕が貸してほしいくらいだよ」

「授業中は真面目な篠が!?…めずらしいね」

「授業は、って!!」

「まぁ、篠はいつでも真面目だけど。……あ、もしかして颯くんのこと考えてた?」

「ち、違うもんっ!」

「ふふ。じゃ、これあげるよ。あとノートも」

「ありがとう」


 葉山は魔法のように、目の前にパッと僕の大好物のクッキーを出してくれた。僕はノートといっしょにそれを受け取った。


 ほんと、なんだったんだんだろう…?



ーーーー



 僕は、一つ下の後輩、颯くんが大好きだ。
 真面目でいつも穏やかで優しくて、笑顔が素敵で、口元のホクロがラブリーで、でもいろんな料理に挑戦する情熱はすごくて、普段の優しい雰囲気とギャップがあって、一緒にいるとふわぁぁって心が楽しくなるんだ。




 放課後。
 僕は葉山と一緒に家庭科室へ向かっていた。


「今日は何作る?」

「僕は昨日買ったアラザンを持ってきたから、それを使って何かしようかな。葉山は?」

「んー、ぼくは…」


 僕たちは、創作料理部に所属している。
 創作料理部とは、食べ物なら何を作ってもいい部活だ。ちなみに部長は葉山である。


 僕は、お菓子が大好きだ。その中でも、やり過ぎなくらいのキラキラしたデコレーションが大大大好きだ。
でも、周囲からはちょっと引かれるのは自覚している。だからいつも抑え気味にして楽しんでいた。
 創作料理部に入部したのもそんな理由だ。でも去年までは創作ではなく、旬の食材を使ったり彩りや季節を大切にする本格的な料理部だった。そんな中で、僕の好きなキラキラデコレーションなんてできる訳ない。でも、もともと料理には興味あったし、こっちはこっちでそれなりに楽しんでいた。


 先輩たちが卒業(僕たちの上の学年はいない)し、新年度になると、颯くんたちが入部してきた。
 去年までの少し硬い雰囲気から、もう少し気軽な雰囲気にしてワイワイ楽しむ部活にしようと、僕たちは創作料理部に路線を変更することにした。颯くんからの要望も大きかったし。


 始めはみんな戸惑っていた。けれど颯くんのおかげで随分明るい雰囲気になり、去年までの雰囲気を知ってる部員達も徐々に馴染んでいった。
 そんな中で、僕もずっとやりたかったキラキラデコレーションに挑戦し始めることができた。


 本当に、颯くんにはどんなに感謝しても足りないよ……


 ちなみにその日の颯くんは、シャンパンタワーならぬチャーハンタワーを作っていた。颯くんの料理を食べるのはこの日が初めてだったし、見た目はアレだったけど……口に入れた瞬間スパイスたちが踊り出し、今まで食べたどのチャーハンよりも美味しかった。


 そしてそして。
 チャーハンタワー記念日となったこの日は、僕の心臓が過去一キュンとした日でもある。

 僕の目が捉えた、あの一瞬の、颯くんの、ものすごく楽しそうにフライパンを振るう笑顔……それとプラスされた口元の二つのホクロがデコレーションみたいで……


 心臓ドキキュンッ!アーンド、フォーリンラブ!!!みたいな。




 ……でも僕は、同じ部活でこの距離でいられるだけで充分だった。


 でも。
 実は。
 本音を言うと……
 いつかその愛らしい口元のほくろに触れられたら…………恥ずかながらもっとホンネを言うと、そのラブリーな二つのホクロを食べちゃいたい…………なぁんて思わない日は無い訳でもないんだけどでもでもでも……


 ゴホンゴホンッ。
 僕は、同じ学校で出会って、しかも同じ部活だっていうだけで、なんて幸運なんだ!って思う。


 それに、僕は決めたんだ。この関係が壊れてしまうようなことは絶対に絶対にしないって。


 だから、先輩後輩っていうこの今の距離間で充分だし、この関係を大切にしていきたいと思っている。





ーーーー


「みんなお疲れー」


 葉山を先頭に家庭科室へ入ると、エプロン姿で準備をしている颯くんがいた。


「篠先輩!」


 真ん中にヒヨコさんがプリントされたエプロンで、にっこりする颯くん。部室にいくつかエプロンがあるんだけど、その中でもそれを選んじゃうなんて!!あとあとあとちょうど僕の目の高さにある笑顔……と、口元の2つのホクロ!


 たまんないやばい食べちゃいたいくらい可愛いーー!!


