「律月、今日、答えてくれるっていったよね?」
だいぶ押しの強そうな女子の声がして、僕はストローから口を離してぶるっと身構えた。
そのあとすぐに背の高い男子がこちらの方に向かって歩いて来た。ぱっと見、骨格からして大優勝って感じの王様体型だ。
女子からはやたら羨ましがられるけどそれって微妙な、薄っぺらい僕の身体とは真逆だ。厚みもあって、手足が長い。すでに雰囲気からしてイケメンオーラがビシバシ伝わってくる。
(カップルが二人っきりになりたくてここ来たってやつ? やばっ。むっちゃ、気まずいぞ)
こんなとこ誰かが来るなって思ってもみなかったから、隠れようにも体育館の沿いに真っ直ぐ、裏の階段まで隠れられそうなとこがない。扉をこじ開けて中に入り込もうと思ったけどシャボン玉の陽気を手に掴んだまま片手じゃ重すぎてうまくできない。
(また今回も、間が悪いことに……。引きが強すぎだろ)
流石にすぐ傍までは来ないだろって気になって、ちらって後ろを振り返ったら、男子の方と目があった。
(あー、やっぱイケメンだあ。顔面も大優勝)
遠目に見ても即、イケメンってわかる。敦也も今でこそ『上位カーストのイケメン』ってクラスのモブチームから言われてるみたいだけど、同じかそれよりかっこいいって思った。
知的で整った印象を受けたのはきっと、襟足も短い黒髪のアップバンクショートのせいかも。無造作に流した前髪の下から覗く、程よく大きな涼しげな目元は一重? 奥二重?って感じの中間ぐらいの優し気な印象だけど、僕を見ても動じない、視線に芯の強さがある。口角は上がった薄めの唇、クールで落ち着いた落ち着いた雰囲気だ。
すっと目線を外されて我に返る。
アイドル好きの姉の影響でいろんなタイプのイケメン・美人を見るのが割と好きなんだ。じっと見すぎて変に思われたかな? でもそっちが急にここに来たから悪いんじゃん。先客は僕なんだから。
(これ以上こっちに来ないでくれぇ!)
僕の心の叫びが通じたのか、男子がそこで立ち止まって、女子の姿は体育館の入り口側に隠れたままで、僕から死角になった。
ほっとしたのは一瞬で、次の瞬間からまたドキドキが始まってしまった。
「興味が持てないから、あんたとは付き合えない」
その後すぐ、乾いた『ぱちん』って音が僕の耳にまで届いた。間髪入れずに足早に階段を駆け下りる音が続く。
(しゅ、修羅場ああああ。僕ののんびりランチが修羅場に飲み込まれる!)
流石にもうこっちには来ないだろうって思ったのに、「はー」って吐き捨てるような低いため息の後、頬を摩りながら男子の方がこっちに向かって歩いて来た。
(うわああ、こっちくんな。すごく気まずいよお)
僕の気持ちなんて知ったことかって感じ、足が長いせいかあっという間に僕のいるあたりまでやってくると、お構いなしって感じに僕が弁当箱やミルクティー、食べ終わってないパンなんかを置き去りにしてる。その隣に、長身のイケメンはどかっと腰を下ろした。僕はまだ立ってシャボン玉やってる間抜けな体勢のまんま。
「……」
「……」
お互い無言。いや、普通こんな時、流石に話しかけないっしょ。昼休みはまだあと20分ぐらいあるんだ。あああ、どうしよう。教室に戻ろうか……。
(でも戻ってくんなよって女子に睨まれるだろうしなあ……)
数人の女子の視線は怖い。とりあえず僕は途方に暮れながらシャボン玉のストローを口に加えて、ぷーって息を吹き込んだ。コロコロと音が鳴るようにシャボンの泡が風に乗って踊り出ていく。
気持ちを落ち着けようと、二回、三回ってシャボン玉を量産したら、後ろですごく大きな笑い声がした。
「はは。あんた、なんでこんなところでボッチでシャボン玉やってんの?」
振り返ったらちょっと赤くなった頬をして、イケメンが無邪気に笑ってる。長い手足を持て余し気味に薄い段差に座ってて、さっきまで侘しさがこいつがいたら急に華やいだ雰囲気になった。
(見たことない顔? 先輩? 同級生?)
急いで制服の胸についた校章を確認したらなんと赤だった。
(くっそこいつ、一年生じゃん)
「はああ? ボッチとか失礼だなあ! なにタメ口きいてんの? 僕の方が先輩だし、先客だったんだからな。そっちこそ修羅場持ち込んで、人の昼休みののんびりタイム邪魔しないでくれる?」
一息で言い返したら「可愛いのに意外と気が強いんですね、ボッチ先輩」とか言われた。
(なんだよ、爽やかなの、見た目だけじゃん。すげぇ曲者じゃん)
くそう、変なあだ名付けられた。しかもさらっと可愛いとか言いやがった。
女子にぶたれてたし、こいつ実は爽やかな見た目に反してタラシ系?
警戒しながらちゃんと振り返って、外通路のへりに寄り掛かった。
「ボッチ先輩じゃない。僕の名前は夢野歩陸だ」
「へー。名前までゆるふわ、うちのポメ丸みてぇ」
「はあ?」
まあ、見た目に関してはそう言われがち。生まれつきふわふわ薄茶色の髪と目、肌も赤くはなるけど日に焼けないし、薄っぺらい系華奢な体格。腰なんて敦也に両手で掴めるって言われるほどだ。目ばっかり大きくて口とか鼻とか小さめだし、形は悪くないのに眉も脱色してないのに色が薄め。背も170センチに届いてない。なんかはかなげ、白っぽいって言われる。ほっとけ。
更に保護色みたいな姉チョイスのミルクティーベージュのカーディガンを羽織ってるから、全体的にふわふわ見られがちで、女子にもなんというかあんまり男子扱いされてない。中学まで私服で敦也と出かけてると、頻繁に女子に間違えられた。流石に制服着てたら間違えられないけど……。
「お前は何て名前なんだよ。クズ一年」
女子に昼休みにビンタされてる男、イコール、クズ。
反射的にやばいあだ名をつけ返して鼻で笑ったら、大して応えてないって顔でむしろ口角を上げてにやりってされた。
「柳木律月。律月呼びでいいっすよ。あんたのが先輩なんでしょ?」
(不遜すぎるな、こいつ。全然僕の事先輩扱いしてない)
むっと唇を尖らせたら、にやってまた笑われた。
「おい、なんでここ座ってんだよ」
「ここあんたのものじゃないだろ」
「そうだけどさ……。なんで……」
(なんでぶたれてたかとかは聞いた方がいいのかな? それともこのままいなくなるのを待つ?)
迷ってたら律月が立ち上がって僕の隣の手すり壁に身体を屈めて肘をついた。
「先輩、俺に興味持ってくれた感じ?」
「はあ? 何、その言い方。タラシっぽい。昼休みに女子にぶたれるわけだ。名前もヤナギだし? ふらふらしてんの?」
「タラシ……。じゃあ先輩もたらされてくれます?」
にっこり、これだけ見たら爽やかないい笑顔で、さらっと俺が置き去りにしてたパン二つを指さしてる。
「昼休みなのに何も食べてなくて腹減りました。こんな顔じゃ弁当とりに教室戻れないし、購買ももう品薄だろうし」
「はあ? なんで僕がお前の世話をやかないといけないの? 見た目と違って図々しい奴」
「見た目? 見た目はどんなふうに見えてたんですか?」
「ええ? 爽やかそうな、スポーツやってそうな、イケメ……」
って言い掛けたらにやにやされたから俺はまた、むむっと唇を噤んだ。
(こいつ。自分の容姿の良さを分かってて、親切にされるのを当然って思ってるような顔だ)
なんかムカつくって思ったけど、この寒い中、頬っぺたちょっと腫らしてお腹空かせてるやつを放って置くのはどうなんだろ。
(こいつ一応年下だし、パンは余ってる。それにさっき「教室に戻れない」っていってたな)
その言葉に、僕はなんか妙なシンパシーを感じてしまった。校内で二人、教室に戻れないやつが行きついた先がこの体育館裏だ。
(まあなんかちょっと、この状況エモくなってきたかもな)
何でも面白がったもん勝ちだ。それに一人じゃつまらなかったからちょうどいい。
「いいよ、律月がそれ食べて。これバイト先で昨日貰ったやつ。ちょっと、いや大分ハードタイプのパンだけど、味は絶品だから」
「ええ! あざーす。言ってみるもんだな」
途端にさっきまでの皮肉げな笑顔じゃなくて年相応の、にかっていう笑顔になった。
(そんな顔できるんじゃん。可愛いな)
「優しいじゃん、ボッチ先輩」
(前言撤回。可愛いとか、なしなし。生意気!)