「篠先輩は今日は何作るんですか?」

「えええとえーと、今日はね、クリームとこれで…」

「お!いいですね」

「ありがとう。颯くんは?」

「俺は…………あ、はいはーい!先輩ごめんなさい、ちょうどお湯が沸いたみたいなので行きますね!」


 他の部員に呼ばれた颯くんはさっと行ってしまう。


「ちぇ」

「ま、しょうがないよ。よかったらこれ食べて」

「ありがと……」


 葉山がどこからかパッと取り出したクッキーを食べていくらか気分が浮上した僕は、作業を再開した。


「ところで葉山は何作ってるの?」

「フォーチュンクッキー」


 隣のテーブルで作業を始めた葉山。魔法使いに憧れている?葉山らしいチョイスだ。…でも、傍らの物が気になる。


「そこにある、ウニョウニョした文字が並んでるその本は……?」

「秘密」


 なんだか背筋がゾワゾワして、僕は見なかったことにした。






ーーーー



 次の日も、そのまた翌日も同じだった。


 え……!?またなんで?目の前に颯くんのホクロが!?!?
 なんで!?!?!?


「葉山……」

「篠、もしかして今日もノートいる?」

「うん……ホント、なんなんだろ……?」

「やっぱ颯くんのこと考えてた?」

「だから違っ……わないんだよねこれが」

「どういうこと?」


 僕は、授業の最後の約五分、目の前に颯くんの口元のホクロが見えることを説明した。


「うーん、不思議なこともあるもんだね」


 当たり前だけど、葉山もこの原因は知らないみたいだ。


「ね。ホント、なんなんだろ……?」


 颯くんのホクロを目の前で見ることができるのは嬉しい。けれどやっぱり、なんなんだ!と思わずにはいられない。


「よかったら、クッキー食べる?ついでにノートも」

「うん、ありがとう」


 僕はささっとノートを写すと、気分転換に葉山が出したクッキーも食べた。





ーーーー


 放課後。今日は部活は休みだ。
 葉山と歩きながら、帰りがけに食堂の自販機に寄ることにした。


 あ……


 食堂に入るとすぐ、奥のテーブルに座る颯くんを見つけた。なんだか難しそうな顔をしてプリントを睨んでいる。


 難しそうな顔も可愛いなぁ……


 なんて見つめていると、僕は気づいた。


 あの、シャーペンの位置って……!


 何かを考え込みながらテーブルに肘をついている颯くん。その手にはシャーペンが握られている。そのシャーペンの頭があるのは、ホクロの側……まさに、僕がいつも見ている距離そのものだった。


 僕、ひょっとして、シャーペンに乗り移ってたの!?!?


「篠は何にするのー?」


 ……なーんて、ね。そんな訳ないない。


「あ、えっとね……苺ミルクか、黒糖ミルクティーか、ミックスジュースか……」


 どれにしようか迷いながら、僕は横目でまた颯くんを見つめる。


 やっぱり颯くんは可愛いなぁ……


 笑顔は言わずもがなだけど、真剣な顔もまた可愛い。そして今日は、シャーペンの位置のせいで、いつもよりホクロを意識してしまう。
 僕の心臓はきゅんきゅんしたりドキドキしたりでもう大忙しだ。


 でもさ、もし、もし本当に、シャーペンに乗り移ってたのだとしたら……






ーーーー


「颯くんやっほー」

「ちょ、葉山っ!だめだよ邪魔しちゃ!」


 ソラくんに気づいた葉山は、そのまま颯くんがいるテーブルに歩いていく。


「あ、篠先輩!葉山先輩も!」

「ご、ごめんね、颯くん」

「全然いいですよー!」


 言われるまでもなく全然気にしてない葉山は、颯くんがいるテーブルの椅子にさっと座ってしまう。僕も慌てて座った。


「で。颯くんは何してたのー?」

「古典の課題です。家に帰ったら、新しいスパイスが届いてるのでそれに夢中になりそうで、先に済ませておこうかと」


 そういえば、颯くんの今のブームはスパイスカレーだった。


「でも、ここがちょっとわからなくて…」


 そう言うとまた口元にシャーペンを持っていく颯くんに、僕の心臓はまたドキドキが始まった。


「篠が文系科目得意だから、篠に聞くといいよ」

「ちょっと葉山っ!」

「ほんとですかっ!?」


 ガバッとこちらを向いた颯くんの、真剣な縋るような目に……僕は思わず頷いてしまう。


「う、うん……」

「あの、よかったら、お願いします!」

「えぇ!?えと、あの、その……」


 部活でちょっとしゃべるだけで充分だったのに!勉強教えるとか…!!