「だからぼっちいうな、ゆらゆらヤナギ! 飲み物買ってきてやるよ。何がいい? 俺的に
はコーヒーかミルクティと合うぞ」
「ええ、すげぇ、優しいなあ、アユちゃん先輩」
名前呼びなのは気になったけど、世話をやいたからか、一応変なあだ名から格上げになった。
「流石に悪いんで、俺のスマホ持ってって。これで買ってきて下さい。コーヒーでも紅茶でもなんでもいいです」
「え。いいのかよ? 見ず知らずの男にスマホ預けて」
じいっと律月を見返したら、あっちもこちらをじいっと覗き込んできた。
「大げさ。同じ学校に通ってんだし、俺ら今、知り合ったじゃないですか」
「そうだけど」
ぐいって手首を引っ張られて、ぎょっとしたらいい顔が近づいて来た。なになになに、何されんのって思ったら耳元で囁かれる。
「それに先輩なんて俺が本気出したらどうとでもできるし」
手首をこいつの掌から引っこ抜こうと思ったのに、確かにびくともしない。
「くそお!なんなん、お前! ほんと性格悪っ!」
「先輩可愛くて、なんかつい、からかいたくなった。ごめんね」
「はあ? そこで待ってろよ」
「かーわい。アユちゃん先輩」
押し付けられたスマホをひったくって、僕は校舎の方に駆け出した。
体育館から渡り廊下を戻ってすぐに自販機があるから買ってくるのはすぐにできる。
がちゃんって落ちてきたホットのコーヒーを小脇に抱えた。ストローを持っていた方の手がシャボン玉液でペタペタになっちゃってたから、そのまま一番近くのトイレに行って手を洗う。ぷくっと泡が掌についた。丹念に洗って、ハンドタオルを出してからふと思った。
(あいつ頬っぺた腫れてたな……)
あんな風に強がってても、ぶたれたら嫌だろうな。告白の返事をしたんだろう。それで振ったら、ぶたれてた。学校内で修羅場すぎだろ……。
(振ったってことは、相手の子のこと好きじゃなかったってことだよな)
ずきんって胸が傷んだのは誰かに感情移入したとかじゃなくて今恋愛感情そのものが僕にとっての鬼門になってるからだろう。
(噂ってすぐ広まるからなんかあれだよな。教室に帰りにくいのわかるかも)
僕は拭いたばかりのハンドタオルを水で丹念にゆすいだ。何度もすすいだ後にびちゃびちゃじゃない程度に水を絞って、それをもって律月の元に戻った。飲み物を差しだしたら「ありがとうございます」ってうけとって殊勝な返事をした。
そのあとはお茶を飲むでもなく、さっきより大人しくなってる。憂いのある表情になって、膝を抱えてしょぼっとしてる。
急に学校の中っていう日常空間でさ、感情の波立つことが起こると、変なテンションになるしエモーショナルな気分になってその時は興奮するかもだけど、落ち着いたら落ち着いたで色々考え出しちゃうとなんか落ち込んだりするのかもな。
律月は横から見たらより立体感とシャープな顎のラインが際立つ綺麗な顔立ちをしてた。俺は隣に座ってうっすら赤くなっている頬にハンドタオルを押し当てた。
「冷たっ!」
反射的に大きな手が僕の手を握りこんできた。
「冷やした方がいいだろ、それ」
「アユちゃん先輩、ほんと、優しいんだね」
半分僕に対してというより、独り言みたいな呟きだった。声色に滲む、寂しさに秋風が吹いて余計に侘しい。
「あ……。冷たくて、頭冷える」
(こいつなんか、訳ありなんかな?)
そう思わせる、放っておけない感じがある。まあ、こいつからしたら一人でシャボン玉吹いてる呑気な先輩の俺だって、それなりに「訳アリだ」。
「パン、食べる? どっちも甘い奴だけどどっちも食べていいよ。美味しいよ。食べたら多分、元気出る」
こくって頷かれたけど、握られた手がそのまま、放してくれない。縋られてる気分。されるがまま、こいつを放っておけなくて、さらに頬にハンドタオルを押し当てた。
「ねえ、このまま、次の授業さぼっちゃおうか?」
そんな言葉が自然と口についてしまった。
「サボって、なにすんの? シャボン玉?」
さっきみたいな揶揄い口調に戻ってきたから、俺はうっすら赤い肌のきれいなほっぺをグイっと押した。
「痛いって」
身じろぎしたら、ざりって靴の下で砂が音を立てた。ハンドタオルだけ残して手を抜いた。
「軽口叩けるなら大丈夫そうじゃん。早くパン食べなよ。時間無くなる」
「あのさ」
呼びかけられたから横を向いたら、じっとこっちを見つめてくる目と目があった。座ってても目線は僅かに高い。真剣な表情、最初の理知的な印象が戻ってきてるのに、視線は少し熱っぽさを帯びてる。大人びて見えるけど、内側の熱がにじみ出てくるようなドキッとするような表情だ。
「アユちゃ先輩、俺と一緒にさぼってくれる?」
(僕に傍に居てほしそうな顔してる)
僕は頷いて、隣に座って空を見あげた。静かな青空を黒っぽい鳥が飛んでいく。律月も顔をあげた。
「いいよ。傍にいてあげる」
「ここ、静かでいいですね」
「うん」
「教室は、うるさすぎる」
「うん」
なんか変な感じ。さっきまで知らない者同士がこんな直ぐ隣に座って一緒に空を眺めてる。教室から追い出された僕だ。そんな僕に傍にいて欲しそうな人がいる。
それだけで、次の授業をサボる理由にしては上等だと思った。
その日から僕と律月は昼休み、ここで落ち合うことになった。
だいぶ押しの強そうな女子の声がして、僕はストローから口を離してぶるっと身構えた。
そのあとすぐに背の高い男子がこちらの方に向かって歩いて来た。ぱっと見、骨格からして大優勝って感じの王様体型だ。
女子からはやたら羨ましがられるけどそれって微妙な、薄っぺらい僕の身体とは真逆だ。厚みもあって、手足が長い。すでに雰囲気からしてイケメンオーラがビシバシ伝わってくる。
(カップルが二人っきりになりたくてここ来たってやつ? やばっ。むっちゃ、気まずいぞ)
こんなとこ誰かが来るなって思ってもみなかったから、隠れようにも体育館の沿いに真っ直ぐ、裏の階段まで隠れられそうなとこがない。扉をこじ開けて中に入り込もうと思ったけどシャボン玉の陽気を手に掴んだまま片手じゃ重すぎてうまくできない。
(また今回も、間が悪いことに……。引きが強すぎだろ)
流石にすぐ傍までは来ないだろって気になって、ちらって後ろを振り返ったら、男子の方と目があった。
(あー、やっぱイケメンだあ。顔面も大優勝)
遠目に見ても即、イケメンってわかる。敦也も今でこそ『上位カーストのイケメン』ってクラスのモブチームから言われてるみたいだけど、同じかそれよりかっこいいって思った。
知的で整った印象を受けたのはきっと、襟足も短い黒髪のアップバンクショートのせいかも。無造作に流した前髪の下から覗く、程よく大きな涼しげな目元は一重? 奥二重?って感じの中間ぐらいの優し気な印象だけど、僕を見ても動じない、視線に芯の強さがある。口角は上がった薄めの唇、クールで落ち着いた落ち着いた雰囲気だ。
すっと目線を外されて我に返る。
アイドル好きの姉の影響でいろんなタイプのイケメン・美人を見るのが割と好きなんだ。じっと見すぎて変に思われたかな? でもそっちが急にここに来たから悪いんじゃん。先客は僕なんだから。
(これ以上こっちに来ないでくれぇ!)