 助けを求め隣席をみるけれど、そんな僕の気持ちに気づいてるはずなのに、なぜか葉山はスッと立ち上がった。


「あ、ぼく、これから用事があるんだった!すぐ帰らなきゃだから、じゃあね!」


 そう言うと葉山は風になったかのように去って行った。


「え、ちょ…」






ーーーー


「えと、ここは、こっちと似てるんだけどひっかけ問題で……」

「あ、そうだったんですね!だったらこっちはこうで…」


 真面目な颯くんは、僕の拙い説明でも真剣に課題に取り組んでくれる。あと字が綺麗だ。


「篠先輩、教え方上手いですね!」

「え!?そ、そんなこと……」


 けれど僕の心臓は反対に、ドッキドキキュンッキュンだった。


 颯くんが!


 部活で喋るとは言っても、ここまで近い距離にいることはない。しかもこんなに長く側にいることは無い。


 こんなに側に……!


 僕はそれが堪らなく嬉しくて、プリントそっちのけで颯くんの顔を見てしまう。


 颯くんはどんな顔でも可愛い……そして、やっぱなんと言っても口元の二つのホクロ!このホクロが颯くんをデコレーションすることで颯くんの可愛さをさらに何倍にも高めてるっ!!!


「ん?篠先輩、オレの顔に何かついてます?」

「ううんっ、大丈夫なにも無いよっ?」


 そう言うと颯くんは再びプリントに視線を落とした。


 あぁぁ、こんな幸せな時間がずっと続けばいいな……






ーーーー

 翌日の朝。
 いつものように葉山と登校していると、校舎に入る直前で呼び止められた。


「篠先輩!」

「誰……って、颯くん!?」


 朝は颯くんに会えることは殆どなく、しかもここは一年の教室からはだいぶ遠い。朝から会えたことにびっくりした。
 でももちろん嬉しい!


「颯くんどうしたの?」


 なぜかモジモジしている颯くん。でもそんな颯くんも可愛い!


「あの、これ……お礼です。昨日はありがとうございました!」


 そう言って差し出されたものは、キラキラビーズやリボンで可愛くラッピングされたクッキーだった。


「わぁ!可愛いっ!」

「昨日家に帰って作ったんですけど、あ、でも、オレ、あんまりお菓子は作ったことなくて……」


 颯くんの手作り…!?


「良かったら、食べてください!」

「あ、ありがとうっ!」


 恥ずかしそうに微笑む颯くんの顔はとってもとってもとっても可愛かった。


 颯くん…!!


 いつの間にかいなくなっていた葉山にも気づかず、僕はスキップしながら教室へ向かった。


 僕はこの日一日ウッキウキで過ごした。







ーーーー


 颯くんと少しだけどおしゃべりできてそれだけで僕はもうかなり浮かれていた。


 それに、お昼には間近でホクロが見られるし……!


 この時ふと、僕は思った。


 って、よく考えてみると……お昼のあの時間って、結構…いや、かなり幸せタイムでは!?!?


 昼の憂鬱だった不思議時間が、この日から幸せ時間に変わった。むしろ待ち切れないくらいだ。
 そしてそれに比例するように、それから部活で颯くんと話す時間が増えていった。



「篠、最近楽しそうだね」

「えへへ♪」

「もういっそのこと、リアルでホクロ見せてって言えば?ついでに触らせてって言っちゃってもいいんじゃない?」

「そ、そそそそんな!それはダメだよ……!」

「そーなの?」

「そうなの!それに、僕今の距離で充分だから!」

「本当?」

「いや、その……」


 そりゃあ本音は…………でも僕は、この関係を絶対壊したくないんだ。


「い、いいのっ!僕は今ので、じゅうぶんなの!」


 僕は頭を振り、ほんの少し浮かんできたいろんな思いを打ち消した。


「篠がそう言うなら……」


 颯くんと部活でおしゃべりできる……可愛い颯くんを間近で見られる……可愛い二つのホクロを目の前で見られる……


 僕は胸がいっぱいで、葉山から貰ったクッキーも食べられなかった。







ーーー


 しかし。ウキウキな僕とは裏腹に、なぜかこの次の日の不思議時間はやって来なかった。


 たまたまだよね……?