僕の心の叫びが通じたのか、男子がそこで立ち止まって、女子の姿は体育館の入り口側に隠れたままで、僕から死角になった。
ほっとしたのは一瞬で、次の瞬間からまたドキドキが始まってしまった。
「興味が持てないから、あんたとは付き合えない」
その後すぐ、乾いた『ぱちん』って音が僕の耳にまで届いた。間髪入れずに足早に階段を駆け下りる音が続く。
(しゅ、修羅場ああああ。僕ののんびりランチが修羅場に飲み込まれる!)
流石にもうこっちには来ないだろうって思ったのに、「はー」って吐き捨てるような低いため息の後、頬を摩りながら男子の方がこっちに向かって歩いて来た。
(うわああ、こっちくんな。すごく気まずいよお)
僕の気持ちなんて知ったことかって感じ、足が長いせいかあっという間に僕のいるあたりまでやってくると、お構いなしって感じに僕が弁当箱やミルクティー、食べ終わってないパンなんかを置き去りにしてる。その隣に、長身のイケメンはどかっと腰を下ろした。僕はまだ立ってシャボン玉やってる間抜けな体勢のまんま。
「……」
「……」
お互い無言。いや、普通こんな時、流石に話しかけないっしょ。昼休みはまだあと20分ぐらいあるんだ。あああ、どうしよう。教室に戻ろうか……。
(でも戻ってくんなよって女子に睨まれるだろうしなあ……)
数人の女子の視線は怖い。とりあえず僕は途方に暮れながらシャボン玉のストローを口に加えて、ぷーって息を吹き込んだ。コロコロと音が鳴るようにシャボンの泡が風に乗って踊り出ていく。
気持ちを落ち着けようと、二回、三回ってシャボン玉を量産したら、後ろですごく大きな笑い声がした。
「はは。あんた、なんでこんなところでボッチでシャボン玉やってんの?」
振り返ったらちょっと赤くなった頬をして、イケメンが無邪気に笑ってる。長い手足を持て余し気味に薄い段差に座ってて、さっきまで侘しさがこいつがいたら急に華やいだ雰囲気になった。
(見たことない顔? 先輩? 同級生?)
急いで制服の胸についた校章を確認したらなんと赤だった。
(くっそこいつ、一年生じゃん)
「はああ? ボッチとか失礼だなあ! なにタメ口きいてんの? 僕の方が先輩だし、先客だったんだからな。そっちこそ修羅場持ち込んで、人の昼休みののんびりタイム邪魔しないでくれる?」
一息で言い返したら「可愛いのに意外と気が強いんですね、ボッチ先輩」とか言われた。
(なんだよ、爽やかなの、見た目だけじゃん。すげぇ曲者じゃん)
くそう、変なあだ名付けられた。しかもさらっと可愛いとか言いやがった。
女子にぶたれてたし、こいつ実は爽やかな見た目に反してタラシ系?
警戒しながらちゃんと振り返って、外通路のへりに寄り掛かった。
「ボッチ先輩じゃない。僕の名前は夢野歩陸だ」
「へー。名前までゆるふわ、うちのポメ丸みてぇ」
「はあ?」
まあ、見た目に関してはそう言われがち。生まれつきふわふわ薄茶色の髪と目、肌も赤くはなるけど日に焼けないし、薄っぺらい系華奢な体格。腰なんて敦也に両手で掴めるって言われるほどだ。目ばっかり大きくて口とか鼻とか小さめだし、形は悪くないのに眉も脱色してないのに色が薄め。背も170センチに届いてない。なんかはかなげ、白っぽいって言われる。ほっとけ。
更に保護色みたいな姉チョイスのミルクティーベージュのカーディガンを羽織ってるから、全体的にふわふわ見られがちで、女子にもなんというかあんまり男子扱いされてない。中学まで私服で敦也と出かけてると、頻繁に女子に間違えられた。流石に制服着てたら間違えられないけど……。
「お前は何て名前なんだよ。クズ一年」
女子に昼休みにビンタされてる男、イコール、クズ。
反射的にやばいあだ名をつけ返して鼻で笑ったら、大して応えてないって顔でむしろ口角を上げてにやりってされた。
「柳木律月。律月呼びでいいっすよ。あんたのが先輩なんでしょ?」
(不遜すぎるな、こいつ。全然僕の事先輩扱いしてない)
むっと唇を尖らせたら、にやってまた笑われた。
「おい、なんでここ座ってんだよ」
「ここあんたのものじゃないだろ」
「そうだけどさ……。なんで……」
(なんでぶたれてたかとかは聞いた方がいいのかな? それともこのままいなくなるのを待つ?)