「あれ、篠、今日はノートいらないの?」

「うん。でも………明日は必要…になる、はず」

「そっか。あ、クッキーどうぞ」

「ありが……ううん、やっぱ今日は大丈夫。ありがとね葉山」


 思ったよりもショックを受けている自分に気づき、大好物のクッキーを食べる気にならなかった。





ーーーー



 しかし、その翌日もあの不思議時間がやって来ることはなかった。
 そしてその次の日も、その次の日も。
 そして不思議なことに、颯くんとすれ違うことも増えていった。


「………っ、たまたまかなって、思ってたんだけどさ。でも、あの日から、もう」

「そっか。クッキーあげるからさ、元気出しなよ」


 パッと目の前に差し出されたクッキー。けれど僕は首を振った。


「ううん、大丈夫…今は何も食べたくなくて……」

「篠…」

「……………あ、そろそろ部活の時間だよね!家庭科室行こう?」


 部活に行けば、颯くんの笑顔を一瞬くらいは見られるはず……


「あ、忘れてた。今日は颯くん用事があるから部活休むって、今朝メッセもらってたんだった」

「……」
 

 それを聞いた瞬間、家庭科室へ向かおうと席を立っていた僕はヘナヘナと椅子へ戻った。


 なんかもう…………


「篠!?」


 ショックをどうすることもできなくて、僕はどんより机に沈み込む。


「篠大丈夫???」

「うぅぅ…」


 そんな僕を見かねて、元気付けるように葉山が言った。


「じゃあさ、いっそのこと、本物を間近で見せてもらって、そんでもって触らせてもらいなよ」

「…………それは……」


 リアルでは少しだけおしゃべりできて、笑顔が見れて。そして、颯くん本人にはわからないけど自分だけの秘密のご褒美タイムがあって……


 このご褒美タイムは、颯くん本人がわからないからいいんだ。
 だって、ホクロを間近で見たいなんて言った日にはきっと、僕と颯くんのこの先輩後輩の関係も終わってしまうから……




ーーーー

 それから数日経後。


 部活の無い放課後。もちろんこの日もあの不思議時間は無かった。



 葉山に呼ばれて家庭科室に行くと、そこには颯くんだけがいた。


「颯くん?どうしたの?」

「え!?篠先輩!?!?」


 聞いてみると、颯くんも葉山に言われて来たらしい。


「葉山先輩から何か聞いてます……?」

「ううん」

「そうですか」


 ここ最近なんやかんやすれ違うことが多くて、こうしてゆっくりしゃべるのも久しぶりだった。


「……」

「……」


 やっぱ、もう一回でもいいから、あの距離でホクロ見たいな……

 
 しかしそう思った瞬間、僕はその考えを打ち消した。


 今の関係でじゅうぶんだしっ!これ以上は望まないからっ!


「じゃ、じゃあ、帰ろっか」


 あんな間近でホクロが見られるのは、あの不思議時間……しかも、颯くんは気づいてない場合だけだから。


 僕は言いながら扉の方へ向かった。






ーーーー


 しかし……


「……篠先輩!」


 いきなり呼ばれて、僕はびっくりしながら振り返った。


「ど、どうしたの?」


 颯くんはツカツカと近づいてくる。そして、カバンから何かを取り出した。


「篠先輩。あの、これ、食べてください!時間無かったから、買ったやつだけど」

「あ、ありがと…」


 差し出されたのは、個包装のクッキー。市販のものだけど、パッケージは僕好みだ。


「元気出してくださいっ!オレ、篠先輩が元気になるためだったら、なんでもしますから!」

「えと」

「だから、そんな悲しそうな顔、しないでください!」

「颯くん……」


 一生懸命な顔が、こちらを見つめている。


 そんな顔もすっごく可愛いけど…


 そんな可愛い顔を見ても、僕に元気が戻って来ることはなかった。


 だって……


 関係を壊したくないから今以上の関係は望まないと言っていたのに……ホクロを間近で見る、先輩と後輩の関係を越える、今の関係以上が叶ってしまったご褒美タイム。しかも颯くんに気づかれることなく。
 なのに今は、その時間が無くなってしまいこうしてショックを受けている。


 ほんとは、颯くん本人にこうして会えるだけで、満足なはずなのに……


 本人を目の前にすると、余計に悲しくなる。


「俺、篠先輩が美味しそうに食べてる顔が好きで…中でも、クッキーを頬張ってる顔が、一番好きなんで……」

「ありがとう。でも今日はお腹空いてないから、明日食べるね」


 クッキーをカバンにしまうと、僕は今度こそ帰ろうとした。


「ま、待ってください!!」







ーーーー


「颯くん?」

「あ、あのっ、いつも俺、篠先輩に、元気もらってたんです。でも、最近篠先輩はずっと落ち込んでて…それがオレ、辛くて………」


 早口で話し出す颯くんに、僕はもう一度振り返る。


「本当に美味しそうな顔とか、たまにクッキーの欠片が頬に付いてるのとか、すごく可愛くて……いつか、オレが作ったクッキーを食べてるそんな篠先輩の顔を、側で見たいなって……思ってて………」


 えと、その……!?


 僕がアワアワしていると、一呼吸置いて颯くんが言った。


「あぁぁぁぁ、あの、その、こんな時に言うのはアレなんですけどっ………俺、篠先輩が好きなんです!!」


 へっ!?




ーーーー



「俺、ただの部活の後輩だし、頼りないかもしれませんが……」


 その瞬間、背中がふわりとあたたかくなった。


「は、颯くんっ!?」


 僕は颯くんに抱きしめられていた。


「篠先輩が、好きなんです」


 えと、えとえと……


 でも僕はいきなりのことになんて応えていいかわからず、颯くんの腕の中で固まるしかなかった。


「篠先輩、いきなりすみません。でも、元気がない先輩を見てて、ぎゅってしたくなって……」


 それと同時に、抱きしめる颯くんの腕がぎゅっとなる。


「ああああのっ!」


 僕はどうしていいかわからず瞬きしていると、頬に当たる感触に気づた。


 あ……


 ふわりと触れるのは、颯くんの髪だ。


 ということは、あの颯くんの笑顔を彩るラブリーな二つのホクロもすぐ側ということで……


 僕はあの不思議な昼の時間……先輩後輩の関係ではあり得ない距離で、颯くんの口元のホクロを見られる……ご褒美タイムを思い出す。


 僕、恋人の距離を先に体験しちゃってたんだなぁ……


「篠先輩、いきなり変なこと言ってすみませんでした。返事は気にしなくて大丈夫なので、そろそろ帰りま……」


 背中からあたたかさが離れる瞬間、僕は颯くんの腕をつかんだ。


「颯くんっ!あのね……」


 僕は、颯くんの笑顔が大好きだ。そして、触れられるくらいすぐ側で、颯くんの口元の二つのホクロを見つめたい。
 身体も、そしてもちろん心も、恋人の距離にいたいんだ。


「あ、あのねっ、ぼ、僕も、颯くん、が、好き、だよ!!」


 僕がつかんでいた腕が、再びぎゅっと抱きしめてくれた。
 背中も、もちろん心も、ふんわりあたたかくなった。



ーーーー







「よかったね。篠」

「うん。……あ、でもさ、あの不思議体験は一体なんだったんだんだろ?未だによくわかんないんだよね」

「あー……………ごめん。」

「葉山どうしたの?」

「あーと、えーと、その……」

「葉山?」

「篠ごめん!!」

「だからどうしたの?」

「篠が颯くんのシャーペンに乗り移ったの……たぶんぼくのクッキーのせいなんだ」

「え!?どういうこと!?というか僕本当にシャーペンに乗り移ってたの!?!?」

「いや、ホントはさ。シャーペンじゃなくて、颯くんの箸に篠の意識を飛ばす予定で、時間も12時半ころのつもりで、しかも1分間くらいのつもりで、クッキーに魔法を……」

「……」

「篠がいつも、颯くん食べちゃいたいくらい可愛いって言ってたし、どう見ても両思いな二人なのになかなか進展しないから……」

「葉山……」

「本当に、本当に、本当にっ!ごめんっ!!」

「……」

「……」

「……………葉山、顔上げて?」

「篠…」

「わわわわ、そんな顔しないで?殴る訳じゃないから!」

「……」

「あのね、葉山には、きちんとお礼、言いたいなって思ったの」

「でも、本当に、ごめん!しかも失敗して時間ミスってるし!魔術を学ぶ者としての名折れ!」

「あと…箸も、だよ。箸だったら、僕が食べられちゃう方だよ?」

「あ…」

「もうっ!」

「ごめん」

「…………ありがとう、葉山。」

「篠……」

「僕が颯くんと一緒にいられるのは、葉山のおかげだよ」

「篠が幸せそうで、良かった。あ、クッキー食べ……って、ごめんっ、ついいつものクセで……」

「葉山のクッキー、美味しいから好きだよ」

「篠…」

「これからは、何かする前に、ちゃんと言ってね?」

「わかった」

「いつもありがと。これからも、よろしくね」

「うん」