迷ってたら律月が立ち上がって僕の隣の手すり壁に身体を屈めて肘をついた。
「先輩、俺に興味持ってくれた感じ?」
「はあ? 何、その言い方。タラシっぽい。昼休みに女子にぶたれるわけだ。名前もヤナギだし? ふらふらしてんの?」
「タラシ……。じゃあ先輩もたらされてくれます?」
にっこり、これだけ見たら爽やかないい笑顔で、さらっと俺が置き去りにしてたパン二つを指さしてる。
「昼休みなのに何も食べてなくて腹減りました。こんな顔じゃ弁当とりに教室戻れないし、購買ももう品薄だろうし」
「はあ? なんで僕がお前の世話をやかないといけないの? 見た目と違って図々しい奴」
「見た目? 見た目はどんなふうに見えてたんですか?」
「ええ? 爽やかそうな、スポーツやってそうな、イケメ……」
って言い掛けたらにやにやされたから俺はまた、むむっと唇を噤んだ。
(こいつ。自分の容姿の良さを分かってて、親切にされるのを当然って思ってるような顔だ)
なんかムカつくって思ったけど、この寒い中、頬っぺたちょっと腫らしてお腹空かせてるやつを放って置くのはどうなんだろ。
(こいつ一応年下だし、パンは余ってる。それにさっき「教室に戻れない」っていってたな)
その言葉に、僕はなんか妙なシンパシーを感じてしまった。校内で二人、教室に戻れないやつが行きついた先がこの体育館裏だ。
(まあなんかちょっと、この状況エモくなってきたかもな)
何でも面白がったもん勝ちだ。それに一人じゃつまらなかったからちょうどいい。
「いいよ、律月がそれ食べて。これバイト先で昨日貰ったやつ。ちょっと、いや大分ハードタイプのパンだけど、味は絶品だから」
「ええ! あざーす。言ってみるもんだな」
途端にさっきまでの皮肉げな笑顔じゃなくて年相応の、にかっていう笑顔になった。
(そんな顔できるんじゃん。可愛いな)
「優しいじゃん、ボッチ先輩」
(前言撤回。可愛いとか、なしなし。生意気!)
「だからぼっちいうな、ゆらゆらヤナギ! 飲み物買ってきてやるよ。何がいい? 俺的に
はコーヒーかミルクティと合うぞ」
「ええ、すげぇ、優しいなあ、アユちゃん先輩」
名前呼びなのは気になったけど、世話をやいたからか、一応変なあだ名から格上げになった。
「流石に悪いんで、俺のスマホ持ってって。これで買ってきて下さい。コーヒーでも紅茶でもなんでもいいです」
「え。いいのかよ? 見ず知らずの男にスマホ預けて」
じいっと律月を見返したら、あっちもこちらをじいっと覗き込んできた。
「大げさ。同じ学校に通ってんだし、俺ら今、知り合ったじゃないですか」
「そうだけど」
ぐいって手首を引っ張られて、ぎょっとしたらいい顔が近づいて来た。なになになに、何されんのって思ったら耳元で囁かれる。
「それに先輩なんて俺が本気出したらどうとでもできるし」
手首をこいつの掌から引っこ抜こうと思ったのに、確かにびくともしない。
「くそお!なんなん、お前! ほんと性格悪っ!」
「先輩可愛くて、なんかつい、からかいたくなった。ごめんね」
「はあ? そこで待ってろよ」
「かーわい。アユちゃん先輩」
押し付けられたスマホをひったくって、僕は校舎の方に駆け出した。
体育館から渡り廊下を戻ってすぐに自販機があるから買ってくるのはすぐにできる。
がちゃんって落ちてきたホットのコーヒーを小脇に抱えた。ストローを持っていた方の手がシャボン玉液でペタペタになっちゃってたから、そのまま一番近くのトイレに行って手を洗う。ぷくっと泡が掌についた。丹念に洗って、ハンドタオルを出してからふと思った。
(あいつ頬っぺた腫れてたな……)
あんな風に強がってても、ぶたれたら嫌だろうな。告白の返事をしたんだろう。それで振ったら、ぶたれてた。学校内で修羅場すぎだろ……。
(振ったってことは、相手の子のこと好きじゃなかったってことだよな)
ずきんって胸が傷んだのは誰かに感情移入したとかじゃなくて今恋愛感情そのものが僕にとっての鬼門になってるからだろう。
(噂ってすぐ広まるからなんかあれだよな。教室に帰りにくいのわかるかも)
僕は拭いたばかりのハンドタオルを水で丹念にゆすいだ。何度もすすいだ後にびちゃびちゃじゃない程度に水を絞って、それをもって律月の元に戻った。飲み物を差しだしたら「ありがとうございます」ってうけとって殊勝な返事をした。
そのあとはお茶を飲むでもなく、さっきより大人しくなってる。憂いのある表情になって、膝を抱えてしょぼっとしてる。
急に学校の中っていう日常空間でさ、感情の波立つことが起こると、変なテンションになるしエモーショナルな気分になってその時は興奮するかもだけど、落ち着いたら落ち着いたで色々考え出しちゃうとなんか落ち込んだりするのかもな。
律月は横から見たらより立体感とシャープな顎のラインが際立つ綺麗な顔立ちをしてた。俺は隣に座ってうっすら赤くなっている頬にハンドタオルを押し当てた。
「冷たっ!」
反射的に大きな手が僕の手を握りこんできた。
「冷やした方がいいだろ、それ」
「アユちゃん先輩、ほんと、優しいんだね」
半分僕に対してというより、独り言みたいな呟きだった。声色に滲む、寂しさに秋風が吹いて余計に侘しい。
「あ……。冷たくて、頭冷える」
(こいつなんか、訳ありなんかな?)
そう思わせる、放っておけない感じがある。まあ、こいつからしたら一人でシャボン玉吹いてる呑気な先輩の俺だって、それなりに「訳アリだ」。
「パン、食べる? どっちも甘い奴だけどどっちも食べていいよ。美味しいよ。食べたら多分、元気出る」
こくって頷かれたけど、握られた手がそのまま、放してくれない。縋られてる気分。されるがまま、こいつを放っておけなくて、さらに頬にハンドタオルを押し当てた。
「ねえ、このまま、次の授業さぼっちゃおうか?」
そんな言葉が自然と口についてしまった。
「サボって、なにすんの? シャボン玉?」
さっきみたいな揶揄い口調に戻ってきたから、俺はうっすら赤い肌のきれいなほっぺをグイっと押した。
「痛いって」
身じろぎしたら、ざりって靴の下で砂が音を立てた。ハンドタオルだけ残して手を抜いた。
「軽口叩けるなら大丈夫そうじゃん。早くパン食べなよ。時間無くなる」
「あのさ」
呼びかけられたから横を向いたら、じっとこっちを見つめてくる目と目があった。座ってても目線は僅かに高い。真剣な表情、最初の理知的な印象が戻ってきてるのに、視線は少し熱っぽさを帯びてる。大人びて見えるけど、内側の熱がにじみ出てくるようなドキッとするような表情だ。
「アユちゃ先輩、俺と一緒にさぼってくれる?」
(僕に傍に居てほしそうな顔してる)
僕は頷いて、隣に座って空を見あげた。静かな青空を黒っぽい鳥が飛んでいく。律月も顔をあげた。
「いいよ。傍にいてあげる」
「ここ、静かでいいですね」
「うん」
「教室は、うるさすぎる」
「うん」
なんか変な感じ。さっきまで知らない者同士がこんな直ぐ隣に座って一緒に空を眺めてる。教室から追い出された僕だ。そんな僕に傍にいて欲しそうな人がいる。
それだけで、次の授業をサボる理由にしては上等だと思った。
その日から僕と律月は昼休み、ここで落ち合うことになった。



